稲垣足穂「一千一秒物語」
まずもっての感想は、読みづらい。ところどころ目を惹く表現、幻想的雰囲気はあるものの、私的には、ダメだった。
ちょっと特殊な「一千一秒物語」と短編を収録した作品集。表題作は1923年のものである。
「一千一秒物語」には超ショートな話がたくさん連ねてある。月、星へのこだわりと擬人化が特徴的な、児童的とも言える作品。多少感じるものはあるかも。
伝説のような創話「黄漠奇聞」また童話のような「チョコレット」、また神戸を舞台にした「天体嗜好症」「星を売る店」などはとても幻想的である。
中盤の幻想的な方向は、主語が何で、いまどういう状況かがホントに分かりづらく感じたし後段になると、貧乏な作家生活をベースにしたような話や、哲学の話が入ってきてたいへん難解だった。読むのに時間がかかった。
北村薫の小説で名前を知り、文芸的な作品として手に取ることになったのだが、無垢な書き散らし方、感覚を表現している点は特徴として受け止められるが、どうも全体として私にはフィットしなかった。
中野京子「印象派で『近代』を読む」
圧倒的に支持されている印象派。作品を見せながらその背景に迫る。やっぱり面白い。
印象派とは、どのように始まったか、当時の世界はどのような状況か、社会の有り様は、作家の特徴と人間的背景は、などを述べた一冊。
アカデミーとの確執から産まれた印象派、明るい色彩で光を捉えた作品が多いが、その思想や、描かれているものの内実は、決してきれいなものばかりではない。またゴッホやセザンヌのように、印象派を離れていった者もいる。
ルノワールやモネの一連の作品は素晴らしいし、画壇に問題を投げかけたマネ、当時の風俗をも無意識に描写しているドガなどなど、代表作をカラーで大きく取り上げながら解説していく、その掘り下げ方も面白いと思う。なぜ印象派がここまで支持されているのか、も解説されている。
一つのテーマが、当時の女性のあり方で、特にベルト・モリゾの話などは興味深い。
昨年メアリー・カサット展を京都で観たが、カサットやモリゾの、女性視点からの描き方、というのはとても好ましいと思う。ちなみに私は、マネの描いたモリゾ、「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」が大好きだ。才気が全体に溢れていると思う。
ドガなんかは原田マハ「ジヴェルニーの食卓」とにも出てるので、合わせて読むとより楽しめるかも。
ぼちぼちまた絵を観に行きたいな。
太宰治「ヴィヨンの妻」
暗い中に独特のコミカルさを読み取るのは、慣れてきたからだろうか。
昭和21年、津軽の実家に身を寄せている太宰のもとに、1人の農夫が訪ねて来る。彼は小学校の同級生、平田と名乗り、太宰の書斎に上がり込み、太宰が大事にとっていた高い酒を次々とあおる。(「親友交歓」)
「親友交歓」「トカトントン」「父」「母」「ヴィヨンの妻」「おさん」「家庭の幸福」「桜桃」が収録されている。それぞれが短く、読みやすい。
解説によれば、この作品集は戦後太宰が疎開先の青森から東京に戻ってから、自死を遂げるまでの間に書かれた短編ばかりだそうだ。もはや暗く、死の予感が漂っているという。
「親友交歓」以外は、家庭を運営できないダメな夫・父親を描き、それを本人と妻の双方から見つめているストーリーばかりである。明るくはないが、そこにどこか太宰特有のコミカルさが潜んでいると感じるのは、その筆致に慣れてきたからかな、とも思う。
表題作は、確かにうまくひねった佳作に感じるし、「桜桃」もそんな向きがある。もちろん、先日私が読んだ短編集、井伏鱒二の仲立ちで石原美知子と結婚して子を設けたころの作品、「富嶽百景」「女生徒」「走れメロス」などの明るさも勢いも無いが、戦後の思想も織り込み、味を感じたりする。
「人間失格」や「晩年」でマイナスイメージから入った太宰だが、読むうちに慣れてきたかな。
�田郁「あきない世傳 金と銀(四)貫流編」
幸の商才が花開く、その環境が整う巻。こうなるんじゃないかな〜がホントになる。
波村の件で失態を犯した、五十鈴屋の店主惣次は出奔して隠居を届け出、また組合を通じて幸に離縁状を送る。孫の身と五十鈴屋の先行きを案じる富久は、身体が弱っていたー。
幸はある意味自由になったことから様々な体験をし、それを商売に生かしていく。予想できないところもあり、幸が魅力的で、なかなか面白い。
読んでいて考えるのは、バランスである。どうしても「みおつくし料理帖」との比較となるが、料理、また吉原の遊郭という華があったためか、主人公の女料理人の周囲には人情味の厚い人が集まり、あまり大人チックな事情は絡まなかったように見えた。
対してこちらは、少しくえぐい部分もあり、描き方もアダルトだ。幸の、環境から育まれたような欠点?の持ち方もいいと思う。ドラマの展開は劇的だが、幸の打つ手はある意味きれいであるだけに、バランスが取れている気がする。人間臭さというとまだカタい気はするが。
さて、次の巻は大勝負。私の中で、幸はいまのところ多部未華子である。
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