12月は10作品11冊。ちと野球に寄った月だったかな。まあ面白く過ごせた。では今年最後の月書評。
貴志祐介「悪の教典」
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お初の貴志祐介。まあその、このテイストならば・・。2010年下半期の直木賞候補作。
蓮実聖司は晨光学園町田高校の英語教師。さわやかなルックスと巧みな弁舌、切れる頭脳と行動力で、生徒のみならず、先生たちの中でも何かと頼られる存在。しかし、彼には戦慄するような裏の顔があった。
最初は、変わり者の、出来る英語教師として、主人公を描いているが、それがだんだん裏の顔に変わっていくことにかなり気を割いていくのが分かる。学級の描き方も、工夫の跡が見える。後半は、パニック・エンタテインメント。「このミス」1位となったタネ明かしも最後にある。
ひとかどのエンタテインメントである事は疑う余地は無いだろう。しかし、相当な切れ者のはずの蓮実の犯行は、高校生にすら感づかれ、それが原因で極端な行動を取る、という繰返しで、ちょっと鼻白んでしまう。それでスーパーさを強調されてもチグハグ、という印象だ。ミステリー好きのならい、どいうやつで、完成度を求めたくなる。
ひと昔前、綾辻行人の「殺人鬼」という、とにかくバケモノが人を残虐に殺しまくる、というシリーズが人気を博した事があった。想像の世界のみに許されるハチャメチャさを人は歓迎する。私もそうだし、今回はそこに学園もの、という要素も上手に加えてあるのだが、好みでいうともうふたつ。親世代で面白いという人は少数では?
ただこの作品が世に受けたのも事実。直木賞の選考で、宮部みゆき氏は、ハスミンかっこいい、という読者がいるのも、その読み筋に驚いて、眉をひそめる読者がいるのも、この作品の勝利。単独犯での大量殺人、という扱いにくいテーマを恐れなかった、と評価していた。新しい小説、と捉える向きも文壇にはあるようだ。批判も多いし、私もどっちかというとそうだけど。
貴志祐介氏は新世代の作家さんだと思っていたが、自分よりはるかに年上と知ってびっくり。そのパワーには敬意を表したくなった。
金子千尋
「どんな球を投げたら打たれないか」
いやー、野球好き、めちゃくちゃ面白かった。
今シーズン、16勝5敗、防御率1.98で最多勝、最優秀防御率、そして沢村賞を受賞した
、オリックスバファローズの金子千尋投手の本である。
数年前に読んだ、渡辺俊介投手の「アンダースロー論」、題名は忘れたが、岩隈久志投手の本、古くは桑田真澄投手の著書など、現役の投手の作品を読むのはそもそもとても興味深い。それがその時のプロ野球トップ選手の「リアル」だからだ。
その中でもこの本は抜群に面白い。独自の思考を細やかに書いてくれていること、変化球についての詳しい説明、実際の試合を追いながらのピッチングの組み立てについての言及など、中身もこれまでのものとはひと味違う感じだ。
何より読者として嬉しいのは、説明しにくい感覚的なことを、何とか言葉で理解してもらおうと工夫している跡が見えること。
私は週刊ベースボールがよく特集する「魔球の投げ方」、ようはプロ野球の変化球の握りなどをクローズアップするもの、などが大好き。だから、個人的にはやはり変化球の項が楽しかった。また、パワーシンカー、パワーカーブ、ナックルカーブという今風の変化球の話も大変嬉しい。
いかに細かいところまで頭を使って行動しているか、固定観念を覆したスプリット・フィンガード・ファストボールの習得、変化球への考え方、気の持ち方など、独特なものもあるが、ほとんどは納得出来て、感じ入るところも多い。
元プロ野球選手の経営するお店で聞いた話、「プロ野球選手の中でも、一流と言われる人は、ちょっと違う考え方を持っている。」というのが頷けた気がした。
やっぱたまにはスポーツものは必要だね。
恩田陸「クレオパトラの夢」
「なんだわ」言葉は恩田陸の特徴だな、やっぱり。
女言葉の麗人、神原恵弥。アメリカの製薬会社に勤める恵弥は、双子の妹、和見の住む、北のH市を訪れる。不倫相手の研究者を追いかけて行った妹を連れ戻すためだが、恵弥にはもう一つ、「クレオパトラ」という目的があった。
2003年の作品。私は数年前、「恩田陸読破計画」を立てたが、歩みはのろい。こうして年間数作を読んでるだけだ。とりあえず「ロミオとロミオは永遠に」「ねじの回転」は上下巻なのですっとばして、次は「禁じられた楽園」か、クセが強そうな「Q&A」と既読をすっとばして、「夏の名残りの薔薇」かな、と思っている。一応出版された順番にチェックしている。これまで面白かったのは、
「六番目の小夜子」「球形の季節」「ネバーランド」「ドミノ」「黒と茶の幻想」、そしてやはり、「夜のピクニック」かな。主人公で言えば、少女マンガ的ではあるが、水野理瀬シリーズがけっこう好きである。
さて、「クレオパトラ」。神原恵弥は「MAZE」の主人公だったらしいが覚えていない。最初に書いた、「なんだわ」言葉、つまり女性らしい、過ぎる言葉遣いは恩田陸の特徴だと受け止めているが、それを男の恵弥に言わせているところが遊び心の一環だろう。確かに、一種の、物語を落ち着かせる、もしくは主人公のスーパーぶりを際立たせる効果はあるなあ、と思ったりした。ちなみに以後、神原恵弥シリーズは出ていない。
ミステリーのネタ、「クレオパトラ」の正体はやがて明らかになるが、けっこう飛躍があるオチ。それよりは、登場人物たちの小さな謎をぐるぐると描く、H市の旅情をも盛り込んで、その成り行きを楽しむものとなっている。
どっから見ても丸わかりのH市は、これも遊びの一環なんだろか。まあミニな恩田テイストを楽しむ一作だろう。
東野圭吾「マスカレード・ホテル」
この作品を読みきった日は、たまたま外国人にバス停でガイドした。英単語を駆使してなんとか、だったが、理解してくれたときの満足感に、ついホテルマンを思い出した。こじつけなんだけどね。ちなみに日本語を読めない方々は、平日と休日ダイヤの違いに当惑うようだった。
サスペンス・エンタテインメント。やっぱ東野圭吾は読者の楽しませ方を知って、徹しているな。
東京駅近くの一流ホテル、コルテシア東京のフロントクラーク、山岸尚美は、刑事に対しての、ホテルマンとしての教育係を命じられる。ホテル内で起こるであろう殺人事件に関する協力だというのだ。しぶしぶ承知する尚美だったが、クラークを装う役の新田刑事は、ぶっきらぼうな男だった。
テレビドラマのような設定と進行だ。ホテル特有の様々な客が引き起こす小さな事件を交えつつ、大きな謎を解決していく。長めの作品だが、一気に読めてしまう。ホテルものの小説はそれなりに有るが、多分初めて。クレーマーとその対処の現実などが分かって面白かった。
謎そのものについては、本編中にも触れられているが、正直を言うと手が込み過ぎている印象である。ミステリーというよりはやっぱサスペンスかな。
ただ作者は幾つかの暗合も駆使していて、なかなか面白いし、真相もタイトルに準拠していて、さっぱりとまとまっている。東野圭吾作品は、やっぱり楽しめる逸品ではある。
東野圭吾「マスカレード・イブ」
甲子園ボウル観戦中。関学、強いな。
オリジナル文庫。「マスカレード・ホテル」前夜のお話。
ホテルのフロントクラーク尚美、警視庁刑事の新田。それぞれの若き時代の話の短編や現在の事件、尚美と新田が微妙に交差する中編が入っている。
統一テーマはやはり、仮面、覆面というものだ。大人の苦味を効かせた事件集。未読の方は、こちらの方から先に読んだら面白いかも。東野圭吾流エンタメ全開だ。
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