2021年12月28日火曜日

12月書評の6

おじいから孫に、チョー巨大な梨「愛宕」をクリスマスプレゼントに贈ってきた。

カボチャ並み。でも息子と私とでけっこうすぐ食べてしまうんだなこれが。

◼️ ピーター・ローランド
「エドウィン・ドルードの失踪」

クリスマスに、ホームズを。この時期のパスティーシュ。

確かミステリマガジンが12月にホームズ特集をしてから、たしかにクリスマスにはホームズが似合うなと思い毎年なにかしら読んでいる。アガサ・クリスティーが「クリスマスにクリスティーを」とこの時期に新作を刊行していた当時の出版社のコピーと読みかじったこともあったような。いいもじりですね。

クリスマス時期のパスティーシュです。

1894年12月23日、ジョン・ジャスパーという老人がベイカー街を訪ねてきます。

1894年というのは、ホームズがベイカー街に帰還を果たした年。1891年、スイスはライヘンバッハの滝でモリアーティ教授と決闘したホームズは2人して滝壺に転落し、死んだと思われていました。実は滝には落ちておらず、生存を知られたモリアーティの残党から身を隠すため、ワトスンくんにも内緒で大陸に渡っていて、この年の春「空き家の冒険」で劇的に再登場したのでした。物語中でもジャスパー氏が、つい最近まであなたは死んだと思われていたのですよ、と言及してます。

さて、ジャスパー氏は、昨年のクリスマスイブに失踪した甥、エドウィン・ドルードを探して欲しい、と依頼します。新たに町に来た同年輩のネヴィル・ランドレスという若者と嵐の後、河の様子を見に行ってから行方不明になっている。ネヴィルが殺したに違いないが、本人は否定、告発には至っていないとのこと。帰るジャスパー氏を窓から見ていると、突然男2人に囲まれ、連れていかれます。ホームズは急いで駆けつけたものの見失います。

興味を覚えたホームズは翌日ワトスンを連れて一連の出来事が起きた大聖堂の町、クロイスタラムへ出かけ、思いがけない事実を知るのでした。

物語には2人の女性が絡んでいます。当時のエドウィンの婚約者で親族同様に育ったローザ・バッドとネヴィルの妹のヘレナ・ランドレス。どちらもとても主要な役割を物語終盤に果たします。

時制の問題があり、クロイスタラムという大聖堂のある田舎町の不気味さ、後半、何があったのか一気に分かってくる現実感、そして幻想、怪異の終わり。

実はこの話はディケンズが初めて挑んだ推理小説、「エドウィン・ドルードの謎」を下敷きにしています。ディケンズが急死したため未完となったとのこと。エドウィンが失踪したところまでで絶筆となった、その先をもしホームズ&ワトスンが担当したら・・という設定のパスティーシュなのです。物語中にディケンズの作品を楽しむお祭りがあり「クリスマス・キャロル」の扮装をした一団がスクルージのセリフを口にする場面が出てきます。


実は、読んでいるほうも、これで、ホームズが捜査を続ける意味あるの?とワトスンが説得するのと同じ気持ちになったりします。結末は推理小説としては反則気味だし、分からない伏線もあったり。

しかし、クリスマス時期の雰囲気や大聖堂ミサ、墓地、不気味さ、後見人というイギリス的社会の雰囲気など、いいイメージを持てる作品だなと思っています。だからか、3〜4回めくらいの再読。いつも解決のくだりを覚えてないからまた読む気にもなるし笑。

シャーロッキアン的には「語られざる事件」としてパスティーシュ作家に大人気の、こうもり傘を取りに家に入ったまま消えてしまったジェイムズ・フィリモア氏の事件やアヘン窟で物語が始まる名作「唇のねじれた男」を思い起こしてしまったりします。その薄い関連性も味わいかなと。


原作は図書館にあるようだし、次の再読の時には読んでみようかな。


◼️ 佐藤正午「月の満ち欠け」

少女に生まれ変わり続ける女と周囲の大人たち。直木賞受賞作。

私が多読になったのは15年ほど前からで、最初は直木賞受賞作から入った。賞は1つの指標であり、日本で最高の文学賞と目されている直木賞の作品がどんなものか興味もあった。付け足せば、賞を創設した菊池寛が、半分は雑誌を売るためだ、と言ったのも気に入った。

半分は商売のため、は目的として分かりやすい。ゆえに賞の結果にあれこれ言う気にはならない。ただ、日本で著名な先生方がけっこう本気で選んでいるからか、たしかに力のある作品はある。「テロリストのパラソル」「恋歌」「邂逅の森」最近では「蜜蜂と遠雷」。だから今でも読む気になる。もちろん?な作品もある、この作家ならあっちの方が良かった、と思うこともある、というところ。

さて、今作は生まれ変わりの物語。読了後に直木賞選考の評価が高いことに少し驚き、半分納得。

小山内は、1週間ほど高熱に苦しんだ娘の瑠璃が、7歳ではあり得ない知識や歌を知っていると妻の梢から相談を受ける。しばらくして瑠璃は行方不明になり、自宅から離れた高田馬場で保護された。

学生の三角は雨の日にバイト先のビデオ屋で雨宿りしていた髪の長い女性と出逢いやがて付き合い始める。彼女の名前は瑠璃といったー。


瑠璃は時代を移り、何回も生まれ変わって周囲を戸惑わせる。そして正木に逢いたいと願い、行動する。しかし小さな子どもにはできることに限界があり、18歳になるまで待って電話をかけたりする。

恋人同士にしかわからないこと、はかわいらしく、ノスタルジーをそそる。 


エピソードが時制通りに並んでいるわけではなく、こんがらがる時もあった笑。最後に感動が透けて見える仕掛けがある。


本を読むとき、わからない言葉や言い回しをよく調べる。平明さを称賛されているこの作品ではそれが1つも見当たらなかった。瑠璃に絡む大人たちの人生や生活感、絡み方も丹念に描いていていると思う。生まれ変わり、読む人の心にある願望と奇跡を信じる心を刺激する。



宮部みゆきミステリ風な感覚もあって、さらさらとページが進む。さまざまな境遇、性格の親たちをいろんな時代に置き、大人たちは幼い少女の姿ならではの騒動に振り回される。あっけない死、喪失が訪れる。しかし喪失は新たな命を産む。その繰り返しー。娘に瑠璃が乗り移るのも希望なのか、もとの娘の喪失なのか。混乱の描写もリーダビリティの1つかも知れない。


ここからはうーむの点。まず生まれ変わりものは北村薫「リセット」や恩田陸「ライオンハート」、東野圭吾「秘密」で読んだし、ネタとしては目新しくない。


また感じ方の問題かも知れないけれども、瑠璃がもとの恋人に熱烈に逢いたいと想う動機が弱いかなと感じたかな。全体としてもひとつ。ズーンとかしみじみとか共感とか来なかったし。


審査員の絶賛にふむそうなんだと。高く評価するには理由があるのだろう。そこまでは思いが至らなかった。長い間の物語。著者の本は初めて読んだ。少しの薄気味悪さ、常識とのあわいで勝負するのは持ち味かな。

0 件のコメント:

コメントを投稿