2021年11月17日水曜日

10月書評の8

10月は16作品15冊。久しぶりに読み込んだ。ぼちぼち年末に向けて、大賞の選考に入らねばだなっ。

◼️瀬尾まいこ「幸福な食卓」

あえかで高いヴァイオリンの音のような悲しみ。やはりやるな、セオマイコー。

瀬尾まいこは少しずつ読んでいる。まだ本屋大賞の「そして、バトンは渡された」はまだ未読。一気に読まないのは、悲しみが、痛いからかも。

中学生の佐和子の父は、ある日突然、食卓で父さんをやめる、と宣言し、教職を辞めて大学の受験勉強を始める。母親は過去の家族の事件に心が耐えられず近くに別居していた。佐和子の兄の直ちゃんは天才と呼ばれたが大学には行かず野菜を作る団体で働いている。佐和子は普通の学校生活を送っていたものの、事件があった梅雨になるとどうしようもなく鬱になるー。

こう書くと、ひどく暗い話に見えるかもしれない。しかし父さんはせっせと勉強し、母さんはよく家に出入りして明るく過ごし、兄はいたって穏やかで恋人もいて妹思い。みななんとなくのんびりしていて、佐和子の日常も特段のものはないし、家族は仲が良い。


瀬尾まいこの小説は、こうなのだ。あれ?この本読んだっけ、と思うほど雰囲気が似ている。でも、フツーに、コミカルに、ただ過ぎていく日常ではなくて、そこには痛みがある。あれこれと微笑ましいエピソードが連なる中、その悲しみが、掠れた高音のヴァイオリンの調べのように横たわる。これが心を引っかく。すらすらと読みながら違和感に気持ちがざわつく。


思わぬカタストロフィが用意されていて、少し驚く。ドラマ映画ではよくあるけれど、鼻白むにはすでに物語につかまえられ、引き込まれている、

薄い悲しみと痛みとヘンな感覚の中、たくましく過ごしていた佐和子に降りかかるもの。

不幸の中に幸福を認識する。その手段だとしても子ども少年少女の悲しみはかなわないな。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲は、不協和音が混じりながら、穏やかで哀切の漂うメロディの中に突然といった感じで最初の盛り上がりどころが現れる。第1楽章のラストのヤマは、まるでこの小説の大波のようだ。

書いてる途中で最寄りのバス停に着いて、降りると近くの高校生たちがバスを待っていた。ちょっとだけ佐和子と重なった。

◼️ 井上章一「京都ぎらい」

関西在住としてウワサには聞いていたが、洛中と洛外の争い。ほぇーと声が出るおもしろさ。

2016新書大賞第1位だそうだ。あまり行っていなかった京都に興味を持ち出して数年。まあ芯となるネタは聞き及んでいたけども、改めてほぇ〜と唸る思いだった。

京都は御所を中心とした洛中があって、それ以外は有名な観光地でも京都市◯◯区であれ、すべて洛外である。

著者は嵐山の近く、右京区嵯峨野、清涼寺の近くで育ったそうだ。清涼寺といえば源氏物語で光源氏が造った「嵯峨の御堂」のモデルとみなされている。時の有力者源融の山荘だったところ。私は1人源氏物語めぐりで訪れ、ちょい感動した。

有名な嵐山も洛外、つまり洛中人からすれは田舎、源氏物語の美しい宇治十帖の舞台、京都府宇治市ももちろん洛外。宇治出身のプロレスラーが洛中の興行でマイクを握り、京都出身の自分が京都に帰ってきたというアピールをしたところブーイングと痛烈なヤジが飛んだという。

「宇治のくせに、京都と言うな」

平たくいえば嵯峨野で育ち宇治在住の著者が洛中人の思い上がりについて想いを記した本だ。この人は「関西人の正体」「阪神タイガースの正体」をものす学者で、その感情から京都の風俗や歴史について面白おかしく、時に自問自答しながら綴っている。

増服のお坊さんが店で芸妓と遊ぶ、というのもまた京都ならでは、花街は寺社で持っている、とか、懐かしい古都税を巡る拝観停止のエピソードなどなかなか楽しめる。

女の人が私も落ちたものだ、山科の男から縁談が来るようになったなんて、と嘆いたので、著者がなんであかんのですか、と訊いたところ、

「そやかて、山科なんていったら、東山が西の方に見えてしまうやないの」

との答えが返ってきたそうだ。

山科はいわゆる洛中から東方向の区で少し離れている。洛中から東へ行くと山科の手前に東山区がある。清水寺ほか有名な寺院が東山山麓に位置している。

山科に住む先輩にこのことを告げたところ、だからウチの母親はかつて山科に移り住むのを嫌がった、自分も本籍は中京区にしている、とのことだった。別の方からは洛中は西は天神川から東は白川通りまで、とか聞いた。うわ生々しい笑

嵯峨野はかつて後醍醐天皇が南朝を置いたところで、南朝の話から最後の方は対東京というわけのわからない話になっていく。笑

まあその、なかなか周囲の方々とこのネタで盛り上がれたという効用はあった。畿外の方々にはあまり関係のない話だろうけれども、楽しめた本ではありました。

こないだ嵐山に行った時、商店会が作ったという嵐山の絵カードを栞にしてた。

0 件のコメント:

コメントを投稿