足腰が弱る、ということで自宅のある山を降りて登った。つかの間の、春の良い気候。GWにはもう暑くなる。
コロナの感染者は東京で127人。大幅な増加はない。外出自粛が効果を表したと言えるかも、だったらいいな、という感じだ。大阪は74人で、さほど減っていないが拡大はしていない。兵庫は20人。せめてひとケタにならんかな・・。福岡ではクラスターが次々発生していて、総感染者は兵庫に迫っている。
希望が光として繋がりますように。
◼️中野京子
「名画で読み解く ロマノフ家 12の物語」
あまりなじみがないロシア絵画で1冊か、とちょっと不安を感じつつ読み始めたが、これが面白くてハマってしまった。エリザヴェータ、エカテリーナ、女帝が逞しい。
なにが面白かったかというと、ロシア史である。タイトル通りロマノフ王朝300年の歴史をその時代の絵で12章に亘りなぞっている。やはり時の皇帝の絵が多い。
時は1613年、ミハイル・ロマノフの戴冠により始まったロマノフ王朝は中央集権化に加え、2代目のアレクセイの時、ロシア正教の形を整えるため些細なことまでこだわり、ために多くの人々を弾圧・処刑する。教会の権威をも封じ込めた王朝には反感が渦巻いていた。
後継者争いを勝ち抜いた2メートル超の大男、ピョートル1世が単独統治を始めたのは1696年。ヨーロッパ先進国の視察を経たピョートルは自国の立ち遅れと、保守勢力と結びついたモスクワを憎み、新首都サンクト=ペテルブルクを建設する。長い手足で視察する絵が印象的だ。ピョートルは晩年、娼婦出身のマルタを妃とする。マルタはピョートルの死後エカテリーナ1世として即位する。なんかこのへん、アメリカン・ドリームみたいというか混乱のロシアらしいというか(笑)。
マルタは程なく死に、12人の子どものうち、生き残ったエリザヴェータは政治の混乱の中、自分に人気が傾いたのを見て、満を持してクーデターを起こして王座に就く。1741年、32歳。蝶よ花よで育てられ、父親譲りの長身にぽっちゃりとして女性的な魅力と自信を湛えたエリザヴェータ50歳の肖像画は印象的だ。
優雅な立ち居振る舞い、フランス語を身に付けたエリザヴェータはしかし若い頃ルイ15世との結婚を画策したが、二流国の姫と見られ相手にされなかったという屈辱を味わった。逆に当時ヨーロッパの先進国の実力者の妻になっていれば独身の強力な女帝はいなかったというのも興味深い。
七年戦争ではそのルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人と、オーストリアのマリア・テレジアと3人で組んだ「ペチコート作戦」でプロイセンのフリードリヒ大王を追い詰めたエリザヴェータ。
そのエリザヴェータが後継者、亡き姉の息子でのちのピョートル3世の妻にと選んだのがドイツの貧しい小貴族の娘・ゾフィだった。頭脳明晰なゾフィは、この千載一遇のチャンスを生かさんとエリザヴェータに従い、長い間をかけて軍人や臣下と信頼関係を作り、エリザヴェータの急死を受けて夫が戴冠するとわずか半年で夫を排除・殺害し エカテリーナ2世、大帝として35年に渡り絶対君主となる。
一昨年、神戸でエルミタージュ美術館展があったので観に行った。内容ははっきり言ってロシア美術ではなくルーベンスやブリューゲル、ティツィアーノら諸外国絵画のコレクションだったのだが、この本にもあるエカテリーナ2世の肖像画がドドーンと看板になっていた。いやあ〜、一筋縄ではいかなそうな女帝だなあと思った記憶がある。そしてそれは当たっていたのが今回分かった。
王冠、宝珠、王笏は豪華な宝石に飾られている。王笏の先に装着された200カラットのダイヤモンドは「オルロフのダイアモンド」と呼ばれクレムリン博物館に所蔵されている。堂々として豪華、余裕と赫々たる光栄にあふれている。エルミタージュ美術館の財宝はエカテリーナ2世が多くを買い集めた。
またエカテリーナ2世はエリザヴェータの娘、皇女を名乗った美女タカラノーヴァを拉致監禁する。このタカラノーヴァが監禁先で洪水に遭い、迫り来る水に絶望の表情を見せてい「皇女タカラノーヴァ」という絵は人気で、ソ連時代には切手にもなったそうだ。たしかに強烈で、記憶に残る作品だ。
さて、時代はフランス革命からナポレオン時代を経て、クリミア戦争では産業革命の遅れから後進国ぶりをさらけ出し、工業国化を急ぐ。やがて世界最大の軍事力を備えるようになるが楽勝と見た日露戦争で敗戦。日本で巡査に切りかかられたニコライ2世を最後にロマノフ王朝は滅びるー。
ロシアから見たヨーロッパ近代史、またロシアの歴史そのものはなかなか新鮮で面白かった。今回はやはり、2人の女帝がMVPだな。ロシアに留学、宗教画の修行をした女流画家、山下りんのイコンも記憶に残るきれいさ。
「怖い絵」シリーズが人気となり売れっ子の中野京子氏の本。「美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔」を借りて読んだことがある。こちらも人に薦められてお借りした。このシリーズはハプスブルク家とブルボン家があるらしい。探してみる気になる。
◼️真藤順丈「宝島」
あきさみよう!大変な力作の直木賞。混沌の中、沖縄の登場人物たちの言動はどこかかわいらしい。
2018年下半期の直木賞受賞作。下半期は発表が翌年の年明け、2019年1月なのでまだつい最近、という心地もある。ちなみにこの回には深緑野分「ベルリンは晴れているか」森見登美彦「熱帯」もノミネートされている。
正直聞いたことのない作家さん、しかし佳作と聞く作品たちの中で受賞したという、評価の高い沖縄ものとはどんなもんだろうと読み始めた。
戦果アギヤー、沖縄の米軍基地から物資を盗む者たちの中に、コザでは知らぬものがないオンちゃんという英雄がいた。盗った食料を分け与えたり、物資で小学校を建てたりした。ある時他の地域の者たちも参加した、常にはなく大掛かりな潜入を嘉手納基地で行うが失敗、オンちゃんは行方不明となる。オンちゃんと幼なじみで戦果アギヤーのグスクと実弟のレイ、恋人のヤマコはそれぞれにオンちゃんを捜す日々を送るー。
まず注目すべきは作品の語り口の雰囲気だ。血生臭かったり陰湿悲惨だったり、冗談ではなく危険な場面もありながら、軽妙な天の声、また「あひゃあ」などどこか間の抜けた、柔らかい言い方、方言をふんだんに使ったセリフまわしなどが物語の背骨を貫いている。「あきさみよう」とは英語の「Oh my God」と似たような言葉らしい。あれまあ、驚いた、すごい!、なんてこったい、などなど。「アキサミヨー」でなくひらがなで表記したことで言葉そのものに憂愁を帯びさせている。
触れれば切れそうなレイはまた大事な役割として、有能な警察官として芯になっていくグスクや住民運動の核に近い位置にいるヤマコの人間くさく、ちょっとクスッとなるほどの奮闘も醸成される雰囲気を助長している。アメリカ人相手の店の女給で、男にはだらしがなさめだが情に厚く浮き沈みの激しいチバナも面白い。
さて、ストーリーを取り巻く雰囲気を先に紹介したが、題材として戦後沖縄の情勢が丹念に追われている。アメリカ兵による犯罪の増加、治外法権的状況、大規模な事故、本土復帰運動の高まり、その失望とベトナム戦争、そしてクライマックスのコザ暴動。その中をグスクやヤマコ、浮浪児出身のウタらが、沖縄史に残る人々とも触れ合いながら活躍する。
もう一方、ウタキの神秘的に感じる落ち着きと奥深さを有効に取り入れている。また洞窟(ガマ)の不穏な黒い、しかしどこかに光があるようなイメージも滲み入ってくる。
たくさんの雑多なオブジェクションは小説を読みながらもでこぼこで時に大きな岩が切り立つ山道をひたすら登っているかのようだ。顔には烈風に吹き飛ばされた石つぶてが当たる。その中を伝説の戦果アギヤーの影が揺れ動く。生きているのか・・?
小説が取り上げているものとして、目を逸らしてはいけないと感じさせるものは多々あるだろう。私はそれと、個人的な読んだ際の評価はまた別と考えるが、大きなベースに訴える力が強くあるのは充分に効いている。そこへ持ってきて、柔らかくどこか楽天的な、だから厭世的にも見える文調との噛み合わせが絶妙だと言える。
まぎれもない力作、しかし、濃すぎるからか、なかなか読み進められなかった。まあコロナ騒動で生活が少し変わった時期にも当たっていたのだが、一気読みの感じはなかった。
お気に入りの言葉は鬼ごっこを意味する「カチミンソーリー」。米軍と戦果アギヤーとの追っかけっこ、捕物のこっけいさ加減を強調したりしている。ソーリーが入っているのでスラングがと思っていたが方言のようだ。
まさにあきさみよう、な作品。映画にならないかな。