2016年10月2日日曜日

9月書評の2





9月は、誕生月。おおむね7〜8年前の東京時代から読み出したから、まあまあの読書生活だと思う。買いたいなあ、と手を出すのは、シャーロッキアンものを含めて、推理・探偵小説が多い傾向の最近。やっぱ近くに、女子もの貸してくれる人がいないと困るな。環境変わったからな。

北村薫「野球の国のアリス」

子供向けの話、なんだろうと思う。鏡を通り抜けて異世界へ辿り着いた、野球少女アリス。北村氏の野球に対する愛が分かる。

小学6年生のアリスは、知り合いの新聞記者、宇佐木(うさぎ)さんが「大変だ、大変だ」と走っているのに出会う。思わず後を追うと、宇佐木さんは、商店街の、時計屋の壁に貼られている大きな鏡の中に入って行ったー。

なかなか面白い仕掛けの子供向けのファンタジーである。鏡の向こうの世界は、様々なものが違ったり、さかさまだったりする。また、鏡のこちらと向こうを上手く使って変化もつけている。普段の北村薫の作品からは遠い感じもするが、くだけた文体からも遊び心が読み取れる。

北村氏は「1950年のバックトス」というなかなかマニアックなネタの短編も書いているが、今回も、野球に関して専門的な考え方も含んでいて、好きなんだなあ、というのが伝わる。

野球は、いいね。

米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

これは・・私的にめちゃめちゃ面白かった。素晴らしい。エクセレント。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。2001年の作品。

マリは、共産党員だった父親の赴任に従い、9歳から14歳まで(1960年から1964年まで)、チェコのプラハにあった、在プラハ・ソビエト学校に通っていた。そこにはおよそ50カ国の少年少女が集まっていて、マリはクラス一のおませさんでギリシャ人のリッツァ、嘘つきだが人情味の厚いルーマニア人のアーニャ、優等生のユーゴスラビア人、ヤスミンカと仲良くしていた。日本に帰国し長じたマリは激動の東欧で音信を絶ったかつての友を捜しに行く。

米原万里は、昨年「オリガ・モリソヴナの反語法」で感心させてもらったが、この作品にも非常に感銘を受けた。

1960年代の微妙な国際情勢。それがチェコのソビエト学校の生徒たちにも影響を及ぼす。一方で、子供たちは多感な時期をやんちゃでおませで元気いっぱいに過ごしている。彼女らは大人になる過程で父母ともども時代に翻弄され、複雑な感情を抱くようになる。

三者三様の、友人の子供時代といま、さらに両親の世代のことを描き出すことで時代の変化とその特殊性、国際情勢が庶民に及ぼす影響を、バランスよく、興味深く描いている。さらに、彼女らを捜索している過程で出会う光景や、東欧独特の考え方、祖国を離れた者たちの気持ちの有り様まで分析していて、大変興味深い。

私は学生の時国際政治学を専攻していて、ちょうどその頃、東欧、ソ連の体制崩壊が起きたから、印象深いし、惹かれてしまう。

ところで、本には、キスミントの包み紙が、栞代わりに挟んであった。これまで多くの古本を手にしたが、たまにあることだ。名前の記入や、買ったところのレシートが挟まっていたこともある。こういった作品は、多くの人の手に渡ればいいな、と思ったりした。

ピーター・ラヴゼイ「苦い林檎酒」

古典のサスペンス・ミステリー。絶版になっていて探していた。テンポが良く、なかなか楽しめた。

大学講師で片脚が不自由なセオ・シンクレアは、19歳のアメリカ人、アリス・アッシェンフェルターの訪問を受ける。セオが子どもの頃、戦時中の疎開先で遭遇した殺人事件で絞首刑になった米兵の娘だという。

私が社会人になりたてのころ、ハヤカワ海外ミステリベスト100という企画があって、若い私はランク入り作品を読み漁った。1位の「幻の女」とか2位の「深夜プラス1」とか。ラヴゼイは「偽のデュー警部」というのが6位に入っていて、この作品は57位。いずれ読みたいと思っているうちに絶版になっていた。

ラヴゼイは時代ものの名手だという。この作品も、戦争と、その20年後の1960年代が舞台となっている。ちなみに1986年の著作である。あの時代にあったこと、を雰囲気も含めてうまく醸し出しているとされる。

さて、外国小説は、入りの部分が難解なことも多く、停滞することがあるが、次々と動きがあるためテンポが良く、後半のクライマックスまですいすいと読めた。一読には面白いサスペンスかと思う。

ラヴゼイで、苦い林檎酒で、サスペンスで、とちょっと昔風にカッコいいラインだな、なんて考えた。探し当てて良かった。

塩野七生「レパントの海戦」

キリスト教勢力対イスラム・トルコ3部作ラストの戦い。面白かったから、ちょっと寂しいかも。

1569年、ヴェネツィア共和国の勢力圏であるキプロスには、オスマン・トルコの脅威が迫っていた。ヴェネツィアは自国と法王庁、スペインに十字軍として連合艦隊の組織化を働きかけるが・・。

ここまで「コンスタンティノープルの陥落」で東ローマ帝国の滅亡、「ロードス島攻防紀」で聖ヨハネ騎士団の敗北と、領土拡張欲を前面に押し出した隆盛期のトルコに、キリスト教勢力が敗れるのを見てきた。そして1571年キリスト教連合艦隊とトルコの激突である。

レパントの戦いを境に、オスマン・トルコが衰退期に入った、というのは必ずしも正しくないらしい。しかしこの戦い以降、ヨーロッパ史の中心が東地中海・アドリア海から西ヨーロッパに移った、という流れのようだ。

さて、3部作が進むごとに、作品が整備された、というか、登場人物のキャラ付けも分かりやすくなり、見やすい地図が付き、パターンも分かってきた。

今回は、戦いそのものは5時間くらいで終わったために、海戦に至るまでの、政治的な駆け引きの部分が長くなっている。もちろん実際の戦闘の状況も、だいぶ詳しく描かれてはいるが、前の2作品が籠城戦だったから、すぐ終わってしまった印象だ。それも含めて、相変わらず史料が豊富そうだな、と読んでて思う。

隆盛を誇った海運国家ヴェネツィアも、そして最強トルコもやがて衰退する。やはりこの後も読みたい気はする。この、転換点とそれ以後を描いている作品が、どこかにないかな。

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