2020年11月21日土曜日

11月書評の4






神戸の王子公園なぞうろつく。パンダがいる王子動物園は息子とだいぶ行った。公園は初めて。スタジアム、テニスコート、弓道場や体育館、ジブリものに出てくるような通路もあって、それなりに楽しかったかな。

コロナ感染者が急拡大。最初の緊急事態宣言のころなんて比較にならないくらいの多さ。みな慣れてきてるからすぐにはとても減らないだろう。あれこれ自粛して、2週間くらいで効果が出始めて、下がって緩んでまた上がって。果てはどこにあるんだろう。


◼️阿刀田高

「アラビアンナイトを楽しむために」


アラビアンナイトの世界のさわりを、楽しむ。いつも思うが著者の紹介具合がうまいなあ。


阿刀田高氏のさわり紹介シリーズは「ギリシャ神話」「旧約聖書」「新約聖書」「コーラン」と読んできたが上手に柔らかく、しかも文芸的に各筆致にいつも感心。今回も楽しめた。


ササン朝ペルシャという651年に滅んだ国のシャーリャルという王様が妻の不貞に怒り、女というものに強い不信感を抱く。夜ごと生娘を召しては、朝には処刑してしまうという所業を繰り返したため町中に処女がいなくなり、大臣の娘シャーラザッドが夜伽に立候補した。シャーラザッドは妹のドゥニャザッドとともに王の寝室に赴き、王の枕辺でたぐいまれな話を語り、その面白さに王はシャーラザッドを殺すことができず、物語は千と一夜も続いた、というのはよく知られた前段だ。



阿刀田氏は十いくつの話をチョイスして展開していく。ギリシャ神話は基本的に神の話。こちらは王家もよく出てくるが、大商人、床屋、染物屋など市井の人々も主役となり、中世イスラム社会の庶民生活をよく伝えるものだとか。


感想第一は、まあコーランの国だというのに男女の生々しい話が多いなと。各国の王にまつわるものもめくるめく感じですな。逆に庶民的であり、いかにも説話風でもある。厳しい戒律があるから、生活が楽ではないから、王室のこと、美しいお姫さま、王子さまのストーリーを聞きたい、というのも自然。なおかつ肉欲的なオトナ面白いのも正直かと思える。異国も含めた絶世の美女、また美少年だなんてやはり誰しも心がくすぐられる。


あとファンタジー的要素も興味深い。磁石島なんていうのがあったり、魔法が出てきたり、財宝が見つかったりで、アラビアの神秘っぽくもある。最後の方、アラジンと魔法のランプなんかまさにそう。


正直者怠け者、因果応報的な話もあり、なんとなく古事記を感じたりして。


阿刀田氏は、20世紀パリで、名乗りを上げた警官を含め、宿泊者が次々と首を吊ったという「自殺ホテル」から入ったり、ジャン・ジロドウの戯曲「オンディーヌ」をイメージしたり、類似の豊富な知識で読み手をうまく誘ってくれる。


「オンディーヌ」は湖の王の娘・オンディーヌが地上の若者ハンスに恋する話。水界の王から「ハンスがお前を捨てたら、彼はただちに死ぬ」という厳しい条件付きながらも許しを得て結婚する。そしてハンスは心変わりをする。水界の王はオンディーヌを憐れみ、ハンスの死と同時に彼女の記憶を消し去る。


死んだハンスを見る、もはや記憶のないオンディーヌのセリフがさりげなく虚しく観客の心に響く。


で、その導入からのアラビアンナイトの物語は、水界の娘・ジュルナールがある権勢ならびなき王を愛し、妊娠する。ジュルナールは水界の一族を陸に招き、両者は親交を結んでめでたしとなる。しかし生まれた王子バドル・バシムがやがて王となった時、海の世界のとびきり美しいヤワハラー姫を妻にと願ったことから諍いがおき、魔法が飛び交ったりするファンタジックドタバタコメディのような話が展開されるというもの。冒険を経てオチがつく。


陸の世界と水の世界。コメディと悲劇の組合せに、章として、なにやら立体的に織りなされた印象を持った。


オジサンらしくやらしいとこもあるのだが、その筆致が時に文人っぽくもあって、相変わらず気持ちよく読める。


アリババとかシンドバッドは外してあるが、どんな話だったっけ、とそそられる。


ワクワクするものばかりではないかもしれないが、バートン版読んでみようかな。




◼️須賀しのぶ「革命前夜」


オルガンの「銀の音」が聴きたくなる。

1989年、旧東ドイツ。ドラスティックな時代。


友人からバッハの曲のことが出てたよ、と聞きチョイス。クラシックもミーハーに好きだけど、バッハは不勉強。宗教色が強いイメージで、勉強したくも敬遠していた。面白いことに、演奏経験のあるオケや音大出の人ほど強く私に薦めてくれたイメージがある。いい機会かと。


1989年、バッハの平均律クラヴィーアに感銘を受け、東ドイツのドレスデンに留学していたピアノ科の眞山柊史はドレスデン市内の旧宮廷協会で「銀の音」を奏でるオルガン奏者、金髪で美貌のクリスタに出逢う。学内では天才ヴァイオリン奏者で組んだ相手を「壊し」次々と換える不遜なハンガリー人、ヴェンツェルからピアノ伴奏の声をかけられる。ヴェンツェルとのデュオは好評を博すが、自分のピアノが不調に陥る。柊史はクリスタを探していたー。


柊史のモノローグで語られる。だからか、しかしなのか、主人公の成長は、個性豊かで事情が複雑な多くのキャラクター、ダイナミックな出来事の中で促され、周りのエピソードの光が強い。


伴奏者を食い散らかし、自分に惚れた女性の気持ちも顧みず、評判は最悪、しかしその実力は群を抜く強いキャラのヴェンツェルは一つの中心。特に後半、気がよくチェリストと学生結婚していて、秀才タイプの巧者イェンツとの対比に光が当てられている。


謎の実力者でひどく冷たいクリスタや、ヴェンツェルに想いをかけて翻弄されるベトナムからの留学生スレイニェット、学生たちを受け止めるヘルマー牧師に、同じマンションでなにくれとなく柊史の面倒を見るファイネン女史、柊史の父の知り合いの娘で、ハリー・ポッターのハーマイオニーを連想させる可愛らしいニナなど、それぞれ存在感のある人物像が物語を彩る。


バッハの本場、しかし東ドイツは密告・監視社会だった。少しずつ、公安機関シュタージ、組織化された密告者たちの存在が明らかになってくる。そして、天安門事件があり、東欧共産圏は崩壊しようとしていた。


ストーリーが進むにつれて、主要人物たちの本当の姿が明らかになってくる。柊史の危険も増す。その転生のような成り行きは計算されていて、リーダビリティを高めている。


ヴェンツェルのキャラ造形を見て、ああ、須賀しのぶって女性作家さんだったんだ、と思った。特に恋愛を絡めていて顧みないところが。うまく説明てきないが、映画を観ててもよくあることだ。


最初はちょっとクラシックにしても土地の説明にしてもペダンチックで慣れず、読み進むのが遅かった。しかし中盤以降は奔流のようで、熱中した。全部に納得できたわけではないが、面白かったのは間違いない。


音楽が生まれるバッハの本場と旧体制、時代のうねり、その中の若者たち。クリスタの銀の音を想像したくて、読みながら劇中のバッハのオルガン曲を探して聴いたりした。


春江一也「プラハの春」を思い出したりして、成り行きが予想できるなとか、当初思ったけれども、ちょっと外されたかな。


ちょうどこの時代に国際政治学を学んでいたこともあり、楽しめた一冊だった。

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