2016年12月1日木曜日

11月書評の1





今年の11月は、妙に長かった。例年最高に多忙の時期だったからだろう。

中勘助「銀の匙」

書店でよく見かけるので購入してみた。明治の東京。ちょっとホロリとした、追憶文学。

病弱だった「私」は神田から小石川の高台へと引っ越す。伯母におぶわれることの多かった幼年時代、次第に学力、体力双方が上がってきた小学校時代、隣のお恵ちゃんとの思い出と別れ。情緒豊かな東京の情景とともに17才の少年時代までを綴る。

大正元年くらいの著作で、口語体に近いかたちでもあり、最初は慣れなくて難儀した。しかし解説で川上弘美さんも書いている通り、情緒的に書いていない植物や昆虫、そのた当時の風俗などが生き生きと訴えかけてくるような感覚は持った。

伯母さんとの別れのシーンは、胸に迫るものがあった。人生、だなあ、と素朴なやり取りに思った。

夏目漱石の講義も受けていた文人だそうだ。時代を感じるな。

梶村啓二「野いばら」

幕末の日本とイギリス。物語のパターンとしては見かけるが、幕末好きなだけにけっこう楽しく読んだ。日経小説大賞。


香港にいたイギリス軍人のエヴァンズは、生麦事件の直後に日本への赴任を命じられる。外国人への襲撃が相次ぎ、日本の世情は不穏だった。エヴァンズは、世話役である成瀬勝四郎の親族、由紀を日本語教師として迎える。

ストーリーとしては、現代のフラワービジネスに携わる縣(あがた)和彦が、休暇中のイングランド田園地帯でレンタカーがストップし、助けてくれたガーデンつきの館の女主人から、先祖が「できれば日本人に読んでほしい」と注意書きのついた備忘録を預かり、それを読み解く、という形だ。朝井まかての「恋歌」を思い出す。

最初は、あまりの偶然が偶然を呼ぶのにちょっと・・、と思ったが、イギリス人の目線で描こうとした物語の成り行きにけっこう夢中で読んでしまった。生麦事件他の事件で、イギリス本国は態度を硬化、一触即発の状況の中・・である。

先にも書いたように、物語として全体を見ると、映画のような、ドラマのような話である。しかし、分かっていても、高まる緊張感が胸を衝く。そこに、キーワードでもある植物、花、が絡んでくる。時々挟まれるどこか哲学的な文章もスパイスか。モノローグとダイアローグを使い分けた手法もあり、秀作だろうと思う。賞の選考では、満場一致での決定となったらしい。

ちなみに、日経文芸文庫は、最近創設されたらしい。新潮文庫以外で初めて?スピンと呼ばれる栞代わりの紐が付いていて、好感を持った。

江國香織「日のあたる白い壁」

メアリー・カサット展を観に、京都国立近代美術館へ行ったときに買った。絵画と画家の紹介をテーマにしたエッセイ集。画家ごとに作者の好きな絵が1枚〜数枚挿入してある。にしても、江國香織の感じ方、文章力に感嘆したな。

薄い本で、あっという間に読めてしまう。20人余りの画家についてエッセイがあり、それぞれ4ページくらい。古いところではエル・グレコ、カラバッジョから20世紀最高の画家との声もあるバルテュスまで。ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌの有名どころから、ちょっと知らないな、という人も、日本人画家も紹介している。

解説というか、江國香織がその画家と作品に感じることが、理屈っぽくもあるが思索的でけっこう面白く、さらに言えばかわいらしい。とても楽しく読める画評だ。

京都にメアリー・カサット展を観に行った時に買った本。この作品のことは、展覧会の盛り上げインタビューを読んで知っていたが、売店にいきなりあったので、絵を見て満足してのぼせているところに発見したから、その勢いで購入、一気に読みきった。

いや、取っておいて、また読みたいね。美術は、いいね。本当に。

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