2018年1月7日日曜日

2017年12月書評の1

ちょっと遅れたが昨年12月の書評。写真は我が家の年越しそば。ランキングあげた後はゆるりと読んだから少なめ。直木賞も。

黒川博行「破門」

「疫病神」シリーズの直木賞受賞作。ヤクザものは苦手だが、確かに圧倒的なエンタメかもしれない。キャラは立ち、大阪弁のかけ合いも秀逸。

貧乏な建設コンサルタントの二宮啓之は、極道の二蝶会が映画に出資した件で、疫病神的存在のヤクザ、桑原と話を持ちかけた映画プロデューサーの小清水に会う。やがて小清水は金を持って失踪。巻き込まれた二宮は桑原とともに小清水を追うがー。

いいところはテンポと機転と、ディテールにこだわったリアリティー。またそこに反するように展開される、どうしようもなく、かつ笑える、よく練られた会話だ。分厚い本なのだが、すぐに読んでしまえる。

「疫病神」シリーズの第5弾。荒っぽいが計算高く、二宮を三下のようにこき使う桑原と、貧乏でだらしなく、桑原のことを嫌いだがどうしようもなく付き合わされる二宮の関係性と会話が面白く、パワーのある作品だ。

作品のクオリティーは認めるし楽しめたが、やはり裏社会ものはベストマッチはしないかな。2人が北朝鮮に潜入するという「国境」は興味があるな。

長野まゆみ「夏帽子」

ほの暖かく、自然観あふれる、長野まゆみ的ワールド。今回はあまり感情の蹉跌といったものはなく穏やかだ。

紺野先生は小学校理科の臨時教員。いつも夏用の帽子を被っている。めまぐるしく任地は変わる。山奥の学校で、海に近い校舎で、時には生徒の家に間借りしながら、移りゆく季節の中土地ごとに短い物語を過ごす。

ファンタジック、少しく前の時代、植物、虫、得意の鉱石などを織り交ぜながら、紺野先生と様々な生徒と思い出の時を綴る。やはりというか、すべて少年だ。女の子は出てこない(笑)。

18の物語が収録されている。4の堤防での運動会の練習の話や、5の、都会の地下街で過ごす生徒のこと、14の引き潮道の出来る南の離島、15の峡谷の斜面に立つ生徒の家での間借り、また17の洞窟探検など印象に残るストーリーも多い。

長野まゆみは「鳩の栖」「少年アリス」で感銘を受けてから折にふれ読んでいる。BLをなんとか避けながら。^_^いつか読書家の先輩と長野氏の話になり、先輩は「宮沢賢治っぽくて好きだ」と言っておられた。

多作の作家さんは他にはない独自の世界観を持つ。またすぐ読むだろう。

岡本太郎「青春ピカソ」

いや、熱い、熱いぞ岡本太郎。
昭和28年の短い作品。ピカソに対する岡本太郎の情熱。ブックオフの棚で偶然発見。こういう面白い出会いがあるから、本屋通いは、やめられない。

ピカソの研究、礼賛の書である。若き日のパリ在住時、ピカソの作品を観て涙が湧いて出たという岡本太郎は書いている。

「これだ!全身が叫んだ。」
「ーあれこそ、つきとめる道だー繰り返し繰り返し心に叫んだ。」

そして、偉大で不動の存在であるピカソに挑戦し、打ち倒すことが芸術の発展につながる、と説く。かつて印象派が官制サロンを倒して新たな権威を打ち立てたように、あるいはピカソ自身がそうしたように。

岡本太郎のピカソの作品への想い、自らの来し方、またピカソの画家としての人生とその作品傾向を独自の考えのもとになぞって紹介して、ピカソとの会見の様子をつぶさに描いている。

ほとばしる熱さ、その使う言葉がまたちょっとだけ難しくアーティスティックで、時代的で、雰囲気をも感じさせる。

ピカソは好きだ。意味わかるか、と言われるともちろん分からない。風貌からして才気に溢れ、画壇を破壊し、独自の世界を見事に打ち立てた不動の天才。そんなピカソの絵をどのように見ればいいのか、も書かれている。

面白かったー。ピカソの特集雑誌や買ってきた絵はがきでも眺めよう。

アガサ・クリスティー
「オリエント急行殺人事件」

最後のポアロのセリフが素晴らしい。ヘンな例えだが、マーラーの第五交響曲第一楽章のラストみたい。もうすぐ新作映画封切り。それを意識した新訳版。

シリアで事件を解決し、ロンドンへの帰路、探偵エルキュール・ポアロはイスタンブール発カレー行きのシンプロン・オリエント急行に乗った。鉄道会社の重役で親友、ブークも偶然一緒だった。車内でポアロは、生命を狙われているという裕福なアメリカの老人ラチェットにボディーガードを頼まれるが、断る。雪で列車が立ち往生している翌朝、ポアロはブークに呼ばれ、ラチェットが車内で殺されたことを知るー。

多くの乗客の証言、荷物検査と秩序立てて進めて行く構成が印象的だ。そしてポアロがどういう結論に達したのかー。謎の犯人は、とゾクゾクするような仕掛けとなっている。

国籍も多様な、12人の乗客、犯人は誰かー。犯行当夜、ポアロはいくつかの出来事に遭う。ポアロが目撃したキモノを引っかけた女はー。あり過ぎる遺留品、まとまらない証言、そしてポアロへの挑戦ー。オリエントという神秘さを帯びた響き、アメリカという国の、ヨーロッパでの捉えられ方ー。

さまざまな要素から、この名作は成り立っている。雰囲気、閉ざされた状況、狭い列車内での殺人など、創り上げられた物語の端々にエッジが効いている感じだ。

出てきたたくさんのファクターを最後に全て結びつけるのは、読み手の作業として少々混乱を来すが、物語の性質上仕方がないものと思われる。

かつて見た映画では、小説での結論をもとに創作した回想シーンが入れられていた。それが、このベストミステリーのトリック立てをさらに見事に表現していたように覚えている。文章上ではそこまでの言及はない。まもなく封切りの新作映画は、そのへんどうなんだろう。個性あふれる乗客たちのキャラクターも興味がある。

私も胸を張ってミステリー好きと言えるほど読んでいないが、人に、面白いミステリーは?と聞かれればこの作品と答えるようにしている。誰にも先駆けて遣われた大仕立てのトリック。これ以降はオリエント急行の真似と言われる。そのいわば1回こっきりのトリックを見事に肉付けし、どこか異国感漂う、ファンタジックさまで感じさせる物語にしたアガサはやはりミステリーの女王だ。

ポアロは、物証の乏しい中、心理学というよりは想像力で推理を展開していく。ちょっと意外ではあるが、ポアロもオリエント急行という異世界にいるような感じを受ける。それさえも計算されているかのようだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿