2021年10月27日水曜日

10月書評の7

もひとつ嵐山・渡月橋

◼️ Authur  Conan  Doyle 

The Red-Headed League〜赤毛組合」


よく練られた、ツッコミどころも多い作戦。


ホームズを原文で読む11作品め。チョー有名短編ですね。シャーロック・ホームズの短編はストランド・マガジンに掲載された初編「A Scandal in Bohemia (ボヘミアの醜聞)」で大人気を呼びました。その次の号に載った短編2作めです。


出だしが


I HAD called upon my friend, Mr. Sherlock Holmes


となっていて、短編に先駆けて発表された「The Sign of Four(四つの署名)」でヒロインのメアリ・モースタン嬢と結婚したワトスンは前作に続きホームズとは別居の設定となっています。


訪ねたところ、燃えるような赤毛の、中年の質屋の店主が相談に訪れていました。ホームズはこれ幸いと?ワトスンを引っ張り込みます。


ホームズは質屋の店主、ジャベス・ウィルソンの過去や最近の行動について指摘し、どうして分かったんですかホームズさん!という下りがあります。今回省略。短編連載が始まったばかりで、市井の人についてはこれが始めてのお披露目だったのかなと思ったりします。読者へのインパクト、ですね。


ともかく、ウィルソンはこれから全てが始まったのです、とある新聞広告を指差します。


TO THE RED-HEADED LEAGUE:

On account of the bequest of the late Ezekiah Hopkins, of Lebanon, Pennsylvania, U. S. A. , there is now another vacancy open which entitles a member of the League to a salary of £4 a week for purely nominal services. All red-headed men who are sound in body and mind, and above the age of twenty-one years, are eligible. Apply in person on Monday, at eleven o'clock, to Duncan Ross, at the offices of the League, 7 Pope's Court, Fleet Street.


要約すると、赤毛だった富裕な御仁の遺産をもとに結成されている「赤毛組合」にvacancy欠員ができた、名目ばかりの仕事で週にポンド受け取れる、21歳以上の心身ともに健康な男に応募資格がある、月曜11時に自分で申し込むこと、というもの。


ワトスンくんも

What on earth does this mean?

いったい全体こりゃなんだ、と思わず叫びます。


ウィルソンいわく、最近雇った店員に見せられたとのこと。その男はビジネスの勉強をしたいから給料は半分でいい、と言ってきたとか。ちなみに写真好きで、撮影しては地下室に飛び込み現像しているが優秀な店員だとのこと。


スポルディングというその店員に説得され、2人で広告の住所に出かけてみるとなんとそこら中赤毛だらけ。

looked like a coster's orange barrow

オレンジを積んだ荷車のようでした、とは上手い例えです。ホームズも


Your experience has been a most entertaining one

あなたの経験は本当に楽しいものですな、と。その絵画のようなおかしな状況の話を楽しんでいます。


ウィルソンが事務所に通されると、あっという間に即決。

he is admirably suited for it,

こんな適役はいない、と。審査の男は予防策を取ることはお許しいただけるでしょう、と


With that he seized my hair in both his hands, and tugged until I yelled with the pain. 


いきなりウィルソンの髪をつかんで引っ張りました。ヅラじゃないかと確かめたわけですね。当然痛いウィルソンは叫び声を上げます。ドタバタ劇のような要素もありますね。


ともかく話は決まり、ウィルソンは翌日から平日は毎日フリート街の事務所に通うことになりました。午前10時から午後2時まで。仕事は

Encyclopaedia Britannica

ブリタニカ第百科事典を書き写すことだけ。

ただし何があってもずっと事務所にいることが条件でした。


8週間、ウィルソンはまじめに務め、週に4ポンドもらいました。10万円くらいですかね。そして、ウィルソンの言い方を借りると、


And then suddenly the whole business came to an end.

突然全てが終わったのです。


THE

RED-HEADED

LEAGUE

IS

DISSOLED.

October 9, 1890.


「赤毛組合は解散した」


今朝、鍵の閉まったドアに貼り紙がありました。ウィルソンは驚き、部屋の持ち主のところへ行って聞きました。部屋は別の名前で、事務弁護士の一時事務所として借りられ、きのう引っ越したとのことでした。移転先として聞いた住所はまったくのでたらめでした。ウィルソンは訳がわからず、すぐにホームズの所へ来たのでした。


質屋は憤っていましたが、距離を置いて考えてみると、ウィルソンに実害はありません。しかしホームズは非常に注目すべき事件です、喜んで捜査します、と請け合った後、


I think that it is possible that graver issues hang from it than might at first sight appear.


「この件については最初の見かけ以上にゆゆしき事態が関係している可能性があると考えています。」


と述べます。そして半分の給料でいいと雇われた新しい店員の人相を訊き、額に酸がかかって白くなった部分がある、と聞いた時、興奮して立ち上がります。


やがて、月曜日には結論が出ているでしょう(実はこれも謎発言)とウィルソンを返した後、


It is quite a three pipe problem, and I beg that you won't speak to me for fifty minutes.

「これはパイプ3服ぶんの問題だ。50分は話掛けないでくれ。」


と思索に耽ります。他の物語でも出てくるこのような場面が私は大好きです。お気に入りの肘掛け椅子に体操座りのように丸まってパイプを呑む絵が挿入されています。


しばらくしてワトスンくんが居眠りをしてる最中に跳ね起きると


Sarasate plays at the St. James's Hall this afternoon


「今日の午後セント・ジェームズ劇場でサラサーテの演奏がある」


行かない?とワトスンを誘います。サラサーテ本人!すごい!たしかにサラサーテはホームズと時代が重なっています。


ともかく、行く途中に2人はウィルソンの店の前まで行きます。そこでホームズはいきなりステッキで敷石を激しく叩きます。そして、道を尋ねるふりをしてくだんの店員スポルディングと話します。


Smart fellow「切れるやつだ。」

I have known something of him before.

「僕は以前から彼のことを知っている。」


ホームズは呟きます。だいたいのことを察したワトスンがホームズに質問します。


ワ「ただ彼を見るために道を訊いたな」

ホ「彼ではない」

ワ「んじゃなんだ」

ホ「彼のズボンの膝だ」

ワ「それで何を見た?」

ホ「あるだろうと思ったものだ」

ワ「どうして敷石を打った?」

ホ「先生、いまはおしゃべりじゃなくて観察の時だよ」


やがて近くの幹線道路まで行き、付近を眺めます。そして


And now, Doctor, we've done our work, so it's time we had some play. A sandwich and a cup of coffee, and then off to violin-land


「さあ、ワトスン、仕事は終わった。音楽の時間だよ。サンドイッチ、コーヒー、そしてヴァイオリンの国へ行こう。」


そしてホームズは恍惚とした時間を過ごします。ワトスンは捜査の時とこんな時間との二面性を指摘して、ホームズが追い詰める相手に不吉な時が迫っていることを感じています。このパブロ・サラサーテ本人のヴァイオリンを聴く場面はホームズ物語を彩る名シーンです。それにしても、うらやましい!


別れ際、ホームズはワトスンに今夜手を貸してくれ、ピストルを持ってきてくれ、と頼みます。その夜ワトスンが行ってみると、ベイカー街の部屋には、スコットランドヤードのペーター・ジョーンズ警部。「The Sign of Four」のアセルニーじゃないのか、と思ったら、おそらく同一人物だろうとの見方があるとか。


「ショルトーの殺人とアグラの財宝事件では(ホームズ氏は)警察よりも真相に近い所にいたんです。」


ああもう間違いない。なんでこんな表記をするのかワトスン笑。


もう1人、いかめしい顔の紳士がいました。メリーウェザー、


City and Suburban Bank


シティアンドサバーバン銀行の取締役でした。疑念を抱くメリーウェザーにジョーンズは信じてだいじょうぶ、と請け合いますが、メリーウェザーは「27年間でホイストをやらない土曜の夜は初めてだ」とグチります。


店員スポルディング、本当の名前はジョン・クレイ、殺人者、窃盗犯、贋金造り、あちこちで悪事を働いていて、警察もホームズも手を焼いている悪党でした。王族の血を引きイートン校とオックスフォードを出たインテリです。



一行は銀行のコバーグ支店に赴き、メリーウェザーの案内に従って地下金庫室に籠ります。そこには大量のフランス金貨を入れた箱が積んでありました。


暗闇の中ひたすら待つ、不寝番の始まりです。


And sit in the dark?

「暗闇で座っているのですか?」


嫌そうに言うメリーウェザー氏そりゃまあ大銀行の取締役さんはそんな目に会ったことないでしょう。ホームズは


I am afraid so. I had brought a pack of cards in my pocket, and I thought that, as we were a partie carree, you might have your rubber after all. But I see that the enemy's preparations have gone so far that we cannot risk the presence of a light.


「残念ながらそうです。僕はトランプ一式をポケットに入れて持ってきました。そして、我々は4人組だから、あなたは結局ホイストをできることになったかも知らないと考えました。しかし敵の準備はかなり進んでいると分かった。こうなると、灯りを点けるリスクは取れないですねー。」


これって強烈な皮肉返し?ホームズは「名馬シルヴァー・ブレイズ」でもちょっと見下した態度を取った依頼人の馬主をからかっていますが、けっこう皮肉を無視したままで終わらないヒトなんですね。


1時間15分後、突然ワトスンの目に、敷石の間から赤いきらめきが見えます。やがてそれは黄色い線の光となり、やがて隙間から手が現れ、しばらく床を探っていたかと思うと、敷石がずらされ少年のような顔がのぞきます。穴から上がった男は赤毛の仲間を引っ張り上げます。


その時、男、スポルディングは人がいる事に気がつきました。


Great Scott! Jump, Archie, jump, and I'll swing for it!


「しまった!飛び降りろ、アーチー、飛び降りろ!しばり首になっちまう!」


ホームズが飛び出してスポルディングの襟首を掴む。手に持っていたピストルも鞭で叩き落とし、勝負はついた。


It's no use, John Clay,

You have no chance at all.


「抵抗しても無駄だよ、ジョン・クレイ。もうどうしようもない」


決めゼリフですねえ。クレイの相棒アーチーはジョーンズの手から逃れます。しかし店の表には警官が配置されていました。


で、クレイは引っ立てられて行きますが、ここで私がいつも唐突な小技だなあ、でも面白いな、と思う要素が。


クレイは、自分には王家の血が流れてるから汚い手で触らないでくれないか、と言い出します。


Have the goodness, also, when you address me always to say 'sir' and 'please'.


「俺に話しかけるときには『ご主人様』と『どうか』を忘れんでもらいたい。」


ジョーンズはくすくす笑いながら


Well, would you please, sir, march upstairs, where we can get a cab to carry your Highness to the police-station?


「それではどうかご主人様、上へお昇りになって、そこで辻馬車を拾って、殿下を警察署までお運びいたしたく思いますが?」


んーまあよかろう、とクレイはジョーンズに連行されます。うーんただの場を盛り上げる手段か深い意味があるのか・・。


銀行家の態度はがらりと変わります。


I do not know how the bank can thank you or repay you. There is no doubt that you have detected and defeated in the most complete manner one of the most determined attempts at bank robbery that have ever come within my experience.


「どのように感謝を述べたらいいか、どう報いればいいのか分かりません。私どもが経験した中でも最も敢然とした銀行への襲撃を、完璧な方法であなたが察知し阻んだことは疑問の余地がない。」


ホームズはちょっとした経費がかかったので銀行で支払って欲しいと言ったあと、こう続けます。


but beyond that I am amply repaid by having had an experience which is in many ways unique, and by hearing the very remarkable narrative of the Red-headed League.


「しかしそれ以上に僕は十分に支払ってもらっています。沢山の意味で特異な、この経験をすることで、また赤毛組合の非常に驚くべき話を聞くことで。」


さて、ホームズとワトスン2人、ベイカー街でウイスキー・ソーダを手に事件が終わった後の、分からないとこの種明かしです。


おそらく相棒の赤毛を見て思いついた赤毛組合の目的は、店主ウィルソンを店から遠ざけておくためでした。給料は半分でいいという店員の話を聞いた時から、その男には何が強力な動機がある、というのは明らかだった。


新しい店員は写真好きですぐ地下室に行くという。特徴から、ロンドンでも大胆不敵な犯罪者の1人だと分かった。店主を外に行かせて、毎日何時間も地下室で何かをしている。それは何か?他の建物に向かってトンネルを掘っている、それ以外に考えられない。


店の前で敷石をたたいたのはどの方向へ向けて掘っているか確かめるため、クレイに会ってズボンの膝を見たのは穴掘りで汚れているか見るためだった。後は方向。周りを歩いて、シティアンドサバーバン銀行が質屋に隣接しているのを発見した時、問題を解いたと思った。土曜日に襲撃するのが分かったのは、日曜日は休みで逃亡の日にちが稼げるからー。


ワトスンの称賛に対しホームズは


It saved me from ennui

「暇つぶしにはなったよ。」


My life is spent in one long effort to escape from the commonplaces of existence. These little problems help me to do so.

「僕の人生はありふれた日常から逃げ出そうという長い努力に費やされている。こういう小さな問題はその助けになる。」


And you are a benefactor of the race

「そして君は人類に貢献している」


とワトスン。それに対してホームズは肩をすくめて


Well, perhaps, after all, it is of some little use


「まあ、結局、多分、多少何かの役には立ってるかな。」



「赤毛組合」はトリックというよりは赤毛という着眼点の良さや色彩感がまずあって、それからトリックという気がします。わけ分かんない話が来て、これも妙に深刻に捉えない。話の途中でホームズたちは失笑してしまい、バカにされていると思った赤毛の質屋ウィルソンが気色ばんだりしています。



突飛な発想と彩り、理屈のスジが追いやすいのと、大物の大胆不敵な犯行という要素が重なって名作の1つとされているかと思います。子どもにもいかにも人気が出そう。



個人的には犯人のジョン・クレイをもう少し掘り下げてもおもしろいかなと考えないでもないです。やはり王族のくだりは唐突感もあるし。まああれはコミカルな色を加えるという効果は達成しているのですが。



「赤毛組合」は新聞と募集の日付、翌日から8週間後の土曜日、と時系列で追いやすい事件ですが、その日付や曜日が違ってる、というのはシャーロッキアン界では有名な話。だいたい募集の新聞が4月末付け、そこから8週間、2か月弱なのに解散宣言の張り紙の日付は109日。


ワトスンくん、売れ出して2作めなのに。それにしてもリテラシーはどうなってるんだろう。読者からも問い合わせが来そうなものだけどね。


さらに、穴を掘るはいいけれど、出たはずの大量の土砂はどこへやった?とか、かなりツッコミを入れられてる様子、まあ私的にも、トンネルって、あまり深くないし、落盤や出水とか考えると現実的じゃないよな、と思ったりもするし、仕掛けが大仰だなとも感じますが、そこは物語、ホームズものの名作を楽しむ、でOKではないかと。


ドイルはこのネタを気に入ったようで、同じように不在の期間を作るトリックは「株式仲買店員」「三人ガリデブ」でも使ってます。


肘掛け椅子の上で丸まり、怪鳥のようにパイプを突き出し考える姿、またサラサーテに聞き惚れる場面、視覚的にも楽しめる作品でしょう。







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