2019年8月31日土曜日

8月書評の7






福岡から帰る当日は午前中福岡城址の鴻臚館跡、私にとっては平和台球場跡へ。

子供の頃から大学生まで、よく野球観に行った。西鉄福岡駅から新天町、西鉄グランドホテル前を通って、裁判所が見えるお堀端を歩くのが好きだった。


◼️「アニメーション文化55のキーワード」


アニメーションには、新しいパワーを感じている。


アニメーションは、命のないものに命を与えて動かす(animateする)、という意味をもつ。


まえがきにあった言葉で、意外に浸みた。読み終えて、基本だったな、と改めて思った。


さて、「文化」としてのアニメーションの成り立ちや移り変わりを、キーワードごとに解説した本である。文調、事象の紹介の仕方も学術的。最初はやや戸惑った。


1  アニメーションの源泉と文化

2  アニメーションと文化現象

3  アニメーションとイデオロギー

4  海外文化とアニメーション

5  アニメーションと消費文化

6  ファンの受容とファンダム


で、構成されている。章の中のキーワードごとに歴史的事実や事象を羅列、分析してまとめてあり、強い主張が入っているわけではない。私が感じた部分を少しずつ。


◇文芸アニメ


児童文学はアニメーションの制作者に大きな影響を与えている。こないだも「千と千尋の神隠し」をテレビで観てて、「ああ、これ、銀河鉄道だな」と思ったシーンがあったが、そのことも書いてあった。ジブリを例に取り、宮沢賢治をはじめヴェルヌなど国内外の児童文学とアニメーションとの関係が、章最初の方に説明されている。


1章、私的には、児童文学の次のキーワード、日本文学の文芸アニメーションが気になった。樋口一葉、森鴎外、夏目漱石、川端康成、泉鏡花らの作品をアニメ化したアニメシリーズ「アニメ文学館」というのが1986年にあったらしい。やば、観たくなってきた。


文学とアニメーションでは表すものが違う。文章を読んで想像しているだけでは見えないもの、やっぱり主要キャラの顔も気になるし^_^当時の常識的な衣装とかふるまいを見てつかめるものは意外に大きいかもしれない。


ここでは「伊豆の踊り子」を例に挙げて教育的配慮や原作との相違について分析している。


◇ミラジェンヌ


ライトノベルはもちろんアニメーションの源泉であるが、桑原水菜の歴史サイキックアクション、しかもBL要素もある「炎の蜃気楼(ミラージュ)」シリーズは今でいう歴女のはしり"ミラジェンヌ"を生み出したらしい。そこで心がひっかかった。大人気で舞台化もされ、昨年まで続いてたらしいから読んでみようかな。


2章はやはり気になるものが多かった。


◇スーパーロボット、SF


永井豪が創作したマジンガーZは人間がロボットの頭部に搭乗し操縦する初のロボットで、スーパーロボット史の中では、そのアイデアが革新的として評価されるということだ。ちなみにスーパーロボットという言葉もマジンガーZの主題歌から来ている。機動戦士ガンダムも含めて観てたし、スーパーロボットアニメ好きだった。


これらの作品にはまたSF的世界観の設定が欠かせない。スターウォーズ、宇宙戦艦ヤマトの全盛期を体感してきた世代には実にノスタルジーを感じる内容になっている。


◇魔女、魔法使い


現在に至るまで魔女、魔法使いを主人公にしたアニメーションは枚挙にいとまがない。魔女、魔法使いのイメージ、歴史的変遷を述べ、「奥様は魔女」などのコメディでは親近感の湧くキャラ設定となってきたとか。

んー、姉がいたからよく観た気が。「魔法使いサリー」が白眉かなやっぱり。


◇スポーツ


「アタックNo.1」から「ユーリ‼︎!on  ICE」まで。マンガから実際の選手のキャラとなったものに「ドカベン」「YAWARA!」を挙げている。「キャプテン翼」の大空翼は劇中バルサに入団するが、実際のバルサでも翼が入団したことになっていて、劇中の背番号が永久欠番になっているとか。知らなかった。アニメーションのパワー恐るべし。


◇ゾンビランドサガ


アニメーションで描かれるホラー文化、特にゾンビを取り上げているが、代表的な事例として昨年10月から12月に放映されたアニメーションで、一度死にゾンビとして蘇った少女たちがご当地アイドルグループを結成し佐賀県を盛り上げるという内容でネットユーザーの賞を獲得した、というのが出てくる。タイトルのコミカルさとともに福岡出身としてはよく知る佐賀県をどうやって盛り上げているのか気になった。


4章では各国のアニメーション歴史、進化が集められている。気になったのはドイツ。


世界初の長編アニメーション作品「アクメッド王子の冒険」の制作者はロッテ・ライニガーという女性。切り絵の人形と影絵劇を融合させたアニメーションで「アクメッド王子」は無声映画だったが、以後音楽、台詞、また彩りを加えたりした作品を制作したようだ。


影絵は表情もつけられない。多くは色もない。ライニガーは人形の造形や動きを工夫し想像力を刺激した。掲載されているDVDや展示の写真が印象的で、観てみたいと思った。「命のないものに命を与えて動かす」のが実感できそうな気がする。


それから「カリメロ」。てっきり日本アニメと思っていたら、元はイタリアの作品とのこと。アニメーションで日本とイタリアの結びつきは強く共同製作も多くなされ、「紅の豚」をはじめイタリアにインスピレーションを得た日本作品は非常に多いそうだ。目から鱗だった。


終盤の二つの章ではキャラクタービジネス、テーマパークから、コスプレイベント、聖地巡礼などを取り上げている。


商品の許認可制度は手塚治虫が始祖だった、とか、コスプレイヤーが現れてきたのはスタートレックやスターウォーズのファンイベントだったとか興味深い知識がたくさんで楽しく読んだ。


アニメーションというとあまりにもたくさんのジャンルがあり膨大な作品量だ。ディズニーだけでもどんだけ?という感じ。視野を世界中に広げ、歴史という俯瞰で見ると気の遠くなるような数である。


その本では、雑多な状況、現象を整理し、これまで体験してきた日本や海外のアニメの位置付けと最新の動向を知ることができた。


アニメというと想い出もあり感傷的にもなる。ジブリ他のヒット作品にいかにも日本らしいリアリティや気の利いたユーモア、好ましいバイプレイヤー、選び抜かれた言葉なんかが詰まっているのを心に浮かべたりする。


そういう下地があって、アニメーションと、アニメーションに動かされる人々の関係性はさらに新しい時代に向かいつつあるのかも知れない。「君の名は」以降、これまでになかったパワーを感じてしまう。



ただドイツのライニガーや、子どもが小さい頃よく観ていたクレイ(粘土)アニメーションの「ひつじのショーン」のことを考えるとき、「命のないものに命を与えて動かす」というアニメーションの本来の意味が輝きを帯びてくる気がする。それはとてもポジティブでサステナブルな感覚。得たものは多い。


啓発されました。はい。

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