2021年11月17日水曜日

11月書評の3

◼️ 村田沙耶香「コンビニ人間」


ふむふむ。フツーではないが、普遍的でもある。


芥川賞を取って大きな話題になり、もちろん書名は知っていた。周りの読書友の感想をきくと、ちょっとキモいというのがあったのでなんとなく読まなかった。先日読んだ本で、英米圏で商業的成功を収めたと知り、別の意味で読みたくなった。なぜ英米圏の読者に「キモさ」がウケたのだろうと。


幼い頃からあった突発的な奇行のため、周囲に心配されていた古倉恵子。成長し、興味からコンビニでバイトを始めて18年間就職も結婚もせず勤め続けていた。地元の同級生の集まりにも顔を出し、妹と連絡を取り合い、それなりに社交的な恵子。しかし普段の生活は週5日のコンビニバイトのためにあり、コンビニの仕事上必要な態度とバイト仲間のしゃべり方を身につけていて、友人や妹からさえ違和感を持たれていた。


恵子が勤めていたコンビニのバイトをクビになったダメんずの白羽という男のグチに付き合った恵子は、彼を家に連れて帰り同居を始める。その事が広まるや、バイト仲間も妹も態度を一変させたー。


読んだ人にしか分からないが、たしかに縄文時代のムラ社会から「恥」の文化はあるのだろう。役に立つべし、人並みでいるべし。そうでない人は恥ずかしい。それを基準や常識ににするとたしかに生きにくい。逆説的に白羽が気にしているように、大いに人は恥を感じて生活、さらに人生を過ごしているとは思う。


究極的に削っていけば、実害があったり困らない限り生きる術があればいい。そういう主人公や脇役の設定は珍しくない。


恵子はその設定から、なにかに興味を持ったり、行動しようとしてみたりする。治る、普通に近づくために。しかし最後は自分が欲しているものを知る。ふむ、それなりに人間的かなっと。


仕事に合わせて行動する、仕事のために心身のコンディションを整える、仕事のために予備知識を蓄える。これってある程度人はやっていて少し共感も湧く。ただそのやや過剰な加減と、コンビニのバイトのために、という感覚を衝いてきている気もする。


ここに登場する白羽は、仕事が長続きせず、プライドだけは高く、お金にルーズでヘンな理屈をしゃべり、恵子をバカにし利用する。英米圏でウケた理由の一つが、恵子の「受容性の深さ」だったと読んだ記憶がある。うーむ苦笑、といったところかな。


コンビニの仕事の流れから心得、またコンビニというものを音、視覚、を上手に使って面白く表現してある。


上手いな、と感じたのは16年間のバイトを辞める時の周囲の反応。別のズゥン、と来るものを感じてしまうようになっている。


極端で、キモいかも知れない。うん。やっぱそう笑。でも、読みだしたら集中した。入れ込めはしないが、不思議な力のある作品ではある。



◼️ Authur  Conan  Doyle 

The Stockbroker's Clerk(株式仲買人)


ホームズ短編原文読み12作め。前回の「赤毛組合」に似た話。


読む短編を選ぶのに、だいたいそれぞれの短編集から1つずつを消化している。今回は「シャーロック・ホームズの冒険」で「赤毛組合」を読んだ後「シャーロック・ホームズの回想」の本作が順番で当たってしまった。この2つ、ネタがよく似ている。まあ読み比べるのもいいかと。


さて、ワトスンくんは医院を買い取って開業、猛然と仕事に取り組みます。まだ若く、「四つの署名」で巡り逢った妻メアリと新生活を始めたばかり。当然のようにベイカー街とホームズからは遠ざかりました。


3カ月ほどほとんど会わなかったホームズが、朝早くワトスンの家に現れます。


Ah, my dear Watson


I am very delighted to see you! I trust that Mrs. Watson has entirely recovered from all the little excitements connected with our adventure of the Sign of Four.


「会えて本当に嬉しいよ。奥さんは『四つの署名』をめぐる騒動から完全に回復したようだね」


このへんは多くのシャーロッキアンが物語のつながりを確認してじわっといい気分になるところだったりします笑。


さて、差し向かいで久しぶりの会話をする2人。推理の問題に対する興味を失ってないだろうね?そんな事は全くない、というやりとりのすぐ後、ホームズは


To-day, for example?


と訊き、ワトスンは


Yes, to-day, if you like.


と答えます。きょう、いまからバーミンガムへの出張捜査が決まりました。ワトスンは秒で準備をしてメアリにわけを話し隣の医者に代診を頼む手紙を書き、下で待っていた馬車に乗り込みます。このへんホームズ&ワトスンの行動の早さはさすが息ぴったりと思わせます。


馬車にはホール・パイクロフトが乗っていました。快活そうで小綺麗な身なりをしているロンドンっ子の若者でした。列車に乗ってから、パイクロフトは問題のあらましを語り始めました。


バーミンガムはパッと調べたところロンドンから北へ160km。東京駅から富士駅より少し先くらい。この時代のロンドンでも70分かかるとホームズは言っています。まあ、時間ギリギリで馬車を飛ばしたからゆっくり話のできるタイミングを計ったのでしょう。


勤めていた会社が倒産してしまったパイクロフトは次の勤め口を探して駆けずり回ったものの見つからず、手持ちの金も底を突きかけたころ、ようやく大手の株式仲買店、モーソン&ウィリアムスで働く事が決まりました。


パイクロフトの住まいを財務外交員の名刺を持ったピンナーという紳士が訪ねてきます。ピンナーはパイクロフトのことを調べたようで、簡単な株式相場の質問をした後、


you are very much too good to be a clerk at Mawson's!

「あなたはモーソンの社員になるには非常に惜しい人材です!」


と褒めちぎります。そして自分の会社、フランコ・ミッドランド・ハードウェア株式会社で営業主任にならないか、と持ちかけます。フランスの町や村に134の支店がある会社で、あなたに年に500ポンド出しましょう、と。そして前金だと言って100ポンド紙幣を差し出します。モーソンの給料は週に4ポンド。年間だいたい52週なので約210ポンドほど。ざっと2.5倍。しかも最小の額だとピンナーは言います。


その気になったパイクロフトはピンナーに従い誓約書のようなものを書きました。さらにモーソンに断りの手紙を出そうとしたパイクロフトにやめて欲しい、と言います。パイクロフトのことでモーソンの担当の者ともめて賭けをしたのだとか。


I'll lay you a fiver,said I, that when he has my offer you'll never so much as hear from him again.


5ポンド賭けようと私は言いました。彼が私の申し出を受けたら、彼からの連絡は全く来ない」


この賭けをモーソンの担当者も受けたのだ、と。モーソンの担当者は彼は我々がドブから掬い上げたんだ、そう簡単にやめたりはせん、と言っていたと告げます。頭にきたパイクロフトはピンナーの言う通りモーソンと連絡を取るのをやめます。


さて、どうでしょう?ミステリファンならずともかなり怪しい話と思いますよね。パイクロフトの話の続きはどんどん怪しくなっていきます。ただもちろん、職探しの応募に使う切手代にもこと欠くありさまだったというパイクロフト、町には失業者が溢れています。ジャンプアップできるなら、と望みにすがったのも無理はないかも知れません。



パイクロフトがピンナーに教えられた住所に着いてみると、いわゆるオフィスビルの建物はありましたが、他の会社のようにフランコ・ミッドランド〜という社名は書いてありませんでした。そこでピンナーに良く似た男と会いました。代表取締役というピンナーのお兄さんでした。ピンナーと比べると髭もなく、髪の色も明るめでした。


代表取締役はまだ会社の仮事務所を決めたばかりで社名を出していないと言い、オフィスにパイクロフトを案内します。たどり着いた所は2つの埃っぽい部屋、2脚の椅子と小さなテーブル1つ。他の社員はいません。


I had thought of a great office with shining tables and rows of clerks, such as I was used to

「私はかつて私が勤めていた所のように、大きな事務所、ピカピカのテーブルと列をなした事務員を想像していました」


パイクロフトくんの失望がいかに深かったか。ふつうに騙された、と思ったでしょうね。


Don't be disheartened, Mr. Pycroft

Rome was not built in a day

「がっかりしないでください、パイクロフトさん」

「ローマは一日にしてならず、ですよ」


いや、もう成ってるはずやろ、と思わずツッコミたくなりますね^_^

まだ事務所にお金を注ぎこんではいないが、資金は豊富だ、あなたにはパリの大きな倉庫を管理してもらうことになる。そこは高級陶磁器を流通させるための倉庫だと、兄ピンナーはなだめます。


それからパイクロフトは仕事を命じられます。膨大なパリの人名簿から金物業者だけを抜き出して欲しい、月曜昼までに、と。パイクロフトはホテルで頑張りましたが、おそらく日曜日に始めて、月曜にはとても終わらず、金曜日までかかりました。兄ピンナーに報告すると、次は陶器を扱っていそうな家具店のリストを作って欲しいとのこと。次の日の夜7時に進捗を報告に来るように、とのことでした。


「赤毛組合」でも、組合員となった赤毛の質屋の主人が辞典を写す、という単純作業を毎日していましたね。また、支店がすべて国外にあるという設定も小賢しいなという気がします。


さて、この時、兄ピンナーはあまり無理しないで、遊びに出かけてもいいですよ、も笑顔で告げますが、金の詰め物をした歯がパイクロフトの目を引きました。最初に来た、弟ピンナーと同じ歯に、同じ物があったのを思い出したのです。同一人物!どういうことかさっぱり分からず、混乱したパイクロフトはロンドンへ戻ってホームズに相談に来たというわけでした。


Rather fine, Watson, is it not?


「なかなかいいね、ワトスン。違うかね?」

ホームズは話を聞き終えた後、この謎に嬉しそうにします。


There are points in it which please me.

「ちょっとワクワクさせるところがあるね」


で、兄?ピンナーにホームズが会いたいと言い、パイクロフトは2人を勤め口を探している友人だと紹介しましょうと提案します。



さて変わらずがらんとした部屋へ3人が入っていくと、ピンナーは夕刊の早刷り版を読んでいて、彼らに気が付きました。上げたその顔は、ひどい苦悩の表情をしていました。


I had never looked upon a face which bore such marks of grief, and of something beyond grief – of a horror such as comes to few men in a lifetime.

「私はこれまでで、このように、苦悩と、何か苦悩以上のものが現れた顔を見た事がない」


ワトスンは劇的ですね。


計画通り、パイクロフトはピンナーにバーモンジーの会計士ハリスさんのホームズと、地元の事務員プライスさんのワトスンを紹介します。この会社に職を見つけることはできるのではと言う問いかけに、ピンナーは色良い返事をしますが、最後にそろそろ出て行って、私を1人にしてください!と叫びます。


パイクロフトは自分はあなたの指示を受けるために約束の時間に来たのです、と主張します。すると、ピンナーはちょっとお待ち下さい、と外への出口のない続き部屋へ入って行きました。


ホームズたちが訝しんで、逃げようとしてるかも?我々を見て刑事だと思ったかも?と話していると、突然ドン!ドン!という音がしました。


鍵のかかったドアを破り、ホームズを先頭として続き部屋に入るとピンナーは自分のサスペンダーで首を吊っていました。すぐに下ろし、介抱すると、ピンナーは息を吹き返しました。


わけが分からない雰囲気が頂点に達した中、ホームズは謎解きをします。


Well, the whole thing hinges upon two points. The first is the making of Pycroft write a declaration by which he entered the service of this preposterous company. 


「すべての出来事は2つの点にかかっている。まず第一はパイクロフトにこのとんでもない会社に入るという宣言書を書かせたことだ」


Why? There can be only one adequate reason. Someone wanted to learn to imitate your writing 

「なぜ?誰かがあなたの筆跡を真似する練習をしようと思ったから」


話は第二のポイントに移ります。


you should not resign your place, but should leave the manager of this important business in the full expectation that a Mr. Hall Pycroft, whom he had never seen, was about to enter the office upon the Monday morning.

「あなたが自分の職を辞さないようするというピンナーの要求だ。これによって、モーソン&ウイリアムの管理者は、それまで会った事が無いホール・パイクロフトという人物が月曜の朝、事務所にやって来ると完全に思い込んでいるはずだ」


つまり成り替わりだったのです。辞める手紙を送られても困るし、誰かと会う機会やアクションを起こす可能性をできるだけ潰すためにバーミンガムへ追いやり、手間のかかる単純作業をさせたのでした。


そして替え玉が何をしていたかー。ホームズがピンナーがなぜ自殺をしようとしたのかが分からない、と話した時、声がします。


「新聞!」蘇生したピンナーでした。


部屋にあるイブニング・スタンダードに記事が載っていました。


Crime in the City. Murder at Mawson & Williams's. Gigantic Attempted Robbery.

「シティでの犯罪。モーソン&ウィリアムで殺人事件。向こうみずな強盗未遂」


概要は、こうでした。


ガードマンが殺され、多額の債権が奪われようとしたところ、不審人物に目を留めた巡査部長が追跡し逮捕した、と。べディントンという名の犯人は、最近ポール・パイクロフトとして雇われ、立場を利用して金庫の鍵の型を取っていた。悪名高い偽造者、押し込み強盗のペデイントンは最近弟と共に5年の刑期を終え刑務所から出てきたばかりだった。警察は目下弟の行方を探しているとのこと。



で、こちらバーミンガムに居たのは弟だったのです。パイクロフトをだますのはすべて弟べデイントンがやり、兄べディントンは替え玉となり犯行に及んだということでした。


これで事件解決、おしまいです。


さて、手口として風変わり、色彩的な特徴もあり、犯罪の手口と場面がミステリ的に映える「赤毛組合」に比べると、いかにも地味な話ではありますし、だいたい1回も面接せずに採用する会社なんてあるのかいな、というのから始まってツッコミを入れたくなるところがいくつもあり、まあ予想もつきますね。


ホームズとワトスンの関係性、健康で有能な若者でも仕事を得るのに苦労するという社会の現状、また失業者にされてしまったホームズ&ワトスン、「四つの署名」とのつながりなど、事件の謎以外の楽しみが多い話でしょうか。


自分の英語の実力が上がってるとは思いませんが、けっこうすらすらといけました。


さて、次つぎ。







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