2018年11月13日火曜日

10月書評の5





千早茜「あとかた」


恋愛・結婚と人間の裏側。何かがあると信じさせる作家さん。


5年同棲した恋人と結婚を間近に控えた女は、バーで同席した、得体の知れない雰囲気の男と時に激しく身体を重ねるようになる。ある日男は関西の山寺へと女を誘うー。

(ほむら)


連作短編のような形で、次の「てがた」は得体の知れない男の部下だった者の夫婦生活の話となり、次の「ゆびわ」はその妻が若い男と浮気、きついセックスに溺れる。


「やけど」では恵まれているが親が別の家庭を持ち男の家を泊まり歩く美少女サキ、「うろこ」はその女を泊める同級生の男、そしてラストの「ねいろ」は海外の戦地や被災地で活動する恋人を持つ市井のヴァイオリニスト~彼女はまたサキと仲が良い~が描かれる。


文章の印象は、ズバッと生の状況描写をする。説明が少なくダイレクトに伝わる感じ。セックスについてはオブラートに包んでいるとも逆に言えるかも知れないが、より大人の男女の生々しさへ切り込むような印象だ。


男性主人公の話は男がちょっと甘く頼りなく、女性主人公の話はきめ細やかでリアルである。「ほむら」「ゆびわ」「やけど」で女性主人公の行動と気持ちが軋むようで少しショックも与えるような場面も取り入れている一方でラスト2編「うろこ」「ねいろ」は男女それぞれの主人公で少し可愛らしい仕上がりになっている。


通常本を読む時は物語に入って行って感動したりして、読み終わってからちょっと冷静になって、考えてみれば演出過剰かも、などと思う。面白いもので、今回は読みながら、この設定や出来事は少し大仰かも、などと、入り込んだり、醒めた目線で見たりしていた。


何かを求めて熱烈なファックに没入している設定を見ると、満たされない自己の解放を求めて、結果何かを得ているようにも、読者の願望を荒々しく書き出しているようにも受け止められる。性と恋愛・結婚へ向けた女性ならではの視線や、社会問題、男の弱さ、気持ちの可愛らしさと困難取り混ぜ、ちょっとした小粋で鋭い知識を織り込んだりして、大人風味でもある。


浸ったわけではない。でも恋愛を描き出すのに手練手管でかつダイレクト。千早茜は「魚神」「あやかし草子」と不思議な世界の描写が好きで、実は現代恋愛ものはこれが初めて。直木賞候補になった時から気になっていた。


今回は現代ものでも、何か信じられるものがある作家、という印象を得た。


夢枕獏「翁-OKINA 秘帖 源氏物語」


時は平安、主人公は光の君ー。

夢枕獏はたぶん初読み。ふむふむ。


光の君は、妻の葵の上の容態が悪く、何かが取り憑いていると思い祈祷を重ねるが、正体が分からない。播磨の法師陰陽師、強力な力を持つ蘆屋道満に頼んで憑き物を呼び出すと、謎々を投げかけてきた。

「地の底の迷宮の奥にある暗闇で、獣の首をした王が、黄金の盃で黄金の酒を飲みながら哭いている。これ、なーんだ?」


本読み仲間の先輩が「2冊同じの買っちゃったから1つあげるわー」とくれたのが読むきっかけ。夢枕獏氏といえば陰陽師シリーズかと思うが詳しくない。ともかくおどろおどろしいのは確かだろうな、と思い読み始めた。


陰陽師に源氏物語を絡ませエンタメにしたもの。主演はあやかしのものが見える能力を持ち、肝の座った光の君、案内役は安倍晴明の最大のライバルとされる法師陰陽師・蘆屋道満(あしやどうまん)。他のキャストはほとんど寝たきりで喋るのは憑き物の言葉だけの正妻葵の上、恥をかかされる愛人六条御息所、あっさり死ぬ愛人2夕顔、最後に息子夕霧。あ、義兄にして邯鄲相照らす仲の頭中将。


憑き物が分からないため光たちは異国の宗教を調べたり、もののけに調査を頼んだりする。うねうねと話が飛び、源氏物語の根源的な部分、その現代的な解釈にに帰って終わり、という感じである。


あとがきによれば「古代エジプト、ギリシア、唐ーと、神話をたずねて旅するその案内人蘆屋道満がメフィストフェレス役ーとなると自然に、光源氏がファウスト博士役となる」とのこと。うーんそういうことだ(笑)。ちなみに様々な宗教の逸話が出てくるところでいくつかは聞いたことがあり、前後からエジプトやギリシアの話かなあ、とはうっすら分かったが正確な判別は出来なかった。ちなみに、「傑作」と自画自賛してらっしゃいます。


すらすらと読めて楽しくなくはなかったし、最近読んだいくつかの古典を踏まえているな、と感じられた表現があったりして興味は惹かれた。ただ、結論含めて、あまり感じ入るものではなかったかな。まあ経験です。「陰陽師」シリーズ読んでみようかな。


ジョン・L・ブリーン他

「シャーロック・ホームズ ベイカー街の幽霊」


シャーロッキアンの作家たちがテーマに沿った短編を書き下ろした作品集。この巻は幽霊という、合理主義者ホームズと相容れないものがテーマ。さて、どうなるか。


このハードカバーシリーズは1996年から5作品、発行された。私は持ってるのは2つで今回が3つめ。調べてみたら読んでないものが行きつけの図書館にもあったから今後を楽しみにしている。


一編ずつ簡単な感想を。

ローレン・D・エスルマン

「悪魔とシャーロック・ホームズ」


エスルマンといえば「シャーロック・ホームズ対ドラキュラ」というパロディの著者である。私も持っていて、いかにもB級ホラーっぽいタイトルの割にけっこう面白い作品である。


精神病院にいるある患者がまるで悪魔で、彼と話した入院患者は自殺未遂を起こし、看護師の女性は理性を失ったという。ホームズは対面すべく病院へ赴くー。


うーん、エスルマンだったし期待したが、これはいまひとつかも。あくまで個人的感想だけどかなりスルーされた。


ジョン・L・ブリーン「司書の幽霊事件」


貴族にして議員の依頼者の屋敷には古い図書室があった。そこに幽霊が出ては何らかの書物の一部分に赤い印をつけて置いていくというー。


まあまず面白かった。パズルのような推理や動機。図書館へ出入りできる謎の理由が簡単すぎたのは気になったけど。


ギリアン・リンスコット

「死んだオランウータンの事件」


塔をよじ登るオランウータンの幽霊ー。恐るべき陰謀が隠されていた。

 

どうも、最初は飲み込みにくかったが、最後の方で一気に事情が分かる。


キャロリン・ウィート

「ドルリー・レーン劇場の醜聞、あるいは吸血鬼の落とし戸事件」


目の前で人消える?わがまま名女優が発端となった劇場の歴史にも絡む事件。劇的でハデだったからかなかなかエキサイティングで面白かった。


H・ポール・ジェファーズ「ミイラの呪い」


タイトル通り、ミイラの発掘に関わった人が次々と死んでいく話。うーん、ホームズが活躍した1800年代末に会う話かな。


コリン・ブルース「イースト・エンドの死」


ロンドン市中の貧民街で子だくさん一家の大黒柱となっている母親が急死した。しかし留守番をしていた幼子は、母の死骸が動き喋るというー。


著者は科学と数学のホームズ・パロディ「ワトスン君、これは事件だ!」を書いた方。私も持っているが難解だった記憶がある。


ポーラ・コーエン「"夜中の犬"の冒険」


22才の兄グレゴリーと17才、盲目の妹エレンが行方不明に。調べていくと2人の忠犬が奮闘したことが分かるー。


いい感じに少しの超自然現象。


ダニエル・スタシャワー「セルデンの物語」


かつて「ロンドンの超能力男」というパロディ・パスティーシュで奇術師ハリー・フーディーニをホームズものに登場させたスタシャワー。持ってるがまずまず楽しい作品。


セルデンといえばそりゃ「バスカヴィルの犬」に重要な役で出演する脱獄囚。話はセルデンの独白。「バスカヴィル」大好きな話だし、いいね、こういう視点を変えたもの。


ビル・クライダー

「セント・マリルボーンの墓荒らし」


これなんかはいわゆる聖典にもありそうな話だ。おどろおどろしい霊園での墓荒らしと無残に切り刻まれた死体。この本の中でも雰囲気を楽しめた作品。


マイケル&クレア・ブレスナック

「クール・パークの不思議な事件」


ホームズとワトスンはアイルランドに住む作家のレディ・グレゴリーに招待され、アイルランドの彼女の屋敷に出向く。劇作家バーナード・ショーや詩人のウィリアム・バトラー・イェーツが登場。ホームズたちは魔女的な?不思議な出来事に巻き込まれる。


バーナード・ショーは他のパロディ・パスティーシュでもたまに出てくる。しかしこれは・・この本のほとんどが超常現象と思えることをホームズが解決していく形を取っているのだが、この作品は違うとだけ書いておこう。


あとはホームズに関するエッセイだったり、近年のサイキック探偵ものの流れを分析したり。なるほど超常現象にホームズの合理的な思考は対比として面白い。なかなか面白いテーマの一冊でした。


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