2018年8月11日土曜日

7月書評の1





写真は京都駅の外エスカレーター。空に絞りを合わせたらエスカレーター真っ黒になってしまった。

では今月も行ってみましょう。

葉室麟「無双の花」


福岡・柳川は母の故郷でなじみ深い。「西国無双」当地立花藩主宗茂の戦国末期、江戸初期を駆け抜けた「義」の人生。


立花宗茂は戦場での経験が深く、臣下にも信望の厚い主君だった。加藤清正ら九州の大名ともつながりがあったが関ヶ原の戦いでは西軍につき、所領を失い牢人(浪人)となる。やがて病に伏せる妻、誾千代(ぎんちよ)を置いて徳川家方への仕官を目指し上洛するー。


物語はやがて仕官がかなった宗茂が徳川方の信望を得つつ、豊臣方の真田信繁(幸村)との友情を保ち、最期の戦いである大阪城夏の陣を見届けるのがクライマックスだ。


「立花の義」、裏切らないことを中心に置く宗茂の姿勢には感服する者が多く、しばらく信を置かなかった家康もやがて二代将軍秀忠の補佐につける。一方長曾我部盛親のように、その清潔さに反感を抱く者も当然出てくる。荒っぽい戦国武将の大物、伊達政宗との会見も落ち着いていて、政宗に一目置かれる。


大河ドラマを観ない私は、この本で「真田丸」の意味がよく分かった。ストーリーは宗茂の男らしい律儀者さかげんにホッとするのだが、乱れのなさにきれいすぎる感も受ける。おそらくは誾千代との関係やなかなか召し抱えられない年月などでバランスを取っているのだろう。


ちなみに読みたい本の一つに山本兼一「まりしてん誾千代姫」がある。この作品では早くに亡くなってしまうが、武装した女子部隊を指揮する烈女にして優しい誾千代姫の姿が盛り込まれている。「まりしてん」ではどんな描写となっているのか、さらに興味をそそられた。


さて、先に書いたように母の郷里は柳川。川下りのお濠や北原白秋生家のある市内を通ってバスでしばらく、やや外れに建つもと商家の実家で夏を過ごしたりした。その家の台所は土間で石臼があり、風呂は五右衛門風呂、作りは今でいえば古民家風旅館を思わせ、子ども心にも風情を感じていた。


都会にはいないクマゼミを捕ったり、罰当たりにも納骨堂で鬼ごっこをしたり、田んぼのクリークに鮒を釣りに行ったら姉が大物を釣り上げたりと思い出は尽きない。この柳川での想い出があって本当に良かったと思っている。できればもう一度帰りたい。


ずっと住んだわけではないので感傷ではあろうが、20年目にして、宗茂がもとの所領立花藩主として返り咲く部分は身体のどこかに干渉して心からホロっとしてしまった。


筑後や九州の地名もよく分かり、そのベースに関ヶ原から島原の乱までを駆け抜けた宗茂の姿がさわやかだった。


「万葉集」


最古の歌集万・葉集から、親しまれている歌約140首を集め紹介している作品。リズム感が好きだな、と思えた。


万葉集は20巻。全部で4500首が収録されているという。図書館のビギナーズ・クラシックシリーズを見てて興味を持っていた。


人を想う相聞歌、亡くなった人を悼む挽歌を中心に長歌なども収められている。さすがに理解できた、と胸を張れはしないがいくつか触発された歌はあった。枕詞、ぬばたまの夜・黒・闇、白妙の衣・袖・紐、久方の空・天・光とか、改めて魅惑的。序詞も楽しい。


時代は大化の改新、白村江の戦い、壬申の乱、平城京、大仏開眼と750年ごろまで。歌人は天智天皇、天武天皇、藤原鎌足、持統天皇、額田王から宮廷歌人の柿本人麻呂、大宰府の官人である大伴旅人、山上憶良に、やはり宮廷の山部赤人、大伴家持などなど。名を聞いたことのある人が多い。


春過ぎて 夏来たるらし 白栲(しろたえ)の

衣干したり 天の香具山       

(持統天皇)


季節感の表し方が好きである。強い陽射しに照り映える衣の白。きょう初蝉、ヒグラシの声を聴いた。


桜田へ  鶴(たづ)鳴き渡る  年魚市潟(あゆちがた)  潮干にけらし  鶴鳴き渡る    

(高市黒人)


広大な景色と鶴の声。繰り返しがいい感じ。


田子の浦ゆ  うち出でて見れば  真白にぞ

富士の高嶺に 雪は降りける    

(山部赤人)


これも壮大。時代は違えど北斎や広重の絵を思い浮かべる。


天の海に 雲の波立ち 月の舟

星の林に 漕ぎ隠る見ゆ     

(人麻呂歌集)


月の舟を漕ぐのは月人壮士(つきひとおとこ)といい、歌にも多く詠まれているとか。


瓜食めば 子ども思ほゆ  

栗食めば  まして偲はゆ 

いづくより 来たりしものぞ  まなかひに

もとなかかりて  安寝しなさぬ   

(山上憶良)


子煩悩な歌も多い山上憶良。これ長歌のうちに入るのかな。柿本人麻呂のはずっと長い。五七五七五七五七七。この繰り返しはリズムがいい。大伴旅人、山上憶良、沙弥万誓、小野老らにより大宰府の地に筑紫歌壇と呼ばれる文学サロンが作られ数々の作品を生み出したとか。


好きな歌2つ。


あかねさす 紫野行き  標野行き

野守は見ずや  君が袖振る   

(額田王)


有名ですね。天智天皇の後宮に入っている額田にかつての恋人で天智天皇の弟、大海人皇子がアプローチしている、てな歌。


君が行く  道の長手を 繰り畳ね

焼き滅ぼさむ 天の火もがも

(狭野弟上娘子)


あなたが行く長い長い道をたぐりよせたたんで焼き尽くしてしまう天の火が欲しい。激しい歌である。語感もまた強い。越前に流罪となった恋人を想う歌。


近江都、藤原京、奈良を中心とした上代の歴史を追う万葉集は、その益荒男ぶりで力強く訴えかけてくる。語感、リズム、重複、繰り返し、そして助詞の用い方、もちろんモチーフも魅力的で、言葉を感じる部分を衝いてくる。奈良大好き。楽しい読書だった。


フィリップ・キンドレド・ディック

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」


どれかというとアメリカ的SFはニガテ。でもディックは嫌いではない。ドラマも比較的分かりやすいし、品格を感じるんだよね。タイトル面白い。


読書歴が浅くあまり名作を知らない私がディックを知ったのは、歴史改変SF、マイケル・シェイボン「ユダヤ警官同盟」の巻末解説。同様のジャンルとしてディックの「高い城の男」が紹介されていた。すぐに買って読んだ。直接的なストーリー展開は控えめだし、歴史改変もことさら前面に押し出していないところに好感を覚えたと記憶している。


それ以来のディック。前から読みたくて図書館検索しても出て来ず、でも先日行ったら目の前の棚に並んでたという読み時を天啓により設定されたような展開で読むことと相成った。^_^


未来の地球。最終世界戦争により死の灰が全土を覆っていて野生動物が死に絶えた世界。サンフランシスコ警察で脱走アンドロイドの処理を仕事とするバウンティハンターのリック・ロッカードは、追跡中に撃たれた同僚に代わり火星から脱走した「ネクサス6型」タイプのアンドロイド処理を命じられる。


感想は、意外にテーマが分かりやすいし、ドラマがちゃんと出来ているな、だった。


最初は、情調オルガンだとか、ペットの電気羊だとか、マーサー教とか、共感ボックスとかついていけない感じで読むスピードも上がらなかったが、リックがアンドロイドと出会う中盤からはぐっと面白くなった。


読みながら状況がわかってくると、逆にそのシチュエーションがしっくりくる感じがする。用語は多少難しいが、実はそこまで複雑ではない、表現されたSF的世界観を気に入ってしまう。


この世界のアンドロイドは人間そっくりで、感情も記憶もある。では何の違いがあるのかー。手塚治虫のSFマンガのような問いだ。野生動物の価値が高い、ということもいいポイントになっている。


「ブレードランナー」も観てみようかな。


詳しい方、ディックのおススメお教えください。


吉野嘉高「フジテレビはなぜ凋落したのか」


「楽しくなければテレビじゃない」をモットーに突っ走った80年代からバブル期、お洒落なグレード感を出したトレンディードラマ最盛期。しかし現在のフジテレビは視聴率崩壊などと伝えられている。フジテレビがなぜ凋落したのかを元フジテレビ社員の著者が綴った作品。


著者も巻末で触れているが、時代の関係者証言の引用、現社員への取材、一部の関連数字を用いているものの、やはり内部にいた者の実感を中心としている。読後は客観的なエビデンスに物足りなさを感じた。


しかしながら、逆に社内事情は見えにくいので貴重だとも思う。幾たびかの社内改革から「軽チャー路線」の興亡、お台場移転、トレンディードラマヒットに絡む「カッコよさ」を求める雰囲気、また社会情勢に絡む変化を網羅して構成されている。


大学時代、友人が「カノッサの屈辱」という深夜番組にハマっていた。音楽業界の近年の動きを「サザン朝ペルシア」とか「ユーミン西太后」などとネーミングして紹介するなどたしかに面白かった。この番組が出来た背景にも触れてある。


「韓流ドラマゴリ押し抗議デモ」やライブドアによる買収事案、放送倫理違反の事案などにも触れられており興味深い。


既存の価値観を破壊することが視聴者の好みに合った80年代は誰もが「ひょうきん族」を観ていた。それは視聴者的にも「全員集合」時代との決別だったのかも知れない。また、

たしかにフジテレビばブランドだった。あの近未来的な社屋のイメージで一時代を作ったのは確かだと思う。


その中心は大部屋主義による一体感だったと著者は述べる。現代の風潮にあって、かつての夢をまだ追いかける、その危険さを示唆している。


視聴率争いのライバル日テレのことが頻繁に出てくる。テレビ業界のトップオブトップの話なので、関心はあるがちと心理的な距離はあるかも。電波少年の価値、視聴率の考え方を掘り下げているのも面白い。


テレビの歴史を追いながら内部の事情と興亡を綴る。実感のこもった、ややひいき目も入った物語、と思えば内容はなかなか楽しい。

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