◼️津村節子「智恵子飛ぶ」
智恵子抄の言葉がしんわりと心に沁みる。光太郎と智恵子に拘り続けてきた著者の本懐。
智恵子抄では、「レモン哀歌」が好きだった。
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
病室の白いイメージにレモンエロウの色、がりりと噛む智恵子の白い歯の赤い唇。匂い立つ芳香。色と匂い、みずみずしさと哀しさ。「がりり」というオノマトペがまた人間的で鋭く少し無骨。
この本は長沼智恵子の生い立ちと高村光太郎との出逢い、大恋愛、智恵子の死までの2人の生活がしたためてある。
想い人との恋が実った嬉しさは、与謝野晶子が鉄幹と結ばれた時に詠んだ、歓びにあふれる歌をも思い出す。
福島の裕福な造り酒屋の長女・長沼智恵子は学業、スポーツ、芸術分野に秀で、父母の反対を押し切って高等女学校、日本女子大学に進学する。
「元始、女性は実に太陽であった。」世は明治末、女学校の先輩、平塚らいてうが「青鞜」を発刊し、智恵子はその表紙絵を描き、詩を寄稿した与謝野晶子らが活躍を始めた時代。
智恵子は青鞜社の運動とは距離を置き、西洋画の修行に励む中、高村光太郎と出逢い、恋が成就するー。
才能溢れる光太郎と新しい男女の生活を目指した智恵子だったが、光太郎は高名な父・光雲の商業主義に反発して稼ぎもない。裕福な家の出で、郷里の自然が好きな智恵子は、光太郎とひき比べての自分の才能のなさや、次々と出来する実家や弟妹のトラブルに疲れ、追い込まれていくー。
智恵子がなぜ東京に空がないと言ったのか、光太郎とどういう関係だったのか、なぜ異常を来したのか、どんな状況だったのか、智恵子抄を読むだけでは分からなかった事情がよく分かってきて、より身体の中で響く。
智恵子の顔を調べ、切り絵の意味を知りと少しずつ理解が深まり、ドラマを追っている終盤にタイトルの
智恵子飛ぶ
の文言を目にした時は読んでて、レモン哀歌のイメージがさらに高まるのを覚えて感極まった。才気のある人は独特の透き通ったオーラがある。智恵子が厳しい人生の現実の中でもがく姿はオーラと相まった哀しさを生み出している気がする。
あとがきによれば、津村節子氏はずっと光太郎・智恵子にこだわって続けてきたとのこと。たまたま手にした本だったが、絵画的でさえある物語をとつとつと描き出してあり、しんわりと、感じ入った。
◼️青柳いづみこ
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」
ドビュッシー弾きの博士号。衒学的な面もあるが、分からなさも興味深い。面白かった!
青柳いづみこさんは、東京藝術大学の博士課程修了。専門はドビュッシーの研究でパリの国立図書館に半年間通いつめ、ドビュッシー自筆の楽譜、作曲帳、ノートなどを実際に見て博士論文を作成したとのこと。
専門的に研究するには作品の研究のみならず時代背景や環境、生い立ちなども当然入ってくる。前半の方は、エリック・サティや文人との絡みなど題材は面白いが、ちと知識がついていかず、なかなか先に進まなかった。
フランスの作曲家ドビュッシーは1862年〜1918年の人で、月の光、アラベスク、亜麻色の髪の乙女など美しく有名なピアノ曲がある。オペラ「ペレアスとメリザンド」の逸話がなかなかワクワクする。
ドビュッシーは歌いすぎ、また過剰な演出に疑問を抱いた。愛の告白はふつうささやくようなもののはずなのに、また死の床にある人は途切れ途切れに言葉をつぶやくはずなのに、オペラでは大声で歌う。本質的な矛盾を衝き、これまでの定番に反する演出を組み上げた。原作者メーテルリンクの愛人の女優を起用しなかったため激怒され上演妨害まがいの騒ぎまで起きたが、ドビュッシーが起用した新人のメアリー・ガーデンは圧倒的声量でなく、「きわめて柔らかなひっそりとよく響く声」、「繊細さ、よそよそしい魅力、長い無言の時」を具現できるルックスと表現力を持っており、初演は大成功となったらしい。
なにかとクセはあれど、臆せずに新しいことを生み出す姿勢に感じるものがあったりした。
中盤以降は各作曲家についての紹介、またミケランジェリやラ・ローチャ、アルゲリッチなどの奏者についての評論、祥伝もあり、専門的な面もあるが、柔らかく楽しめる。
また「大いに飲み、食べ、語る」では著者が留学していた南仏の港町、マルセイユに加えてプロヴァンスなどの魅力が語られる。港の屋台で新鮮なカキにレモン汁を搾って食べたり、マティスやシャガールの美術館に出かけたり。巌窟王のエドモン・ダンテスが囚われたシャトー・ディフもあってなど魅力的だ。パリ以外行ったことないんだよね〜。
演奏論、書評、コンサート評、そして師の安川加壽子の評伝のことなど、興味深い話題がたくさん。個人的には、阿刀田高「アラビアンナイトを楽しむために」に出てきた、ウンディーネ、オンディーヌの話や中村紘子氏が苦労したというまげた指、のばした指での演奏の問題なども入っていてとても面白い。
ドビュッシーの時代のパリの芸術的な熱気や作品論等、例えも非常に多く、調べてみようかなという気にもなってくる。
良い刺激をたくさんもらった本でした。
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