2014年5月26日月曜日

ランチ探訪

なでしこジャパン、アジアカップ優勝、おめでとう。国際Aマッチデーに指定されなかったため、メンバーの制約があった中、また蒸し暑い中での初優勝。スカッとした。

さて、土日とも公園で、キャッチボールにサッカー。だんだん顔も売れてきて、入れて、という子も多くなってきた。

日曜は、やってしまった。ムリは気をつけているのだが、速く低いゴロのボール、ダッシュで移動して、腰を落として捕球しようとした瞬間、太もも裏、いわゆるハムストリング?がビリッとした。

曲げても伸ばしても痛く、ゆっくり歩くことしか出来ない。いわゆる肉離れ一歩手前?ちょっと参ったね、という状態だ。やっちまったー。

さて、公園では半袖短パンで運動しているが、帰りは風が吹くとちょっと涼しすぎる。もう40年以上生きてるが、毎年、これくらいの季節は、こんなに涼しかったっけ?などと思ってしまう。記憶にあるのは東日本大震災の年、単身赴任の時で、確か5月中はまだ薄い長袖長ズボンで過ごしていたが、6月に入ると、さすがに暑い、と思った覚えがあるからまあこんなもんか。

GWはもう暑い、という記憶ばかり残っているから、いまの夜の肌寒さにおかしいな、と感じてしまうのかも知れない。肌寒い、といっても、半袖では、という話で、4月の夜は真冬の格好をしたこともあったから、じわじわと暑くなっているのは確かだと思う。ちょっと前にTVの長期予報で、今年は梅雨と夏が遅い、と言っていたが、そのへんどうなんだろ。

木曜日、朝が寒く曇っていて息子は長袖に上着で出掛けたが、私は、上着を鞄に入れて、半袖で出てみた。すると、寒がりの私にも、涼風が気持ち良かった。ちょうど日が出て、暑くなりそうな照り方をしていた。今年初めての感じだった。

さて、日々のランチについて、特に特段考えていることが有るわけじゃないが、ちょっと書いておこう。いまの会社の近くは、お店が多い。いずれも大きくはないが、路地裏の隠れ家的な店がたくさんあるので、ぶらぶら当てもなく歩いても、あっちでいっぱい、こっちでランチ終了、などと難民になることはまず無い。

フレンチ、イタリアン、和食、ヘルシー、お好み焼き、天丼系、魚系など種類も豊富。おまけにラーメンつけ麺系も激戦区。よく行くのは、

�ヘルシー系のおしゃれなお店
�上と同じくその2
�九州ラーメン
�天丼系
�中華

てなとこか。もちろんこれに限らない。和食も好きである。

お店が多いからか、ランチに雑な感じを抱く店はほとんど無く、どこも工夫を凝らしていて、面白美味しい。サービスも良く、おかずの種類も数があってまとまっている。

東京時代はそこへん、不満だった。東京プライスというのが確かにあって、クリームコロッケとキャベツだけで1000円を超えるランチセットなんかもあった。もちろんちゃんとした店もあったが、人口に比して、エリア的にお店も少なかったと思う。よく食べていたパンケーキランチが出来ないのが悲しいくらいで、他はどってことない。

これ、東京だけの話ではなく、会社に入ったころは今と社屋が違って、その周辺では、どこへ行ってもトンカツカレーハンバーグ、と変わりばえしないメニュー構成に閉口したものだ。ラーメン屋も少ないし。大学時代の学生街がまたいろいろあって面白かったから、余計そう思っていた。

だから、今はなかなか幸せな感じである。やっぱり考えた後のあるランチは食べがいがあるし、日替わりはひと手間加えてほしいところだ。また次の幸せを探しに行こう。足を治すことが先決かな。(笑)

もひとつ。先週のことをどうしても心の底で引きずっている部分がある。あの場にいたみんな、明るくはしていたが、きっと大なり小なり同じだろう。うーん、もひとつ。でも復活しなくちゃね。

2014年5月19日月曜日

タイムマシン

土曜日はお留守番のち、午後は息子と公園。最近成長期だな、と感じていたが、キャッチボールが普通に出来るようになっていたのでびっくりした。コントロールはいいとは言えないが、もうパパの背を越えるようなボールを投げてくる。捕球のほうも、進歩した。

その後はお友達を入れてのサッカー。3対3の遊びサッカーだが、やっぱりみんな本気。(笑)なかには高学年のサッカー部も居て、パパも多少ムキに(笑)なる。だいぶやられたが、こちらも股抜きゴールを決めてあげた。足腰も、呼吸もヒーヒー。食欲削がれるほどバテてしまった。まだ足がうずいているほどである。

日曜は、朝に訃報が来て、急遽福岡へ帰る。高校バスケ部の同期が亡くなった。病気だった。

最寄りの駅までほぼ毎日一緒に帰っていて、予備校も同じ。家も近くてよく遊びに行ったが、社会人3年めくらいに会ったきり、20年ほど疎遠だった。

帰ってみると、福岡は別世界だった。色々な意味で。地元に就職してる者も意外に多かった。ふだんほとんど地元情報と接してないせいか。先輩をはじめ、懐かしい顔にも多く会った。

私の高校時代は、バスケには打ち込んでいたが、まあ正直パッとせず、友人も少なく、悩んだ時期でもあった。良い思い出はあまり無い。予備校はまずまず楽しかったのだが。

記憶自体すでにぼやっとしているが、普段忘れ切っている、当時の映像記憶や、知り合いの顔を思い出す。不謹慎かも知れないが、葬儀の席で旧交を温めることはこれからもあるだろう。まるでタイムマシンだ。

身近な若い人の死は、22のときに大学の先輩、また会社のひとつ上の先輩が亡くなられた、という経験があるが、やはりショックである。もはやそんな年齢だと分かってはいるけど。

少しプライドが高く甘えん坊で、むかついたこともあったけど、才能を感じさせるとことか、人懐こくて憎めず、意外に友情に篤いところなんかは懐かしい。色んな話もしたよな。

もんた、お別れだ。どうか安らかに。さようなら。思い出は永遠に。

2014年5月13日火曜日

追記

いやあ、やられた。おそらく皆同じところで合わなかったのではないだろうか。

〈青山のセンも有るかも知れないが、やはりブンデスリーガのレギュラー、細貝だろう。〉

まあ予想なので外れることも有るのだが、言い切っちゃったんで、ちょっと恥ずかしい。(笑)青山が入るとは、やはり思わなかった。

大久保は、盛り上がっていたが、コンビネーション重視のザックがほとんど呼んだことのない選手を選ぶとは思っていなかった。攻撃的な位置の速さと決定力を買った、ということだろう。確かに大久保は2列目より前ならどこでも出来るし、南アフリカで経験値もある。そう考えると妥当性はあるように思える。

先に書いたように、高さ勝負しない、のは織り込み済みなんだな、と思う。

懸念はつきまとう。攻撃的なサッカーをしたい、というのは前向きな、素晴らしい発想だと受け止めるが、相手も大陸予選を勝ち抜いてきたいずれ劣らぬ強豪だ。主導権を握り続けることなど出来ない。我慢する、辛抱する時間帯も多くなる。いかに粘り強く出来るか、は今回もテーマになるだろう。

かつて見たことのない、攻撃的な、ワールドカップの代表。日本を信じて、応援するだけだ。

日本の力を、見せつけよ。
頑張れ、日本。

2014年5月11日日曜日

大予想?ブラジルワールドカップのメンバーは・・

いよいよ明日発表。慌てて考えてみたが、予想はこうなった。これまでのことを考えると、サプライズの可能性は低いと思う。ザッケローニならこうするかも、というのを重視した。

GK 川島、西川、権田

DF 内田、長友、酒井高、酒井宏、吉田麻也、今野、伊野波、森重

MF 遠藤、長谷部、山口蛍、細貝、清武、香川、本田、斎藤、中村憲

FW 大迫、柿谷、岡崎

あるとすれば、第3GKにベテランが入るか、攻撃的MFの斎藤のところに誰かが入るか、中村憲や斎藤を削ってFW豊田もあり得る。

DF。ザッケローニは、これまであまり使わなかったメンバーを入れることは無いと思う。鈴木大輔は好きだし塩谷司は好調だが、経験値もあり、やはり森重と伊野波だろう。経験を重視するならば、SBで駒野が入る可能性もあるか。

ボランチもそう。青山のセンも有るかも知れないが、やはりブンデスリーガのレギュラー、細貝だろう。動きがあるとすれば攻撃陣。中村憲を入れたのは、チームをコントロールするパサー、つまり遠藤、の控えは絶対必要だということ。加えて前回大会の経験もあるベテランだから、である。ワイドとして、いまの代表には速いドリブラーが少ないし、斎藤は何かをやってくれそうなので入れたが、ここは流動枠。

ワントップも、タイプの違う選手であれば好調を維持している豊田かハーフナーマイクだが・・。豊田は鳥栖でこそ生き生きしているが、代表で機能するかはかなり未知数だし、そもそもパワープレーの類をあまりしない代表なので、ワントップ4枠も取るか、というのを含め流動枠か。

ここで、ワールドカップ特有の選出手法であり、これまで活用され成果を上げてきたベテラン枠について。

一般に、外国人監督というのは、自分のやり方に自信を持っていると思う。ザッケローニは実績もあり、これまでは国際試合の成績も、采配も、悪くないと思う。南アフリカでベスト16入りした選手たちが成熟の域を迎えるタイミングで、日本的とも言えるベテラン枠を活用するかどうか。これまで自分が選んできた選手たちを信頼するのは理にも適っている。

2002年日韓ワールドカップを指揮したトゥルシエの場合はそこまで実績も無かったし、まだ海外のクラブに出た選手がほとんど居なかった時代で、彼自身日本化していた。突然抜擢型、というクセもあったし、また、中山というカリスマもまだ若かった。ワールドカップでまだ勝ったことのない若いチーム、しかも地元開催の大会で求心力のある選手を入れる選択は間違っていなかった。

前回大会は、大会前のチームがなかなか勝てず、周囲からの雑音が大きかった。また経験値のある選手が少なく、現実型の岡田監督は戦術を含めチームを変えようと思っていたこともあり、チームに安定を求めて川口を入れたと思う。

しかし、今大会の代表は、流れ的にチャレンジャーだったこれまでとは違うように見える。前回の中心メンバーが残り、ビッグクラブでレギュラーをつかむ選手も増えた。攻撃的な、狭いところを速いパスワークで抜いていくサッカーをぶつけることは間違いなく、精力的に、さらに上を目指している。

正直そこに脆さも見える。ロングボールやサイドからのセンタリングが極端に減り、カウンターも整備されているとは言い難い。前回大会前の練習試合で当たり、何もさせてもらえなかったコートジボワールが初戦の相手である。また、ザックも、ワールドカップ初采配となる。

個人的には、ベテラン枠は必要と思う。出来ることならば、第3GKには楢崎を、DFには中澤を、というピースがあった方が、と思う。特に心配なのはDF。センターバックに前回大会のレギュラーが居ない、というのは避けるべきだと考える。短期決戦で崩れた時に立て直す精神的支柱は必要だ。中澤は突然でもいいから呼んで欲しいのだが・・無理だろうな(笑)。

さあ、どうなるか?

2014年5月6日火曜日

MISAKI!

5月5日こどもの日、前夜は疲れの余り息子寝かし付けのまま朝まで爆睡で、明るくなってから朝風呂した。入る前に起きて来たのでどこへ行こうか、その場で相談、検索。なんとみさき公園遊園地で妖怪ウォッチのアトラクションをやっていることが発覚、どうしても、で雨の中2人で出動。日本初らしいぞみさき公園!

バス乗って麓まで行き、JRで大阪、さらに環状線で新今宮、そこから南海特急サザンに乗って45分、はるばるやって来ました終点和歌山市駅の一つ手前、関空より南のみさき公園。電車外出では距離的に最長不倒。息子は新幹線以外のいわゆる特急は初めて。

外に出てみると雨の中寒めの天候。駅から歩いて5分、特急券とセットの入場券で入ってすぐ右、アトラクションは雨の中1時間待ち。中は順番でぎゅうぎゅう。ウィスパー、ジバニャン、のぼせトンマンの巨大な人形があって、もう親御さんは写真、ビデオ大会。グッズはとうの昔に売切れ。妖怪ウォッチってすごい人気である。

東京駅に設置されたばかりのグッズショップに余りにも人が押し掛けたため2日で閉店し再開のメドたたず、というニュースがあったが、雨のみさき公園遊園地で1時間待ちはなかなか無いだろう。それでも午後になったら劇的に空いたので、もう1回入って、10分で出て来た。午前に人が集中してた、ということでした。午後は晴れるという予報もあったが、結局降り止まず、出足が止まった、という感じ。

ジェットコースター3回乗った。雨はポツポツだったが降っていたので顔はだいぶ濡れた。迷路や、水に浮かぶビニール球に入って遊ぶアトラクション、経験した中でもっとも高いところから落ちるウォータースライダーなんかで遊び、動物園を回って帰る。みさき公園遊園地は、遊具は派手ではなく少ない感じだが、広い。動物園、イルカショー、さらには展望灯台まであって眺めがいい。ひらパーは入場券+フリーパス、こちらはフリーパスがなく、チャージ式カード都度払いでちょっと高く感じる。

ライスバーガーとたこ焼きがランチ替わり。外の椅子は濡れて座れないから立ちで食べ、座りたい、とゲームセンターへ行って、定番のホッケーで遊びつつしばし休む。男同士の外出はまあこうなるわな(笑)。でも息子もそういうのは好きみたいである。帰り途中もパン屋で買って小腹を満たす。子育てグッズで今も必ず持ち歩いているのはウエットティッシュ。きょうたこ焼きにも、惣菜パンにも、誤って濡れた地面に手をついてしまった時にも役立った。ちなみに夏はタオル、冷たいペットボトルを包んだりなにかと有用。バンドエイドもあれば完ぺき。

また2時間半かけて帰宅。帰り道は寒かったが、上着を持って来なかった息子にジャケットを貸してパパラガーシャツ半袖、でもまあ大丈夫。暑くなっていない時期は、半袖のみだとお腹が冷える感じがするので、厚めのTシャツをジーンズの中に入れて着る習慣が役立った。たださすがにちょっと疲れ、寝かし付けまでしばしベッドでお休みだったのでした。

翌日基本はのんびり。犬と山間に散歩する。さわやかな気候ではあるが、山はやはり風が冷たかった。夕方少し外出した。久々にブックオフに行った。

思うに、街の人の格好を見ていると、春夏の格好の人と冬春の人がいる。シャツ1枚とか薄手のカーディガンの人たちは春夏。半袖の人も見かけるが、寒がりで、山に帰る私は長袖に薄手のジャケットと、冬春の服である。山を降りると陽射しが強かった。

たぶんあっという間に夏が来るだろう。あまり服に悩まないでいい分、それもいいかな、と思うGWの終わりだった。

2014年5月5日月曜日

CHIBA&IGA

先の土日は千葉行き。よく晴れて、関東は夏の陽射しで暑かった。3月から幾度となく通ったかの地も今回でいったん終了。東京在住時には電車で出かけたことはほとんど無かったが、京葉線、総武線、内房線のことが、それなりに分かった。帰りの新幹線からは、夕闇に影の富士山が見えた。ゆっくりと暮れ行く景色に三日月がきれいだった。

関西に帰って来てみると、ひどく涼しい。朝は12度まで下がるらしい。夜の山道は、涼しさを通り越して、少し寒かった。

翌日は息子が楽しみにしていた、伊賀忍者フェスタ。犬も連れて車でちょっと渋滞して3時間。着いた頃には小さな街はちびっ子忍者でいっぱい。交通整理の人、案内の方、お店の方はもちろん、大人のカップルほかパパママもみんな忍者ルック。出足が遅かったのか、空いてる駐車場がなかなか見つからず、貸衣装も品切れで、あちこち探してやっと赤を1枚ゲット。青の衣装を着たかった息子も贅沢言えず。刀もレンタルは無くグッズショップで購入。

それでも上野城下の広場や街の路地で忍者走りをしたり、剣で遊んだりと楽しそうな赤忍者。忍者屋敷のからくり説明にはおお〜と声を上げていた。鎧や兜、また忍者ショップ、露店などあちこちに色んな店があって楽しかったが、また気温が夏。暑かった。

フェスタでない時も、イベントが無いだけで忍者衣装は借りることが出来るそうだ。息子はこの時点で、来年も来る気のようだった。賑わってるときの方が楽しいかも知れないけど、次は普通の土日がいいな。ゆっくりしたいし。それに、伊賀が服部半蔵なら、甲賀は猿飛佐助。パパは甲賀も興味有るな、と思った伊賀行でした。

2014年5月1日木曜日

4月書評の2

松井今朝子「吉原手引草」

直木賞シリーズ。これは2007年の受賞作。これで2002年上半期〜2012年上半期は全部読んだことになった。

吉原の大手遊郭、舞鶴屋の花魁、葛城が大きな騒ぎを起こしてから3ヶ月、関係者の話を聞き回る男が居た。何があったのか、そして謎の真相はー。

全編、話を聞き回る男への証言だけで構成してある作品。同じようなものとしては恩田陸「ユージニア」が一部そうだっただろうか。ミステリーで謎の深みをうまく脚色する方法、と認識している。

歌舞伎の専門家である著者が、吉原に関わる様々な職の物の姿を描きつつ、少しずつ謎が紐解かれていくように証言を組んである。軽やかさがあり、「読ませる」その計算は実に綿密だ。難を言えば、オチは少し物足りないし、葛城その人が見えそうで見えてこない、というところはある。

ただ、それぞれの証言が長くなく口語なので読みやすく、面白く読めた。さすがにシンパシーとか感動などは無いが、時代絵巻としても、謎ものとしても、またその仕掛けもうまく噛み合った作品だと思う。

北村薫「ひとがた流し」

知的で、切ない、北村ワールド。

北村カオリスタとか言いながら、実は読んでないのもまだ結構あったりする。これもその一つだった。2006年の作品で、直木賞候補にもなった。

独身でアナウンサーの千波、作家の牧子、写真家の夫を持つ美々は学生の頃からの仲良し。四十路を迎えた3人は近くに住み、しょっちゅう行き来していた。平和ながら移り行く日常の中、千波の身体に異変が起きる。

相変わらず、品性のある作風で、日常の何気ないことを捉えて表現し、それが喜怒哀楽といった感情のペーソスを形作っていたりする。何気なく鋭い推理も挟みつつ、きれいで切ない物語となっている。牧子と美々の娘は若さの象徴で、設定にも自然な妙があるのは北村薫ならではか。牧子とさきの母娘は「月の砂漠をさばさばと」に登場しているらしい。また興味が湧く。

あまり予備知識を入れずに読む方なので、最初は女子高生あたりの話かと思っていた。(笑)今回は色々な意味でなんか他の作品よりも抑えてるな、という感じがした。まあいつもは無い、恋愛的な動きがあったりするんだけど。

様々な作品で表現されている通り、女子の友情は特別なものらしい。男性作家でありながら、こんなにも日常的な、女子的な作品が書けるのはやはりすごいと思ってしまう。

やっぱたまには北村薫読まなきゃね。

この作品も、前から読もうと思っていたが、切なそうなイメージなのと、いつでも読めるさ、という気と、もうひとつ理由があった。ブックオフで見かけるこの作品の文庫本は、ほとんど縦のタイトル面、背表紙のカバーが破れたり曲がったりしていて、きれいでなかったのである。そんなに前の作品ではないのに、変なものだった。

昔は105円コーナーで、興味さえあれば状態が良くなくても買っていたが、いまは通常のブックオフ価格のものでも、きれいでないと買わなくなった。興味の沸く作家が増えて来て、どれかを買うなら状態の良い方を、というチョイスが積み重なった結果、というのもその理由。まだ手にしてないものでは、例えば伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」がよく似た感じで宙ぶらりんになっている。今回この「ひとがた流し」は仙台出張の際、いつも行く駅前のブックオフで買ったものだ。中を読んでみて、前の持ち主が、きれいに保管していたか、買ってすぐ売ったか、というのが見て取れた。妙なところで、いい気分になったりした。

詠坂雄二「電氣人間の虞(おそれ)」

ふうむ、という感じ。軽くホラーでも。でも怖いのは嫌よ、という時にはもってこいかな。

「村上春樹の新刊、9年ぶりの短編集、『女のいない男たち』本日発売でーす!」と店員が声を張り上げていた日に東京駅の書店で買った本。アヤツジストの私、綾辻行人が推薦している、という帯に釣られて即購入(笑)。

とある小学校近辺でのみ語られる都市伝説、「電気人間」。卒論のため調査に訪れた女子大生ら3人が次々と不審死を遂げる!

サクサク読める。都市伝説や電気人間というものについて掘り下げているくだりもあるが、やや理屈っぽいか。オチは、ほお、そう来たか、とちょっとだけ意表、というところか。「殺人鬼」で人気を博した綾辻行人が気に入るのも分かるような気がする。

直木賞を取った朱川湊人、また沼田まほかる、乾ルカらが出て来たせいか、ノスタルジックホラーという分野や軽いホラーが最近目に付く。これもトレンドなのかしら。

夏目漱石「草枕」

難解でした。(笑)「神様のカルテ」の主人公、栗原一止の愛読書ということでひょいっとチョイス。

今年はまた、日本や世界の名作も読もうと思っていたからだった。ところが、漱石は、平易な文体で物語を描くのが特徴なはずが、漱石好きの後輩からは、「また文学的なのを選びましたね〜。」とからかわれる始末(笑)。

「非人情」を目指す画家が、山奥の湯治場に遊び、彼の地の様々な人々と交流を果たす。

さすが漱石は学者さん。なにせ表現に漢詩がたくさん出てくるから脚注を読み読み、なんとか大意を掴もうとするが、表現しようとしているものがまた茫洋としているので、なかなか読み進めない。話自体は明治38年、1905年に書かれたもので、日露戦争出征の話や開通した汽車のことが描かれていて興味深い。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」という名文句は冒頭に出てくるが、それが作品を表しているかというとまた謎である。

解説には、この小説は当時の文学に浸透していた西洋趣味に対するものであり、意味は探す必要がない、挑発的に書いているものだ、という意味のことを書いてあるので、まあ深くは考えないようにしよう。

宮内悠介「盤上の夜」

うーむ・・。解説には冲方丁の、絶賛の声があるが、やはりもひとつ。

筆者のデビュー作にしてSF大賞受賞、さらに直木賞候補作。囲碁、チェッカー、将棋、麻雀など、盤上、卓上ゲームを巡る人間模様を描く短編集。

第一話が囲碁で始まり、最終話も囲碁で、同じ登場人物で締める。それまでの短編で描いてきた世界が一遍に昇華する形、と言えばいいのか。思ったよりかなり文学的である。

麻雀を扱った回や、インドの王子の話もまずまず面白かったが、内向きであり、結局よく分からないままに終わる。

題材は面白いと思ったし、ジャーナリストの目線から見る、という手法も仕掛け的であるが、パワーそのものと、その向かう方向に疑問を感じた。

福澤徹三「東京難民」(2)

なんというか、読んでいると、やはり気分はその作品の流れに取り込まれてしまう。今回暗くなってしまった。(笑)面白くてサクサクとは読んだけど。

大学生だった修は、学費未納で突然除籍となり、親は行方不明で、あっという間に住んでいるマンションも追い出されてしまう。ネットカフェ難民となり、新宿で様々なバイトや手を出し、ホストにまでなるが、事態はひたすら悪い方へと転がって行く。

なんというか、どんどん転落して行ってしまう物語。人間模様や、現実とそれに対する理屈が様々に織り込んであるのがちょっと映画的。それにしても最後の方までなかなか光が差さない。終わり方もなんか唐突だし。

まあでも、こちらまで落ち込んでしまうのは、それもまた作品の力だと思った。

4月書評の1

4月は、12作品13冊。バラエティに富んだラインナップとなった。変わったような、似たような作品が多かったかな。


柳広司「ジョーカー・ゲーム」

なかなか引き込まれる、スパイもの。スパイそのものと、その外縁に居るとも言える人物と、両方の視点から描いている連作短編集。「ダブル・ジョーカー」「パラダイス・ロスト」とシリーズになっているらしい。

時代は第二次大戦前夜。日本陸軍の「D機関」はかつて自身が優秀なスパイだった結城中佐が設立した、スパイ養成機関。構成員は驚くべき能力を備え、また「死ぬのも殺すのも、スパイにとって最悪の選択肢」「スパイとは、見えない存在」等々の教えを実践する。

この「D機関」は、陸軍中野学校を、その中心的人物である、結城中佐は中野学校の設立者である、秋葉俊陸軍少将をモデルにしている。

日本の大使館に出入りする外国の高官絡みの話、また魔都上海、さらに外国でスパイであることがバレて捕まってしまったD機関の人間の話まであり、バラエティーに富んでいる。

柳広司は、ロンドン留学時の夏目漱石の活躍を描く「吾が輩はシャーロック・ホームズである」以来2作め。今回、007のような派手な活躍は押し殺してあるが、(それでもやっぱり派手めではあるのだが)スパイものって、やっぱり人の心をくすぐるよね。「ダブル・ジョーカー」には結城中佐若き日の活躍ものもあるそうだし、ぜひ読んでみよう。

山本一力「あかね空」

作品の力、というのは文章から来るものだが、時に文章を超えたものを感ずることがある。

2002年の直木賞作品。京都から江戸深川に出て来た豆腐職人の永吉は、長屋を借りて京風豆腐を売り始める。近所の娘、おふみと所帯を持ち、3人の子宝に恵まれるが、不幸や苦難もまた立ちふさがる。

人情ものであり、親子二代に渡る大河小説で、不思議な縁の繋がりが永吉たちの見えない力となる。

家族内のいざこざが多いのだが、ある意味誰もが頷いてしまうような問題でもある。偶然の要素もあり、一見どこにでもありそうな時代ものにして、不思議な力強さを感じさせる。家族の力、を上手に描いた作品と言えるだろう。

悪役とその策略が分かりやす過ぎるきらいはあるが、物語の丁寧な編み込みの前ではご愛嬌、といったところか。

マイケル・ハードウィック
「シャーロック・ホームズ わが人生と犯罪」

ホームズの宿敵、「犯罪界のナポレオン」モリアーティ教授は、スイスはライヘンバッハの滝で、ホームズと格闘の末、滝壺に落ちて死んだ・・はずだった。一時はホームズも死んだとされ、その実生きていて、海外で過ごす、いわゆる「大空白時代」が3年間続き、「空き家の冒険」でベイカー街に帰還を果たすのである。

この物語は、タイトルからも、ホームズの視点から、各事件を改めて見つめるものと思っていたが、実際は、大空白時代の真相を告白するものである。

そもそも、宿敵とされながら、モリアーティが直接姿を現すのは、前述の格闘があった「最後の事件」だけだ。(「恐怖の谷」には伝聞でのみ登場)歴史小説こそが自分のフィールドだと信じていたコナン・ドイルは、早くホームズものを終わらせたがっていた。

それまでの作品には気配すら無かった宿敵モリアーティが突然現れたこと、ホームズがなぜか海外逃避行に出たこと、などはいかにも不自然、という指摘および批判は、今でもある。終わらせるために強引な設定を取りすぎたんじゃない?というわけだ。

今回の作品では、ホームズはモリアーティと多くの会話を交わし、理解し合う。

上記の批判がありながらも、またちょっとしか登場しないにも拘らず、モリアーティというキャラはなかなか捨てがたい魅力を放っている。

作者はイギリスの、有名なシャーロッキアンで、数々の作品を世に送り出している。「シャーロック・ホームズの優雅な生活」などなど邦訳もされている。モリアーティとホームズの世界を広げ、大空白時代に新たな説を打ち出したのは、いかにもシャーロッキアンらしく、ちょっと突飛な設定だなと感じながらも、楽しく読ませてもらった。

これは1984年に出版された作品の新装版である。シャーロック・ホームズのパスティーシュ、パロディはハードカバーでのみ出されるものも数多い。海外の書籍ゆえ、正直「こんなに高いの?」と思うこともしばしば。ここ数年、ドッと刊行されたこれらをすぐ買う、というのはやめて、こうやって少しづつ消化している。幸い大きな書店では、ホームズものはそれなりに広いスペースを占めていて、いつ行ってもこれらの本はある。こういう読み方もまたひとつの愉しみだ。

天野篤「熱く生きる」

2012年、天皇陛下の心臓バイパス手術を執刀した、順天堂大学医学部教授の本。この方、当時はテレビにもだいぶ取り上げられたらしいが、さっぱり知らなかった。進学校に進むも落ちこぼれ、日大医学部に三浪して入ったノンエリートの医師が、いまや国内屈指の心臓血管外科医になって、天皇陛下の手術まで行うようになったー、というストーリーらしい。

とにかく熱い人、熱い本である。「神様のカルテ」でも強調されているが、患者に寄り添おうとすると、医師はモーレツな勤務体系を強いられる。作者も家に帰ることが少なく、風呂も病院のシャワーだそうだ。

先進性に富み、医療現場で常に新しいやり方に取り組むエネルギーには恐れ入る。患者のために、というシンプルで熱い思想が根底にあるために、より納得できる。医療知識を含め、刺激があった。それにしても、外科医希望者って減っているのか・・。もはやブラックジャックの時代じゃ無いのかも知れないな。

ふだんスポーツもの以外は、人ものや現実的な作品は読まない。読了後は習性のようなもので、物語が読みたくなった。

ウィリアム・サマセット・モーム
「月と六ペンス」

脱却したい男にとってはイケナイ一冊かも。なかなか夢中になれた。ちなみに月も、六ペンスも象徴的な意味らしくて、ことさら出てくるわけでもない。

1919年出版、ほどなく英米でベストセラーになった、いまや名作文学に数えられる作品。日本では昭和34年の発行、私が手にしているのは4年前の87刷版だ。

ロンドンの平凡な株式ブローカー、ストリックランドはある日突然、家族を捨ててパリへ出奔する。「女と逃げた」などと周囲が詮索する中、文士の「僕」はストリックランド夫人の要請で彼に会いに行く。貧乏暮らしをする彼の理由は「絵を描きたい」というものだった。

全てを投げうって絵に没頭し、野性的と言えるほどの生活を送って、タヒチにまで行ってしまうストリックランド。この小説は、ゴーギャンの生涯に影響を受けて描かれた作品と言われる。ここまで徹底した身勝手な生涯はまた、芸術家というものを描き出すとともに、世の男女に羨望の情を起こさせる、という意味も含めて訴えかけるものを持っている。

文芸仲間とは、よく、現代ものは読むけど、日本の文学とか、世界の名作とかあんまり読んでないよね、という話をした。今年は少しづつ織り込もうと思っている。最初はこんな文章を400ページ以上読むのはキツイな、と思ったが、ほどなく物語が転がり出すと面白くなった。電車やバスで、さあストリックランド読もう、と本を広げるのが楽しかった。

私の実家は、祖父と長男である父が共同出資で建てたが、当時父の5人兄弟のうち末の叔父叔母はまだ一緒に住んでいた。叔母が嫁いで出て行った後も、私が大きくなるまで2階の部屋にはちょっと年代ものの、両開きの本棚が残っていて、叔母のものと思われる、石坂洋次郎や、アンドレ・ジイドの本などに混ざって、この作品はあった。いま読んで、ある種の感慨がある。

通俗的、という評価も多いようだが、やはり名作なのだろう。ストーリーも表現も強い。冒険心も含めて、密かに誰しも憧れるけど出来ない願望を、ストリックランドは果たしているのかも知れない。

朝井リョウ「もういちど生まれる」

う〜ん、やっぱ面白いな、朝井リョウ。

「桐島、部活やめるってよ」のようでもある、連作短編集。大学生世代、二十歳前後の若者の心の葛藤を描写したもの。それぞれの短編の登場人物は時にストレートに、時に薄く絡み合っている。

若い朝井リョウの描くものは、会話の端々まで無言の説得力がある。今回は良きにつけ悪しきにつけ「桐島」から、あざとさを増している。表現も飛ばして、跳ねている部分があって、そこを意図的に読者に気付かせているようだ。

表題作「もういちど生まれる」と「破りたかったもののすべて」に惹かれるな。まあその、同性愛ネタはオチとして、最近の小説に非常に多いので、もういいな、と思うし、あえてキーになっている人を主人公にしてみれば面白かったかも、とは思う。会話表現は信じられるが、ストーリーのあまりの繊細さには、ちょっと大げさ過ぎない?と、懐疑的な気持ちも湧く。

でも、その繊細さには、仕掛けだと分かっていても、胸が締めつけられるものがあったりする。やっぱ朝井リョウは、面白い。