◼️Authur Conan Doyle
「The Adventure of the Solitary Cyclist
(美しき自転車乗り)
映像的に良い印象を残す物語。
ホームズ原文読み、18作め。私的に1つのピークと見ている第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還」に収録されている話です。
荒涼としたイギリスの田舎の長い道を2台の自転車が走る、絵画的にも映像的にもイメージしやすく、位置関係もなにやら示唆するような興味深さがあります。
最近だいぶ長くなっているのでコンパクトめに。
1895年4月23日土曜日の夜遅く、背が高く若く美しいヴァイオレット・スミス嬢がベイカー街を訪ねてきます。話を聞いてもらわなければ帰らない、といった決然とした雰囲気があり、多忙を極めていたホームズも話しぶしぶを聴くことにしました。とはいえ観察と推理を愛するホームズはさっそく彼女が自転車を常用しているピアノ教師だと見抜きます。
聡明で落ち着いているヴァイオレットは自分の身の上と奇妙な出来事を話します。
最近帝国劇場のオーケストラ指揮者だった父親が亡くなり、南アフリカに行ったラルフ・スミス叔父も25年間消息不明で、ヴァイオレットは母親とともに困窮します。
4ヶ月前、ヴァイオレットたちに連絡を乞うという弁護士の広告が載り、誰かが遺産を遺してくれたかもと期待して出掛けていった先で、ヴァイオレットは2人の男と出逢います。年配の礼儀正しいカラザースと、若く野卑なウッドレイでした。2人は叔父の南アフリカの友人で、彼が数ヶ月前、ヨハネスブルクで赤貧のうちに亡くなり、その際姪っ子たちが経済的に不自由してないか確認してほしいと頼まれたとのことでした。
自分に絶えず色目を使うウッドレイの汚らわしさを思い出し、ヴァイオレットは思わずもらします。
I was sure that Cyril would not wish me to know such a person.
「きっとシリルはあんな男と知り合いになってほしくなかったと思いますわ」
ホームズは、彼氏なんですね!と突っ込み、ヴァイオレットは電気技師の婚約者がいると赤くなって打ち明けます。
カラザースは紳士的で、お金に困っていることを知ると、自分の娘の音楽教師として年100ポンドで雇うと提案します。こうしてファーナムにあるカラザースの屋敷に平日は住み込み、週末にロンドンの実家へ帰り、月曜日にはまた勤め先に戻る生活が始まりました。
ヴァイオレットはカラザースのチルタン屋敷からファーナムという駅まで6マイルの道を自転車で行き来します。土曜日は駅まで行き、月曜日には駅から屋敷まで帰ります。片側はチャーリントン荒野、もう片側はチャーリントン屋敷を囲む森で、寂しく人気のない、1マイル以上の一本道があります。
ところが2週間前、おかしなことが起こります。駅に向かう途中でふと振り返ると、200ヤードほど後ろに、やはり自転車に乗った中年の、ダークスーツに帽子、黒いあご髭の男が見えました。駅に着いて、見てみるともういません。この時はなにも思わなかったのですが、帰りの月曜日、それから次の土曜日、月曜日、駅への行き帰りに男は同じように現れました。近づくことはなく、遠くから着いてくるだけですが、ちょっと気持ち悪い。カラザースに伝えると、馬と馬車を用意すると言います。しかし今朝土曜日までに馬車は届かず、また自転車で駅に向かうと男が同じように着いてきました。
快活で行動的なヴァイオレット、どういうことなのかという好奇心も手伝って、急いだり、ゆっくり走ったり、止まったりしますが男もペースを合わせ、近づいてきません。カーブで待ち伏せをしますが、男は現れず、道を見てみるとすでにいませんでした。目立った脇道もありません。
ホームズは、たぶんそれはチャーリントン屋敷の方へ向かった、との見方を示します。そして質問が。
Have you had any other admirers?
「あなたには他に求婚者がいますか?」
ヴァイオレットはシリルと知り合う前は何人か、そしてあのウッドレイに迫られました、と。ホームズは他には?とさらに突っ込みます。
困惑しつつも、ヴァイオレットは、雇い主のカラザースさんが自分に好意を持っていると告白します。
He has never said anything. He is a perfect gentleman. But a girl always knows.
「彼は決して何も言いませんでした。完璧な紳士です。でも、女はいつでも見抜くものです」
ホームズは深刻な顔を見せつつ、何か進展があったらお知らせください、とヴァイオレットを帰します。
there are curious and suggestive details about the case, Watson.
「面白く示唆的なところのある事件だよ、ワトスン」
ホームズは言います。チャーリントン屋敷に誰が住んでいるのか、全く違ったタイプのカラザースとウッドレイの関係はなんなのか、2人はどうしてラルフ・スミスの親類をそんなにも熱心に探し出したのか?家庭教師に相場の2倍の給料を支払うのになぜ馬も馬車もないのか。駅から屋敷まで6マイルもあるのに。
Odd, Watson – very odd!
忙しいホームズは、ワトスンに次の月曜日の朝、調べてきてくれと言います。シリーズ中、また長編に何度かワトスンの単独調査は出てきますね。
かくして月曜日の朝、ワトスンはファーナムの田舎に出向きます。
ハリエニシダの茂みに身を隠したワトスン、黒い髭の男が駅から来たヴァイオレットを追うのを目撃します。なんとヴァイオレット、いきなり急転回して男を追い始めます。必死に逃げる男。なんかコミカルです。やがて女は勤め先へ向かい、男はチャーリントン屋敷の方へ消えます。ワトスンは不動産屋に寄り、ウィリアムソンという立派な初老の紳士が借りていることを突き止めて意気揚々と帰ります。
しかし・・報告を聞いたホームズは冷酷でした。
You really have done remarkably badly.
「君は本当に下手なやり方をしたもんだ」
ようはヴァイオレット嬢の話を裏付けただけで、謎の男の顔を近くから見ることもせず、地元のうわさ話も拾わず、途中の屋敷をウィリアムソンって初老の男が借りてるという役に立たん情報を持ってきただけ、というわけでした。
ヴァイオレットからは、カラザースに結婚を申し込まれたが断った、ちょっとヤな空気ですと手紙で言ってきます。
I should be none the worse for a quiet, peaceful day in the country
「静かで平和な田舎の一日も悪くないだろう」
ホームズ今度は自分で出かけます。
が、唇は切れ、変色したこぶを作って夜遅く帰ってきます笑笑。こぶ、はlumpですね。
ホームズは地元のパブに行っておしゃべりな主人に聞き出します。ウィリアムソンは聖職者だったようだが、週末には大抵a warm lot「短気な野郎たち」が屋敷に集まってるようだ。特に赤い口ひげのウッドレイというやつは毎回来る、と。
ところがウッドレイが同じ酒場にいたのです。裏拳を避けそこなったホームズでしたが、そこはボクシングの達人、左ストレートでノックアウト。ウッドレイは荷車で運ばれます。しかしここまで。ホームズも結局たいした収穫はありませんでした。
ヴァイオレットからまた手紙が。カラザースのところを辞めることにしたと。次の土曜にロンドンへ戻ったらファーナムは行くつもりはない。カラザースは馬車を買ったので危険はない、と。加えてカラザースの家にウッドレイがたびたび来るようになったと書かれていました。
There is some deep intrigue going on round that little woman, and it is our duty to see that no one molests her upon that last journey.
「あの女性の周りに何か深刻な悪巧みがうごめいている。そして、彼女の旅立ちを守ることは僕たちの責務だ」
2人は土曜の朝、ファーナムへ出かけます。ワトスンは、この事件を深刻だと受け止めてなかったと告白しています。たしかに現象面だけ見れば、若い美人が関心のある男に遠くから追いかけられた、危害を加えるどころか近寄ろうともしない、とも考えられます。
ところが・・2人が歩いていると無人の馬車がこちらへ向かってきます。しまった!ホームズたちは馬車に乗り込み、道を急ぎます。すると目の前にあの、自転車の男が現れ、ピストルを取り出して止まれ!かなり慌ててます。やがてどちらもヴァイオレットを探してるとわかり、男の先導で3人とも走ります。生垣からチャーリントン屋敷の敷地内、足跡がある方へ。
すると、
a woman's shrill scream – a scream which vibrated with a frenzy of horror – burst from the thick, green clump of bushes in front of us.
「女性の甲高い叫び声、恐怖に錯乱した絶叫が空気を震わせた。それは我々の前にある密集した低木の向こうから聞こえた」
こっちだ!と走ると前が開け、芝生の空き地に飛び込みました。するとそこには、大きなカシの木陰に、ぐったりとした女性、口にハンカチを巻き付けられたヴァイオレット、残忍な顔の赤ひげのウッドレイ、法衣を着た老人の3人がいて、明らかに結婚式を終えたところだった、と書いてあります。なんちゅーか、とても異様な光景です。
得意そうに近づいてきたウッドレイに変装のあご髭をむしり取ったカラザース。
I told you what I'd do if you molested her
「もし彼女に危害を加えたらどうなるか言ってたな!」
とウッドレイを撃ちます。ウッドレイは倒れ、法衣の老人が逆上してピストルを抜きますがホームズも銃を構え、叫びます。
Enough of this「もうたくさんだ」
Drop that pistol!「拳銃を捨てろ!」
You, Carruthers, give me that revolver.
「カラザース、拳銃を渡せ」
あんたいったい誰なんだ、
僕は、シャーロック・ホームズだ。
なんだって!
というやりとりがあった後、ホームズはこの場を仕切り、警察を呼びます。偽の?牧師は汚い言葉で悪態をつきます。
カラザースとウッドレイは、実は財産があったヴァイオレットの叔父ラルフの命が長くないこと、読み書きができないため遺言状はないことなどから遺産を継ぐであろう女性と結婚してその富を自分達のものにしようと画策した、トランプで賭けに勝ったウッドレイが結婚することになった。しかし、カラザースはヴァイオレットを愛してしまった。だから計画から離脱した、カラザースはウッドレイがヴァイオレットに危害を加えはいけないと監視していた、のです。偽牧師は帰国後計画に引き込んだのでした。
牧師ウィリアムソンとウッドレイは誘拐と暴行でそれぞれ7年と10年の懲役、カラザースはおそらく情状酌量で軽い量刑を受けた。そしてヴァイオレットは巨額の財産を相続し、彼氏シリルと結婚した、という物語でした。
タイトルは「The Adventure of the Solitary Cyclist」直訳すれば「孤独な自転車乗りに関する冒険」このサイクリスト、がカラザースを指すのか、ヴァイオレットか、は議論があるようです。文中にはカラザースを指すと思われる部分もあります。まあただ私的には「美しき自転車乗り」がやっぱいいかなと思います。人口に膾炙しているか、タイトルとしてイケてるか、を取りたいですね。
さて中身ですが、ちょっと荒っぽく、女性のことを考えない成り行きは印象がよくなく、ホームズの推理力、捜査力が発揮されたりする場面も、あっというトリックもありません。また、こんな結婚式認められるわけないやん、という根本的な疑問もあります。細部も明らかにされないところがあります。
一方で快活で美しく聡明なヴァイオレットが、当時の外出着のドレス、帽子を身につけ自転車に乗る姿は鮮烈な印象を残します。またホームズのボクシングの腕前が発揮されているのはスカッとするところですね。
ホームズものの特徴である、海外の植民地と謎が絡む作品のひとつです。
私的にはやっぱりヴァイオレットの魅力と、自転車の2人の距離感がけっこう好きですね。
ちなみに、すでにこの時代の自転車はチェーン式となり、異常に大きかった前輪も小さく、乗りやすくなっていました。男性も女性も遠乗りするのが流行っていたそうで、女性が1人で寂しいところへ遠出する危険性も指摘されてもいたそうです。時勢に合ってたんですね。
同じ月で2つの話についてアップするのは初めてかと思います。実際は月のアタマに読了し、そこから次を読んだ、という読む期間の巡り合わせが大きいのですが、短編全体の1/3に達するかというとこで、ちょっと読むのが楽になってきた感もあります。
ドイルが使う言葉、単語の意味が分かってきたこと、文法で悩むことが比較的少なくなってきたこと、調べてみたら意外な意味を発見して嬉しかったりすることが増えた、という要因があるかな・・とも思うのですがまだまだ難しく、訳文がなければ迷うであろうことも多い。次に見えてくるものを愉しみに続けようと思います。