ひと月というのは早いものだ。7月はよく読み進んだし、色々な事があったものだが、だいぶ早く過ぎたような気がする。
葉室麟「風渡る」
先頃直木賞を受賞した作家の作品。受賞作は「蜩ノ記」である。「風渡る」は久々の時代劇で新鮮だった。時は戦国クライマックス、主人公は希代の策士、黒田官兵衛と、異国人の容貌を持った日本人修道士、架空の人物ジョアンの2人。時代と権力者によって翻弄されるキリシタン達の姿を描く、といったところか。歴史小説は、そうでない作品とはまた評価の基準が違う部分が有るようだ。日本におけるキリシタン、という部分は知っているようでなかなか知識を得る機会も無いので、本能寺の変、秀吉の権力奪取、名うての武将が続々登場する、という舞台装置と相まって、面白く読めた。
三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ
�栞子さんと奇妙な客人たち
�栞子さんと謎めく日常
�栞子さんと消えない絆
大人気シリーズとなり、出版社の部数記録を塗り替えた作品。北鎌倉にある古書店。そのオーナーの栞子は、若いながら、書籍のことなら無類の知識を持ち、弁も立つが本以外は極度の恥ずかしがり屋。ひょんなことから古書堂で働くことになった無職の五浦とともに、古書にまつわる事件、問題を解決していくが、思わぬ危険も招く、という話。
以前、美術ミステリーを読んだが、構成はそれに近く、古書をベースにハートフルな問題がいくつか展開される。主人公は、いかにも男性が守ってやりたくなるような感じの設定で、「萌えアニメ」すら想像させるので、実は女性受け悪いんじゃないかと邪推してしまう。古書、というのがやはり古めかしいだけに、なのか、文体も平易で、展開される問題なり事件は難解では全くない。
栞子さんはこの巻では入院していて、いわゆるロッキングチェア・デテクティブ、安楽椅子探偵役なのだが、こういうケースにありがちな、不自然な切れ過ぎ感、北村薫流に言うと「神の視座」に立っているのではと思わないでもない。
しかし、本がテーマ、というのは面白いものだ。古本業界のことなども描かれていて興味深く、ライトノベルのわりに新機軸で奥が深いと思う。シリーズ3巻まで出ていて、すらすらと読んでしまった。次が楽しみだ。
高野和明「ジェノサイド」
いやあ、タイトルだけで暗澹たる予感がしたのだが、軍事もので、描写が残酷で、その一方難病の新薬開発の方はなかなか難解で、また突飛な物語でもある。ハードで分厚い一冊であったが、一気に読まなければと3晩で読み切った。
この方の作品では、江戸川乱歩賞を取った「13階段」を昨年読み、個人的年間ランキングでも上位に入れた。よく調査している、といつのが伝わってくるし、テーマも重めである。
今回の作品では、感想らしい感想を出すのは難しい。ハードだったな、というのが最もピタリとくる。色々知識を仕入れることは出来たが、オチがどうも突飛である。もちろん突飛な仮定というものはそれなりに面白く、ふううむ、となってしまうのではあるが。
もうひとつ、前作を通じてだが、意図的にそうしているのか否か、作者自身に、ジャーナリスティックに主張したいような意見が有るように見えるのも特徴か。それはやや、物語の邪魔になっている感がないでも無い。
百田尚樹「永遠の0」
零戦、特攻の話である。主人公として出てくるパイロットが実在の人物かどうかは分からない。途中は泣ける。最後もうまく閉まるが、どうもステレオタイプ、という感じが抜けきれない。よく調べてあるし、日本軍首脳はやはりダメだったのだろうし、主人公の懊悩も表現されているのだけれど、きれい過ぎるような気がする。カウンターパートの新聞記者も、ちょっと弱過ぎるきらいがある。物語、ということを意識し過ぎなのかな、と。ただ途中は泣いた。当時の状況も、おそらく本物の元パイロットが言っていることもよく分かった。
ローリー・キング「シャーロックホームズの愛弟子 バスカヴィルの謎」
ホームズとその妻ラッセルが、あまりにも有名な「バスカヴィル家の犬」の舞台、ダートムアの地で魔犬の噂と陰謀に立ち向かう。
最初の電報といい、夫婦で「ホームズ」「ラッセル」と呼び合っていることといい、なかなかシャーロッキアン的にはくすぐられる。
ちなみに、最初の電報とは、かつてホームズがワトソンに当てた「ツゴウガヨケレバコイ、ツゴウガワルクトモコイ」のもじりであり、ホームズとワトソンは、どんなに親しくなっても、ファーストネームではなく、お互いのファミリーネーム、姓で呼び合っていた、という事実に基づくものである。
しかしながら、相変わらず、ラッセルの女の子らしい心の動きを中心に描いているせいか、明らかに不必要と思われる叙述も多く、もっと早く展開出来るやろ、と思う。やはり愛弟子シリーズは・・って、ここのところパスティーシュは同じような嘆きが多いな。私はシャーロッキアンとしてミーハーなのだろうか(笑)。
川上弘美「センセイの鞄」
人に薦められた本である。2001年の作品で、谷崎潤一郎賞を受賞している。ウィキペディアによれば、当時ベストセラーにもなったそうだ。飲み屋で偶然再会した、老いた教師とその教え子の中年女性の物語、である。
老教師には、どこか「天才柳沢教授の生活」のような色が漂う。このマンガは男性誌に不定期連載されているにも関わらず、女性受けが非常に良い印象を持っている。
女性は、ある意味等身大、社会的にはなんら不足も無いが、結婚もせず、何かしらに強い情熱も持てず、気持ちを素直に出せないタイプ。この基本的に情熱皆無、というのは、ある意味現代の女性に横たわる感性のような気がしている。
悪く取らないで欲しいのだが、無理して何かに情熱的になる必要は無い、自分らしくありたい、冷静で社会的な反面、内向的な自分がちゃんと有る、という性向は女性だけでなく人間一般のものであると思う。そこでもがく事を好む人も存在するような気がする。しかし、理解して欲しい、自分の内面を解放したい、という強烈な願望というのは、必ず隣り合わせて有ると思う。それはセンセイも最終的には、同じなのであろう。
悪くはない恋愛も、無いと寂しいが、決してベストでは無い。ベストに飛び込むにはリスクを伴うが、そちらを選んでしまうのも、また女性というものだ、といえば言い過ぎか。
何やかやと、現代の縮図のような主人公の女性の設定と、その内面の描き方と、センセイとの理想的な関係に、読者は強烈に惹かれたのではないかと思える。丁寧さと、素朴さ、最後のスピード感と切なさを持ってすれば、この作品の評価が高かったのも頷けると思う。
7月は、8冊。夏は去年もよく進んだ。8月は、どうだろな。
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