2018年10月9日火曜日

9月書評の3再





上がってなかったから画像を変えてもう一度。最近お気に入りのニュー栞たち。

五人づれ「五足の靴」


1907年、明治40年、九州へ旅した詩人たち。


北原白秋、平野萬里、太田正雄、吉野勇、与謝野鉄幹の5人は福岡、唐津、長崎、平戸、島原、天草を旅し、阿蘇や柳川にも立ち寄る。交代で書いた紀行文が新聞連載されたそうだ。最年長の与謝野でも35歳、他の4人は20代のまだ前半だった。


詩壇の詳しい解説は本に譲るとして、序盤印象に残ったのは福岡の稿、この言葉。


「博多の者は、王道者、青竹割って、犢鼻褌かいた」


中高生の頃、ラーメンのCMで鮎川誠氏が


「博多んもんは、横道もん、青竹割って 

へこにかく」


と、迫力のある声で言っていた。元は民謡の言葉で、博多人が横着で強情、その心意気を表す言葉とか。竹を割ってふんどしがわりにする、という意味である。当時は今みたいにwebもなく、特に調べようとは思わなかったが、読んでこの年齢で得心がいった。


その後回った唐津の領巾振山の描写は美しい。眼下に虹の松原、佐用姫が新羅に出征する大伴狭手彦を袖につけていた領巾を振りながら見送ったという伝説のある地。女郎花、男郎花(男郎花)、青い海に白い帆。短いながら景色が想像できるくだりだった。


一行は長崎から島原、天草を巡る。このへんの地理は入り組んでいて、webで地図を見ながら読んだ。南蛮文化を探訪し、当地のフランス人の宣教師を訪ね、島原の乱の中心地に足を運ぶ。明治になって40年とはいえ、まだまだかなり多くの江戸文化が残っているような印象。暮らしや風俗も描いている。稲佐というところにロシア人相手の遊郭があったが、日露戦争でロシア人が来日滞在しなくなり寂れた、という話には時代のリアルを感じてしまった。


阿蘇から帰り道また柳川へ。阿蘇の大火口を覗くのは観光の一環とはいえやはり不気味な脅威を感じるようだ。柳川は再訪のところの方が土地の描写が美しい。中山美穂出演の「東京日和」という映画の印象が強い、と誰かが言っていたが、北原白秋の生家ある水郷、水の国、と表されている、雰囲気が伝わってくる。恩田陸も「月の裏側」というホラーSFの作品で舞台として取り上げているが、どこか魅力的な土地であると思う。


まだ交通網も発達してない時代、おそらく熊本あたりでは西南戦争の話なぞも出たであろう頃、若い彼らの見た折々の景色は、我々が思っているよりもっと独自の趣があったのだろう。


詩人たちの旅だけに、織り込まれている詩も読みどころ。


九州人はだいたい九州の有名どころは行ったことがあるものと思っている。私もそうだが、詩人たちの目を通して見る、往時の九州の紀行は新鮮だった。


このサイトでご紹介いただき気にかけていたらセレクトブックショップで見かけ入手した。店員さんによれば人気のある一冊だという。


九州、旅したくなった。


和泉弍式

「黒猫シャーロック~緋色の肉球~」


汲めど尽きせぬ才能の泉って言葉はどこかで聞いたけど、やはり尽きせぬのがホームズ・パロディ。可愛らしく楽しかったラノベ。


新大学生・綿貫恭平はひと月前に亡くしたミケの死を引きずっていた。下宿先の街で恭平は脚が傷ついた猫を見かけ、一旦行きかけるが、病院に連れて行こうと戻り、血の跡を追う。すると着いた先の公園に、しっぽがパイプのごとくカギ型に曲がった黒猫がいたー。


黒猫は並々ならぬ推理力を発揮しやがて恭平にシャーロックと名付けられる。最初に扱う事件は同じ大学に通う美人の猫好き、涼川綾音が絡むものだった。


けっこうなんというか、ベタでまっすぐな設定ではあるが、猫愛溢れる好感度高い系でした。


こうなると楽しみはいかにシャーロッキアン的要素が入るかということ。サブタイトルはもちろん、ホームズ初登場の長編「緋色の研究」をもじってます。恭平が住む部屋はBコーポ201号室。ベイカー街221bをほんのちょっとだけ連想させますね。ちなみにオーナーの管理人は鳩村夫人。これもハドスン夫人にかすります。


最初に解決するのは「四つの鳴き声」事件。ホームズ第2長編の「四つの署名」ですねー。出てくる白猫のメアリーという名前にも「四つの署名」のヒロインで後にワトスンの妻となるメアリ・モースタンを連想せずにはいられません。黒猫シャーロック、退屈に耐えられずまたたびで陶酔するし。事件がなく退屈なホームズがコカインを射っていたのに通じますね。


次の事件にはやはりというかアイリーンが登場します。謎めいたきれいなメス猫で、シャーロックはアイリーンのことを「あの女」と言うようになります。これも原典では、アイリーン・アドラーに出し抜かれたホームズが以後彼女のことを「The  woman(あの女(ひと))」と呼ぶのにならってます。ちなみにこの事件名は「ボス猫の醜聞」。ホームズ短編の1作目でアイリーンが活躍し大変な評判を呼んだのは「ボヘミアの醜聞」です。うふふ。


次の事件は「三毛組合」、キャリコ・リーグ(キャリコは三毛のこと)という団体が出てきます。有名な「赤毛組合」は「Red  headed  league」です。くくく。


最後のはシャーロックが失踪してしまうのですが、街中の野良猫総出で探すのは、どこか浮浪児捜査集団、ベイカーストレート・イレギュラーズを彷彿とさせます。


シャーロックとの絆ができ、ミケの死からも立ち直りつつある恭平の姿にちょっとだけ感動します。


さわやかでまっすぐな感じのこの作品。恭平と綾音の恋の行方も気になるところ。2人はまだ大学1年生。きっと続編出ますよね、出なきゃやだな。


シャーロッキアンものはまだまだ尽きません。たぶん児童向けだけど、昔一作だけ読んだエノーラ・ホームズシリーズが図書館にあったし。月イチペースくらいでまだまだ楽しめそうです。


ウィリアム・シェイクスピア

「アントニーとクレオパトラ」


どこまであなたに愛されているか、その果てをはっきり見きわめておきたい。

(劇中のクレオパトラの台詞)


激情に揺れる言葉。エジプトの女王クレオパトラとローマ三頭政治の一角、アントニーの物語。


クレオパトラのもとに居たアントニーは妻と子がオクティヴィアス・シーザー(ジュリアス・シーザーの養子)に戦いを仕掛けたと聞き、ローマへ赴く。一旦シーザーと和解しポンペイウスとも和を整えて帰路に着くが、シーザーは兵を挙げたー。


アントニーは父シーザーの側近で、ブルータスら暗殺者達を一掃する。このへんはやはりシェイクスピアの名作「ジュリアス・シーザー」で描かれている。史実としてはやがて子シーザーが父の権利の継承を主張、元老院の思惑も絡みアントニーと戦うが、やがてローマ世界はレピダスと2人の三頭政治体制となる。この話の子シーザーとアントニーの戦いがアクティウムの海戦。


負けたアントニーはクレオパトラが自殺したという誤報を聞き自殺する。クレオパトラも毒蛇に身を噛ませ後を追う。


アントニーは遠征の途上でクレオパトラに出会い、その魅力に虜となってしまった。ポンペイウスや父シーザーの妾でもあったクレオパトラは、アントニーをも戦略的に魅惑したという。


説明長かったっすー。いやー勉強し直しました。さてここからが書評。


劇中でアントニーとクレオパトラの2人は、解説にもある通り、転変極まりない。アントニーはクレオパトラを口汚い言葉で罵ったり、かと思うとメロメロなところを見せたりする。また戦の状況によりものすごく落ち込んだり、えらい勢いでハイになったりと、豪勇でいながらかなり不安定。クレオパトラも芝居がかったようなセリフもあるし、子シーザーに対し媚びともいえる言動を取りながら次の場面では敵意をむき出しにしたり、である。


劇としては古代の有名な史実であり、またセンセーショナルで悲劇的な最期であることからか、最高傑作とも言われるようだ。クレオパトラの心はアントニーにあり、純愛ものとして捉える向きもあるそうだ。


私的にアントニーとクレオパトラの2人の心が揺れるのはけっこうリアルでバランスがいいと感じた。


2人以外は皆常識人として描かれる。敵方も、味方も。アクティウムの海戦に敗れた後エノバーバスという部下が寝返りシーザーサイドに付くが、自分の裏切り行為を後悔して気がふれたようになる。これも考えてみれば常識的な有り様だ。


アントニーがクレオパトラにイカれていたのは読む限り事実。であれば気に入らないところには寛大ではなく感情的にもなるだろう。しかも危急存亡がかかる時。浮き沈みの激しい人は、私はいるものだと思うし、態度に出さなくとも心の中で浮いたり沈んだりということはあるかと思う。


クレオパトラの転身については純愛があったかどうかは分からない。やっぱりタクティクス、だと思いたい。だって心に一物あった方が腑に落ちるよね。ポンペイウスや父シーザーの妾だったんだから。でも0100かではなくちょっとくらい気持ちがあるほうが人間ぽい。


ラストの子シーザーとのやりとりの時、クレオパトラは動揺しているが、シーザーの出方を見ているようにも思われる。子や自分の従者たちの事を考え、慇懃に対応しているかと思う。これまでの人生を見てもスキを見つける部分を探すのはまた当然かと。死を選んだのは命運が尽きたと悟ったのだろう。愛するアントニーの死も悲しかった部分もあるのだろう。


2人の言動が常識的でなく激しく転身極まりないのは、良い意味での異彩を放っていると受け止めた。周りのカタさ加減に対してもバランスが取れていると思う。


それにしても「ジュリアス・シーザー」では、見事な演説(感動する、とか模範的、とかいう意味では決してない)で民衆を扇動したアントニーが、美女骨抜き状態。


どうしても心に残念感はある。ただこの書き分けも興味深い、と思った。


三島由紀夫「真夏の死」


読みやすいものもあり、集中しにくいものもあり。うーん。


三島由紀夫、比較的初期の短編集である。


「煙草」はなにやら長野まゆみ風の少年の蹉跌の話。「春子」は妖艶な若後家春子とその義妹の路子、19歳の私の三角関係のような耽美的物語。


「サーカス」は外国小説のような寓話風、「翼」詩的で若さのエネルギーと哀愁を語っている。「離宮の松」は子守の雇われ少女が日常から脱出を試みる話。ホテルを舞台にしたオチのつくロマンミステリの「クロスワード・パズル」、描写が美しいが、官僚がなぜかバイトの少年を見て警戒する「花火」、貴族的な「貴顕」、当時の新人類的な若者の群像「葡萄パン」、可愛らしくコミカルなオチを持ち水にこだわった「雨のなかの噴水」と多彩な11編。


静岡・伊東の海に遊びに来ていた朝子のもとに、子供達3人の世話を任せていた義妹・安枝が倒れたという報が届く。朝子は現場に行き安枝への応急処置を見守るが、3人の子のうち2人が居ないことに気づくー。

                                            (真夏の死)


最もページ数が多い?この小説では安枝も2人の子供も残念ながら死んでしまう。主に母親としての朝子の心理、言動を丹念に追っている。んー実際に起きた人への取材をもとにしたらしいが、やや冗長系。多分に実験的な意味もあるかもだが、ちとしつこいな、と感じた。また「貴顕」はどうにもこうにも散文的で、読みにくかった。


心に残ったのは「煙草」「春子」「離宮の松」「雨の中の噴水」かな。「春子」の官能性、離宮の松で子守少女がなにもかもを放り出して逃げ出すのにどこか共感する気持ちを覚えた。


三島由紀夫は昔「金閣寺」を読んだくらいでまさにこれから。まあ「入り」は印象良くないことも多いから。少しずつ分かってくるのかな。にしても、表現を難しく、分量を多くしているきらいがあるな、と感じもうひとつしっくり来なかった。




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