2013年12月21日土曜日

12月書評の2

スペインなど合作の「二人のアトリエ」という映画を観た。第2次大戦中ドイツの占領下にある、スペイン国境に近いフランスの街、拾われた娘をヌードモデルにした、著名な彫刻家の話。モノクロ作品である。

穏やかで、よくあるストーリーだったが、映画は最後が難しいとつくづく感じた。特に芸術系の場合は早くきっぱりとオチを付けなければ冗長になるばかりだし。今回は強引だな、というのが感想だった。

さて後半。期待はずれのものもあったが、面白いラインナップだった。

近藤史恵「エデン」

うーん、面白かった。前作「サクリファイス」よりも重くも唐突でもない分楽しめた。締めの事件には同様のことが起きるのだが、あまり気にならず、今度はツールの行方に集中できる。

自転車のロードレースシリーズ第2弾。フランスのプロチームに移籍を果たした白石誓、チカはついにツール・ド・フランスに出場する!

ツール・ド・フランスというものは、ロードレースというものは。今回もちろんこれが最も読んでいて楽しいが、このシリーズの良さは、チカの、透明感とどこかしら茶目っ気を併せ持つようなキャラクターではないかと思う。

同僚ミッコもGood。番外編も出ているようだが、次のポルトガル編も読みたいな。

木内昇「漂砂のうたう」

なんというか、モダンな時代の文学作品に、現代テイストを混ぜたようなイメージのものだ。

明治維新から10年、東京・根津の遊郭で立番をしている元武士の定九郎。世は士族の反乱が相次ぎ、騒然としていた。時代の波の中で落ちぶれた我が身に諦観と割り切れぬものが相混ざった感情を抱く定九郎の周囲に様々な出来事が起こる。

2010年上半期直木賞。道尾秀介「月と蟹」との同時受賞である。木内昇(のぼり)は女性作家さん。これまで直木賞候補になったこともなく、いきなり、という感じで賞をさらった感がある。

「漂砂のうたう」は閉塞感の漂う中、普通の人間がもがく姿を描いた、純文学に近い小説だ。維新後権力を削がれた武士の苦悩ともがく姿を、べったりとした閉塞感をベースとして描き切っている。

どこか幽霊のような感じも漂う噺家のポン太、看板花魁の小野菊、妓夫太郎の龍造、噂話好き、おしゃべりの下男嘉吉、賭場の仕切り、山公など強いキャラクターの人物が出て来て飽きさせない。

また、幽玄のテイストを強める仕掛けとして、噺が効果的に使われている。時代の移り変わりも、折に触れうまく混ぜ込んである。いわゆる痛快さはないが、時代に翻弄された、ある武士の心の有様を描く表現が、次から次へと積まれて行く佳作だ。もちろん現代人へと捧げたテーマでもあるかも知れないが、改めて御一新、というのは想像できないほど劇的な変化だったのでは、と思える。

惜しむらくは、かつての小説よりも、隠喩が直接的なこと、またなぜかうまく事が回ってしまうのに説明が無いこと、、ラストだけがさわやかに出来すぎていることだろうか。

エキサイティングな類のものではなく暗いが、一気に読んでしまった。考えてみれば、反乱ものはあっても、庶民的なこの時代の武士の姿にスポットを当てたものはあるんだろうけど、新鮮で興味ある時代と題材であり、行間の雄弁さはなかなか読み応えがあった。

坂口安吾「不連続殺人事件」

面白く読み進んだ。推理小説の名作として日本では確固とした地位を築いている作品。

立て続けに起きる8件の殺人。歌川一馬家に集まった、多くのクセのある招待客のうち、真犯人は誰なのか?またそのトリックは?

坂口安吾、戦後すぐ「堕落論」を発表、太宰治、織田作之助らとともに新文学の旗手として注目された。1948年この作品を発表、第2回探偵クラブ賞、いまの日本推理作家協会賞を受賞した。

これの前に読んだ、「安吾捕物帖」が、どうももひとつ分かりづらかったのでどうかと思ったが、ずんずん進んで、あっという間に読み切った。

この作品も「捕物帖」と同じく、男女の情欲の話がたくさん出てくるし、なにせ登場人物が相変わらず多いし、会話や態度はあり得ないくらい野卑な面があり、まさに異世界の様相を呈しているのだが、傑作の名に恥じない出来だと思う。

「心理の足跡」がポイントだが、その仕掛けも、トリックとその理由もなかなか唸るものがある。

一つ二つ疑問点はあり、また現代の小説からしたら無駄もとても多いように見えるが、典型的な犯人当てミステリーで充分楽しく読めた。

雫井脩介「火の粉」

古典的なサスペンス、というのがまずもっての印象だ。解説にもあるが、まずベースとなる女性たちの描き方が上手いと思う。そして、違和感から悪意、八方塞がりの状態、どんでん返しと急展開・・。一気に読み切った。

初の雫井脩介、人に薦められた作品である。宮部みゆきのような色を感じるサスペンスである。ゆっくりと日常に時間をかけて描いている部分が印象に残った。

裁判官梶間勲は、一家3人殺害事件で逮捕、起訴された被告に無罪判決を下す。冤罪を晴らした形となったその被告人武内が、ある日梶間の隣の家に引っ越して来た。

裏表紙には、「読者の予想を裏切り続ける驚愕の犯罪小説」とあるが、少なくともこの本については、大まかな成り行きと犯人がかなり早い段階から読めるので、ラストに向かってディテールを追って読み進む感じだ。

ストーリーの最も重要な核となる証言が最初は抜け落ち後で都合良く出て来ていて、どうも捜査を意図的にずさんに描いている、とも思ってしまう部分もある。

八方塞がりの場面を淡々と、しかし巧妙に作りあげている部分など面白かったが、ちょっと色合いと先が見え過ぎてるな、という感想だ。

古関順二
「野球を歩く 日本野球の歴史探訪」

日本の野球史を振り返りつつ、ポイントとなった幾つかの球場を紹介、詳細に述べ、実際見に出かけている。

野球も歴史も好きなので、面白く読めた。私事で言えば、昔福岡に香椎花園という遊園地があって、そこへよく連れて行ってもらった。

香椎花園の隣には、草に覆われ使われていない香椎球場の、蔦に覆われた石のスタンドがあった。繋がりはないが、打ち捨てられた球場に立ち、妙に感慨が湧いてくる気がした。いまはなき平和台球場もまた思い出多く、西鉄福岡駅から、新天町を通って、西鉄グランドホテルの前を通って、裁判所の前のお堀端を歩いて、福岡城址にある球場への道を登る道のりは、ワクワクしてことさら楽しかった。数年前には球場跡地も再訪した。

知識として野球史は面白いし、上のような理由で球場跡巡りもゆかりの地探訪も好きである。著者いわく、神宮球場の描写が美しかったという、ハルキの「ねじまき鳥クロニクル」でも読んでみようかな。

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