

息子さんが高校の東北修学旅行のお土産を帰ってから3週間後に出してきた。まあ賞味期限内だし美味しくいただきました。
️ Authur Conan Doyle
「The Adventure of the Dancing Men(踊る人形」
暗号解読。探偵ものの粋。ネタはポーに似ているそうな。
ホームズ短編を原文で読む13篇めは「シャーロック・ホームズの帰還」より「踊る人形」。長編も含めたある年の人気アンケートで9位に入っている作品。ちなみに1位は長編「The Hound of the Baskervilles (バスカヴィル家の犬)」、2位は「The Red-Headed League(赤毛組合)」。
それだけシャーロッキアンに強く支持されていると言えるし、今回も楽しみながら読んだのだが、書き始めてハタと困ったことに気がついた。暗号は踊る人形が使われているが、その絵をこの書評に出す手立てがない。
うーん、興味ある方はリンク先へ行って見てみてください笑。
さてベイカー街の部屋で、ホームズは試験管を手に、悪臭のする化学実験をしながら、いきなりワトスンが心に秘めていたつもりの、南アフリカの証券投資のことを突然ずばりと言ってみせます。シリーズ全体で、冒頭何度かこういう場面が出てきます。ユーモラスかつホームズものを象徴するシーンではありますが、今回も割愛します。またいずれ。
そうこうするうち、ノーフォークの古く名誉ある家柄の郷士、依頼人のヒルトン・キュービット氏が訪ねてきました。背が高く健康そうな赤ら顔、ひげをきれいに剃り上げた紳士でした。
Well, Mr. Holmes, what do you make of these?
「ホームズさん、これについて何か分かりましたか?」
キュービット氏は依頼の手紙に、不思議な象形文字のような絵柄で構成された、一見いたずら書きのような紙を入れて寄越したのでした。
その絵柄とは、子どものいたずら書きのような、人が手を挙げたり、旗を持ったり、逆さになったりしたもの。ホームズは非常に面白い事件になりそうだと口にしたもののこの記号文字については言わず、キュービット氏から詳しい事情を聞くことにします。
地方名士いわく、自分はアメリカから来たエルシーという婦人と最近結婚して幸せであること、結婚の条件が、エルシーの過去については訊かない、というものだったこと、ある日、アメリカからきた手紙を見て妻が真っ青になり、目に恐怖の影が差すようになったことなどを話します。そして、先週の火曜日、窓枠にその踊る人形の記号文字がチョークで殴り書きされたのを見つけたと。
最初はいたずら書きだと思っていたのが、妻にちょっと話したところ、彼女は真剣に、次に現れたら自分に見せてくれるよう頼みました。そして昨日の朝、ホームズに送った踊る人形の手紙が日時計の上にあるのを見つけ、それを見たエルシーは失神してしまったとのこと。
ホームズはまず常識的に諭します。
Don't you think, Mr. Cubitt, that your best plan would be to make a direct appeal to your wife, and to ask her to share her secret with you?
「キュービットさん、いちばん良い方法は、あなたの奥さまに直接お願いして、秘密を分かち合うようにすることでないですか?」
しかしキュービットは約束は約束だ、彼女が話さないことを強要はできない、と言い張ります。
後に起きたことを考えると、いかにも不自然に見えます。しかしここではいたずら書きののようなものがあって、女が不安がっているとしか判断材料がない状況でした。
ホームズはそれでも依頼を受けると快諾し、1つの手紙だけでは意味が掴めないから、また現れたら正確な写しを取ること、不審なよそ者がいないか見張ること、などをアドバイスしてキュービットを帰します。
2週間後、キュービットがベイカー街を再訪し、はなからこう訴えます。
It's getting on my nerves, this business
「この事件はもうたくさんです」
She's wearing away under it – just wearing away before my eyes.
「彼女はこの状況下で消耗しています。目の前でどんどん弱っていきます」
道具小屋の扉に描かれた踊る人形ー2回にわたって現れました。さらに次は日時計のところに紙に描かれたものが見つかりました。キュービットはその正確な写しを提示します。
最後のメモが現れた後、キュービットは待ち伏せします。エルシーが気づき、寝室に戻るように説得しますが、キュービットは外に男が見えた瞬間妻を振り払い、拳銃を持って外に出ます。木の扉に新たなメッセージがありました。男はすでにいませんでした。驚いたことに、翌朝見てみると、夜、すでにあった行の下に、さらに踊る人形が書き足されていました。キュービットはその写しも渡します。
奥さんは、なにか話し出そうとはするものの、キュービット家の名誉な家系に傷がつくのを恐れている様子。キュービット氏はすぐに自宅へ帰ります。ホームズは訪問も仄めかしますが、ベイカー街に残ります。
材料が集まったので、暗号の解読をしつつ、ホームズは国際電報を打ちます。この返事は遅くなり、その間にキュービット氏から新たに現れた踊る人形の手紙の写しが送られてきました。
それを読んだホームズは不安に苛まれます。
We have let this affair go far enough
「この事件を野放しにしすぎたようだ」
Is there a train to North Walsham to-night?
「今夜ノーフォークへの列車はあるかな?」
しかし最終は出てしまった後でした。明日朝早く出る決意をしたところで待っていた電報の返事が来ました。読んだホームズは、もはやキュービット氏に事態を知らせるのに1時間も無駄に出来ない、と言い切ります。
ノーフォークはロンドンから北西に170kmくらいでしょうか。かなり不確かです笑。軽く検索したところ今でもロンドンから鉄道で4時間くらいかかるとか。
ノーフォークへ着くと、駅長が「ロンドンから来た警部さんでは?」と走ってきます。なぜか訊くうちに衝撃的な事実が分かりました。
They are shot, both Mr. Hilton Cubitt and his wife. She shot him and then herself – so the servants say. He's dead and her life is despaired of.
「彼らは撃たれました。ヒルトン・キュービットさんと奥さんと両方とも。彼女が夫を撃ち、そして自分をー。そう使用人たちが話しています。彼は死に、彼女も絶望的だそうです」
後悔の念に襲われるホームズ。悲劇の現場となった屋敷で地方警察のマーティン警部と共同捜査をすることになります。マーティンは名高い探偵に素直に敬意を表します。
現場の部屋ではキュービット氏がうつ伏せに横たわりこと切れていました。窓の近くにうずくまっていたという彼の妻は瀕死の重症を負いベッドにいました。夫は心臓を撃ち抜かれ、妻は頭に銃弾が残っていました。
使用人たちは夜中にものすごい音がして、目を覚まして駆けつけてみると火薬の匂いが廊下まで充満し、部屋は密室だったと明確に証言しました。外に面した現場の部屋では蝋燭の火が灯っていました。拳銃があり、2発発射されていたことから、妻が夫を撃ち、自殺した可能性が高いと見られていました。
ホームズは臭いの拡散から窓は空いていて、誰かが外から撃ち、ローソクが消えていなかっことから妻エルシーがすぐに窓を閉めたと見抜きます。第3の弾痕も見つけました。外へ出て調べてみると、窓のそばで足跡と薬莢が発見されました。
ホームズは近くでエルリッジという、宿屋か何かの名前を聞いたことがないかと使用人に訊き、その名前の農夫が民宿を営んでいることを突き止め、馬丁の少年に手紙を持たせます。さらにマーティン警部に応援を要請します。
臨時の取調室となった書斎では、ホームズが種明かしをします。
踊る人形は文字を表していること。両手を上げている記号は、アルファベットでもっとも使用頻度の高い「E」の文字であること、他は同じような頻度だが、Eを当てはめて可能性を探っていった結果、次々と確定の文字が分かったこと、旗を持った人形は単語の切れ目を表していること。
そこから相手の名前はAbe Slaney、エイブ・スレイニーであることがわかり、アメリカの捜査機関の友人にシカゴで最も危険な犯罪者であることを確認したと。
ホームズは事件の成り行きに自分を責めますが、マーティン警部は、その殺人犯をぐ逮捕に行かなきゃ逃げられるでしょう、と噛みつきます。すると、ホームズは
I expect him here every instant.
「彼はもうまもなくここへ来る」
警部は
But why should he come?
「なんで彼が来なければならんのですか?」
Because I have written and asked him.
「なぜなら僕が手紙でそう頼んだからさ」
と、ホームズ。
警部はなおもそんな馬鹿な、そんなん疑念を起こさせて逃亡させるようなもんじゃないすか?と食い下がりますが、そうこう言ううちに馬車道を男がやって来るのが見えました。背が高く、浅黒く整った顔立ちでフランネルのスーツにパナマ帽でした。
ホームズたちは手筈を打合せ、待ち受けます。男が入ってきた瞬間、ホームズはピストルを頭に当て、警部は手錠をかけました。
男は迫力ある目で睨みつけましたが、次の瞬間、出し抜かれたことを悟り苦笑します。そして自分はヒルトン・キュービット夫人の手紙でここへ来た、と言います。
そして、夫人が瀕死の重傷であることを知らされると激しく動揺します。
It was he that was hurt, not she. Who would have hurt little Elsie?
「俺が撃ったのは奴だ。彼女じゃない。誰が可愛いエルシーを傷付けるんだ?」
you're not trying to scare me over this, are you? If the lady is hurt as bad as you say, who was it that wrote this note?
「おまえたちは俺を脅そうとしているな?もし彼女が傷ついているとしたら、この手紙を書いたのは誰だ?」
I wrote it, to bring you here.
「僕がお前をおびき寄せるために書いたんだ」
とホームズ。
スレイニーはびっくり。踊る人形の秘密は組織の者しか知らなかった、どうやって書けるようになったんだ?との問いかけに
What one man can invent another can discover
「人が考え得ることは、人が暴くこともできる」
とホームズは答えます。決まりましたー。。
エルシーの父親はシカゴのギャング組織のボスでした。スレイニーはエルシーを子供の頃から知っていて結婚の約束をしていましたが、組織に嫌気が差し、監視の目をすり抜けてロンドンへ逃亡、キュービット氏と結婚したのでした。スレイニーはエルシーを探し当て、農夫の家の地下室を借りて毎晩出入りします。
手紙は相手にされなかったので、踊る人形でダイレクトにメッセージを送り、やがて説得は脅しに変わりました。家名に傷がつくのを恐れたエルシーは窓越しに話をすることにして、スレイニーを呼び出しますが、口止めの金を渡そうとしたのでスレイニーは怒り、彼女を窓から引きずりだそうとしました。そして駆けつけたキュービット氏に見つかり、撃ち合ったのでした。
彼女は事が露見するのを恐れ、とっさに窓を閉めましたが、おそらくは夫がこと切れているのを知り、絶望して自殺を図ったと推測されました。
スレイニーは逮捕され、裁判ではいったん死刑になりました。しかし先に撃ったのがキュービット氏であるという主張が認められたのか、懲役刑に減刑されました。キュービット夫人は完全に回復、未亡人として貧民の世話と地所の管理に人生を捧げたということです。
さて、やはり踊る人形の図がないと面白くないですよね笑。すみません。
"AM HERE ABE SLANEY"
「俺はここだ エイブ・スレイニー」
"NEVER"「いやよ」
"ELSIE PREPARE TO MEET THY GOD"
「エルシーよ、死を覚悟しろ」
などのメッセージが解読され、
ホームズが書いたのは
"Come here at once"「すぐに来て」
でした。
さて、暗号の解読法、というかアルファベットの確率論はエドガー・アラン・ポー「黄金虫」に出てきた解読法に倣っているようです。特にEに関してはそのままなのかも。他はドイルの方が精度が高い、という説もあります。いつか読み比べてみよう、がまだ私も実現できていません。
物語全体を眺めると、新大陸アメリカにゆかりのある謎はドイルらしいですね。暗号解読とそれにより犯人を見事に罠にかける手際はスカッとしますし、銃弾と窓が開いていた推理も早くてリズムが良いです。ホームズの事件録としては失敗のうちに入り、もたついている間に悲劇が起こってしまいます。悲劇の緊張感が潜む謎の暗い深さを強め、加えて踊る人形という表象が物語の暗黒面を醸し出している、といったとこでしょうか。
失敗譚につきものの、ちょっとしたわざとらしさも正直感じますし、特に頑ななエルシーの態度には単調さもあるかなと。
しかし全体として、面白さが勝つ物語で、だから人気があるんだなと思ってしまいますね。
力作揃いの「帰還」でも独特の光を放っています。