回廊って好きなんだよね。早咲きの梅も見られる1月下旬。
◼️中尾真里「ホームズと推理小説の時代」
ふむむ。ミステリー史は何度読んでも面白い。読みたいのがまた増えた。
シャーロック・ホームズとワトスンの、常識的紳士2人のコンビを軸に、次々と生まれてきたミステリ作家やその珠玉の作品、魅力的な探偵たちを紹介する。
通常ホームズのパスティーシュ・パロディには惹かれるが、ホームズ雑学、ホームズ紹介、または今回のような関連本はほとんど読まない。上から目線ではないけれど、知ってることが多いから。今回図書館で目に留まり、出版がおととしと比較的新しいこと、関西発(著者は奈良大学名誉教授にして日本シャーロック・ホームズ・クラブ関西支部会員)、そして読んだ方がいいんじやないかな〜という良い予感がしたので借りてきた。
1887年、ビートンのクリスマス年鑑に「緋色の研究」が掲載されてからの流れ、ホームズやワトスン、その他の登場人物の紹介・ちょっとした深掘りに、ホームズが物語中にこき下ろすポーら既存の探偵小説にドイルがいかに影響されたか、というのは面白い。
そこから本書の主題でもあるミステリー史へと展開する。まずはイギリス。泥棒紳士ラッフルズ、オルツィの「隅の老人」、ブラウン神父のチェスタトン、「トレント最後の事件」のベントリー。さらにアガサ・クリスティーのポアロとミス・マープル、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿、「赤い館の秘密」のミルンに「陸橋殺人事件」のノックスと華やかな黄金時代。
さらにアメリカではヴァン・ダインとエラリー・クイーンがライヴァルとしてアメリカの推理小説の水準を引き上げた、というのは興味深かった。そこへまたディクスン・カーが登場する。すごいメンツだこと。
だんだんと推理小説もハードボイルドや怪奇風のもの、法廷もの、頭脳よりアクションで活躍する探偵の登場などなど広がりを見せていく。イギリスでもアメリカでもミステリは文学史に数えられるものではないのは共通だが、イギリスでは知的な読み物とされているのに対し、アメリカでは、人気はあるもののより大衆的な読み物とされている、必然的に求められる探偵像も違ってくる、という論はふむふむとなった。
さて、自分はミステリーは好きなジャンルではある。でもあんまり読んでないな、と今回も思わされた。クイーンの館ものシリーズは若い頃制覇したが、どうもトリックのために設定を強化しているような気もしてあまり読まなくなった。それなのにアヤツジストだったりして、どうも推理小説に対する意識はアンビバレントだな、我ながら。
クリスティーは有名作も再読したいし読んだことないのも多い。カーは散発的で「夜歩く」読みたい。ミルンの「赤い館」も読まなければ。今回興味を惹かれたのは読んだことのないドロシー・L・セイヤーズで「学寮祭の夜」等代表作とされているものは読んでみたくくすぐられた。んー、たたでさえ図書館で読みたい本が溜まってるのに、また読みたいのが増えた。そもそも古典の読書は未読があまりにも多く、読んでも読んでも減らない感触で、推理小説まで手を広げる余裕がいまないな。まあまあ、少しずつ、なんとか。
最後に、当然のように日本のミステリー史に行き着く。
日本にはホームズものは明治時代から紹介されてはいたが、日本ミステリーの黄金時代は第二次大戦後。ホームズが発火点となり、類似作品がたくさん生まれ、一次大戦後に隆盛を迎えた欧米に比べ、翻訳・翻案の時代が続き、日本オリジナルの純粋ミステリーが育つのに時間がかかったというのは興味深い。江戸時代の鎖国政策の薄い影響が見えるような気もする。
著者が楽しんだという戸板康二の「グリーン家の子ども」なども読んでみたい。
実は今回やはり知っている話が多くはあった。しかし、改めてつぶさに読んでみると、ミステリー史はやはり面白い。錚々たる個性豊かな作家たちに煌めく作品たち。著者が実に楽しそうに書いているのがよく分かる。細かい作品やその評価もあって参考になった。
ミステリーは熱かなやはり。
◼️朝倉かすみ「田村はまだか」
田村は来るのか?アダルトな上手さで、なんだか舞台劇みたいだなと思う。
吉川英治文学新人賞受賞作品。同級生の本友が著者の作品を読んでたので手に取ってみた。同氏は2019年上半期、大島真寿美氏が「渦 妹背山庭訓 魂結び」で直木賞を受賞した回、「平場の月」という作品が候補作となった。
まずタイトルを見て本読みなら多少考えるでしょう。私の中では田村は来ないだろうな、と思った。朝井リョウ「桐島、部活やめるってよ」とかブッツァーティの傑作「タタール人の砦」を思い浮かべる。田村は来るのか、待っている間が小説になるんだろうな、と。解説ではベケット「ゴドーを待ちながら」が取り上げてあった。
まずそこをくすぐっておいて本編。設定の絶妙さが光る。北海道の小学校同窓会の三次会。深夜にススキノ場末のスナック。満40歳の男3人女2人。掘ればいかにもワケがありそうだ。若くはないが、老け込むトシでもない。社会的地位も出来て落ち着いているが、まだエネルギーがある年齢。遠方から来るはずの同級生・田村を待っている。
5人のうち店常連である永田以外の4人には最初それぞれに腕白、コルレオーネ、エビス、いいちこという仇名がついていて、エピソードとして取り上げられた者から本名に変わるようになっている。スタート時はちと戸惑うが、まあ粋な仕掛けと見える。
田村とその妻のやはり同級生・中村理香の紹介的で強烈なエピソードから始まり、エロも混じったオトナの話が続く。ありふれた話の中に、うーん、ストレートではないヘンな部分をわざと混ぜてある。また文章や設定に細かい仕掛けを用意し変化をつけている。スナックという密室、深夜の同窓会三次会という異空間的な部分、マスターを含めた1人ずつの刺激的な話は、まるで舞台劇を観ているような感覚にもさせられる。
ドロっとしたなか、男子校の保健室教諭をしている女性の、男子生徒との間の話は可愛いすぎて異彩を放っていた。ユーミンとか江國香織テイスト。
そして田村はついにー。
この部分も、もちろん目立たせてはいるが、腑に落ちる展開であって、でもちょっとだけヘンかも、ってとこだろうか。
2008年の作品であり、登場人物たちは丙午の生まれとされている。であれば1966年世代の話だ。うわー、いやトシがバレるからなにも言うまい。^_^ 時代感は懐かしいな、やっぱり。
味とクセのある佳作で、大人の読み物だなと思う。仕舞いも見事。他の作品も読んでみたくなったな。
0 件のコメント:
コメントを投稿