5月は17作品18冊とたくさん読んだ。よく言うが、おととしシェイクスピアを読み始めてもう2桁冊に手が届いた。去年は太宰治の年だった。今年は、宮沢賢治と室生犀星。岩手青森金沢と、回ってみたいもんだ。
ミラン・クンデラ
「存在の耐えられない軽さ」
ソ連の弾圧の中で、チェコスロヴァキアのアイデンティティ。媒体は恋愛。
プラハの春に対して、ワルシャワ条約機構軍が侵攻し改革勢力を弾圧した史実。それをベースとした物語ではかつて春江一也の佳作「プラハの春」を読み感銘を受けた。そういえば、こちらも激しい恋愛ものだった。読みながら春江作品のシーンや出来事などを思い浮かべていた。
名作と謳われるクンデラの「存在の耐えられない軽さ」は同国の知識人として「プラハの春」を支えたため全著作を発禁とされ、さらに国籍を剥奪された著者が想いを込めた作品である。恋愛という媒体を使って国民の心のゆくえを追ったものでは、という気もする。
1984年、つまりソ連を中心とした軍の侵攻から16年後に書かれていることが、その後市民レベルで起きたことを冷静に観察させ、必ずしも単純でない人の想いを描いている。
医師トマーシュの愛人だったサビナはやはり愛人の大学講師フランツの元を去った時、天涯孤独な身の上で祖国をも無くした自分に大きな虚しさを感じる。彼女は描く絵にチェコの国内事情を反映させていると見られたくないためにアメリカに渡り、出身をも隠して過ごす。
トマーシュの妻、テレザはカメラマンとしてチェコへの軍事侵攻をカメラに収めた。テレザは女遊びのやまないトマーシュのもとで苦しみながら過ごす。
トマーシュにもフランツにも、時代に翻弄されるような想いと行動があった。
エロティックな場面もあるし、恋愛について哲学的に語っている。そうだよなあ、口には滅多に出せないけど、というふうに感じる文章もあった。また、運命的なファンタジーシーンも効果的だな、と思う。
犬のカレーニン、重さと軽さの暗合、ベートーベンの言葉など、さまざまな要素を組み合わせた作品で、ギュッと濃縮されている。文章のブロックが短めに区切ってあるので内容に比して少なくとも外面的な構成としては読みやすい。
哲学的、教訓的な文章も、特に後半には多くと全部を理解するのは難しい。生な肉体とか現実、幻想的なシーンを織り交ぜながら語られるストーリーに、社会情勢とか、人の性向とかを感じようとするのも読書だな、と思う。
森博嗣「作家の収支」
ほ~こうなってるのかと。。初めて知った。作家の収入、その内容。
まあ誰が見ても人気作家の森博嗣氏が赤裸々に書いた作品である。
原稿料の相場、その根拠、「印税」の計算、そして森氏がいくら印税を稼いだかの(大体の)情報が公開されている。さらに作品が漫画化されたら、ドラマ化されたら、アニメ映画化されたら、対談の場合、入試問題に使われた場合、さらに講演料はいくらか、他の作家の作品の解説を書いたら、推薦文を書いたら、また飲料メーカーのオファーで作品を書いたらいくらか、約であるが、具体的な金額が掲載されている。
それにプラスして出版界を取り巻く状況の分析や未来予測もある。
森氏の体験や近況も綴られているが、成功者だよなあ、と思う。その語り口はドライにも感じられるが、理論的で自らのやり方が確固としている。ちょっとガンコかも(笑)。取材したり資料を揃えたりしない、というのにはちとびっくりしたが。
作家を目指す人へのアドバイスもなるほどなかなか面白かった。
サクサク読めて楽しめる。
知念実希人「黒猫の小夜曲」
シリーズもの女子系サスペンス。事件部分はハードめだけど、かわいらしい。
死者の魂を「我が主」様のもとへ案内する、高位の霊的存在の僕は、上司の命令で人間界に降りることになる。彼の地上での姿は、黒猫だったー。地縛霊を説得して導くのがお役目。彼はある女性の魂と出会い、彼女の希望で昏睡状態にある人間の身体に乗り移らせ、ともに事件の解明に当たる。
このシリーズ最初の巻は「死神の優しい飼い方」。犬に姿をやつす話で舞台はホスピスだった。今回「僕」は前巻の主人公レオに知らぬ間に推薦されて黒猫になる。
事件は製薬会社の極秘の開発に絡むストーリーで、連続殺人もの。最初は人情的なエピソードだったはずが、謎が謎を呼び、複雑に絡み合い・・という展開。
そもそも死に関わる設定で、死者と残された者それぞれのドラマがいくつも重なっていく。救ってあげて欲しいけど救えない、別れの割り切り、という感覚もまた特徴。もうひとつは、人間なんて不合理で愚かと思っていた僕が、人間界での触れ合いによって変わって行き・・というのがポイントかな。
高位の存在と、犬猫のコミカルさが上手く折り合い、時にくふっと笑いつつ楽しめるエンタテインメント作品になっている。緻密だったり怜悧さなどの向きではないが、女子系本読み、このシリーズけっこう好きである。
レオも大活躍。我が家の犬が同じような名前だからちょっとシンパシー、ってとこなんだけどね。今回もう少し猫的な部分があってもよかったかな。まあまずでした。
鏑木蓮「イーハトーブ探偵 山ねこ裁判」
妹トシを失った哀しみ。読後胸の中が鈍く震えた気がした。
妹トシを亡くして3ヶ月後の大正12年2月。宮澤賢治のもとを産馬組合長の菅野高清が訪れる。事故で亡くなった石工の保険金支払いを保険会社が渋っており、故意の事故ー自殺でないことを証明してほしいと依頼される。
(哀しき火山弾)
「哀しき火山弾」「雪渡りのあした」「山ねこ裁判」「きもだめしの夜に」「赤い焔がどうどう」の5編が収録されている。
「雪渡り」はシリーズ初のロッキングチェア・デテクティブ、いわゆる安楽椅子探偵。ケンジは現場に出向かず推理して結論を出す。他の話ではかなり精力的に動き、科学的な知識を活かして結論を導くのだが、新鮮さを狙ったか。
あからさま過ぎることはないが、いやそんな場面もあるにはあるが、ケンジが24歳の妹トシを失って、全編にわたり抑えた哀しみを感じさせる。若い娘が絡む、特にラストから2つの作品は、ケンジが娘たちにトシを重ねていて、ムキになって事件を解決している。そういったケンジの心に寄り添う塩梅が良かったな、と思った。
「雪渡り」「山ねこ裁判」の童話はお気に入り。童話の内容とつながりがあるかと聞かれればあまり直接的でもないような印象を受けたが、いつかの再読でまた探すことになるんだろう。
実は科学捜査かつ大胆なトリックはパターンだったりするし、安楽椅子探偵ものとは、変化をつける意味合いもあるけど、パワーダウンにも見えてしまった。しかし、読了すると表現しにくい感動があって、心が揺れ動いた。
朴訥な当時の花巻弁もかなり好感。やはり、キャラクターが見えにくかった宮澤賢治を探偵として活き活きと描いていることが最大の魅力である。創作につながる部分も、研究がなされてあって慎重&新鮮だ。
物語中、賢治は樺太に向かう。トシの面影を探してー。
まだまだ読みたいけど、続き、あるんだよね??
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