2020年7月12日日曜日

7月書評の3




レオン!

◼️宮沢賢治「サガレンと八月」


樺太で物想う宮沢賢治を想像する。


「何の用でここへ来たの」

「俺は内地の農林学校の助手だよ、だから標本を集めに来たんだい。」


呼びかけるのは山地から吹いてきて海の青い暗い波へ抜ける風。答えているのは賢治と思われる主人公。


鏑木蓮「イーハトーブ探偵」で最愛の妹トシを亡くした後、賢治が樺太を訪れたのを知った。農林学校の生徒の就職を頼みに行ったということだが、やはり賢治の心の旅路ではないかと思わせる。


後段は、タネリという少年が浜へ行き、おっかさんに止められていたのに、くらげを透かして風景を見てしまい、犬神により蟹に変えられ、ちょうざめの下男にされる。そこで終わっている。いかにも先を読みたくなる切れ方。


かつて道東・知床を訪れた時、国後島がよく見える野付半島を走ったことがある。キタキツネが道路を横切り、何もない夏の草原にはエゾカンゾウのオレンジの花がぽつぽつと咲いていた。九州で生まれ育った私は北海道の気候と植生の違いに感銘を受けていたのだが、雪を頂いた高峰の見える国後島、その向こうにあるはずの択捉島に思いを馳せた。あの島々にも、こんな風景が広がっているのかな、と。


社会的諸情勢に照らさない、極めて軽い心持ち。まだ見ぬ北の島々、樺太も見てみたい、という気持ち。それまでの自分の環境とかけ離れた北方と、「国境」という日々の生活ではなかなか実感しないもの。双方が折り重なった妄想ともいえる念がうずく。


「そして、ほんとうに、こんなオホーツク海のなぎさに座すわって乾いて飛んで来る砂やはまなすのいい匂を送って来る風のきれぎれのものがたりを聴いているとほんとうに不思議な気持がするのでした。」


「イーハトーブ探偵」で樺太の話が出てきた時には、賢治が訪れたとは知らなかったから少々面喰らったが、まだ見ぬ北の自然に、思うものはきっとあっただろうと想像してしまう。


この話も、「イーハトーブ探偵」も、ぜひ続きが読みたいものです。

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