妻に頼まれた、生まれ故郷の近くのパン屋のオムレット。現地に行ったこともある。しかし博多駅に入るとはオドロキだった。最後に車中で食べるかしわおにぎりとチロリアン買って帰る。かしわおにぎりって、福岡の人にはふつうだろうけど、他ではなかなか食べられないのよ、ホント。またね、福岡。
◼️ ジョルジュ・シムノン「メグレと若い女の死」
やはりメグレは面白い。脂が乗りきった頃の作品に、造形の美に近いものすら覚えた。
hackerさんの書評を参考に図書館にあるメグレシリーズからチョイス。1954年の作品です。
若く美しく、肩をむき出しにしたイブニングドレスの女。被害者の行動の謎を解き明かしていくストーリー展開で、犯行と犯人については最後の最後、一気に解決します。
少しずつ明らかになる謎の要素、そして、所轄署のロニョン刑事の独走が物語に不穏な色を与え、読み手の心理に効いてきます。
深夜3時、パリ警視庁にいたメグレに若い娘の死体を発見したとの報が入る。死因は撲殺で頭部への致命打の前に膝をつき、顔を殴られていた。血中からはアルコール分が検出された。
関係者への捜査により、娘ルイーズは当夜に貸衣装屋でイブニングドレスに着替え、以前共に暮らしていたことのあるジャニーヌと富豪の男性との結婚パーティーに出ていたことが分かった。肌寒い雨の夜、会場を出てから殺されるまでの数時間、ルイーズは何の目的で、どこへ向かったのかー。
見えない行動を追う。どこか宮部みゆき「火車」を思い出したりする。犯人を想像したり捜査するのではなく、メグレの被害者へのこだわりに焦点を当てて長く引っ張る。少しずつルイーズの素性が明らかになり見えてくるものはある。そして最後の謎はすなわち殺人の動機と方法に結びつく。急ぎめの解決にもわずかな不運、被害者の悲劇的人生、というものが覗く。
所轄署のロニョン刑事は身体が不自由な妻を抱え、下っ端としてあくせく働き、報われないというキャラで懸命になるあまり連絡もせず独走する。そちらにも、社会での悲劇が表されていて、被害者ルイーズの境遇と共鳴、増幅している。
興味喚起の力と読み物としての魅力がマッチしている。ルイーズとロニョンというキャラが醸し出す高い擦過音のようなノイズ。ラストの早さを含め、技巧が凝らされた作品。フランスっぽいっていうのかな?
ミステリはメグレが好きでたまに読んでる、ほらあの名探偵コナンに出てる目暮警部もここから来てるんだよ。元祖は警視なんだけどね、という話も最近よくするかな。
構成と表現の妙にまるで織部焼のような造形の美まで感じてしまった。良き読書でした。
◼️ 上村松園「青眉抄」
一心に励んだ画業への念いが、心に響く。さらさらと読める和風のエッセイ。
読みたいな〜という想いを日月さんに後押ししてもらい借りてきました。さらさら読めて、心になじんでと、嬉々として読み込みました。
和風。ジャンルは違うし、名前も出てこないけれど、きものに詳しい幸田文のエッセイのように落ち着いた独特のチャーミングさ、川端康成や谷崎潤一郎のような文化の習熟と活用を感じました。明治初期生まれ、その時代の人なんだなあと。
眉へのこだわりや育ててくれた母親への愛も滲み出て、芳醇な作品だと思います。文章も、文人チックではないものの、エッセンスがシンプルに提示されて、ひと刷毛、ふた刷毛、独自の色がつけてある感じです。
簡略に自分画家としての来し方、子供の頃の思い出、師の思い出などが綴ってあります。
この時代の人らしく、パーマ?について物申したり、「賢母」を強調したりしています。今の時代には違和感、という部分もありますが、それも私的には面白みのひとつ。
松園はなにせ明治の世、文明開化とはいえ、女性で絵の塾にいるのは寥々たるもの、ほんのわずかだったという修行時代を過ごしています。
また生まれてすぐに父親をなくし、再婚話や長姉を養子に出す話もあった中、親戚の援助を断りバリバリ商売をした母親に育てられています。
10代で描いた四季美人図がイギリス王族に買い上げられ、万博にも出品。天稟の才は画壇に花開き、女性として初めての文化勲章を受章した日本美人画のトップランナー。その歩みと時代を考え合わせると、とても興味深く思えます。
そしてやはり自分の絵に関しての創作秘話、解題が面白い。このところマイブームですので、代表作はすっかり覚えてしまっててかなり楽しめました。
幕末期に大和魂を示して自害した「遊女亀遊」へのシンパシー、また29歳で仕上げたこの作品が評判を呼んだことの余波でひどいいたずら書きをされ、主催者の失礼な態度に腹が立ち毅然と対応したこと。
源氏物語で、嫉妬心からの怨霊が葵の上や紫の上を苦しめた六条御息所、その怨霊の姿を描いた「焔」はスラリとした容姿、桃山風という扮装が目を惹きます。眼に金泥を用いた顔はもちろんおどろおどろしいのですが、全体的にどことなくエロい。
松園の絵は、着物や髷、所作、題材などは大変美しい。容貌は日本美人らしい顔が多いなと思います。本人も「私は芸妓ひとつ描く場合でも、粋ななまめかしい芸妓ではなく、意地や張りのある芸妓を描くので、多少野暮らしい感じがすると人に言われます」と書いてます。その中「焔」は「たった一枚の凄艶な絵」と振り返っています。凄艶、ゾッとするほど艶やかで美しい。この絵を描いたころ松園はスランプで、描いた後に脱出したとのこと。六条御息所の怨霊は源氏物語と違って、閨秀画家の不調を取り去ったようですね。ふむふむ。
小説のタイトルにもなった「序の舞」。この絵に関しては思い入れ深く、
「私の理想の女性の最高のものと言っていい、自分でも気に入っている『女性の姿』」
「優美なうちにも毅然として犯しがたい女性の気品を描いたつもりです。」
としています。能の舞の二段おろし、というのを描いたこの絵は、燃えるような着物の赤に淡い彩雲の模様、黄色基調の鳳凰の帯、文金高島田に簪。着物は振袖で扇を逆手に持ち前に出した右の腕には返った袖が巻いています。凛とした、という表現をさらに増幅したような雰囲気。
モデルは息子・松篁の妻たね子で、京都で一番いい髪結へやって整えたとか。女性の画家が描いた絵として初めて重要文化財に指定された作品だそうです。
233×141cmと大きい絵。先日、上村三代の作品を収蔵する松柏美術館で「鼓の音」を観た時も、実物と画集には隔たりを感じたもの。生でぜひ観てみたいですね。
松園は謡曲・能を学び、多く絵の題材をとっています。「焔」も「葵の上」という謡曲、また小野小町が主人公の能舞台から、小町の能面を生きた美女の顔として扱ったという、スカッとした表情の「草子洗小町」、「砧」、狂女を研究して描いた「花がたみ」などなど。
いずれも麗しい着物、肌、髷など細部まで描き込まれてて、美しい。オーラが出てます。
「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵こそ私の念願とするところのものである。その絵を見ていると邪念の起こらない、またよこしまな心を持っている人でも、その絵に感化されて邪念が清められる・・・・・・といった絵こそ私の願うところのものである。」
良い読書。馥郁たる香り。滋味掬すべき一冊。続編もあるようなのでぜひ読んでみたいと思います。夏にある松園の展覧会が無事挙行されますように。
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