2021年9月17日金曜日

9月書評の3

◼️ 森見登美彦「夜行」

夜と朝、そこに横たわるのは深い闇の世界。
かなりおもしろかったホラー。

読み終わった時、自分の瞳がくるくると動いていたのが分かった。マスクをしてなければ、笑み崩れた口元が見えてただろう。「面白かった」。読了直後のカタルシスを得た顔の動き。久しぶりである。

10年ぶりに、英会話スクールの仲間たちが鞍馬の火祭りを観に集まり、大橋はひさびさに友人たちと会う。10年前の火祭りの夜、長谷川さんは会場で失踪し、彼女はこれまで見つかっていない。その夜、各々は自分が体験した怪異な話をそれぞれ語り出すのだった。中心にあるのは夭折の画家、岸田道生の「夜行」という連作の絵ー。

それは黒に白のグラデーションでのっぺらぼうの女性が描かれていた。尾道で妻が不思議な失踪をした話、飛騨でのカップルの行方不明、津軽での奇怪な三角屋根の家と友人の消失、天竜峡へ向かう列車での、不思議な高校生の少女との邂逅。岸田道生のかつての行動も露になっていく。そして鞍馬の夜、大橋は皆とはぐれたー。

人の消失と異世界への移行は恒川光太郎のような不気味さが、ホラーの味付け的には綾辻行人風味がした。岸田道生には「館シリーズ」の謎の建築家中村青司のようなイメージも湧いた。

最初は長谷川さんの失踪が物語に横たわり怪異感を引きずる謎であり、次々とゾッとする逸話が重なり、その中からキーとなりそうなピースが見えて来る、気がする。ラストにはまた大きな動きがある。

現れては失せる不気味な話、登場人物。旅での孤独感と非日常的な感覚を増幅させる。全てが明かされるわけではなく、現実と幻が転々とする。水、をそこはかとなく意識させている気もする。文面でも感じる、吸い込まれそうな異様な絵の感じ。

作中、暗闇の描写が印象的。暗くて見えないな、という感覚を思い出す。長野の善光寺のお戒壇巡りと、東京の国立天文台。お寺の地下の、まさに一寸先も見えない闇と、遠くに光はあるけれども、星を見るためだからか敷地に照明がなく周囲の暗さを実感する都会の暗闇。

ラストのまとめは得心がいったし、分からないところもまたホラー。よっく読み直したらまだ見えて来るものもあるかもだけど、今はいい。

おもしろい、んふふ、となった本でした。

◼️ 髙田郁「あきない世傳 金と銀 九 淵泉篇」

大ピンチに見舞われる巻。罠に落ちた五鈴屋。

大切な切り札、小紋染の型紙を持ち出して失踪した結。果たして結は、自分を後添えにとしつこく望んでいた両替商音羽屋へ走る。そして、呉服部門の主として、盗んだ型紙で商品を作り、五鈴屋で自らも行っていた様々な工夫を音羽屋でも実践する。五十鈴屋江戸店主の幸は、妹への甘さを痛感するのだった。

おまけに五鈴屋は、ひょんなことから咎めを受け、呉服屋仲間から除名されてしまう。除名されてしまうと呉服屋としての商売はできない。帯や木綿の太物だけの商いとなり、幸と五鈴屋は追い詰められるー。

お上から目をつけられ、巨額の上納金を納めたばかりでもあり、一連のことは偶然ではない、と助言をもらう幸。

しかしながら・・タネを聞かないと釈然とはしないかも。身内の恥ではあるし、相手は大手の両替商で、証拠はない。しかし型紙が使われたのは火を見るよりも明らか。これは盗まれたものだと、なぜ言い立てないか分からないかな。それから、仲間を外されたから単独で商売されることは許されない、ということも理屈が飲み込めない。たぶん現代的な目線であるだろうけれど。

五鈴屋は江戸へ出店して短期間で売上げを伸ばした。江戸の商売仲間にとって苦々しい存在だったに違いないのは分かる。しかし執拗で、かつかなり手間がかかる罠を仕掛ける理由は何なのか。これは「みをつくし料理帖」でも悪役に対してなんとなく単純化した図式だなあと思った感覚に似ている。

あれあれ、だいぶ批判的になってるかな。

まあまあ、このシリーズを貸してくれてる後輩は10巻から先は明るい感じ、と言ってたので、伏せておく期間として受け取ろう。

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