2014年5月1日木曜日

4月書評の2

松井今朝子「吉原手引草」

直木賞シリーズ。これは2007年の受賞作。これで2002年上半期〜2012年上半期は全部読んだことになった。

吉原の大手遊郭、舞鶴屋の花魁、葛城が大きな騒ぎを起こしてから3ヶ月、関係者の話を聞き回る男が居た。何があったのか、そして謎の真相はー。

全編、話を聞き回る男への証言だけで構成してある作品。同じようなものとしては恩田陸「ユージニア」が一部そうだっただろうか。ミステリーで謎の深みをうまく脚色する方法、と認識している。

歌舞伎の専門家である著者が、吉原に関わる様々な職の物の姿を描きつつ、少しずつ謎が紐解かれていくように証言を組んである。軽やかさがあり、「読ませる」その計算は実に綿密だ。難を言えば、オチは少し物足りないし、葛城その人が見えそうで見えてこない、というところはある。

ただ、それぞれの証言が長くなく口語なので読みやすく、面白く読めた。さすがにシンパシーとか感動などは無いが、時代絵巻としても、謎ものとしても、またその仕掛けもうまく噛み合った作品だと思う。

北村薫「ひとがた流し」

知的で、切ない、北村ワールド。

北村カオリスタとか言いながら、実は読んでないのもまだ結構あったりする。これもその一つだった。2006年の作品で、直木賞候補にもなった。

独身でアナウンサーの千波、作家の牧子、写真家の夫を持つ美々は学生の頃からの仲良し。四十路を迎えた3人は近くに住み、しょっちゅう行き来していた。平和ながら移り行く日常の中、千波の身体に異変が起きる。

相変わらず、品性のある作風で、日常の何気ないことを捉えて表現し、それが喜怒哀楽といった感情のペーソスを形作っていたりする。何気なく鋭い推理も挟みつつ、きれいで切ない物語となっている。牧子と美々の娘は若さの象徴で、設定にも自然な妙があるのは北村薫ならではか。牧子とさきの母娘は「月の砂漠をさばさばと」に登場しているらしい。また興味が湧く。

あまり予備知識を入れずに読む方なので、最初は女子高生あたりの話かと思っていた。(笑)今回は色々な意味でなんか他の作品よりも抑えてるな、という感じがした。まあいつもは無い、恋愛的な動きがあったりするんだけど。

様々な作品で表現されている通り、女子の友情は特別なものらしい。男性作家でありながら、こんなにも日常的な、女子的な作品が書けるのはやはりすごいと思ってしまう。

やっぱたまには北村薫読まなきゃね。

この作品も、前から読もうと思っていたが、切なそうなイメージなのと、いつでも読めるさ、という気と、もうひとつ理由があった。ブックオフで見かけるこの作品の文庫本は、ほとんど縦のタイトル面、背表紙のカバーが破れたり曲がったりしていて、きれいでなかったのである。そんなに前の作品ではないのに、変なものだった。

昔は105円コーナーで、興味さえあれば状態が良くなくても買っていたが、いまは通常のブックオフ価格のものでも、きれいでないと買わなくなった。興味の沸く作家が増えて来て、どれかを買うなら状態の良い方を、というチョイスが積み重なった結果、というのもその理由。まだ手にしてないものでは、例えば伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」がよく似た感じで宙ぶらりんになっている。今回この「ひとがた流し」は仙台出張の際、いつも行く駅前のブックオフで買ったものだ。中を読んでみて、前の持ち主が、きれいに保管していたか、買ってすぐ売ったか、というのが見て取れた。妙なところで、いい気分になったりした。

詠坂雄二「電氣人間の虞(おそれ)」

ふうむ、という感じ。軽くホラーでも。でも怖いのは嫌よ、という時にはもってこいかな。

「村上春樹の新刊、9年ぶりの短編集、『女のいない男たち』本日発売でーす!」と店員が声を張り上げていた日に東京駅の書店で買った本。アヤツジストの私、綾辻行人が推薦している、という帯に釣られて即購入(笑)。

とある小学校近辺でのみ語られる都市伝説、「電気人間」。卒論のため調査に訪れた女子大生ら3人が次々と不審死を遂げる!

サクサク読める。都市伝説や電気人間というものについて掘り下げているくだりもあるが、やや理屈っぽいか。オチは、ほお、そう来たか、とちょっとだけ意表、というところか。「殺人鬼」で人気を博した綾辻行人が気に入るのも分かるような気がする。

直木賞を取った朱川湊人、また沼田まほかる、乾ルカらが出て来たせいか、ノスタルジックホラーという分野や軽いホラーが最近目に付く。これもトレンドなのかしら。

夏目漱石「草枕」

難解でした。(笑)「神様のカルテ」の主人公、栗原一止の愛読書ということでひょいっとチョイス。

今年はまた、日本や世界の名作も読もうと思っていたからだった。ところが、漱石は、平易な文体で物語を描くのが特徴なはずが、漱石好きの後輩からは、「また文学的なのを選びましたね〜。」とからかわれる始末(笑)。

「非人情」を目指す画家が、山奥の湯治場に遊び、彼の地の様々な人々と交流を果たす。

さすが漱石は学者さん。なにせ表現に漢詩がたくさん出てくるから脚注を読み読み、なんとか大意を掴もうとするが、表現しようとしているものがまた茫洋としているので、なかなか読み進めない。話自体は明治38年、1905年に書かれたもので、日露戦争出征の話や開通した汽車のことが描かれていて興味深い。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」という名文句は冒頭に出てくるが、それが作品を表しているかというとまた謎である。

解説には、この小説は当時の文学に浸透していた西洋趣味に対するものであり、意味は探す必要がない、挑発的に書いているものだ、という意味のことを書いてあるので、まあ深くは考えないようにしよう。

宮内悠介「盤上の夜」

うーむ・・。解説には冲方丁の、絶賛の声があるが、やはりもひとつ。

筆者のデビュー作にしてSF大賞受賞、さらに直木賞候補作。囲碁、チェッカー、将棋、麻雀など、盤上、卓上ゲームを巡る人間模様を描く短編集。

第一話が囲碁で始まり、最終話も囲碁で、同じ登場人物で締める。それまでの短編で描いてきた世界が一遍に昇華する形、と言えばいいのか。思ったよりかなり文学的である。

麻雀を扱った回や、インドの王子の話もまずまず面白かったが、内向きであり、結局よく分からないままに終わる。

題材は面白いと思ったし、ジャーナリストの目線から見る、という手法も仕掛け的であるが、パワーそのものと、その向かう方向に疑問を感じた。

福澤徹三「東京難民」(2)

なんというか、読んでいると、やはり気分はその作品の流れに取り込まれてしまう。今回暗くなってしまった。(笑)面白くてサクサクとは読んだけど。

大学生だった修は、学費未納で突然除籍となり、親は行方不明で、あっという間に住んでいるマンションも追い出されてしまう。ネットカフェ難民となり、新宿で様々なバイトや手を出し、ホストにまでなるが、事態はひたすら悪い方へと転がって行く。

なんというか、どんどん転落して行ってしまう物語。人間模様や、現実とそれに対する理屈が様々に織り込んであるのがちょっと映画的。それにしても最後の方までなかなか光が差さない。終わり方もなんか唐突だし。

まあでも、こちらまで落ち込んでしまうのは、それもまた作品の力だと思った。

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