2014年10月3日金曜日

9月書評の2

9月は気になっていた作品を読めた。「青い鳥」には心を揺さぶられた。

10月はまたランダムになりそう。11月はちょっとした企画を考えているが、うまくいくかどうか。1月はホームズ、8月は名作ミステリーと特集を張った。来年に向けて企画を考えよう。では後半!

西川美和「ゆれる」

いわゆる映画のノベライズである。「ゆれる」は映画に詳しい人たちがこぞって良かった、と言う作品。今回は、監督本人が小説として書き下したもの。ブックオフで通りがかりに見かけて、買ってみた。

母親の一周忌に、10年振りくらいに帰省した猛は、兄・稔が父親の後を継いで経営しているガソリンスタンドに寄る。そこで昔付き合っていた智恵子が働いていることを知り、誘って関係を持ってしまう。翌日、兄弟と智恵子は、連れ立って渓谷へ出掛ける。

各章、主人公の違う、独白で構成されている。猛、智恵子、父、伯父、そして兄・稔の独白が短く入る。この手法も最近実によくあるのだが、生な姿を晒せる上に、順番や数で仕掛けが出来る。

さて読んだ感想はというと、映画が見えない、ということだった。ものが動く時に、それを映像で表すのが映画で、そこには様々な映像音声的な仕掛けがあり、訴えたいものも違うのではと思う。原作の迫力は多少わかる気がするが、やはり見えないなー。

話としては、前に見た、小林政広監督の「歩く、人」によく似ているなと思った。あの作品は、逆に、造り酒屋を継いで父の面倒を見ている弟と飛び出した兄、という設定だったが。

映画は、脚色・演出の方法しだいという感じがする。小説としては、まあまず面白いが、その域を出るものではなかった。

北原尚彦
「ジョン、全裸連盟へ行く」

作者とタイトルで何か分かる方はなかなかの、作者名だけで分かる方はかなりの、シャーロック・ホームズファン。ここでは言ってなかったかもだけど、私はいわゆる「シャーロッキアン」です。

作者はホームズものをよく翻訳する方々のうちの1人。ジョンはワトスンのファーストネーム。全裸連盟、というのは赤毛連盟のもじり。

時代を現代に移した、ホームズとワトスンの冒険。短編それぞれが、原典を題材としていて、登場人物の設定や、話の筋をひねってあるとくれば、シャーロッキアンにはたまらないところだ。いちばん面白かったのは、「ジョンとまだらの綱」かな、やはり。「ジョンと三恐怖館へ行く」は少し本格的。

ホームズはスマートフォンを使いこなし、ワトスンはブログを書き、2人はタクシーに乗る。ガス燈、電報、移動は馬車、というのが原典なので、ほのかに違いを実感するが、メールがなんとなく電報を思い起こさせるから不思議だ。話の大方は少しふざけているし、意外な結末が多いし、シャーロッキアン的に笑えたりして楽しい。

この作品はシリーズになりそうなので、次回を楽しみに待つとしよう。いやーホームズ大好き。

ちなみに、このタイトルでクスッと来てしまうのがシャーロッキアン、ホームズ研究テーマのひとつになぜホームズとワトスンは長年一緒に暮らし活動しながら、ファーストネームでなく、ファミリーネームで呼び合っていたのか、というのがある。

当時の騎士道精神と大人のお付き合いを象徴している、と受け止める向きが多かったはずだが、個人的には、ファーストネームで呼び合うと、家族的、さらにはもっと進んだ関係を(苦笑)、呼び起こしてしまい、その歯止めになっているし、大事な構成要素とも言えると思っている。ただでさえ男二人暮らし。今回作品中で、少し辛らつ気味なハドソンさんも触れているが、ホモ疑惑は普通に言われているんだから。

毎年必ず、シャーロック・ホームズものは新たに市場に出て来る。最近特に、原典の新訳ブームだったり、日本でも「シャーロック・ホームズに愛を込めて」なんて発売されているので、需要があるんだろうなと思っていた。今回の短編は「ミステリ・マガジン」に掲載されたものがほとんどだが、同誌でホームズ特集をした回は発売即売切れだそうで、妙に納得した。

私はだいたい、常に4、5冊くらい積ん読しておくべく行動する。新刊を買ったり、ブックオフ行ったり、友人から借りたり。今月末までに読む本は揃ったな・・というところ飛び込んで来た感じの一冊。書店で発見した時は思わず「ほう」と声が出た。嬉しいハプニングだった。

舞城王太郎
「ビッチ・マグネット」

相変わらず高速思考、マシンガンのような文章。ただちょっとまとも?になってるのでびっくり。

芥川賞の選考かなにかで、石原慎太郎に酷評された、覆面作家舞城王太郎。今回は池澤夏樹氏絶賛の、新たな代表作と帯に書いてある。

香織里の父は浮気して家出、母はそれを気に病んで鬱状態。そんな中弟の友徳とは、高校生まで同じ布団で寝ている仲良し姉弟である。しかし友徳が、付き合う女の子絡みでトラブルに巻き込まれると、香緒里はクールに受け止めながらも、壊れ始める。

なんかこう書くと、弟を偏愛している姉の若干グロな物語?と誤解させてしまいそうだがそうではない。

人は確かに、場面場面では、ものすごいスピードで考え、心には色々な言葉が浮かんでは消え、さらに別な方面のことを「感じたり」するものだ。舞城王太郎の文章はそれを追ってたくさんの言葉を一気に連ねるから機関銃の連射のようになる。

これまで読んだ、「煙か土か食い物」などは身勝手で能力のある男が主人公で、同じような展開でバイオレンス感が目立ったが、今回は、普通気味の女の子が主人公で、別のテイストだ。

文章の展開は同じだが、行動は、いくつかを除けばあまり突飛すぎるものではなく、逆に恋愛や人生を定義したり、深く考えるものになっている。

あれ?もっと暴れる感じだったのに、と思い、またちょっと理屈が先に立つなという、ヘンな印象を受けた。ラストはなんかサガンの「悲しみよ、こんにちは」ぽいし。

東京出張の際に、しまった読む本忘れたと新大阪で買った本。薄いし、あっという間に読み終わった。それにしても恋愛論とは、印象が変わった。

高橋克彦「緋い記憶」

時を経て開く、記憶の扉。ファンタジー&ノスタルジックホラー。直木賞受賞作。

高橋克彦は、書評欄で、蝦夷の英雄と抵抗を描く「火怨」についての文章を読んで知った。その後、息子の寝かしつけに、様々な鬼ストーリーを思いつきで話してやっているうちに鬼に興味を持ち、「鬼」シリーズにはまった。

そしてミステリーを調べていくうちに浮世絵ものの「写楽殺人事件」を読んで、これは知識欲をくすぐるな、と次も読みたくなっている、という状況で、直木賞を取った作品にも興味が湧いた、という次第である。

そもそも私は、日ごろ「女子ものに近い小説愛好家」と自認していて、
サスペンスはともかく、ふだん警察小説やむごいもの、ドンパチものやチャンバラものはあまり好まない。

でも男臭さのある高橋克彦には不思議と惹かれるものを感じている。「火怨」や「炎立つ」や絵画ものは今後読んでみたいと思っている。

前置きが長くなったが、さて、「緋い記憶」。これは不思議なホラーもの。女性、少女をキーワードに
短編小説の主人公が過去の封印された記憶を思い出す、という、決して気持ちのいいものではない1991年の作品集だ。

もうひとつのキーワードは、作者の出身地である、岩手、盛岡などの東北の「みちのく」と呼ばれる地域。
他の受賞作に見られるように、ノッていた作者に直木賞を、という空気もあったのかも知れないが、ストーリーの流れがワンパターンであるにも拘わらず、明るくなく、ファンタジックな色もあるのに惹きつけられる部分がある。

あとがきでも触れられているが、女性、少女をキーワードとするのは、いい年をした男の本音の部分で
それを垣間見せていることが魅力のひとつなのかも。

ただ、シリーズ化されているらしいが、もう記憶ものはいいな、とは思った。

百田尚樹「海賊と呼ばれた男」(2)

本屋大賞。日本近代史的な向きもあり、面白かった。現代に繋がるな。

国岡鐵三は、小さな商社の丁稚から独立し、就業規則、出勤簿、定年の無い「国岡商店」という石油の小売店を立ち上げる。大東亜戦争を挟み、戦前、戦後の複雑な国際情勢を相手に、国岡は凄まじい勝負を仕掛ける。

戦前からメジャーと言われる石油会社がいかに市場を牛耳ろうとしたか、また国内の石油会社と官僚が、どのような事態を迎えたか、非常に興味深く読んだ。

当初のゲリラ販売から、外地への進出、戦後の苦しさ、そして次々と続く大勝負に優秀な参謀たち。ロマンあふれる大作で、実在の人物と会社を明らかにモデルにしていることから、余計に感嘆の度合いが増す。

途中ちょっとワンパターンになるし、片方の正義が余りに目立つ、まるでスーパーマンのようなエピソードばかりなので、どこに理があるのか複眼的な発想は持てない。

ただ、イギリスは中東に対し、かつて自国の利益誘導のために二枚舌を使った。アメリカも石油政策に関しては、きれいとはとても言えない手を使った。現在でも、最も米欧が神経を割くのが中東情勢で、それは原油があるからだと思う。

日章丸事件のくだりは痛快でドキドキする。スケールの大きな作品である事に変わりは無い。スカッとする感じだね。

重松清「青い鳥」

信じられない。最後の短編で泣いてしまった。これが計算されたものだとしたら、重松清は、戦略家もしくは、芸術家だ。

実を言うと重松清は、あまり読まない。既読は「季節風 春夏秋冬」の4冊と、「きみ去りしのち」だけ。現代で最も売れている作家の一人、という認識はあったが、「季節風」で、いい大人ツンツンさせる人、というイメージがあった。

あまり同じ手法もあざといし、「きみ去りしのち」はあんまりだったので、敬遠していた。

吃音の村内先生は、臨時の代用教員として短い間だけ学校に来る。それは寂しい生徒の、「そばにいる」ためだった。

今回人に勧められて読んでみたが、やられてしまった。何か、問題のある中学生の前に村内先生が登場し、解決していくハートフルな物語集。ちょっとニュース的な、都合良い感じにも見える場面を含みつつー。

実際最後の短編に差し掛かるまでは、好感は抱いていたものの、それほどでもなかった。それが、なぜか、なぜか、泣かされてしまった。「ふがいない僕は空をみた」のようだった。

ちなみに、8編の短編の中では、「静かな楽隊」が好きである。「進路は北へ」ほ小粋だ。それにしても、久々に、びっくりさせられた。

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