
暑かったり寒かったりの10月。ある程度バリエーション豊かに読めたかな。ではレッツゴー。
村田沙耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」
確かに人を捉える熱は、あるようだ。一気に読んで、しばらくぶりに深夜になった。芥川賞作家の傑作。
開発途上のニュータウンに住んでいる小学4年生の谷沢結佳は、習字教室で一緒の伊吹陽太と仲良くなるが、学校では親しいところを見せたくない。ある日、立ち寄った公園で、アダルトな雑誌を目にした伊吹の恥ずかしそうな反応を見て、結佳の心にある種の快感がこみ上げる。
物語は、小学校時代から、中学生へと流れていく。自分の中学生時代を、久しぶりにじっくり思い出してみた。私は、上の階層(笑)では無かったから「幸せさん」じゃないけど、持ち前の鈍感力(笑)で、気にしてないところがあったなと思う。もちろん、子供らしい葛藤はあったし、身の置きどころを計算するのは、誰でもそうだろうと思う。
ネタバレしないように書くのは難しい。確かに小学校時代は幼く冒険的で、中学生の時は、周囲が荒れていたり、悩みをかかえたりと混沌としていて、高校になると周りが一気に大人になった感じがした。若さに幼さが混じるエネルギーが極端に出ていたのは、やっぱり中学時代だったろうか。なにかその空気感が、緻密に醸成されている。確かにあった、と思わせる様に描かれていて、読者はそのリアルさに反応しているのではないだろうか。
女子特有の世界が延々と展開されていて、男子には、なかなか分かりにくい部分である。その中で、暴走するエネルギーを秘めた主人公が残酷な現実に向き合う。ある意味大変な話で、心理的に、確かに息が詰まる感覚だ。
最初は正直ページが進まなかったのだが、中盤から後は読む手が止まらない感覚を味わい、押し切られていた。熱の高さは確かにあるし、難解でない文章で、刺激を生み出し、面白みとクセを引き出す能力に長けた作家さんと言えるだろう。暗喩と暗合も面白く効いていると思う。生々しさはともすれば行き過ぎとなるのだが、怖れない姿勢が見える。
まあ男子の目線からは、救いが用意されているところが少女マンガチックだな、でも良かったと正直思えてしまうのだが。
なるほど、女子と男子の読み方は、違うだろうな。
ニュータウンものは過去にいくつも読んだことがあり、パターンは変わらないな、ということもあるが、そこも怖れてないと思わせる。うーん、まあ、も少し読んでみよう。
久保俊治「羆撃ち」
就職の代わりに猟師になる道を選んだ作者の自伝。いやー緊張感に痺れる。怖いし。かなり面白かった。
日曜ハンターの父に育てられた作者は、地元の大学を出た後、北海道で猟師をして暮らすと決める。羆猟、シカ猟期には、雪山でのビバークも辞さず、延々と山で猟を続ける。やがて、一人前の熊猟犬を育てようと、フチという牝犬を飼う。
初めての羆猟の緊張感、その後に描かれる自然とのやりとり、執拗な追跡の後の獣との対決はリアリティにあふれ、怖いほどの北海道の自然を迫力を持って追体験させてくれる。
食料は米と調味料はあるがほぼ現地調達、寒い中雪を溶かし砂糖を加えた白湯を飲むところなんか実に美味そうだ。獲物を仕留めた後の動きも事細かに描写してあり、身体の奥にあるものを刺激する。
作者は1947年生まれだから、1960年代から山で1人で猟をしている、ということ。やがて牧場主となり、家族を持ったらしい。娘をシカ猟に同行して現地調達でメシを食い、やがて地元の放送局が興味を持って、その様子をロングランのドキュメンタリー番組にしたとのことである。
いまちょうど回顧展をしているが、私はアラスカ在住の写真家、故星野道夫さんの作品が好きで、全作品を読んだ。また、小説でも、どこか猟師ものに惹かれてしまうところがある。この作品も、羆ものの小説の解説に紹介してあったのをメモしておいて探した。
読む分にはいいけれど、色々な意味で命の危険が現実的にある北海道の山深くに入るなんて、とても怖い。だから惹きつけられるのだろうか。星野氏もよく単独行をしていた。
猟ものの作品は多くあると思うが、今回はかなりシビれる部分が多かった。また、フチとの別れには感動して泣けた。
巻末の解説は女性の方が書かれているが、女子でもこの作品、血が騒ぐ部分があるらしい。
やはり自然ものは今後も折に触れ取り入れて行きたいな。
3つの作品それぞれに、ピアノ曲が使われる。解説の角田光代さんいわくの、「魅惑的」。今回はちょっとやられた感あり。
中2のぼく、智明、ナス、じゃがまると章くんはいとこ同士。夏休み、新潟にある章くんの別荘に集まって過ごすのが毎年の楽しみだ。しかし毎年、寝る前に章くんの好きなクラシックのCDを強制的に聴かされるのが苦痛だった。ぼくは、ふとした事で、一つ年上の章くんに反感を抱く。(子供は眠るーロベルト・シューマン〈子供の情景〉より)
森絵都らしく、児童文芸である。いずれも中学生が主人公。キツい刺激や設定があるわけではない。今回は、よく似た話かな、とも思う。ちなみに2つめ、「彼女のアリア」はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」、3つめの表題作はエリック・サティが味付けのピアノ曲。音楽好きの私は、いいかも、とチョイスした。
2つめはけっこういいけど、3つめはちょっと変わってるなあ〜、作品的にはフツウかな、とやや冷めた思いで読み進んでいたら、終わり近くで、なぜか感動した。不思議な感じ過ぎる。成長期と、あまりに短い、少年少女の1年。印象深いが、すぐに終わり、自分も周囲も変わっていく。
児童文芸の王道だが、それを、森絵都流に、テクニカルで感覚的に創った小宇宙に取り込まれた時に、やられた、と思うのかも知れない。
やばい、今年が明ける時にはもひとつかなと思っていた森絵都の存在感が、私の中で増している。
阿部智里「烏に単は似合わない」
史上最年少、20才で松本清張賞を受賞したファンタジー推理作品。書店でもけっこう目についた本。ふむふむ、てな感じだった。
「金烏」の一族を宗家とする八咫烏の世界。住人は普段は人の姿をしているが、瞬時に烏に身を変えることが出来る。宗家を支える東家、西家、南家、北家から、若宮の后候補として直系の姫が1人ずつ集うことになり、東家は兼ねてから予定されていた双葉の代わりに、箱入り娘の二の姫が登殿する。
物語は、のちに「あせび」と名付けられる東家の姫を中心に進む。各名家の、それぞれアクの強い姫とその後見人が、絢爛豪華な宮で、激しく凌ぎを削り合う。そのような中、事件が起きる。
まあ、やはり最初は想像力の限り事件と冒険が繰り広げられるものだと思っていたが・・女子色の濃い小説であり、さらに本格推理小説のような謎解きが行われる。ちょっと予想と違った。
設定が魅力的ではあるが、それを活かし切ってない気もするし、詰めや整理がもひとつ、かな。ただ、描写にも、細部にも、膨大なエネルギーを感じるのは確かだ。次作も同じ設定の続編らしいので、いずれ読んでみよう。