2021年11月17日水曜日

11月書評の2

◼️ マリオン・ヴァン・ランテルゲム
  「アンゲラ・メルケル」

激動のヨーロッパを泳いだグローバル・ムッティ(お母さん)。頼れる感覚はすばらしい。

私も、あのコロナの演説に感心したクチだ。

「心の底から、まことに申し訳なく思います。しかし、私たちが払う代償が、1日590人の命だとすれば、私には受け入れられません。」

「いかにつらくともーホットワインやワッフルの屋台を皆さんがどれだけ楽しみにしているか、私には分かっていますー、飲食はテイクアウトにして家で味わうのみにすることへの合意が何より大事なのです。」

痛切だった。首相が真摯に謝り、明確な理由と決して難しくない物言いでクリスマス前の感染拡大抑制策を語り、感情がにじみ出る。危機に対するリーダーの明確なメッセージは、なかなか「響く」言葉を発せないわが国の首相の姿、また閉塞感のある現状と相まって、新鮮な信頼感を醸し出したのではないかと思う。


メルケルの人となりの記事で旧東ドイツの独裁政治下でさえ、真理は人間の力で動かせないから科学を学んだ、ということにも感動した。そんな憧憬すらあったメルケルの道のり、行動の性質、人柄などが書かれたこの作品は・・本当に面白かった。

物理学の博士号を取った若きメルケルは、1989年、ベルリンの壁崩壊という変化を目の当たりにし、末期の東ドイツで政治家となる。統一ドイツのCDU・キリスト教民主同盟では、2000年に党首となった。さらに2005年にはついに最年少、初の女性首相に就任。なんて急速な駆け上がり方、と驚いてしまう。

おしゃれや化粧に興味なし、首相官邸に住むのを嫌い自分のアパートに帰る、時に舞台劇を見に行き、週末は別荘で過ごす。離婚歴あり、旧東ドイツの女性。即答を避けじっくり考えるタイプで時に判断が遅い。実用性を尊重し、対話を重んずる。そしてメディアの単独インタビューにはほとんど応じない。

しかし表に見せない野心はあり策略家。痛快なところはその下剋上である。

かつて党首で首相ヘルムート・コールの政権で若手大臣だったメルケルは「コールのお嬢さん」と呼ばれていた。しかし党のヤミ献金問題が持ち上がった時、強烈なコール批判の原稿を新聞紙上に突然発表し恩人を追い落とした。誰もが唖然、原稿のことをほとんど誰にも言わず実行し平然としていたメルケル。

2005年の総選挙で首相シュレーダーのいるSPD・社会民主党に勝った時の文章の表現がまた傑作というか。

「シュレーダーは信じられなかった。立派な改革をしてきた自分が、あのぱっとしない女にしてやられるとは!」

敗北を認めないシュレーダーはテレビ討論で「彼女は首相の器ではありません!」と女性蔑視に凝り固まった態度で叫び、反感を招いて自滅する。ついにメルケルは最年少の51歳で、女性初の首相の座に就く。

「私は虚栄心の強い方ではありません。男性の虚栄心を利用するのがうまいのです」カッコ良すぎるな、メルケル。

首相になるということは、国際社会に出るということ。ただでさえEUは不安定なのに、ウクライナ危機でいきり立つプーチンを説得し、ギリシャ財政危機に対処し、上から目線のオバマには泣きながら意見し、パリ協定からの離脱を始めとして独自路線を取りたがるトランプやブレグジットを決めたイギリスにも対応しなければならなかった。「メルコジ(メルケルとサルコジ)」「メルコランド(メルケルとオランド)」などと呼ばれたフランス大統領たちとの付き合い。EUの砦と言っていい最前線での闘いは読んでいて強く興味をそそる。ドイツ国民のムッティ(お母さん)はまさに「グローバル・ムッティ」でもあった。

メルケルの腹心の部下「ガールズ・キャンプ」、専属の女性スタッフも興味深い。メルケルと同じくしゃれっ気がないが分身とも呼べるほど優秀そしてミステリアスなベアト・バウマン、対してメディア対応、企画、戦略を取り仕切るフェミニンなエーファ・クリスチャンセン。ドイツとヨーロッパを動かす女性たちは魅力的に映る。

慎重で安定をもたらし、聡明で頼れる雰囲気のあるムッティ、メルケル。

東日本大震災の福島の惨状から突然、党是と真反対の原発停止を言い出したり、100万人のシリア難民を受け入れる決断をし、治安の悪化を招いたなどとして批判され、極右勢力が進出するきっかけを作った、などのことはあるものの、16年間のメルケルの支持率は50パーセントを切ったことがなく70パーセントに達することもあったとか。

最後の仕事とも言えるコロナ禍で、世界に発信されたメッセージと態度は人々の心に響いた。

直接のインタビューはないものの、エネルギッシュな取材は質量ともに豊富。フランス大統領マクロンの直接インタビューもギリギリで間に合っている。著者はメルケルという政治家にかなり傾倒しているのが分かるので読む方も少し身構える。コロナ禍の発言で世界が感銘を受けたほどには、EUそして自国では受けが良くない面もあるようだ。まあ健全だと思う。

でもそれでもメルケルは魅力的だ。今回、読みたかった、求めていた事以上の内容に触れられて本当に面白かった。湾岸戦争、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、旧共産圏とソ連の消滅などの時期に国際政治を勉強していた身としては、あの時期に東ドイツの女性が政治を志した、という事実に惹かれたし、メルケルが国際問題で各国首脳と渡り合う部分などゾクゾクした。

こんなにガツガツ読んだのも久しぶりではないだろうか。主観ではありますが、お薦めだと言い切れる本でした。


◼️ 新藤兼人・田村章一
「宮澤賢治ーその愛ー」

映画ノベライズ。女性関係は知らなかった。雨ニモマケズ、でホロリと来た。

宮澤賢治は好きで、文芸関連はそれなりに読んでいる。しかし伝記や人となりを詳しく示した方面はノータッチだった。女性関係と関連した記録を知ることができて新鮮だった。

裕福な質屋の息子として生まれた賢治(映画では三上博史)は、小作農家の娘で幼なじみのキミコが売られたことから故郷花巻の農民の現実に暗澹とする。家業もうまくできず、激情型の自分が父・政次郎(仲代達矢)の期待に応えらないことに鬱屈とする。さらに最愛の妹・トシ(映画では酒井美紀)を失い悲嘆にくれる。

花巻農学校の教師として演劇や唱歌を作り文化的な活動をし、羅須地人協会で農業の指導を始めた賢治だったが凶作に見舞われ、病魔に犯され、自分は何もできないという念にかられてしまうのだった。

物語には幾人かの実在の女性が登場する。鼻炎治療のため入院した岩手病院の看護師、高橋ミネに憧れ、結婚すると思い詰めるが成就しなかった。羅須地人協会には、賢治に惚れた地元の音楽教師・高瀬露(牧瀬里穂)が押し掛けるが、賢治は頑なに拒む。

やがて伊豆大島に農業学校を造ろうとした伊藤七雄の招待で大島を訪問し、伊藤の妹チエ(中山忍)と心を通わせる。本気で結婚を考え、人に相談している。しかし37歳で早逝した賢治とチエとの恋は実らなかった。

女性関係以外にも、現在に伝わる「飢餓同盟」という劇の内容や羅須地人協会での生活、若き日の岩手山登山など興味深い点は多くあった。大きな焦点として、父との親子関係が挙げられる。

直木賞を取った「銀河鉄道の父」では、激情に駆られやすく、思いついたら実行に走る賢治と息子を想う父親の姿が描かれている。父の身からすれば、ホントにさぞかし大変な息子だったろうと思う。親の想い、そして賢治の劣等感ともがき。こちらでも決して確執ばかりでない姿がモチーフのひとつとなっていて心情を揺さぶる。ちなみに賢治の身を心配する母親・イチは八千草薫だ。

演出もおそらくはあるとは思うけれども、映画という形でこそ伝わるものもあるかも、知れないな、と。

賢治の死の直後に弟・清六が「雨ニモマケズ」を見つけるラストの流れにホロリとしてしまった。

チエとの恋が表現されているという「三原 第三部」を読んでみようかな。

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