2017年10月30日月曜日

またまた

怖かった台風21号が過ぎた月曜日には予測され、火曜日に生まれた22号は、今度は上陸せず日本の太平洋側に沿うように進むという。

金曜日までは、久しぶりにスッキリと晴れの日もあり、途中は久々に呑みにもいってストレスを抜いた。

迎えた週末、土曜朝は雨が降ったりやんだり。思いついて「大エルミタージュ美術館展」に行くことにする。

シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授がコレクションしているジャン=バティスト・グルーズの絵が2点出ているのである。「恐怖の谷」で言及されている。ホームズはまた、「ギリシャ語通訳」の中で祖母が画家ヴェルネの妹だと述べている。今回ヴェルネという人の作品もあるとか。

雨の中阪急王子公園から海沿いにある兵庫県立美術館へ向かう。土曜日だけど、雨の朝一番は少ないだろうと思いつつ。

家を出るときには雨止んでいたから大きめ傘をやめて折りたたみにしたのだが、これが裏目に出た。王子公園からの道、雨もけっこう振り、さらに風が強まって翻弄される。もともとすぐ裏返るように作ってある折りたたみの傘部分が何回も逆を向く。はや台風の影響?と半泣きで急いで美術館に入る。

海沿いのミュージアム。面する神戸港は、どれかというと運河的で、あまり美しいわけではないが逆に味がある。人出は、この時間この天気にしてまずまずだが、混んではいない。

エカテリーナの大きな肖像から入る。ルネサンスからバロックはやはり写実的で、絹のひだの描き方がリアルである。巨匠の絵もいくつかあるが、大半は知らない人の作品。1600~1700年代が中心。宗教画も多い。なかなか興味を惹かれる。

さて、初の生グルーズ。
「スミレ色のチュニックを着た少女」は、素晴らしかった。大きくはない作品で、少女が斜め上方に首を傾けて、眼をこちらに向けている。独特の女性的なタッチで、柔らかく、キレイに描いている。唇のぷっくりした感じが幼い女の子っぽい。展覧会の全ての作品中No.1に良かったな。とても可愛らしかった。もう1点は「未亡人と司祭」何人かが横に描かれている作品だった。

ちなみにヴェルネは海岸の風景画で、調べてみると、ホームズのいうオーラス・ヴェルネのおじいさんのクロード=ジョゼフ・ヴェルネさんの作品だとのこと。なんというか、全くの他人でもなく本人でもなく孫だった、というのが逆にすごいな。


「聖家族」
ポンペオ・ジローラモ・バトーニ

は聖母マリアの顔が美しかった。

「聖母マリアの少女時代」
フランシスコ・デ・スルバラン

は、まずこの想像力にびっくり。やや上を向いてもの想う幼いマリアの表情に惹かれる。

「幼子イエスと洗礼者聖ヨハネ」
バルトロメ・エステバン・ムリーリヨ

こちらも幼いイエスとヨハネ。ポーズ、顔ともに可愛らしい。

「盗まれた接吻」
ジャンーオノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール

遊び心のある主題。夫たちのいるパーティー会場から隠れた扉の陰で、間男の突然のキスに驚く妻、ってとこか。

この4枚は絵はがきや栞を買った。残念ながらグルーズはなかった。

帰り道な登り。美術館に続く道はミュージアムロードというらしいが、気になる店も多い、が、バスの時間で急ぐため立ち寄らない。ラーメン希望軒、おしゃれそうな古本屋、イケてそうな家具を置いてあるカフェなどなど。ふっと、読みにくかった「一千一秒物語」の作者で神戸にゆかりのある稲垣足穂もこの坂を登ったのかな、などと考える。帰りは雨が止み、風もさほど強くなかった。

昼に帰ると雨が強まった。ひたすら本読んでいた。高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」。面白いが、なんか停滞感があってスローにしか読めない。

日本シリーズ第1戦はソフトバンクの圧勝。千賀はいいピッチャーだ。

日曜日は起きたときは雨降ってなかったから外出しようかとも思ったが、電線が揺れているのを見てやめた。

台風は昼12時から3時くらいの間に紀伊半島の南を通過するようだ。10時には雨も降り出し、風も激しくなって行かなくてよかったと心から思う。21号はチョー巨大な台風で、強風圏には日本全体がすっぽりと覆われるほどだったが、今回は、さほどでもなく、勢力も落ちる。しかし沖縄では最大瞬間風速もけっこう出ていて侮れない。

雨が強くなって来る。息子の部活は昼に終わる。帰って、傘が曲がったと言ってた。

けっこうびゅうびゅう、雨も断続的に強め。でも全体のパワーは前回に遠く及ばないかな。3時に雨はピタリと止んだ。風もない。これで終了。

もう来るなよ台風。明日から寒くなるようだ。

夜は日本シリーズ第2戦。DeNA先発の今永はあっという間に1点取られたが、その後毎回のようにランナーを出しながらも6回5安打1失点10奪三振と12球団ナンバー1のソフトバンクを抑えた。ピンチでサインに首を振り、ストレートで松田を三振に取ったところなんかは痺れた。騒がす、じっくりと投げて潮目が変わるのを待つ。

DeNA打線はパ・リーグ最多勝、東浜のシンカーをなかなか打てない。筒香の2安打のみ。しかし6回、梶谷かインコース高めのストレートを同点ソロ、交代した森から宮崎が勝ち越し2ランと3-1、リードを奪う。

しかし今永が変わった7回、ソフトバンクは攻勢に出て再度逆転、4-3で当然のようにサファテは打てず終了。

今永はカッコ良かった。球速表示以上のキレを誇るストレート、ここぞの強気、際どい場面もあったが、日本一のソフトバンク打線に真っ向から立ち向かって結果を出した。もしも先があって、第6か7戦で対した時、ソフトバンクの方が嫌だろうと思う。打線もいいところで打った。が、昨日もそうだが、DeNAはあきらかに中継ぎの力が落ちる。だからCSでは今永をセットアッパーにしたのかと思える。

これまでは戦力の差だけが目立っている。自軍有利な形勢では有効な手を打ってきた短期決戦の策士ラミレスは、この流れを変えられるのか?なかなか興味深いな。

2017年10月23日月曜日

台風こわい

写真は、久しぶりに食べた、ちょっとだけお高いうな重である。にぎやかに話しながらで、美味かった。

台風の予想進路が日本に向かっていると、それろ、それろ、と思うが、科学の発達のためか、ここ近年の予想進路はなかなか外れない。

台風21号は、超大型で非常に強い勢力となり日本へ向かっていた。予想進路は名古屋直撃〜東へ曲がり関東上陸コースだが、名古屋の前で一度日本寄りに曲がるため、紀伊半島南端あたりに上陸するかも。となると、ここ兵庫はギリギリ暴風圏を掠めるくらいかと思える。嫌だなあ。

嫌な要素はいくつか。台風は上陸すると途端に勢力が落ちるものだが、今回は海上をまっすぐ来る。意外に足も速そうで、若いエネルギーを持つ台風かもしれない。生まれてから日が経った台風はスカスカだったりするものだが、けっこうな発達具合で来るという。

土曜日まで、週を通じて雨が降った。秋雨前線が刺激されている。

日曜日は、思っていたより早く吹降りが激しくなり、予定をキャンセル。まだけっこう遠くにあるはずなのにちょっと激しい。

昼すぎからものすごい吹き降りになる。って、暴風域かすめるのは深夜だろう。神戸で最大風速33.6mを記録したとか。どうもちといつもとは違うかもだ。台風の一番激しいところに当たっているようだ。夕方、地区アナウンスで、避難準備情報がでる。この辺も、避難に時間のかかる高齢者や小さい子どもは避難指示が出た。アラートも来た。ずーっと暴風雨で止むことがない。こんなに長いのも珍しい。大風が吹くと、家が揺れる。これはいつものことではあるが、やはりちょっと、である。

正直言うと、私は嵐の音が苦手なのだ。息子といても、指で耳栓をしている。態度だけは悠然としているつもりだが、見抜かれているだろう。

こうなると、本も読めない、筋トレも出来ない、食欲も出ない。ちゅーか晩めしは9割がた食べたけど(笑)。

でも心の底から怖がっている。残念だが、私は肝っ玉が小さいようだ。家族の前でなんとかかんとか取り繕っている感じだ。ベッドに潜って、耳栓をしてじっとしていたい。なんか太宰治っぽくもある(笑)。

暴風域に入ったはずの深夜0時に雨が止み、あとは風だけだな、と思えた。我が家はもしも裏山が崩れたら一巻の終わりである。これでかなりホッとしたが、風はまだ尋常でなく強い。眠りつつも、大風の音に何度も目が覚めた。

やはり、今回はひどい嵐が長くて、怖かった。こんなに強い勢力で接近するのも滅多にないことだから、今度こそ災害あるかもというのがチラついた。

翌日、バス停まで下る道沿いの家は、瓦が飛んだり、木が折れていたり、雨樋が外れてぶら下がってたりとダメージを受けていた。神戸は10月としては観測史上1位、全体でも3位の、最大瞬間風速45m超を記録したそうだ。川沿いの道は松の枝が散乱して、松の葉は絨毯みたいになっていた。電車もまだ通常通りとはいかない。

選挙のため、台風情報が極端に少なかったし不安は大きかった。いつもならNHKは上陸前からずっとやってるのに。

で、米軍の予想ではまた台風が生まれ、今週末また21号と同じようなコースで来襲するという。かんべんしてくれよ、ホンマに。

2017年10月15日日曜日

半分外れアート



「サーミの血」という映画を観に行った。北欧もので、差別の対象となっていたラップランド人の話。東京国際映画祭で賞を獲っていたから期待したが、ハズれた。題材はいいのに表現とストーリーの組み立てが全く良くない。


バベルの塔展を観に行った。人多めだな〜と。美術は好きでよく観に行くが、知識が右から左へ抜けてしまう。オランダ絵画はあまり詳しくなかったが、ボス(ボッシュ)には単純にへえーと感心した。この怪物の想像力はなかなかすごい。


で、ブリューゲルのバベルの塔。ブリューゲルは「雪中の狩人」が好きだけどそれくらいしか知らず、今回も勉強になった。


バベルの塔の絵は並んで30分待ちとか聞いていたけど、10分くらいで見れた。いや、やはり素晴らしい。そもそもグッと縮小した中にホントに細かい筆遣いで小さいものも細かく書いている。のみならず円形も細かい!そもそもバベルの塔のコンセプト自体が壮大なもので、それをよくもこんなに精密に描いたものだと素直に感心。保存状態もかなり良い。


まあまあ満足して出てきたのでした。


あべのハルカス美術館の北斎展すごい人、チケット買うまで30分。これからもっと増えるだろうしと撤退。天王寺MIOの旭屋へ。ぼちぼちかな〜と探してみると、あまりハデではないがハヤカワ文庫の一角にカズオ・イシグロコーナーが、来た来た。


長編デビュー作と第2作と買う。旭屋はなんとTポイントカードで支払えるから、貯めて来たのを放出し、財布が寂しくならなかった。GOOD!

「遠い山なみの光」「浮世の画家」。この2作は日本を舞台にしている。楽しみだ。


レジで訊くと新作「失われた巨人」の文庫発売が翌日だそうである。ちとファンタジー色強そうなので、後日考えよう。


たまたま近くで思いつき、テレビでやってたバックハウス・イリエのクリームパン、大丸のB1コンコースで並んで買う。15分前であまり並んでなくてラッキー。家で食後に食べるとクリームが繊細でたくさん入っていて美味かった。


父から梨が届く。帰省した時数はいらない、と言ったので2個。でも大きいから、昼夜食べても2日で1個。やれやれ。


土曜日からクライマックスシリーズ。阪神もチェックはするが、この日の見ものはパ・リーグの菊池雄星vs則本昴大。


最多勝争いは菊池が則本を1勝上回る16勝、防御率も菊池1位で則本2位。奪三振は則本1位で菊池2位。今季パ・リーグ最高峰の投げ合いだ。この日は夕方遅くまで部活のある息子がめっちゃ観たかった〜といいながら出かけていった。私にとって、菊池は花巻東、則本は三重中京大でそれぞれ観てたから思い入れもある。


菊池は重い150キロ台のストレートと横スライダーだけでほぼ全て勝負していた。素晴らしいピッチングで5安打完封。一方則本はコントロールが今一つで、カウントを悪くしては打たれ、7失点。明暗が分かれた。西武では、菊池をリードした炭谷の動きがいいと感じた。4番に座った巨漢山川穂高も活躍していた。セ・リーグはメッセンジャーが6回無失点。復帰後2試合めで。大したエースだ。阪神が福留の2ランによる得点を自慢の継投で守り抜き2-0だった。


「遠い山なみの光」読了。会話が多くて行方がつかめず、やや読みにくいかもだが、時代と価値観のギャップが暗合を駆使して描かれていて、文芸としては確かに深みのあるもの、と感じた。


日曜日は雨の中午前外出して、色々ともの想う時間を過ごした。午後からはCS。楽天先発の岸が素晴らしく、ドロップカーブとファストボールで凡打の山。楽天が取り返した。


セは雨の甲子園。こりゃあウエスタンでも中止やな、というコンディションで無理やり強行していた。CSの1stステージは、ファイナルステージが控えているため予備日設定が1日しかなく、翌日以降も雨の予報で、出来るならやった方がいいのだ。選手は顔をしかめていたが、特にDeNAはやらなしゃーない。でないとシーズンが終わってしまう。阪神の自慢の中継ぎ陣がきょうは崩れてしまい、大敗。セパ両方とも1勝1敗となった。


ハズレもあり、雨も降り。でもそれなりに楽しかった週末だった。


次週は季節が一気に進むか。台風も生まれつつあるとか。来るな。





2017年10月14日土曜日

草野球 アホなこだわり

草野球 アホなこだわり

先日の3連休は、まず歯医者に行った。今回は主にプラーク(歯垢)掃除だった。前回歯磨きがあまり出来てない、歯周病を防ぐために有効、もうトシで歯ぐき弱ってきてるところもあります、と指摘されて、そうか、みな歯みがきしてるのは、エチケットじゃなくて歯周病予防だったんだ、と今さら気づいた。で、昼食後も歯みがきをすることにして、歯ブラシ、磨き方も研究して、ちょっとだけ期待をしつつ^_^診てもらった。


声の大きい歯科衛生士さんの反応は、しごく妥当なものだった。よく磨かれてますが、ちょっと強くて、上の前歯が削れてます。(汗笑)歯ブラシも少し大きいようですね。フロス(歯間ブラシ)してますか?してない、歯の間にプラークできかかってますね、とっときます。1日1回でいいので、やってくださいねー。


前回歯医者に行ってからおよそ1ヶ月半。頑張って磨いたが、ちょっと磨きすぎかもと思ったのは確かだし、歯ブラシは会社で使っている携帯用のものがいいと買ってきたはいいが、これって接歯面が大きくない?とすぐ思った。フロスに至っては糸ようじ型ではなくひも型のもので試していたが、ちょっと扱いにく買ったので敬遠していた。


西宮北口の本屋に行って、カズオ・イシグロの本を探す。店員さんいわく「すみません売り切れです。」新聞では出版社に追加注文が殺到している状態とかで、本屋ではフェアーの体制が出来ない。も少し待つことにした。で、ブックオフ。

絲山秋子「沖で待つ」

ジョン・ウィンダム「トリフィド時代」

東山彰良「流」

米澤穂信「満願」

買ってきた。


月曜祝日は草野球である。2年前にやった時にはバッティングセンターも行くわ、早朝練習するわ、入念な投球練習するわで準備万端だったが、今回はほぼぶっつけ。投げて、と言われているからシャドーピッチングはしたが果たして。


服部緑地。実は行くの初めて。新大阪までJR、そこから北大阪急行。緑地公園駅から歩いてしばらく。野球場3面。でも少年野球仕様かな。外野は広くはない。この日は30度を超えるかも、という暑い日。


5番セカンドでプレイボール。初回は互いに静かな?立ち上がり。相手ピッチャーは若手でけっこう速い。


2回表、草野球らしくなる。エラーエラーでランナーが溜まり、カーンと左中間。満塁走者一掃のタイムリーツーベース。ありゃあ〜。


私の第1打席は2回ウラ。初球から積極的に、と打っていったが当たり損ねのピーゴロ。しかしピッチャー弾いてくれて1塁セーフ。まだ両軍当たり損ねが多い。こんなもんか。前回打った者も感覚がつかめないようだ。私はこの後内野ゴロ2塁封殺。


スコアボードもあるにはあるが、雨ざらしで使い物にならないのでイニングがわからなくなる。皆第2打席以降はピントが合ってきたのか、いい当たりも出てきて、我が方も同点に追いつく。その後1点をリードされ、満塁で迎えた私の第2打席。積極的に振っていこうとしたが、高めのボール球を振ってしまい、落ち着こうと思い直す。カウント2-2。次の球はインコース高め。


打席ではボールに対しバットのヘッドを被せるように心掛けている。あと、私は球を迎えに行って体勢を崩すことが多いからこの日はステップほぼなし、後ろにより引いて構えていた。


インコースのボールを見極めた瞬間、腕をたたんでバットの芯をコースに合わせ、フォロースルーを大きくするスイングをしていた。打球は思ったより飛び、レフト線深めへ一直線。ところが、レフトは女子。だれも教えないのか1回からずーっとレフト線沿いに守っていた。ちとやばいか?しかし無事(笑)レフトオーバー。走者一掃のタイムリー。バックホームの間に私は3塁へ。まあ3塁打ということで許してもらおう。前回から顔見知りの相手サードに「すっげ。今日イチの当たりだったんちゃいます?」と気持ち良くなることを言ってくれる。ウレシイ(笑)。でも後で意地の悪い審判に「レフトフライだったかなー?」と言われる。


気持ちいい当たりで、振り抜けたし、これでメンツも保てたかな、とちょっとは安心。でも不満はある。


本当はボールを呼び込んで、後ろ足に体重を残すようなバッティングをしたかった。インコースを捉えてコンパクトにフォロースルーへ持っていく流れは良かったが、やはりテクニカルで、大きな当たりを打つフォームではなかった。最後は片手がバットから手が離れたし、身体の回転重視で後ろ足に体重残らず、感触もやや軽かったかなと。


でもまあこれで務めは果たしたので余っているメンバーと交代。チームでも高年齢だし。と、先発のピッチャーがバテている。ほんならオレ投げよか、とマウンドへ。


やはりマウンドはいい。しかし、18.44メートルは遠い。正直いうとシャドーピッチングのフォーム通りにはなかなかいかない。足はきれいに上がってるかと思うが、その後は、前に出す左手でなるべくコントロールしながら、どっこいしょ、と投げる。何というか、その日にコントロールがつきそうな、肩が痛くならなさそうなフォームで投げる。山なりまではいかないくらい、なんとか真っ直ぐ、と言えるくらいの球速。自分では能見っぽいフォームかと。盛り過ぎ?


ピッチャーの後ろに上がるビミョーなフライを処理しきれずノーアウト1塁。次はピッチャーゴロだったが2塁封殺のみで1アウト1塁。上位打線、次は速い打球でピッチャーの左を抜けるセンター前ヒット。打球方向を認識した瞬間思わず飛びついたが間に合わず。悔しい。転がって砂だらけだし。でも、グラブで捕りにいこうとして、左手首が地面についた時、変に曲がりかけた。あぶないあぶない。こうやって怪我するんだな。鋭い当たりのピッチャー返しは正直予想してなかった。もう少しだけ慣れがあれば・・なんてまたムリなことも思いつつ、1塁3塁。2アウトめは三振だったかと思うが覚えていない。


次は、50年配だが、高校時代野球部で近畿大会に出場した方。暑いしフォームを保つだけで精いっぱい。球数も多いからバテている。3球ボールでノースリー。テレビで観ているピッチャーの気持ちがなんか分かる。狙ってくるかな草野球だし。だとしても工夫のしようがないんだけど。なんとか3-2までこぎつけるがフォアボール。2アウト満塁。


次は、奈良の高校でピッチャーやってた若手。第1打席はライトへものすごい当たりのヒットを飛ばしている。肩もほぐれ、フォームも固まってきたから少しだけ勢いをつけて投げる。な、なんとかインコース高めで空振り三振。0点に抑えた。相手はおそらく本来ではない左打席に立っていたこと、大きいのを狙ってたこと、たまたまインコースの捌きにくいコースに行ったことが功を奏したかもしれない。マウンドを降りた後、頭がボーッとして、しばらくベンチで休憩。1イニング以上は投げれないな、やっぱり。


試合は結局逆転負け。あーあ。まあ気持ち良く出来た。出来れば次はも少し涼しい時に。たぶん1年後だろうな(笑)。


先輩とビール飲んで、帰って寝た。分かってはいたが、翌日から全身筋肉痛。右肩はさほどでもないが、左のお尻、両太ももは水曜日までホントに痛かった。腹筋まで痛い。


まあまた、1年後に向けて、トレーニングしようかね。アホなこだわりだと分かっちゃいるが、そこには、当日の達成感がある、はずだ。






2017年10月2日月曜日

9月書評の4

9月は、16作品16冊と、休みがあったせいか多かった。シェイクスピアと太宰はすっかり月1ペース。懸賞に当たってしまって、感想を書くのと引き換えに貰う、という経験も初めてした。カタくなっていかんなあ。ああいうのは。

写真は健康診断終わりで行ったとんこつ醤油ラーメン。解放感にあふれ、美味かった。もう10月か〜。

吉村昭「戦艦武蔵」

吉村昭は、装飾や感情なく淡々と綴る筆致が特徴だ。だからこそ浮かび上がるものがある。

昭和12年、三菱重工に超巨大戦艦建造の密命が下る。前年日本はロンドン軍縮会議を脱退していた。軍の最高機密のため情報管理は厳格を極めた。長崎造船所では港の高台から艦の建造工事が丸見えで、対岸にはイギリスの領事館もあった。造船所の面々は作業場の拡張とともに、周囲からの遮蔽に取り組んだ。

大和と同時期に建造され、世界一のスケールを持った不沈艦。黒鉄の城。

昭和41年、1966年に書かれた作品である。武蔵を建造する側の苦難や、今の時代の価値観でいえば呆れるくらいにものすごいエネルギーをかけた情報隠匿が描かれている。

世界一の軍艦製造の高揚感、乗員の、信仰にも似た不沈艦への信頼感などもほのかに描写されている。

完成した折、戦局は日本に不利に傾き、また海軍内部でも大鑑巨砲主義を押し退けて航空戦、空母主義が台頭していた。武蔵は「御殿」と呼ばれるくらい活躍の場を与えられずに過ごす。最後は集中的に狙われ、壮絶だ。

製造過程の情報管理から、最後に生き残った者への扱いまで、武蔵に関わる人員が非常に厳しい立場に置かれ、悲惨な扱われ方をしていた状況も強く印象に残る。

もうひとつ、吉村昭は事実もしくはそのようなものを淡々と綴るスタイルで、そこには過度に思想的な意図がないように見える。

これまで「羆嵐」「破獄」「海馬」「プリズンの満月」「アメリカ彦蔵」変わったところでは「少女架刑」などを読んだが、取材による事実を積み重ね、直接的ではなく、大きな何かを印象付ける独自の描き方は変わらない。今回も、昭和41年、まだ関係者が生きている頃に取材していてリアルだ。

吉村昭はこの作品がベストセラーとなり、記録文学というジャンルを打ち立てたという。確かに、時代の転換点での、喜劇的とも言えるような、武蔵とその関係者の悲哀がよく表されている。腹に響く作品だった。

久野康彦編・訳
「ホームズ、ロシアを駆ける」

本を読むときは、先入観を排するために、事前に詳しい情報を頭に入れないようにしている。今回も正直、ロシアが舞台のシャーロック・ホームズ・パロディ、という認識だった。

読み始めて1話め「恐るべき絞殺者」で、おお、これはポーと聖典を同時に踏まえた暗合か、とちょっと驚き。

しかしどこかに違和感が。ホームズたちがロシアにいる説明がない。ホームズとワトスンの会話もハイテンション。通常は丁寧に理由が設定してあるはず。ハイテンションなのはこれまでのパロディでもなかったわけではないが・・。

どうもアンバランスさがあり、先に解説を読むと、1900年代初頭の、ロシアの作家による大衆的な読み物パロディ、とのこと。

私が読んで来たシャーロック・ホームズのパロディ・パスティーシュは、大半が今世紀後半から近年に書かれたもので、1番古いのはディクスン・カーとアドリアン・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズの功績」だろうか。特に近年のパロディは、読者に分からないところがないように、丁寧に設定を説明してあるものだ。

ホームズ・シリーズが熱狂的な評判を呼んだころ、贋作も雨後のタケノコのように生まれたという。ロシアでは、ピンカートン、ニック・カーター、そしてシャーロック・ホームズらを主人公にした大衆的な本が人気を博したらしい。その中でP・ニキーチンとP・オルロヴェツという作家の作品を取り挙げ訳出してある。あまり名のある作家ではないらしい。

現代の目線が入っていない、珍しい年代の、しかもロシアもの。これはなかなか貴重だな、と読み進めた。

ニキーチンは、第1話の悪役がシリーズ通しての首魁となる。もちろん聖典のモリアーティ教授を思わせる。モスクワ近郊、黒海沿岸の町、ヴォルガ川などが舞台で、追跡、撃ち合い、爆弾などアクション色の強いものにななっている。

一方オルロヴェツのほうは、実在したピンカートン探偵社をモデルにして創作された人気の探偵、ナット・ピンカートンとホームズが競う形のイルクーツク、サンテト・ペテルブルク、カフカス地方での3つのお話。真ん中の「フォンタンカ運河の秘密」は設定がホームズ物のある物語を彷彿とさせるような感じである。ちなみに聖典「赤い輪」にもピンカートン社の探偵は登場する。

解説にもあるように、この類のパロディは、原作を尊重するというよりは、同時代同ジャンルの探偵小説を意識しているきらいはあると思う。「軽い」感じも否めない。

しかし、今回は部分的に聖典のセンスを組んでいるフシも見られるな、と思ったり、なにより、活劇的とはいえ読み手を楽しませようとして、トリックもアクションも力が入っているのがよく分かる。

西から東まで、ロシア全土をステージに走り回るホームズとワトスン。しかも19世紀初頭、ロシアの大衆へ向けられた貴重な作品たち。興味深く、面白かった。

蓮池薫「拉致と決断」

拉致されてから帰国まで24年。心情の部分は、表現し難い心持ちにさせられる。

1978年に新潟県柏崎市で拉致され、2002年まで北朝鮮で暮らした蓮池さんが、拉致された時のこと、「招待所」での生活、北朝鮮の国内情勢などを振り返っている。帰国から10年後の著書だ。

「招待所」の暮らしぶりは詳細で、また民衆に一般的な思想的なものが伺える。蓮池さんは翻訳などの仕事に従事していたため国内外のニュースは把握していたらしく、大きな出来事に対する民衆の反応などを生活者としての視点と持ち合わせた知性で、冷静に分析している。

特にこの間、アメリカとの緊張関係の高まり、金日成の突然の死去、超強硬派金正日の権力把握と死去など国際的にも大きなニュースになった出来事があり興味深い。また国内の移り変わりの微妙さ加減も伝えられている。

解説でも触れてあり、本編でも読み取れるが、おそらく著者は、残された拉致被害者のことを考え、筆を抑えていると思う。それでも十分に詳細だ。拉致被害者としての気持ち、たまに抑えきれず表出する感情などは重々しい響きがある。

伊坂幸太郎
「アイネクライネナハトムジーク」

伊坂はエンターテイナー。非常に「らしい」短編集。でもバイオリズムが悪かった?

美容師の美奈子は、お客さんでプライベートでも仲の良い板橋香澄に、弟と電話で話してみないかと言われる。断った美奈子だったが、その夜、香澄の弟から電話があり、話してる時にゴキブリが出現、美奈子はパニック日曜日は陥る。(「ライトヘビー」)

出会いをテーマとした小説集で、各作品の登場人物がつながっている。偶然も多く、エピソードや危機を乗り切る方法、伏線の回収など実に「らしい」し、さわやかに終わるから読後感がいい。読みやすくてあっという間に読了した。

さて、たまに読みたくなる伊坂幸太郎。独特の手法と風味を持っている。私はそんなに多く読んでるわけではない、が、今回登場人物の性格といい、作りといい、めっちゃ正直に言って、2日続けて同じおかずを食べたみたいだった。

作家によりそこは違って、例えば北村薫や村上春樹だったら同じ筆致でもそれなりに楽しく読めるだろう。しかしおそらく同じ画法のものをいくつか読んだせいで、やや食傷気味になっている自分に気付いた。難しいもんですな。

それぞれの作品自体は、とても楽しかった、よ。

9月書評の3

ガブリエル・ガルシア=マルケス

「予告された殺人の記録」


ジャーナリズムと小説の融合、とのこと。ノーベル賞作家自ら最高作としていたという。


21才のサンティアゴ・ナサールは、バヤルド・サン・ロマンとアンヘラ・ビカリオの結婚披露宴の翌日、朝早くから、司教が船で着くのを待つために港へ出かけるが、帰途、アンヘラ・ビカリオの兄たちから刃物で惨殺される。その朝、何が起きたのか?なぜナサールは殺されたのか?


1981年、ガブリエル・ガルシア・マルケスがノーベル文学賞を取る前年に書かれた物語である。コロンビアの小さい町が舞台で、前近代的なにおいがする。30年後、ナサールをよく知る「私」が事件を掘り起こす体である。


事実を先に述べ、少しずつその背景を明らかにしていく小説である。バヤルド・サン・ロマンの人物像、彼が来てから町がどんな影響を受けたのか、アンヘラ・ビカリオはどんな女か。そしてどう変わったか。実行犯のビカリオ兄弟は犯行前にどんな行動をしていたか、などなど町と人の風俗を織り込みながら、事件を中心に多面的なストーリーを織り成していく。


解説によれば、近代と現代の端境期を描く、といった意味の事が述べられている。共同体での感情、人種的なもの、女性の立場なども盛り込まれている。そして構成が緻密で、ガツンと来るものこそないものの、確かに読みやすく面白い、と思う。最後にたたみかけるのも上手い。


これは実際の事件をモデルにしたもので、ガルシア=マルケスはルポルタージュとして発表したかったが反対に遭い、関係者が亡くなった頃小説として出したらしい。また事件のことがかなり詳細に述べてあるため、マルケスは裁判所の事情聴取を受けたとか。


マルケスと言えば「百年の孤独」。私が読んだ「族長の秋」と同じく、幻想的、神話的だとされる。確かに「族長の秋」はわかりにくく濃かった。それに比べると、この作品はユーモアも入っているし、意外なエピソードもある。短いし、わかりやすい。まずまずGOODですね。


島尾ミホ「海辺の生と死」


「アセーマンギンナヨー。マンギンナヨー、アセー。」この一編にはやられてしまった。奄美大島の近く、加計呂麻島での暮らし。戦前から戦中。著者は「死の棘」で描かれた島尾ミホ。


「アセーマンギンナヨー(おくさま、ころばないでねー)。」

「アセークマムケナヨー(おくさま、こっちむいちゃだめよー)。」

丸太を2本渡しただけの橋を渡っていた、脚の悪い著者の母は、赤い花模様の着物を着た4才のヒロコ坊に大きな声で応援されていたー。(「声援」)


奄美大島に暮らした著者が、父、母の思い出、伝統的な儀式、島の暮らしと自然、島を訪れる人々の思い出などをみずみずしく描き出した短編集。やがて、後に夫となる、島に赴任した特攻隊長、島尾敏雄との、終戦前のできごとなども描く。


島尾敏雄は終戦後作家となり、島や戦争のことも書いたようだ。小説として最も有名なのは、狂乱の妻ミホを描いた「死の棘」である。「海辺の生と死」は、そのミホの作品集だ。


取り挙げる場面のセンス、生き生きとした文章、今日の我々から見たら、実に豊かに思える色彩に生と死が語られる。洗骨の儀式や、赤穂義士祭で、子供たちが徹夜で遠足、ゲームをする行事も心に残った。終戦2日前の話である「特攻隊長のころ」は、鮮やかに迫るものがある。


正直を言うと途中退屈感もあったが、かなり文芸的な作品だと思った。著者のタレントがが光る。


ジョン・H・ワトスン 水野雅士訳

「シャーロック・ホームズ、チベットへ行く」


いわゆる大空白時代もの。えーっという設定もあるが、それなりに練られている。


スイス・マイリンゲンにあるライヘンバッハの滝でモリアーティ教授と対決し、生き残ったホームズは、残党から身を隠すため、イタリアのフィレンツェへ赴く。目的を伝えた兄のマイクロフトから、チベットへ行ってダライ・ラマに親書を手渡す任務を命じられる。


1891年に死亡とされたホームズは聖典によれば2年間チベットを旅行し、ラサを訪れ、ダライ・ラマと数日間を過ごしたことになっている。そして1894年春、ベイカー街へ劇的な帰還を果たす。この本は、チベット潜入から滞在、そして去るまでの2年間を綴ったものである。


当時のチベットの状況がよく調べられており、まだ少年のダライ・ラマとホームズの話が興味深い。ホームズのイギリスの立場の説明は、当時のヨーロッパ人としては普通かもしれない、あまり超人的なところのないものだと映った。また、ちょっと過度に批判的な印象も受けた。


ホームズは政治的に不穏なものも絡む事件を次々と解決する。ラストにかけての暗殺阻止からイエティ探し(笑)の仕掛けはちょっとえーとなった。


まあ今回も、聖典のような語り口で、生き生きと活動するホームズが読めてほくほく、である。


村上春樹「レキシントンの幽霊」


ハルキと伊坂は、たまに読みたくなるな。奈良への行き帰りで読了。


アメリカー。マサチューセッツ州ケンブリッジに住んでいた「僕」は、建築士のケイシーと友人になる。彼は膨大な数のジャズのレコードを持っていた。ケイシーがロンドン出張の折、泊まり込みの留守番をして、犬の面倒を見てくれないかと頼まれた僕は、快く引き受けるがー。(「レキシントンの幽霊」)


表題作のほか、「緑色の獣」「沈黙」「氷男」「トニー滝谷」「七番目の男」「めくらやなぎと、眠る女」が収録されている、1996年刊行の短編集。作家本人のあとがきによれば、おおむね「ダンス・ダンス・ダンス」の後に書かれたものと「ねじまき鳥クロニクル」の後に執筆したものだそうだ。


どれも読んでいて惹かれる部分があるが、「氷男」がユーモアに溢れていて面白かったかな。最後の「めくらやなぎと、眠る女」は神戸・芦屋あたりが舞台で、出てくる病院が知っているところで、バスも含めて興味深かった。


矛盾、人の意地悪さ、運命、そしてどうしようもない性向などが話の中心で、非現実的な設定も織りまぜて作られた話には、描き手の確信が伺え、読み物として魅力的である。ま、この独特のひねり、筆致は個人的に、たまに味わいたくなる。


「パン屋再襲撃」も読んでみようかな。






9月書評の2

稲垣足穂「一千一秒物語」


まずもっての感想は、読みづらい。ところどころ目を惹く表現、幻想的雰囲気はあるものの、私的には、ダメだった。


ちょっと特殊な「一千一秒物語」と短編を収録した作品集。表題作は1923年のものである。


「一千一秒物語」には超ショートな話がたくさん連ねてある。月、星へのこだわりと擬人化が特徴的な、児童的とも言える作品。多少感じるものはあるかも。


伝説のような創話「黄漠奇聞」また童話のような「チョコレット」、また神戸を舞台にした「天体嗜好症」「星を売る店」などはとても幻想的である。


中盤の幻想的な方向は、主語が何で、いまどういう状況かがホントに分かりづらく感じたし後段になると、貧乏な作家生活をベースにしたような話や、哲学の話が入ってきてたいへん難解だった。読むのに時間がかかった。


北村薫の小説で名前を知り、文芸的な作品として手に取ることになったのだが、無垢な書き散らし方、感覚を表現している点は特徴として受け止められるが、どうも全体として私にはフィットしなかった。


中野京子「印象派で『近代』を読む」


圧倒的に支持されている印象派。作品を見せながらその背景に迫る。やっぱり面白い。


印象派とは、どのように始まったか、当時の世界はどのような状況か、社会の有り様は、作家の特徴と人間的背景は、などを述べた一冊。


アカデミーとの確執から産まれた印象派、明るい色彩で光を捉えた作品が多いが、その思想や、描かれているものの内実は、決してきれいなものばかりではない。またゴッホやセザンヌのように、印象派を離れていった者もいる。


ルノワールやモネの一連の作品は素晴らしいし、画壇に問題を投げかけたマネ、当時の風俗をも無意識に描写しているドガなどなど、代表作をカラーで大きく取り上げながら解説していく、その掘り下げ方も面白いと思う。なぜ印象派がここまで支持されているのか、も解説されている。


一つのテーマが、当時の女性のあり方で、特にベルト・モリゾの話などは興味深い。


昨年メアリー・カサット展を京都で観たが、カサットやモリゾの、女性視点からの描き方、というのはとても好ましいと思う。ちなみに私は、マネの描いたモリゾ、「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」が大好きだ。才気が全体に溢れていると思う。


ドガなんかは原田マハ「ジヴェルニーの食卓」とにも出てるので、合わせて読むとより楽しめるかも。


ぼちぼちまた絵を観に行きたいな。


太宰治「ヴィヨンの妻」


暗い中に独特のコミカルさを読み取るのは、慣れてきたからだろうか。


昭和21年、津軽の実家に身を寄せている太宰のもとに、1人の農夫が訪ねて来る。彼は小学校の同級生、平田と名乗り、太宰の書斎に上がり込み、太宰が大事にとっていた高い酒を次々とあおる。(「親友交歓」)


「親友交歓」「トカトントン」「父」「母」「ヴィヨンの妻」「おさん」「家庭の幸福」「桜桃」が収録されている。それぞれが短く、読みやすい。


解説によれば、この作品集は戦後太宰が疎開先の青森から東京に戻ってから、自死を遂げるまでの間に書かれた短編ばかりだそうだ。もはや暗く、死の予感が漂っているという。


「親友交歓」以外は、家庭を運営できないダメな夫・父親を描き、それを本人と妻の双方から見つめているストーリーばかりである。明るくはないが、そこにどこか太宰特有のコミカルさが潜んでいると感じるのは、その筆致に慣れてきたからかな、とも思う。


表題作は、確かにうまくひねった佳作に感じるし、「桜桃」もそんな向きがある。もちろん、先日私が読んだ短編集、井伏鱒二の仲立ちで石原美知子と結婚して子を設けたころの作品、「富嶽百景」「女生徒」「走れメロス」などの明るさも勢いも無いが、戦後の思想も織り込み、味を感じたりする。


「人間失格」や「晩年」でマイナスイメージから入った太宰だが、読むうちに慣れてきたかな。


�田郁「あきない世傳 金と銀(四)貫流編」


幸の商才が花開く、その環境が整う巻。こうなるんじゃないかな〜がホントになる。


波村の件で失態を犯した、五十鈴屋の店主惣次は出奔して隠居を届け出、また組合を通じて幸に離縁状を送る。孫の身と五十鈴屋の先行きを案じる富久は、身体が弱っていたー。


幸はある意味自由になったことから様々な体験をし、それを商売に生かしていく。予想できないところもあり、幸が魅力的で、なかなか面白い。


読んでいて考えるのは、バランスである。どうしても「みおつくし料理帖」との比較となるが、料理、また吉原の遊郭という華があったためか、主人公の女料理人の周囲には人情味の厚い人が集まり、あまり大人チックな事情は絡まなかったように見えた。


対してこちらは、少しくえぐい部分もあり、描き方もアダルトだ。幸の、環境から育まれたような欠点?の持ち方もいいと思う。ドラマの展開は劇的だが、幸の打つ手はある意味きれいであるだけに、バランスが取れている気がする。人間臭さというとまだカタい気はするが。


さて、次の巻は大勝負。私の中で、幸はいまのところ多部未華子である。





9月書評の1

よく読んだ9月。季節の変わり目。三輪そうめん美味かった。山登って脚ガクガクだったから、ここでの休憩が良かったな。

阿刀田高「獅子王アレクサンドロス」

アレクサンドロス大王、イスラム圏での呼称はイスカンダル。広大な地域、王との旅。

紀元前342年、ギリシャの北方マケドニア。ミエザの学舎で、マケドニアの王フィリッポス2世の息子、13歳のアレクサンドロスは、41歳のアリストテレスと出会う。アリストテレスのもとでやがて成長し父王とともにマケドニアの統治にいそしんでいた折、父が刺客の手により急死するー。

アレクサンドロスは王位を継ぎ、ギリシャ世界に脅威となっていたダレイオス3世のペルシアと戦うべく、東征を開始する。イッススの戦い、そしてティグリス河に近いガウガメラの戦いでペルシアを破り覇権を築いたが満足せず、東へ東へと進み、インド東部まで進出する。

なんといってもアレクサンドロスの快進撃、そしてヨーロッパ世界とペルシアとの衝突、さらなる遠征と、この時代の世界の状況というベースが興味をそそる。プリュギア、パルティア、ソグディアナなどの、この時代の地域名が踊るのも楽しい。

また学友であるヘパイスティオン、プトレマイオス、さらに重臣にセレウコスやアンティゴノスといった、後の歴史に名を残す武将が出てくるのもワクワクする。

もちろん遠征は楽ではなく、反乱、裏切り、蛮族との戦い、苛烈な行軍などの苦しみに人間的な悩みがつきまとう。

様々なまた資料とするものも古く、エピソードも言い伝えのような色があるが、やはり小説は人間的な部分の描写があり、説明も柔らかく、没入しやすい。

昨年アレクサンドロス大王の東征をビジュアル的に紹介した本を読み、調べてみると阿刀田高のこの小説があったので探していた。絶版との情報があり諦めかけていたが、ある日、良い状態のものを見つけ、即買いした。

アレクサンドロス大王は、意外に小説が少ない。日本人では阿刀田高と荒俣宏くらいじゃないのかな。

面白かった。

ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」

四大悲劇のひとつ。短い舞台で、スピーディーに話が進む。あっという間に読み終わった。

中世のスコットランド、武勲を上げた武将マクベスは、城への帰路の途中3人の魔女に出会う。「いずれは王になる」という魔女の言葉に惑わされ、マクベスは王ダンカンに対し奸計を企てるー。

なんか因果応報的な、分かりやすい物語である。シェイクスピア独特の、節回しというか調子の良いセリフの言葉が読ませどころだと思う。マクベスもその妻も、なんのことはない魔女の言葉に惑わされ、権力欲に負けて葛藤に苦しむ。

マクベスをそそのかす魔女たちはなかなか絶妙な存在だ。「きれいはきたない、きたないはきれい」というセリフは、シャーロック・ホームズの聖典にも出てくる。

タイトな話ということもあるが、さすが悲劇は、これまで読んだ喜劇のようにドタバタはあまりしない印象がある。

解説によれば、この短さは宮廷上演用、という向きがあったのではないか、とのこと。ちなみに1600年代初頭に書かれたものだそうだ。時あたかもスコットランド王がエリザベス女王の死去によりイングランド王・ジェームス1世となった時期であり、この状況に配慮して作ってある、とのこと。

シェイクスピアはなかなか興味深い。まだまだ楽しめそうだ。

平岡陽明「ライオンズ、1958。」

タイトルと裏表紙で、どんな物語かはなんとなく読めたのだが・・ちょい泣き。なんというか、私の中の、福岡の血だな。

1956年の師走、この年のシーズン、西鉄ライオンズは初の日本一に輝き、戦後復興途上の博多の街を明るくしていた。西九州新聞の西鉄番記者、木屋淳二はある日、ヤクザの田宮という男の来訪を受ける。木屋の弟分で西鉄ライオンズをクビになったばかりの川内が、中洲の娼婦と逃げ、田宮は捕まえるべく追っていたのだった。

戦後を引きずっている時代の福岡、1956〜58年の西鉄ライオンズの3連覇の時代がベースとなっている。設定とキャラ造形が巧みで、親しみが持てる。特に田宮という、刮目主人公の1人に惹きつけられる。前半で出てくる思いがけないつながりのエピソードには、ハートを掴まえられた。

クライマックスの仕掛けとしてはテレビドラマ的ではあるが、ここしかない、という舞台でうまく盛り上げていると取るべきか。

全編ほぼ博多弁で、なかなか書き物では見ないな、という、我々も使った口語的な言い方が出てくる反面、どっかおかしいな、と思うものもけっこうあり、途中言い訳もしてあるのだが、作者が九州人ではないな、と思った。そこまで気にしないけど。

西鉄の話はいろんな人からその話を聞いたことがあるが、熱が伝わってくるようだ。その熱もやがて去るー。一時代の終焉と未来を描くラストも、むなしく、しかし心地よい。正直よくあるようなストーリー展開ではあるが、なかなか人を惹きつける筆致だと思う。

さて、私は小学校3年生のころ、叔父に連れられて初めて平和台球場でライオンズ、当時はすでに太平洋クラブライオンズの試合を観た。野球好きの叔父が気さくに選手に声をかけ、選手が返して来るのにワクワクした。

それから何回平和台球場に行っただろうか。西鉄福岡駅から天神の新天町を通って福岡城のお堀端を歩き、城址のほうへ登ったところに球場はあった。今も大事な思い出で、取り壊される時には写真を撮りに、新幹線に乗って帰った。

小説のこの時代は、我々の両親の青春時代である。母が女学生の頃、西鉄ライオンズを観に行ったという話はよく聞いた。叔父は埼玉に去っても、ホークスが来ても変わらずライオンズのファンだった。私はホークスとともにあった期間が短いということもあり、今も「ライオンズ」という響きに惹かれる。

福岡にあった野球熱は、ホークスが来て昇華している。

長くなるが、ここ数年、かつての阪急ブレーブス、初優勝時の広島カープの時代と地域をベースにした小説が出ていて、それなりに愉しく読んでいる。でもやっぱり、福岡と平和台球場は特別だな、と改めて思った。

篠宮あすか
「太宰府オルゴール堂 独身貴族の探偵帳」

福岡・太宰府とその界隈が舞台のラノベミステリー。福岡シリーズになってるな。

太宰府天満宮の参道にある太宰府オルゴール堂。東京出身で、天満宮近くの女子大に通う坂下茉奈はアルバイト募集の張り紙を見て面接に行くが、「1年以内に博多弁をマスターする」というヘンな条件で、イケメンの店主・伊東潤に雇われる。バイトにも慣れて来たころ、茉奈のマンションのベランダに「たすけて」と書かれた紙飛行機が落ちていたー。

太宰府天満宮はもちろん、五条、二日市、都府楼前も出てくるローカルものである。日常というよりはやや深刻めの謎を探偵役、秀が解決にあたり、その周りを茉奈やその保護者的いとこ、蓮などのファミリー役がにぎにぎしく囲む。

いやー構成といいキャラといい、「京都寺町三条のホームズ」にけっこう似ている。オルゴール自体の造詣はさほど深くないが、楽しく、にぎにぎしく解決していくラノベである。

私は太宰府は福岡第二のふるさとと思っていて、周囲の事情もよく分かるから思い入れもある。よくぞローカルな地域を取り挙げてくれたと嬉しい。

この小説自体はエブリスタ・ミステリー大賞入賞作品らしい。ストーリーが冗長に感じるが、よく太宰府付近の特徴をつかまえてあり、また方言も懐かしく受け止めた。梅ヶ枝餅ネタも嬉しい。

続編ないのかな。ぜひ描いて!