2020年7月12日日曜日

7月書評の1




今年も、川沿い遊歩道わきに、キョウチクトウの花が咲いた。

◼️菅原孝標女「更級日記」


娘の憧れと、現実と、後悔。山に川に、闇から現れる遊女が心に残る。


更級日記の作者は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)。菅原道真の6代後の子孫。また伯母は「蜻蛉日記」の藤原道綱母。毛並みの良さもあるのか、やはりキラリと光るものを見せている。


菅原孝標女は1008年生まれで、藤原道長の娘、中宮彰子が一条天皇の子を産んだ年。紫式部は彰子に仕えている間に「源氏物語」を完成させているから、熱烈に恋い焦がれる源氏物語の「宇治十帖」はまだ出来てさほど経ってない時期ということになる。まさに流行りものを当代に読む感覚か。


著者は父親の赴任先、上総国で思春期を迎えたが、姉や継母が源氏物語のことなどをあれこれと話しているのを聞いていて、物語を読みたくてたまらない娘だった。祖父の任期切れに伴い京に帰るが、その途中で「竹芝伝説」を聞く。


庭を掃いていた男に帝の娘があなたの故郷に連れてってくれと頼み、男は姫を背負って武蔵国まで逃げのびるー。


伊勢物語で、在原業平が藤原高子を連れて逃げた芥川の段に通ずるものがある。こんな話を聞いてこのルートを逆に向かっている13歳の著者はワクワクしたはずだ。


足柄山の麓に泊まった晩、鬱蒼として月もなく真っ暗な夜、宿の前に突然、色が白く美しい、髪の長い遊女の集団が現れ、空に澄みのぼるように上手に歌い、また闇に去っていった。後の段、真っ暗な川に舟に乗った遊女が現れ、というエピソードがある。


京に着いてついに源氏物語全巻を手に入れ、夢中になった菅原孝標女(長いので、以下、

「菅女」)。太秦広隆寺にこもった時は法華経を習いなさいと夢で言われるなど夢関係で色んなお告げがあったのに歯牙にもかけず、きっと自分も夕顔や浮舟のようになると思い込み、ついには


「后の位も何にかはせむ」


后の位なんて、いらない。物語世界に浸るほうが楽しいわ。


という有名なフレーズを記す。


継母と離婚により別れ、乳母の死に遭い、さらに大納言で書道の大家藤原行成の娘が疫病で亡くなる。菅女は彼女が書いた和歌を文字の手本としていた。やがて、かわいらしい猫が現れ、夢で「私は行成の娘の生まれ変わり」と姉に告げる。姉妹はこの猫を可愛がる。しかし、火事で猫が死んでしまい、姉も病死してしまう。


30代となった菅女。父が引退、母は出家。初めての宮仕えを始める。勤めていればなんらかの引き立てもあると思っていたら娘の将来を心配した両親が突然結婚を決めてしまう。現実と向き合い、あからさまにガッカリしているさま、考えるべきこともあるやもだが、どこか微笑ましい。


パートタイムのような宮仕えで、菅女は35歳にして殿上人の源資通(すけみち)というイケメンと風流なやりとりをするが仄かな触れ合いに終わる。


やがて菅女は良妻賢母を目指し、これまでの自分を反省して、初瀬(奈良の長谷寺)、石山寺に、熱心に物詣でをするようになる。しかし、夫の死により家族は散り散りとなり、最後は孤独の寂しさを噛みしめる。


にぎやかな日記物語だなあ、という感覚。最初はもう信心なんて知らないよーと自分のことをあまり考えずに驀進したのは良かったが、厳しい現実の壁に遭い、またタイミングがズレたりとうまくいかない人生を送る菅女。晩年の物詣での際に宇治川に出会ったり、ところどころ印象深い描写があるから心がつつかれる。


大河ドラマのようではなかったけれど、日常の悦びも記してあって、とても面白い、考えさせる読み物だった。

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