12月の読書が充実していると、良い気分になる。毎年だいたいそうだ。サラサラ読めるもの、流行もの、スポーツもの、大河もの、全て必要。みな批判承知の上で書いているのだろう。それでもやはり、本格派が好きだな。来年も、たくさんの出会いを期待している。
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森見登美彦「四畳半神話体系」
実験的作品と言えるだろう。やはり万城目学と似てるなあ。
下鴨幽水荘という下宿屋の、四畳半の部屋に住む、「私」は映画サークル「みそぎ」を小競り合いで辞め、2年間を無駄にした大学三回生。人の不幸で三杯は飯が食えるという小友人・小津とともに、京都の街をドタバタと駆け回る。
ネタはバラさない方がいいだろう。けっこう極端な形を取った実験的ファンタジー作品。相変わらず剛腕で押すような部分もあるが、工夫して、色々と小ネタからオチまで考え尽くされている。正直途中からめんどくさくなったりするが、ほのぼのとして憎めないところが救ってくれる。
森見登美彦といえば、「夜はみじかし歩けよ乙女」がもうひとつ合わず、少々敬遠していたが、この作品のテイストと工夫の中に愛すべきところをちょっとだけ見出した気がしている。貸してくれた同僚も、この作品で好きになったと言っていた。
もひとつふたつ、読んでみるかな。
江本孟紀「実は大したことない大リーグ」
活字とNHKはなんとかならないものか。そろそろ「大リーグ」という呼び方はやめた方がいいと思うのだが。
タイトル通り、江本孟紀氏が、アメリカのメジャーリーグのみならずスポーツ報道からウエイトトレーニングに頼りすぎの風潮から、アベノミクスのエクスパンション構想、高校野球におけるタイブレークや球数制限まで、終わったばかりの野球シーズンを例に斬りまくっていく本である。
数字データを用いて論を展開しているものもあれば、感情論もある。伝聞また少ない取材に寄って持論を展開する場面もある。中には野球経験のないライターを揶揄する文章もある。中身には正直賛否両方だが、スカッとする部分が多くあるのも確かだ。
肩は消耗品で球数を厳しく制限するメジャーで、実は中4日で投手を使い倒し、結果としてヒジを故障しトミー・ジョン手術を受ける投手が急増している事実。その一方でアメリカに比して日本の若手にハングリーさが足りないこと。親会社と密着した旧態依然とした球団経営・・。某国営放送がメジャーリーグ中継をものすごい大金で契約していることにも話が及んでいる。
田中マー君が故障した時、日本の高校時の投げ過ぎがクローズアップされたことには「なんで?」とさすがに思ったものだ。一方で済美の安楽投手や前橋育英の高橋光成投手の不調を、直後の海外遠征と秋季大会の関係に結びつけるのは、誰もが感じたことだけに共感は出来る。
まあこの辺は、織り込み済みだろう。今シーズンの回顧と、スパッとエモやん節で言い切ることが目的だろう。ハッキリ言うのも、必要だな、とも思える書である。
中田永一「くちびるに歌を」
少々予想と違ったが、最後はやっぱりちょっと泣かされた。一気読みで寝不足。
長崎・五島列島に住む中学3年生、桑原サトルは存在感が無く、友達もいない「(ひとり)ぼっちのプロ」。仲村ナズナは合唱部員。熱心だった顧問が産休のため、合唱部には自称ニート、音大出の柏木先生が東京から赴任してくるが、その美貌目当ての男子部員が増え、合唱部は混乱する。そして、合唱部に入ったサトル、部長のエリを支えるナズナは、それぞれに家庭の事情をも背負っていた。
なかなかあらすじが難しく、長くなってしまった。当たり前だが、中学生は多感な時期で、元気だったり、落ち込んだり、自分の立ち位置を悟ったり、うまく立ち振舞う術を身に付けたり、うまくやってるつもりがはたから見るとバレバレだったりした。色恋に敏感過ぎることもあった。そういう部分をぎゅっと上手に詰め込んでいるような感じだ。
「百瀬、こっちを向いて」から読んでいると、中田永一、乙一のほうが通りがいいが、は、ある程度パターンづいたキャラクター設定をしているように思える。特に男子。しかし、この作品のストーリーは、「まっすぐの中ひねってる」感もある。
最初は、離島の無垢な子供たちを、都会から来た魅力抜群の女教諭がやる気を出させ、コンクールで優勝させる話、くらいに思っていたので手を出しかねていた。ところが、軽く予想は裏切られ、柏木の、クセのあるバイプレーヤーぶりにちょっと唸った。もう少し柏木の真意や詳しい事情を作っても良かったかな。柏木に限らず、すごく抑制している部分を物語中に感じたのは、気のせいだろうか。
物語の大半は中学生のストーリーであり、幼い部分もあるが、仕掛けもあり、展開は飽きさせない。悪意は少ないがスパイスとして覗く。オチも、まっすぐだ。九州ことばも可愛らしく、懐かしい。
やはり歌は素晴らしい。ラストに近いところは予定調和っぽいんだけどウルウルなってしまう。「くちびるに歌を持て」。年末にしみじみと良い作品に浸れたと思う。
水原秀策「サウスポー・キラー」
野球もの多いな、最近。コンビニで衝動買い。
プロ入り2年め、人気球団オリオールズのエース、沢村航はクールな頭脳派左腕投手で、旧弊な考え方の首脳陣や選手たちともなじんでいない。ある日の試合後自宅のマンションの前で、沢村は正体不明の男に突然殴打され、その後先輩投手のパーティーの会場近くでも暴行を受ける。やがて怪文書がマスコミに発信され、沢村は八百長への関与を疑われる。
基本は1人称のハードボイルドである。2005年の作品、第3回このミス大賞。大変な災難に巻き込まれる沢村の、クールで、意外に多弁で、笑えない冗談好き、という性格がハマっている。ある左腕投手を連想してしまって、おかしかった。
謎が謎を呼び、やがて共通点が見えてくる。そして首謀者は動機に納得できる意外な人物・・。そして魅力的な女性、手強い相手、浮かんでは消える容疑者、だんだんと見えてくる真実の部分も飽きさせない、とサスペンスの王道を行っている。
野球の部分はウエイト・トレーニングをめぐる世代間ギャップや投球の詳細な分析、投手の行動、心理などかなり取材、勉強の跡がありふんだんに盛り込んである。そしてクライマックス、無謀な約束をした沢村のピッチング・シーンは圧巻で、なるほど面白い出来になっている。
難は謎の正体で、オチの部分はそりゃその通りだね、という感じ。人物には動機があるが、理由がまっとう過ぎて、だからってプロ野球の球団がそこまでするか?とかいう疑問が消えず、また得られる満足感が少ない。人とシチュエーション設定への依存度が高いのだ。
主軸となる人物の魅力、展開の仕方、描写などは秀逸だけど、ディテールにもひとつな部分が見え隠れする。でもまあそれなりに楽しめた作品ではあった。
余談だが、私はあまり外国ミステリのベースがない。クイーンはだいたい読んだし、アガサもまあまあ、「樽」「偽のデュー警部」「苦い林檎酒」「深夜プラス1」なんかは読んだけど、その他は勉強不足。この本を語るとき、決まったように出てくるディック・フランシスもいつかと思いながら読んでいない。来年は、その辺も攻めようかな。
梨木香歩「西の魔女が死んだ」
素朴な、名作。対比があって面白い。
中学1年のまいは登校拒否になり、両親に、田舎に住む母方の、イギリス人のおばあちゃんに預けられる。自然の中で規則正しく生活するおばあちゃんのもとで、「魔女修行」に励むまいは元気を取り戻すが・・
日本の作家で自然を語らせたら梨木香歩の右に出る者はいないのではないだろうか。「家守綺譚」「冬虫夏草」でもそうだが、この方の造詣の深さとその表現、描写、さらに物語への取り込みには恐れ入ってしまう。
この話は短いけれど、とても魅力的なストーリーだと思う。主人公のまいのみならず、祖母と母親との関係、現代的な仕事に携わり多忙で単身赴任の父等々を、おばあちゃんの生活を中心に、多弁でなく浮かび上がらせている。
我が家の祖母も、ジャムを作っていた。土筆を採ってくれば卵であえてくれたし、田んぼでヨモギを採ってきて、てんぷらにして食べさせてくれた。私は、この物語で言う「オールドファッション」に触れた最後の世代かも知れない。
素晴らしい梨木香歩の色。今後も楽しませて欲しい。1年の読書を締めくくるに相応しい作品だった。
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