2025年6月16日月曜日

6月書評の4

◼️ Authur Conan Doyle
" The Adventure of the Beryl Coronet"
「緑柱石の宝冠」👑

ホームズ短編原文読み50作品め。数年の積み重ねでここまで来ました。残るはあと6作品です。やや端折りめで行きます。

さて今回は第1短編集"The Adventures of Sherlock Holmes"12作中11番めに位置する「緑柱石の宝冠」。最後の方でこれでホントにいいの?という疑問が残る部分もあるためか、人気ベストテンにはなかなか入ってきませんが、王室&バキバキの国宝👑、依頼人のエキセントリックな登場、予想だにしなかったドラマティックな展開、ホームズの推理と動きの冴え、ちょっとスーパーすぎるくらいの、や名言などから、シャーロッキアン的には愛されてるんじゃないかな〜という雰囲気の一篇。

シャーロック・ホームズシリーズは、第2短編集ラストの「最後の事件」でホームズが宿敵モリアーティ教授とともにスイスはライヘンバッハの滝に転落、一旦連載終了という運びとなり、10年後に「空き家の冒険」で復活するという軌跡を辿っています。シャーロッキアンの間では、復活以後は思慮深い人物ではなくなった、という評もあります。私は以後の第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還」は大好きなのですが、思慮深い、という面はこの話や第1短編集掉尾を飾る「ぶな屋敷」に表れているような気もします。

"Holmes,here is a madman coming along"
「ホームズ、おかしな男がやって来るぞ」

雪が降った後のベイカー街前の歩道を両手を上げたり下げたり、顔を歪めたり。大銀行の頭取、ホールダー氏はホームズたちの部屋に来てからも頭を壁に打ちつけるなど奇矯な行動を取ります。シリーズ一、二を争う不可解な登場の仕方ですね。ようやく落ち着いて説明することには、

王室のこの上なく高貴な人が来て、国宝の宝冠を担保に出すから5万ポンド(約12億円)貸して欲しいとねじ込んで来たのです。金は4日後に返す。内密に、くれぐれも緑柱石の宝冠には傷ひとつつけるなよ、と言い残して帰ります。この人はなにかと騒動を起こしたプリンス・オブ・ウェールズ、のちのエドワード7世だと言われています。ホームズ短編第一作で爆発的な人気を得た「ボヘミアの醜聞」はどう見てもこの人が巻き起こしたスキャンダルがモデルとなってます。

銀行に残しておくのは危険とホールダー氏は家に持って帰り衣装室の箪笥に入れて鍵をかけ、一人息子のアーサー、姪で養子にしているメアリに大変なことになったと話をして休みます。アーサーはサー・ジョージ・バーンウェルというワルで魅力的な友人がいてカード賭博で借金を繰り返すドラ息子。メアリは気立もよく賢いホールダー氏のお気に入り。アーサーはメアリに本気で惚れていましたが、メアリにその気はありませんでした。メアリとホールダー氏はあまり外出をしませんでした。

その晩寝る前に階下に行くとメアリが戸締りをしていて、メイドが男と会って帰ってきたみたいだとホールダー氏に告げました。注意しておくように言いつけて、ホールダー氏が眠ったその夜、不審な物音に目を覚ますと、果たしてシャツとズボン、裸足のアーサーが宝冠を手に立っていました。なにやらいじくっている様子。ホールダー氏を見た時取り落とした宝冠からは39個の緑柱石、エメラルドやアクアマリンのことらしいです、のうち3個が、はめ込んである金の台座ごとなくなっていました。

ホールダー氏は警察を呼んでアーサーを逮捕させます。大声を出したので、メアリを筆頭に家の使用人が集まり、メアリは事態を察して卒倒した。アーサーは不機嫌に、黙秘を貫きます。

ホームズは当初からアーサーの犯行に否定的でした。大変な危険を犯してホールダー氏の部屋に入り、宝冠の一部だけをもぎとって、なぜかわざわざ置きに戻った?まさか?と。

ホールダー氏の自宅で宝冠を調べ、外を調べます。宝冠の台座ごともぎ取るのは1人の力ではとても無理な強度でした。

翌日の朝ベイカー街をもう1度訪ねてくれればはっきりしたことをお伝えできる、と言い残して、ホームズは辞去します。そしてベイカー街に帰ると、すぐ仕事にあぶれた浮浪者に変装して、夜の街に出て行きましたー。

ホームズが帰ってきたのはたぶん明け方で、ワトスンが起きた時には、朝食の席に着いていました。そこにホールダー氏が尋ねてきます。痛々しい態度、風貌で、メアリにまで見捨てられた、と。手には手紙がありました。

もし私が違った行動をとっていれば、この恐ろしい不幸は決して起こらなかったと思います。永遠にお別れすべきだと思います。探さないでください。

きのうお前がアーサーと結婚してくれていれば、とこぼしたせいだ、まさか自殺でも?と動揺するホールダー氏にホームズは、なんと、

おそらくこれがいちばん良い解決法でしょう

と告げます。ホームズはホールダー氏に4000ポンドの小切手を切ってもらい、机から3個の緑柱石が付いた三角形の金のかけらを取り出しました。戻ったのです!

ホームズは謎解きを始めます。

"it is hardest for me to say and for you to hear: there has been an understanding between Sir George Burnwell and your niece Mary. They have now fled together."

「申し上げにくく、またあなたにとっても聞くのはお辛いことですが、サー・ジョージ・バーンウェルとあなたの姪御さん、メアリさんは共謀していました。2人は駆け落ちしたのです」

"My Mary? Impossible!"
「わたしのメアリーが?そんなバカな!」

このへん「サセックスの吸血鬼」という短編を思い出しますね。意外な犯人は家族でした。悲痛の叫びです。

サー・ジョージ・バーンウェルのことはホームズももともと知っていました。この国でもっとも危険な人物の1人。箱入りのメアリは名うての悪党に言い寄られ、ほだされてしまった。あの夜、メアリは窓のところでバーンウェルと話していた。宝冠のことを話したと思われる。ホールダー氏が降りてきたから慌てて戸締りをするふりをした。寝付けないアーサーが物音に気づいてそっと伺うと、メアリがホールダー氏の寝室に入り、出てきた時には宝冠を持っていたのを目撃する。鍵はボロくて同じタイプの鍵なら開けられてしまう。そしてメアリは窓から外にいる誰かに宝冠を渡した。

シャツとズボンのまま、アーサーは「誰か」を追った。男に追いつき、格闘の中で両方で宝冠を引っ張りあった。アーサーは男を殴りつけ、犯人は出血、アーサーは自分が宝冠を手にしているのに気付き、急いで部屋に戻った。宝冠の飾りがねじれているのを見たアーサーは元に戻そうとしているもころをホールダー氏に見つかったという次第でした。

アーサーにしてみれば、トラブルを身体を張って防いだからお礼を言われて然るべきところを決めつけられ、頭ごなしに非難された、一方で、アーサーはメアリを愛していて、彼女の共謀を暴露することはできなかった。だから黙秘した。メアリはバーンウェルが持って行ったはずの宝冠があるのを見て、すべての悪事が露見したとショックで失神した。2人が力任せに引っ張りあったため、宝冠の一部は折れてしまっていました。

ホームズは雪の上に残されていた足跡、血の跡、家の中の足跡から何があったかを組み立てました。では、その男が誰で、誰が男に宝冠を持って行ったのか?ここで名セリフがおそらく初めて披露されます。

"when you have excluded the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth."

「有り得べからざる事柄を取り除いてしまった時、何が残ろうとも、いかに有り得そうでなくても、それが真実に違いないのです」

ホールダー氏が持っていくわけがない。するとメアリかメイド以外にいない。メイドは確かに片脚が義足の恋人と会っていたが、関係ないことをホームズは足跡で確認しました。片脚が義足、というのがドイル一流の仕込みですね。混同しようがない。それに、メイドが犯人なら、アーサーはそう言い立てているでしょう。となると、メアリ以外にいないわけです。愛と恩義を感じている叔父を裏切るほどのこと、と考えれば共犯者は恋人に違いない。この家族は交友範囲が限られていました。その狭い輪の中にいたのがバーンウェルで、彼女があの夜会っていたのは彼だったのです。バーンウェルはメアリから宝冠の話を聞いて悪心が芽生え、持ってくるよう頼んだのです。

ホームズは浮浪者の格好でバーンウェルの家に行き、使用人に話しかけて主人が昨夜頭部を切る怪我を負ったことを聞き、古い靴を譲ってもらってホールダー氏宅近くの足跡と大きさが一致することを確認しました。

その後普通の身なりに着替えて今度はバーンウェルに会い、ことの次第を話しました。向こうは棍棒を持ち出し、諍いになりそうになったのでピストルを突きつけて宝石は1個1000ポンドで買い戻す用意があることを伝えました。するとなんとすでに3個600ポンドで売り払ってしまったとのこと。盗難事案ではありますが、なにせスキャンダルは避けねばなりません。

ホームズは起訴しないから他言しないようバーンウェルに言い渡し、売った相手の住所を聞き出し、散々交渉してなんとか1個1000ポンドで買い戻しました。その足でアーサーに会いに行き、ことの次第を話したというわけでした。

ホールダー氏が切った4000ポンドの小切手のうち3000ポンドは宝石の代金、残り1000ポンドに関しては、実はホールダー氏は懸賞金を出すと息巻いてたのです。それをホームズが貰うというわけでした。まあ金に糸目はつけない勢いだったので問題なく済んでます。

"Sir, I cannot find words to thank you, but you shall not find me ungrateful for what you have done. Your skill has indeed exceeded all that I have heard of it."

「お礼の言葉もございません。ご恩は忘れません。聞きしに勝る素晴らしい手際です」

急いでアーサーに謝りにいくというホールダー氏。メアリの行方はわからないでしょうか、と最後に訊きます。

"I think that we may safely say that she is wherever Sir George Burnwell is. It is equally certain, too, that whatever her sins are, they will soon receive a more than sufficient punishment."

「どこであろうと、サー・ジョージ・バーンウェルと一緒にいることは確実に言えるでしょう。彼女の罪がどのようなものであれ、やがて彼らは十分過ぎる報いを受けることになるでしょうね」

終わりです。意外な共犯者。いわゆるどんでん返し。ドラマティックな展開はちょっとメロドラマ風。ねじ込む皇太子と国宝など話題性の多い話ですね。

ホームズはアーサーが取った行動のことを
"He took the more chivalrous view"
「彼は騎士道精神を発揮した」と認めています。またスキャンダルにならないように骨折って解決しています。この辺が思慮深いと言われる所以なのでしょうか。

ただ、警察なんて呼んだらそれこそ事が露見するのでは?とか、皇太子は(それと決めて書いてますね・笑)少しでも傷が付いたらそれこそ大変、と言ってたのにもぎ取ってるし、と、釈然としない部分も多い。

まあ盗難に遭ったなら無傷というのは確かに不自然ではあります。うーん。まあともかく宝冠と宝石は戻り、とりあえずめでたし。いずれメアリも戻ってくる、と思いたいですね。

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