3月は、13作品14冊。まずまずバラエティに富んだものを楽しく読めた。ノーベル賞のパムクは、難しいところもあって時間がかかったが、構成の妙で、シェイクスピアの劇のような感じだった。4月も充実してたらいいな。
オルハン・パムク「私の名は赤」
ノーベル賞。舞台はオスマン時代のトルコ・イスタンブール。世情騒然とする中、細密画の絵師たちに絡むミステリー。大作でした。
1571年、地方での任官を終え、12年ぶりにイスタンブールに戻ったカラは、いとこの美しいシェキュレへの想いを再燃させる。シュキュレは結婚し2児の母だったが、軍人の夫はペルシア戦争に行ったまま4年間音信不通となっていた。皇帝の細密画工房の名人「優美」の死体が見つかる。皇帝の命により秘密裡に製作されている装飾写本を完成させるため、殺人の犯人捜しに、カラは否応なく巻き込まれていく。
当時のトルコの風俗や世情、庶民の暮らしを描きながら、細密画の世界、イスラム世界のコーラン、寓話、著名な絵師たちの話をふんだんに盛り込んでいる。仕立てはミステリーで、秘密の装飾写本をめぐり、カラは工房の名人「蝶」、「コウノトリ」「オリーブ」の中から殺人犯を特定するという使命を負う。
さすがに土壌がかけ離れていて、全ては理解できず、時間もかかった。かつて読んだ塩野七生のキリスト教勢力vsオスマン・トルコの三部作はだいぶ助けになったが、それらでも感じた、東西の文化の衝突、混ざり合いもまたテーマとなっている。
壮大なテーマの物語の中で、美しく計算高いシェキュレ、その子供たち、行商女エステルらの現実的、人間的な思いと行動が良いバランスを取っている。神秘的な絵画ミステリー、という感じだ。手法も、カラ、シェキュレ、エステル、3人の名人等々、視点が目まぐるしく変わる小さな章が連続し、構成の妙が際立つ。
トルコ人のオルハン・パムクが1998年に著したこの作品は国際的ベストセラーとなり、パムクは2006年にノーベル賞を受賞する。確かに壮大で、人間臭く、文化的相克が生々しい。変わっていく世界に対し、諦念のようなものが大きく横たわっている。
キリスト教とイスラム教の衝突を歴史に持ち、また宗教を強く意識し、大陸で地続きに暮らしている国の読者と我々の理解はまた別かな、という感覚を抱きつつ、いずれもう1回読もうかな、と思った。パムクは現代ものの「雪」も高評価を得ているらしく、こちらも、読んでみたいかな。
梨木香歩
「エンジェル エンジェル エンジェル」
三世代、と天使がキーワード。梨木香歩の得意の魔法がちらり、不思議な物語、最後の最後にホロリ。
伯父の海外赴任で、コウコの家に痴呆症でほぼ寝たきりのおばあちゃんがやって来た。成長したコウコは、深夜のおばあちゃんのトイレ付き添いを引き受ける代わりに熱帯魚を飼う許可を得る。ある夜、サーモスタットの音に反応したおばあちゃんは、突然少女のようなおしゃべりを始める。
過去と現在が交錯する、ちょっとファンタジックで、シニカルな面もある物語。そんなに心が動くわけではないが、戦前と、現代と上手にからめて、オチをつける。技術的だけど、ほんのりと感動する。梨木香歩一流の筆致だろう。
長く濃い作品の次に読むにはベストの本でした。
又吉直樹「火花」
機会があってひょいっと読んだ。漫才師の若者、情熱と葛藤。思ったよりもストレートだったな。
売れない若手漫才師の徳永は、熱海の花火大会で漫才をやった後、同じ会場で出ていた年上の神谷と飲みに行き、意気投合する。しばらくして、徳永のいる東京に、神谷も移り、頻繁に飲みに行くようになる。
多くは徳永と神谷のつきあい、会話、関係性が描かれている。売れない若手のお笑い芸人の想いや、キツい現実もさらされる。先輩後輩の間柄も、現実も、成り行きも、そうなんだろうなあ、という感じだ。
ある意味独自のストーリー。季節感も、物事に対する感覚も、滲み出てくるものも、興味深くはあった。
福岡に帰った時に、読むものがなくなってコンビニで買ったけれど、夜は子供の相手をしながら沈没し、帰りの新幹線は爆睡で、結局帰って来てから読んだ。
豊島ミホ「ぽろぽろドール」
最初は暗くて気持ち悪いな、と感じていたのだが、読み終わる頃には、ほおーという印象だった。興味深い。人形にまつわる、短編集。
鎌倉にあるおばさんの広い家。おばさんの部屋には、天蓋付きの豪華なベッドと、大きな、少年のような人形があった。小学生の私は、おばさんの急逝後、顔を叩くと、涙をこぼすそのからくり人形を貰い受ける。
(「ぽろぽろドール」)
小学生から大学生まで、様々な年代の女子たちの物語に、人形たちが登場する。最後の一編のみ、男子が主人公。
あとがきにも詳しく触れられているが、ひとつ貫いているのが、容姿へのこだわりだ。作者は容姿の良し悪しによって決まるヒエラルキーに、特別な感情を持っている。きれいな容姿を持たない者の想いを、強く心に留めている。
そして、この人に惹かれる要素というのは、胸にある歪んだ感情を物語の中で解決しないこと。物語というのは、問題があって、それを困難の末克服し、成長する流れが一つの定型だったりするし、私もそういう姿にけっこう感動したりする。でも誰もが胸のどこかに抱えていて、わだかまっている感情は、そう簡単にほぐれないとも思える、いやそう知っている。
そういった部分は、正直で、リアルに思える。誰も口には出さないけれど、どこかに必ずあるだろう、と。
もちろん歪みまくったいやな話ばかりではなく、いろんなパターンがあるし、短編らしく思い切ったシチュエーションや成り行き、突然終わるブレイクもある。好みはあるし、この本そこまで話題になってないと思うが、なかなか考えさせられ、興味深かった。
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