高知に3回行った2月。太平洋に面した高知、水平線が見えて、朝晩の寒暖差が激しくて、日差しが強くて、灼けた。楽しかった。
太宰治「晩年」
「ビブリア」の栞子さんに勧められて読んだ。理解には、ちょっと時間がかかるかも。
多くの研究者、文学愛好の士の注目に、いまだに浴している、太宰治の初めての作品集。最初期作品「列車」や芥川賞候補となった「逆行」そしてカフェの女給と心中、女が死に自分は助かったという体験を描いた「道化の華」などが収録されている。
これ自体が歴史に残る芸術かも、とか意気込んだりしたが、あまり馴染めなかった。思うに、もう少し太宰作品を読んでから触れた方が良かったかも知れない。
初めから、主語と場面が入れ替わり立ち替わりしたり、小説家としての自分、というのが頻繁に登場したりするので、もうひとつ乗り切れない。やっぱきれいごとじゃなくてそこまで考えるよなあ、という人間くさい心象の表現、太宰特有のだらしなさ、物語性と言葉の創造性の、意外な巧みさなどは感じたが、うーん、と言ったところか。よくもまあデビュー作品集でこんな思い切ったことが出来たもんだ、という感慨もある。
一つ上げろ、と言われたら「ロマネスク」かな。「ビブリア」では、この作品の稀覯本を巡り傷害事件も起きているし、文学青年が熱く研究する描写もある。そこまではさすがに分からない。まだまだ、太宰を理解するには読み込みが必要なのかな。
井箟重慶
「プロ野球もうひとつの攻防
『選手vsフロント』の現場」
以前から読みたかった一冊。独特のアプローチにふむふむ。
オリックスの球団代表を長く務めた井箟氏。現コスモ石油のアメリカ現地法人副社長から、球団の公募でプロ野球のフロント幹部へ転職した。
1989年から2001年、激動もあった。野茂の指名、その野茂の渡米、イチローの大ブレイク、長谷川、田口の渡米、ポスティングシステムの確立等々。それらを乗り切ってきた経験は読んでいて面白い。
オリックスは元気な球団、というイメージで、当時次々と面白い集客のイベント企画をやっていた覚えがある。氏は独特のアプローチで、推進力のある印象だった。
他にも契約更改、外国人選手の獲得、ドラフトの現場、舞台裏など踏み込んだ部分もあって興味深い。氏はアイディアマンで、いずれも実現はしなかったが、パ・リーグの開幕戦をアメリカでやろうとしたり、ファーム独立採算を目論んで、本拠地を鹿児島へ置こうとした行動力も素晴らしい。
新書は薄く、せっかくの面白いテーマなのに、ちょっと消化不良だったか。また、これも必要なのだろうが、氏の考えにはちょっとドライな印象も受ける。
自由枠などといった実質逆指名によるドラフト会議の形骸化の元はやはり巨人だったこと、セ・リーグへの対抗意識も書かれている。プロ球界のこの15年の動きは激しかったけれども、実質進歩しているかというとどうだろうか、という気にもさせられる。
個人的には、西宮を出て行くのではなく、なんとかスタジアムの推進力を使った西宮北口駅付近の再開発をして欲しかったが、まあムリか(笑)。また、阪急時代は、「強くても、客が入らない」と言われたものだったが、氏が、強ければ客は入る、との結論に達しているのも面白かった。
福田俊司「シベリア動物誌」
私的には、北方の自然は、ロマンだね。行ってみたいけど、さすがに無理だな。(笑)
ロシア北東部、というと漠然としているが、山形県の向かい、大陸側の自然保護地区でのシベリアトラ、千島列島とサハリンでの海獣、カムチャツカのヒグマ、大陸の北方海沿いのヤクートの鳥、そして北の果ての島、ヴランゲリ島でのホッキョクグマを、ふんだんな写真入りで紹介している。
カメラマンの著者が描く動物や渡り鳥の生態は面白く、さらにそこここに挟まれる、千島やカムチャツカの風景が素晴らしい。火山地帯、というのは、地形に独特の彩りがあるものだ。やっぱ火山の多い九州育ちだからかな。なんというか、理屈じゃなくて、心のボトムに響く感覚である。最後の、ヴランゲリ島のあるチュコト海になると、北の果て、最果て感が十分に出ているな。
もともと北への憧れはあり、かつてアラスカ在住の写真家、故星野道夫氏の著作にはかなり影響され、またロシアの探検家の体験記で、黒澤映画にもなった「デルース・ウザーラ」や新田次郎「アラスカ物語」など関連書籍も読んだ。その延長線上で買った一冊で15年ぶりの再読。諸外国では沿海州や北極圏も含めてシベリア、というが、ロシアでは実は内陸のバイカル湖までをシベリアというんだとか。ちょっとびっくりした。
まあ高知での滞在中は本読めないから、写真が多いのを、という考え方だったが、楽しめた。「デルース・ウザーラ」も再読しようかな。
西加奈子「白いしるし」
西加奈子はやっぱり、西加奈子だな、と読了後すぐに思った。けっこう好きな部類に入る、恋愛小説。
売れない画家、32才の夏目香織は、友人に連れて行ってもらった展覧会で白い富士山の絵に衝撃を受ける。その作品を描いた間島昭史に惹かれる自分を止められなかった。
西加奈子はやっぱり、というのは、例えば、全然違う絵を描いても、根底にあるタッチは変わらない、という意味だ。気取って言えばね。
主人公なり他の登場人物が、暴走気味の行動をすることがそのひとつ。また、目に見えない、独特の感性によるエピソードの構成も特徴。評判になったという「さくら」にはこの両方が顕著で、あまり好きにはなれなかった。
かつて中島みゆきは、1回の失恋で50曲は書ける、と豪語したが、女子が恋愛小説を書くと、その表現の多さ多彩さに驚く。安達千夏の傑作「モルヒネ」もそうだった。とにかく表現の嵐。この「白いしるし」にも同様のテイストが見える。
ただ、設定が単純なようでそうではなく、発想に、やられた、と思ったし、恋愛的に響く表現もあった。こうしたものが、女子の共感を呼ぶのかな。またちょっと男を美化しすぎている部分があるな、とも思ったが、それも興味深かった。
全体的に、面白かった。なかなか一歩踏み込んだ表現の世界がよく、また飽きさせない。らしくないところと言えば、今回笑いがほとんど無いところかな。