英国風ヴィクトリアケーキ。中に挟んだシャムはルバーブ。イギリスではけっこうポピュラーなジャムだとか。
◼️梨木香歩「海うそ」
失われて戻らないからこそ美しいもの。心、人生。梨木香歩は達人だ。
多くのファンを持つ梨木香歩。私がハマったのは「家守奇譚」だったと思う。自然に詳しいばかりではなく、その中に命を与え、不思議さ、玄妙さをも醸し出し、面白おかしいながらも悠久の価値観のようなものを感じさせられる。このテイストは、特別で他にはない、という感覚。
今回は南九州の架空の島・遅島の話。修験道の島で大いに隆盛を誇った。さらに前には平家の落人もいたという。廃仏毀釈、神道側の横暴により廃れ、モノミミという神秘的な性質を持つ者たちもいなくなった。昭和のはじめの夏、人文地理学の研究者、秋野は遅島に赴く。先達の研究者の文書を見てのフィールドワークだった。
最初は龍目蓋りゅうのまぶた、という所に逗留し、やがて森肩という地の山中に不思議な洋館を見つけ、亡父がもと遅島の僧だったという洋館の老紳士・山根と書生の岩本と親しくなる。そして波音(はと)地区で茶などの栽培をしている青年梶井を訪ね、梶井のガイドで1週間島の踏査に出るー。
秋野は気に入った許婚に死なれ、相次いで父母を亡くしていた。かつて栄え、歴史の波に呑まれた修験道の遺構を巡り山で過ごし、自分の内面を見つめる。
最初の方はいまひとつ入り込めなかったが、山根、梶井と人のつながりが出来ていき、踏査で耳鳥洞窟に入ったころから引き込まれた。もちろん梨木香歩が描くものすごい量の植生、風景、食事、神秘的なカモシカなど心惹かれる要素は多いのだが、闇の世界は心をくすぐり、主人公と一緒に呑み込まれそうになってコスモ感、いやブラックホールのようでもある雰囲気におののいてしまう。
修験者が修行した山川谷を歩き、寺跡を見て、地元の人と山小屋に泊まり、野生のヤギや鳥を食べる。深い夜に目を覚まし、月の光が浮かび上がらせる信仰の山、紫雲山の神々しさに打たれる。
古い近代の、小さな昔の島の、朽ちた光景の話が、なぜこうも「来る」のだろう。これは、現代的気分だろうか。意外に旅人の心理であり憧れかもしれない。
戦後80歳になった秋野の姿も描かれる。息子が観光開発に携わっている遅島を訪れる。設定的に珍しく強引な気もするが梨木香歩だからOK笑。なにもない。山根、岩本、梶井もいない。洋館もない。老いた秋野が辿り着いたものはー。
さまざまなことを思い出したり、連想したり。HPで知り合った人にカナダ・アラスカのユーコン川を単独でカヤックで下った強者がいる。
村上春樹「東京奇譚集」の「ハナレイ・ベイ」という物語、ハワイで息子が死んだシングルマザーの、誰とも分かち合えない孤独な想い。
日本で最も古い神社という大神(おおみわ)神社のご神体である三輪山、水分補給以外の飲食禁止、撮影禁止の山に登ったこと。
熊本・阿蘇の早朝の山、福岡と佐賀の県境にある脊振山(せふりさん)山頂の真冬の光景。
そして人生の起伏、時代、もう会えない人、数多い断片的、刹那的な想い出。
いつかどこか、思い巡らせる神々しい光景に出会えるだろうか。
憧れ、いやそれ以上のものを衝き、惹きつけ、大いなるものを感じさせる梨木香歩は達人だな。多く、深く、濃い。少し前自分で車を運転して渡り鳥を見に行く、というエッセイを読み、そのイメージ外だった行動力に驚き、考えてみればさもありなんと思った。
まだ最高傑作といわれる「沼地のある森を抜けて」を読むという楽しみが私には残されている^_^
いつ読もうかなあ〜。
◼️グザヴィエ=ローラン・プティ
「走れ!マスワラ」
ケニアの母、レイヨウのスワラ。カンジュニマラソンに挑む!
図書館の整理でふと目に留まり、もらってきた本。児童文学ですね。
父は出稼ぎで帰らず、母スワラとおばあちゃんと母方のおじ、ベニアと暮らすシサンダは心臓に難病を抱える9歳の女の子。レイヨウという意味の名を持つママのスワラ、マスワラは畑仕事をしながら、毎日何時間も走っている。走ることが大好きなのだ。
シサンダの心臓を手術して治すには、外国の専門病院に入らねばならず、少なくとも100万ケルというとんでもない大金がかかるという。
ある日、字の読めないマスワラは、女性ランナーが走っている写真が載った新聞記事を、シサンダに読んでくれと頼む。マグダ・チェプチュンバがカンジュニ(ナイロビ)マラソンで優勝した記事で、1位の賞金は150万ケルと書いてあった。
果たして、マスワラはシサンダのために出場を決意する。しかしいつも裸足で走っているマスワラは、レース20日前に毒サソリに足を刺されてしまうー。
シサンダが数字に強く計算能力が高いこと、参加費を作るために羊を売ったり、シサンダの理解者できれいなハバリ先生や医師のことを昔気質で呪術を信じるおばあちゃんが嫌ったり、はたまた映りの悪いテレビでマスワラを村人全員で応援したりと微笑ましい場面が取り入れられている。砂嵐や羊を狙うジャッカルの鳴き声などサバンナの自然の風景も想像力をかきたてる。
この話は、走ることが大好きなケニアの農家の女性、チェモキル・チラポンが、子どもの学費を払うためにナイロビマラソンに出場し、見事優勝したことに着想を得たらしい。
チェプチュンバといえばシドニーオリンピックの銅メダリストで、東京国際マラソンの優勝者でもある名ランナー。チラポンの話は簡単には出てこないが、チェプチュンバの経歴では、チラポンが優勝した2004年のナイロビマラソンの成績は2位となっていて、思わずニヤリとしてしまった。
物語は、アフリカには一度も行ったことのないという教師プティが生み出したもの。ちと説得力がない向きもあるが、まあ、児童もの。映画を念頭に置いたような作品。でも、かみ合いが良く、楽しくスラスラと読めた。
ベニアが買ってくれた、チェプチュンバと同じ赤いラインが入った、黄色いシューズ。いつも裸足で走ってきたマスワラは、レース終盤にそれを脱いで遠くに放り投げた・・!
結末は、巨匠チャン・イーモウの「あの子をさがして」の結末を思い出したかな。教師役を任された13歳くらいの少女が行方不明になった子を探して、テレビに出演し、ホロリと泣く。すると半端でないほど山奥の村には、たくさんの文房具が届く。
さらっと児童文学。休日に。悪くなかった。
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