福岡2日めは法事のお食事会が早々に終わり、ホテルに戻って、行きの電車で完読した「メインテーマは殺人」の書評を書いていた。この日の夜お会いする先輩はミステリーマニアで、課題図書として出されてたので必死。終わらないまま出かける。雨。2人ともノンアルで駅隣のビルで軽く食事。
◼️アンソニー・ホロヴィッツ
「メインテーマは殺人」
荒っぽい感じの一匹狼元刑事・ホーソーン。スキがなく、評価が高い理由が分かる。なんか悔しい(笑)。
散らされた手がかりとミスリードを誘うエピソード。最後に収束させる手際がどこか数学的で漏れがなく、英国の伝統にも乗っ取っているし、動いている現代の味付けもある。
「カササギ殺人事件」で絶賛されたホロヴィッツはコナン・ドイル財団公認のホームズ続編「絹の家」「モリアーティ」を書いていて私も読んだ。実はホームズものは違和感が拭えない部分があったが、こちらはラストを読み終わった感慨が「カササギ」をも上回ったと思う。
ダイアナ・クーパー老婦人は、葬儀社へ赴き、自分の葬儀の段取りを決め予約をしたその日に自宅で絞殺された。脚本家・作家のアンソニーは、ロンドン警視庁の元刑事で、面識のあるホーソーンに、クーパー事件の捜査を本にしないかと持ちかけられ、ホーソーンについていくこととなる。
ダイアナには10年前に交通事故ー双子の幼い兄弟を車で轢き、1人は即死、1人は重い障害が残ったーを起こした過去があった。息子の俳優、ダミアン・クーパーの将来を慮っていったん逃走したダイアナはほどなく自首した。
殺されたダイアンからは死の直前、「損傷の子に会った、怖い」というメッセージが、いまや人気俳優のダミアンに向け発信されていた。そしてダイアナの葬儀の日、新たな殺人がー。
事件の捜査に当たるホーソーンは、腕は抜群だが人望がなく一匹狼で、事情があってロンドン警視庁を退職した元刑事。ぶっきらぼうで強引でしたたか、自分のことを話さない。どこかしら古典的なハードボイルドさが漂う探偵である。ワトスン役は著者本人で、現実のテレビドラマの仕事やスピルバーグとの会見も織り込んであり、現実と物語のあわいを醸し出す役割も果たしている。
見立て殺人を思わせる仕掛けが唐突に現れたり、アンソニーが大ピンチに陥ったりと地道な捜査の中にも上手に面白みをつけている。またシェイクスピアが重要な役割を果たしていて英国もの、という伝統を感じさせる。
また、ホーソーンとアンソニーの衝突を繰り返しながら少しずつ打ち解けてゆくさまも心をつつく。
正直言うと、丹念な捜査が続き、少しずつ全体の様相が明らかになってくるものの、事件そのものは小説としてハデなものでは決してなく、終盤までは、そこまで激賞される作品かな、と思っていた。
しかし・・最終盤の全体の謎解きを読むと
作中に散りばめられた手がかりの解釈がピタピタとはまり、説得力を持って繋がっていく感覚は、悔しさを覚えるくらいスキがなく、まさに推理小説、という出色の出来だったと思う。伏線の回収、という言葉では収まらない見事さを感じさせる。ミステリ好きな読み手にしっくり来る。
ひっかけの要素はノイズであり、有力だけどそれで終わっちゃ面白くないよな、でも排除してしまえない邪魔な要素、と考えが詰まるところに明快な解決。うーん、ここ最近の白眉だった。
ミステリ好きの先輩と久々に会うことになり、課題図書(笑)として出されたので当日までかかって読了。話が弾んだ。
シリーズ化するらしいし、先が楽しみだ。
◼️滝川幸司「菅原道真」
史上最強に祟りを恐れられた学問の神様は才能ゆえに妬み嫉まれ、ついには巻き込まれた。
漢文の研究者が書いた菅原道真の一生。あとがきに「研究者向けではなく、一般書を書くのは難しい」とあり、大学1年生が辞書なしで読めるように、という条件だったそうだが、その、充分難しかったです、はい。
祖父も父も高名な儒者で出世した家系の三男・道真。幼少の頃から能力を発揮し、文章生試(もんじょうしょうし)、官吏登用試験の「対策」という難関の試験に合格、官僚となる。若い頃から祈願文や辞職願の文章の代筆を頼まれるなど優秀さが音に聞こえていたようだ。
若くして文章博士となり、光孝天皇、宇多天皇、醍醐天皇に頼られ、儒者としては異例の出世を果たし、ついに右大臣まで昇りつめる。左大臣は藤原時平である。歴代天皇の後ろ盾があってこそ可能な大出世だった。
以前から妬み嫉みも多かったという。道真自身は何度も身分に合わないからと、右大臣のみならず兼任していた右大将の辞職願を何度も書いている。そりゃま武人でなく学者さんだからね。時平と左右大臣を務めていた時には官僚の大規模なサボタージュに遭ってもいる。こんな反抗の機運さえある中では誹謗中傷もあったことだろう。
名貴族でもないのにトップとして政務を執るのは、あの人、社長のお気に入りだからさ・・という現代サラリーマンのような言われ方もしたんじゃないかと。三善清行という官僚からは「引退すべき」という手紙が来たりした。しかし醍醐天皇は道真の辞職願を頑として受け入れなかった。どないせえっちゅうねん状態である。
そして、時平と宇多上皇に絡み、なんと天皇を廃せんとしたとして、大宰権帥に降格、左遷された。道中は衣食の手当ても禁じられ、実質追放だった。
著者によると、時平との間に確執があったわけではなく、宇多上皇派と見られたことが最大のネックで、どうやら別の者が謀りごとについて道真に話していたらしい。ただそんなに真剣な謀略を計画するほどの政治的必要性があるとは思えない。ちょっと罪状が大きすぎて、やはりどこかに不信や私怨の影が見えないのは不自然にも思える。いや史料のこととか何も知らないんですけどね。
太宰府での暮らしのことはほとんど出てこない。私は筑紫の生まれ育ちで太宰府天満宮は親しみ深く、梅ヶ枝餅は普通のおやつである。筑紫地区はもちろん、福岡県人で太宰府天満宮に誰が祀られているか知らない人はいないだろう。太宰府行ってたから、なんとなく京都の北野天満宮には行く気が起きなかった。祟りを鎮めるために建てられた神社だし。でも、当たり前ながら道真は京の都人。4年間の讃岐守の間も帰りたい帰りたいと行ってたし、当然カムバックを夢見ながら太宰府では没するまで3年ほどしか暮らしていない。
死後のことも少し触れられているが関係者が次々と死に、時平も39歳で没する。宮中清涼殿にはひどい落雷があり、多くのものが焼かれて亡くなり、やがて醍醐天皇も薨去する。道真の怨霊のためとされ、罪を許す詔が出され、北野天満宮が創建され、太政大臣の地位が贈られる。左遷も含め、都ではよほどのトピックだったのだろう。
マンガ「応天の門」で出てくる文章生や文章得業生(もんじょうとくごうしょう)、対策のことはよく分かった。妻の宣来子(のぶきこ)も出てきたし、だいたいの人間関係も掴めた。
東風吹かばにほひおこせよ梅の花
あるじなしとて春な忘れそ
この歌はつとに有名だが、道真といえばやはり漢詩であり、この時代は漢詩こそが教養とされていた。和歌の萌芽も見られ、やがて隆盛を誇るようになる。なかなか興味深かった。さて、道真の生涯を読んで、筑紫に帰るー。
0 件のコメント:
コメントを投稿