2018年7月1日日曜日

6月書評の2





ワールドカップポーランド戦の議論がかまびすしい。厳しい勝ち抜きを決める時の、ラスト10分程度のボール回しがなんだというのか、ってくらい。

語呂がいいから「フェアプレーをせずしてフェアプレーポイントで勝ち抜いた」という表現が多いが、フェアプレーでないというにはあまりにも大したことないと思える。誰を傷つけたわけではない、相手にも影響がない、審判に見えないところでなにかしたわけでもない。勝ってる時に時間稼ぎをするのはどんなプレイヤーもやったことあるだろうに。

ほんなら旧植民地出身のアフリカ系選手たちを帰化させて代表を強くしてるフランスはなんだというのか。フェアプレー精神に適ってるのか?

まあ脱線はやめといて、海外の非難をあまり大きく取り上げすぎとも思う。

宮本恒靖「主将論」


土曜未明のサッカー日本代表の練習試合、スイス戦を半分眠りながら観た。相手も強かったが、日本はうまくいかない部分が多かった。不利な材料は多い。でも混乱せずに頑張って欲しい。


で、最近スポーツもの読んでないなと思っていたら、行きつけの図書館で自由にお持ち帰りの放出イベントをやってて手にした本。


2010年6月アタマ、やはり不利を予想されていた南アフリカワールドカップ本番の直前に出版されている。読んだかな?再読かもしれない。


トルシエ、ジーコのもと2002年の日韓、2006年のドイツと2度のワールドカップに主将として出場した宮本恒靖がキャプテンという切り口で経験を語る。


PK戦で主審に抗議し、逆のゴールに場所を変えさせ勝利を呼び込んだアジアカップヨルダン戦、ドイツワールドカップ予選バーレーン戦前に行い、チームが一つになったミーティング、同年代中田英寿のことと押し上げを主張する中田との折り合い、日韓大会の成功、ドイツ大会での失敗、などなどについて記されている。


オーストリアのザルツブルクにいた時の、元ドイツ代表ツィックラーの男前なキャプテンぶりのエピソードも良かった。


海外では、選手と監督は直接コミュニケーションを取るのが普通で、選手も言いたいことを言い、自分が起用されない理由と現状の見られ方など、聞きにくいことも会話する。宮本氏によれば、日本代表では強化部のスタッフと話をする部分なんだそうだ。プロではないが、昨今のワイドショーを賑わせているスポーツ界の問題とつながってるような気もする。


宮本氏はチーム全体を調整するタイプのキャプテンだが、ドイツ圏のチームではキャプテンが主要な選手数名と意見を調整して、あとは俺についてこい、というタイプが多いとか。ほー、という感じである。


海外の選手は抜くところは抜くが、いざという時の出力のパワーがすごいとか、ふうむという話もいくつか。これやっぱ読んだな。


現在のキャプテン長谷部も、宮本氏と同じくキャプテン的立ち位置がかなり長くなった。キャリアの集大成として、前回1勝も出来なかったリベンジを果たしたいのではと思う。監督交代や新監督の資質について巷間で言われることは多いし、私も考えることはある。でも大会はもう目前。一丸となって苦境を打開してほしい。がんばれ、日本。


O・ヘンリ「O・ヘンリ短編集(一)」


意外性、逆転。先が見えても、読後感がとてもいい。なるほどおしゃれ。


ビルとサムは、新たな商売の元手にしようと、アラバマのある町で、有力者の息子を誘拐し、離れた洞窟をアジトにする。しかし、この10歳のジョニーのやんちゃぶりに2人は大いにてこずるー。(赤い酋長の身代金)


先日サキ短編集を読んだ。サキはよくO.ヘンリと比較されるという評も目にしたが、確かにシニカルであまり虚飾のないサキに比べ、O.ヘンリは洒落ている。


情景描写も設定も、映画のような舞台を整えてある方向へ持って行き、ラストに期待、というところ。意外だな、と思うこともあれば、予想通り、となることもある。でも結末は爽やかめのことが多くうまく終わるイメージだ。


10ページ~20ページくらいの短編が16収録されている。いちばん良かったのは「よみがえった改心」か。解説によれば舞台化されて大当たりをとった、とある。成り行きはほんのちょっと強引だなと思ったが、ラストがカッコいい。


上に紹介した「赤い酋長の身代金」は笑えるし、謎のカードから始まる「緑の扉」はシブめ、パン屋の女性が妄想を膨らませる「善女のパン」はネガティブだけどあれあれ、という感じ。「桃源郷の短期滞在者」はいいよな、とホッとする。


ペンネームO.ヘンリは、"生意気ヘンリ"という野良猫がいて、"ヘンリ"と呼んでも見向きもしないが、"OH・ヘンリ"と呼んだらやって来て顔を擦り付けたということからだとか。


ウィットとユーモアとペーソス。収録されていない「四百万」「盲人の休日」なども読みたくなってきた。


高野澄「太宰府天満宮の謎」


菅原道真の顛末についてはイメージだけで、詳しく知らなかった。幼少の頃から親しんでいた太宰府にいまちょっと詳しくなった。


菅原道真の左遷とは、飛梅伝説の意味、道真の太宰府での生活、大宰府と太宰府の違い、祟りと道真の神化、太宰府と源平、太宰府と明治維新の関わりなど、多角的に分析されて説明されている。


周辺を知る者として、本当に楽しめた。天拝山、宝満山、四王寺山の位置付け、方角で見た大宰府政庁と天満宮、その他の地、寺や神社が持つ由来などなど。


政庁の南にほぼ幽閉されていた道真が亡くなり、部下の味酒安行が遺体を乗せた牛車を竃門神社のある宝満山の方向へ進ませていたところ、現在の天満宮の地で突然牛が動かなくなったためそこを墓所と決め、太宰府天満宮の地となったというのは方角的に納得がいった。


子供の頃、榎社天神、とかいう少年野球チームがあって、そんな地名あったっけ?なんで天神?と疑問に思った憶えがある。なるほど謎が解けた。それにしても天拝山と道真の関係は頭に残ってたが、他は正直知らなかった。梅ヶ枝餅の由来は調べたことあったけど。同胞のみなさん、知ってました?


大宰府というと、万葉集なんかに故郷を遠く離れて赴任する者やその家族の歌があったりして、もうひとつ良きイメージを持てなかったんたげど、どうしてどうして、ゴタゴタも含め、活気とプライドのある政庁、天満宮、ということが分かってほー、となった。

飛梅に関してなどかなり著者の思い入れ、推測が入っているように見えるが、福岡人の心にはふむふむ、としみてくる。


私は福岡市の南のベッドタウンで生まれ育ち、部活の大会も福岡市以南の筑紫地区、高校の名前にも筑紫の文字が入っている。また太宰府とのゆかりも多少あったので、筑紫の人間、という意識がある。博多の人、というともひとつ馴染まない。島根出身の方が、自分は出雲の生まれですから、とかいうのがちょっと羨ましかったりする。生まれは筑紫です、とか筑紫の人間だからとかフツーには通じないし。まあどうでもいいんだけど(笑)。


先日プチ帰省した時に春日の西友の本屋で見かけて即購入。本の出会いは面白い。保存版にしよっと。


出身だから気づかなかったけど、俯瞰してみると、太宰府は奈良に似てるところもある。散策してみたくなった。


宮沢賢治「イーハトーボ農学校の春」


やわらかい、童話的物語。若い賢治の作品。


「或る農学生の日誌」「台川」「イーハトーボ農学校の春」「イギリス海岸」「耕耘部の時計」「みじかい木ぺん」「種山ヶ原」「十月の末」「谷」「二人の役人」「鳥をとるやなぎ」「さいかち淵」の12篇が収録されている。いずれも賢治が農学校に勤めていた時期に書かれたものたそうだ。賢治が農学校にいたのは25歳から30歳の時期で、クラシックなど様々なものに興味を持ち、生徒を指導していた頃。若く明るい筆致の短い物語たち。


ちょうど「イーハトーブ探偵」の頃かなと、作品の中のキャラクターと重ね合わせて想像してみる。


北上山地を走る北上川の上流西岸、青白い凝灰質の泥岩が川に沿って広く露出しているところがイギリスあたりの白亜の海岸を想起させる地を賢治は「イギリス海岸」と呼んで好んでいた。一学期の試験が終わり農場の仕事もひと段落した夏の日、賢治は生徒を連れてイギリス海岸に出かけるー。(イギリス海岸)


「或る農学生」から「イギリス海岸」までが賢治の教師目線の話。「耕耘部の時計」からはいずれも子供中心のストーリーになっている。


牛を連れた子供が山で道に迷う「種山ケ原」、小さな嘉ッコのかわいらしい話「十月の末」、何度か登場する、友達の藤原慶次郎くんと鳥を吸い込む楊(やなぎ)の木を探しに行く「鳥をとるやなぎ」が印象に残ったかな。「種山ケ原」はこの短編集の中では唯一死の影が差す。ちょっと「風の又三郎」を思い出したなかな。


賢治が地層や、植物、音楽や農業に抱いた、果てのない興味。豊富な知識をもとに独特の空気感を作っている。知への餓えさえ漂い、エネルギーを感じさせる本。


やっぱり面白い。次は「まなづるとダァリヤ」を探さなければ。。


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