この土曜日からえらく暑い。最高32度最低24度だそうだ。日本は太平洋高気圧に覆われて、発生した台風も迂回し長崎の外側を通る。土曜のように夕方ザッと雨が降ったら多少涼しいのにな。まあしゃーない。夏の甲子園が終わるくらいまでの辛抱だ。
望月麻衣
「京都寺町三条のホームズ9 恋と花と想いの裏側」
いつも貸してくれる京都LOVEなじもぴーの後輩(♀)に感謝。ちなみに彼女はシャーロッキアンではない。
多分人気のあるシリーズなので主要人物たちのピュアさにより重きを置いている。だから悪意や意地悪は目立つ。ベースが京都、というのはやはり重石のようなものでそれだけで落ち着く向きがあり、なおかつオシャレである。
今回は酒蔵や千本鳥居の伏見稲荷で有名な伏見がひとつの舞台。ホームズこと家頭清貴は大学院を卒業し家業のため鑑定士になるべく伏見の酒蔵で修行中。大学1年生の恋人・葵は大学のフラワーアレンジメントサークルを手伝う。なかなか会うことが出来ない中、サークルのリーダー大久保が突然辞めることを宣言、親友の目黒は気に病み、葵たちに原因を探るよう懇願する。
伏見と、ちょい出町柳と、あとはひらパー、ひらかたパーク。ちなみにひらパーって西日本最古の遊園地だそうだ。私も息子を連れて行った。枚方市出身のV6岡田准一がCMをしていた。
今回は女子大生たちも酒蔵も恋の話満載である。それは流れも作ってあるしいいのだが、謎の仕掛けや真相が見えてしまって、ちょっとキレがないかなという気もする。まあひらパーに至っては京都ネタ尽き気味という雰囲気もあるかな。シリーズも10冊めだしね。
フラワーアレンジメントサークルの女子たち、苗字が大久保、目黒、渋谷、大崎と山手線の駅名ばかりでクスッと。
伏見は関西在住のくせに行ったことない(!)んで早めに訪れたいな。
佐藤亜紀「バルタザールの遍歴」
なるほど、面白い。破滅的な貴族の遍歴。
オーストリア・ハプスブルク家に連なる貴族の子弟、メルヒオール。そして一つの身体に意識が宿ったバルタザール。左手でバルタザールが酒を呑みながら、右手でメルヒオールが物書きをする、といった具合だ。彼らが13歳の頃、第一次世界大戦が終わり、貴族制廃止、国外退去となる。
チロルで学校生活を送り、パリに住み、時代は動き、オーストラリアはナチスドイツに併合される。やがて2人は屋敷を失い、アフリカに行くがついに文無しとなる。ナチスの将校になぜか追われ、砂漠に置き去りにされたりもする。クライマックスは船上の嵐の甲板ー。
ベースは時代がかったヨーロッパであり、ダイナミックだ。また退廃的、破滅的な行動は、世間知らずの没落貴族の有り様を表していて、舞台はアフリカにまで及ぶのがまたヨーロッパ的、などと思った。テイストは違うがちょっとだけモーム「月と六ペンス」を思い出したりした。文無しになるまで落ちぶれるし。
双子が同一の身体に宿る、という特異な状況もそうだが、後半にひとつの軸となってくるのが特殊能力である。あまり都合のいい能力だと鼻白むものだが、設定にマッチしていて意外に面白かった。双子同一、読み進む上で不思議にひとつの身体、というのを忘れてしまったりして、1人の時の落ち着かない気分のかけら、を味わった。
また、全編に渡り、少年のような破壊的行動と並びウイットが効いているのが特徴的。主人公の名前のくだりとか、ナチの将校を外人部隊に行かせたりとか。さらにロマンスが多く散りばめられて、雰囲気を盛り上げている。
文章も、ザパザパと何の説明もなく進めていく。優しくはないが、ある意味邪魔を排した進み方。前半はちょっと停滞したがだいぶ慣れたし、今回はそれなりに理解できてむしろ後半は心地よかった。
個人的には、陰謀の根があまり深いように見えないかな、と思えてしまった部分もある。描き方もあるのだろうが、そうだったのか!感がもうひとつない気分になった。
佐藤亜樹2作め読みで、著者の作る世界観はなんか分かってきたし、面白味も増してきた。これだけのプロットを持って物語を作るのにはなかなか感じ入った。また読んでみよう。
武田百合子「犬が星見た」
これは・・書評で見てタイトルに惚れた、ジャケ買いならぬタイトル買い。1969年、夫武田泰淳とその親友竹内好と、百合子の旅。読売文学賞。
百合子にとっては44歳にして初めての海外旅行で、もう読んでるだけで大旅行。横浜から船で、当時ソ連のナホトカへ。そこからは飛行機でハバロフスク、イルクーツクアルマ・アタ、タシケント、サマルカンド、ブハラ、トビリシ、ヤルタ、レニングラード、モスクワ、そしてストックホルムを巡りそれぞれの都市で観光をする。何回飛行機に乗るのん?という旅で、私だったら体力もたないかも。
序盤は少し硬い書き方に思えたが、船旅を終えたくらいから、俄然著者の表現が魅力的になる。旅中に食べたものはほとんど書いてあるのも特徴の一つなのだが、ハバロフスクからイルクーツクへ向かう飛行機の中での食事、キャビアやこうし肉バター焼きを食べた時、
「なんておいしいんだろう。輸入しないで皆が我慢して頑張って働いてる国の食物だ。粗末に扱ってはいけないなーそのしんみりとしたおいしさのせいか、二宮金次郎のような気分になった。」
という文章に突然深い安堵感を覚えホッとした気分を味わった。こちらまで緊張がほぐれたような気持ちになった。
その後はトラブルを冷静に受け止めていたり、あちこちで見るものに正直な批評をしていたりと、当時のロシア観光の感じが活き活きと伝わってくる。表現がまた、跳んだり跳ねたりしていて時々くすっと笑うような文章もあったりして、武田百合子の人柄の魅力がにじむ。
どこかは忘れたが、作中コバルト色、トルコ石の色、青磁色、浅葱色と青に関する表現が多い部分があって調べてみた。また矩形、という意味も調べた。植物にもさらりと詳しく、興味を喚起する。
「犬が星見た」のタイトルの理由らしきものは巻末のあとがきに出てくる。これも面白い。
立ち寄る都市の数が多く、退屈そうなツアーも中にはあり、あまり早くは読み進むことが出来なかったし、全体に平板な印象も受けるが、当時の感性をナマで見ている感じになる。チェーホフとかプーシキンとかドストエフスキーが囚われていた牢獄の島とかロシアの文豪ゆかりの地を回るのはちょっと楽しそう。
タイトル買いは今後もありだなっ。
八木沢里志「森崎書店の日々」
読んでみた。まっすぐでまとまりのいい、古書店と本にまつわる作品、という感じか。あまり文学的掘り下げはないけど、清々しい。
失恋し仕事も辞めた貴子は、母の命で叔父のサトルが経営する神保町の古書店に居候することになる。嫌なことを考えたくなくて眠ってばかりいた貴子だったが、叔父の話を聞いたり、なじみの喫茶店に行ったりするうちに少しずつ元気になる。そしてある夜、偶然手にした「或る少女の死まで」に夢中になり、貪るように読書するようになるー。
本に目覚め、周囲の人々との仲も良くなり、喫茶店のアルバイト高野くんの恋の世話を焼いたりと、前半は貴子の再生の話。そして5年前に出て行ってしまったサトル叔父の奥さん、桃子さんが突然戻ってきたり、気になる男性が現れたりして物語は、優しく動く。波もつけてあり、謎も納得出来るように解ける。まっすぐでヒューマンなストーリーだ。
また貴子が最初に読むのが室生犀星「或る少女の死まで」ていうのがいいですね。私も最近読んで思わぬ感銘を受けたし。喫茶店「すぼうる」というのはもちろん神保町に実在する「さぼうる」のそのまますぎるもじりだろう。一時期通った身として懐かしい。ウエイトレスのトモちゃんの読書のきっかけとなったのが太宰治「女生徒」。これまたお気に入りでいいとこ衝いてくる。
「ビブリア」と違って本は小道具的であり、そこまで内容や由来に深く入り込まない。サスペンスもない。でもこんな作りも悪くない。
本をテーマにした、読みやすくて気持ちいい作品は歓迎である。がんば日本の作家たち。続編も読もうっと。
室生犀星「あにいもうと/詩人の別れ」
解説にもあるが、「あにいもうと」にちょっとびっくり。犀さん風に書くと鳥渡喫驚。詩人なのかなあ、とも思った。
川場の漁の人夫頭、赤座と妻のりきとの間には、怠者の上に女関係のごたごたが絶えない伊之、奉公先で学生の子を孕み、その後次々と男を作るもん、末妹のさんという3人の子がいた。ある日、もんを妊娠させた学生の小畑が赤座の家を訪ねて来るー。(あにいもうと)
赤座やりきの態度と、伊之の行動。兄と妹の関係がポイントのようだ。
室生犀星は、ここまで自らの幼少期を綴った「幼年時代」を含む「或る少女の死まで」王朝ものの佳作「かげろうの日記遺文」、少々倒錯的なファンタジー「蜜のあわれ」と読んできたが、いずれもよく考えられた設定でそれぞれ異なる趣を持つ作品だった。頭脳的とでもいうか。
今回は荒い漁場が舞台で、放蕩者の兄や奉公先で初恋に敗れやけになって身を持ち崩す妹が主人公たちなのも意外、激しい応酬が中心だったりするのもちとびっくりした。「続あにいもうと」はさらにエスカレートしている。
解説によれば、女言葉を好む犀星が、この作品では荒い女言葉を書きつけることに喜びを覚えているのではないかと思いたくなる、そうだ。心の痛みが生々しく、世間的、庶民的な印象が強い。
その他は犀星の目線での、7割フィクション3割エッセイのような作品が多い。
「死のいざない」
犀星の妻とみ子が脳溢血で倒れたことを基にした作品。人の生死に触れる心持ちを描く。バイプレーヤー、女中のねこみがいい味を出している。遠路を駆けつけた妻の親たちに会わせないで帰すのは?と思う。
「つくしこいしの歌」
名士に言い寄られている女教師が書く手紙だけで構成された短編。女言葉とおぼこく可愛いらしい心模様。
「信濃」
友人の詩人・立原道造の死までを描いている。仲間内の友情と恋愛。のどかな雰囲気の中突然、アクセントであり暗示ともなる事件が。
「詩人の別れ」
親しかった萩原朔太郎の死去、またその4日後の佐藤惣之助の急死、さらに北原白秋の死去を描く。最も短い。やはり興味深く読んだ。「信濃」もだが、名前変えて書く必要あるんだろか。
「庭」
この短編集は2つの「あにいもうと」「つくしこいし」以外は淡々とした語りで、決して面白い波をつけてあるわけではない。退屈と言えるかもしれない。また言葉もより文学的な傾向があり、やはり犀星は詩人なのかなあ、感じたことを詩と同じように、小説として表現しているのかなあと思った。
著者が自己を投影している主人公と、庭師の話。鴨足草、カモアシソウ?調べたらユキノシタと読むことが分かった。一つ賢くなったかな。
「虫寺抄」
螽斯(キリギリス)と轡虫。じっくりとした観察と自然への想い。またまた詩人だなあ、と思ったりする。淡々としたものの中では最も集中して読めたかな。轡虫のいくつかの呼び方が演出的で良かったなと。
近代の文士には最近興味を抱いたところで、「月に吠えらんねえ」である程度知識を得ておかなかったらサッパリだったかも知れない。
「あにいもうと」は当時映画化されたそうで、マンガで朔くんも「面白いでやんの」と言っているがこの短編集は正直ストンと落ちないところがあったかな。まあ犀さんの色々なものがギュッと詰まっている本だろうと思う。
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