2020年6月26日金曜日

6月書評の1







ヤマボウシが咲く季節なのか。カエルのオブジェはなかなかヒット。

緊急事態宣言は解除され、私も基本出社。しかしテレワークも挟み込んでいる。古いのか、どちらかというとテレワーク苦手である。

◼️川端康成「たまゆら」


これだなあ、と思いながら読む。うまくいかない男女の機微を、絶品の文章で。


図書館が開いたのでさっそく借りてきた。実はNHK朝ドラに川端が書き下ろした同名の作品と思っていたので短編集、というのにびっくりして、収録の短編とはまったく別作品ということを知った。でも、この短編集、馥郁として実に心になじんだ。


長くとも20ページほどの話が10篇収録されている、著者自選、昭和30年出版の短篇集。さまざまな設定で、いずれもうまくいかない男女の機微をモチーフとしている。


再婚した夫とは、どこか噛み合わない京子。死んだ前の夫は病気で寝たきりとなり、京子は鏡台の鏡を外して、夫に外の風景を見せていた。畑仕事をする京子を鏡の中で見ていた前夫。高原での療養中、鏡を間に置いた前夫との儚い日々を想い出す京子。ある日妊娠が分かるー。(水月)


冒頭のこの作品は鏡という妖しさ、奥深さのある小道具を上手に使って彩りのある過去の世界を作り上げている。


ラストの表題作、「たまゆら」も勾玉が触れ合って発する微かな音を中心に置いている。川端の短編ではある物、ことを支点に展開する話はよくあるが、殊に冴えが感じられた。


その話の作り方と同時に、今回色の対比の文章に目が止まる。


「私は箱根で萩を見ても、堀端の夜の薄赤い萩とほの白い月子の手を、さっそく思い出すにきまっている。」(明月)



「川岸の柚子の葉の色濃いそばに柿の若葉が明るかった。」(故郷)


「オレンジ色の空が火山灰でも降るように垂れていた。その空の裾には紫色がにじんでいた。町の電燈だけが生き生きとしていた。」(小春日)


柿の若葉、はわずか数日の間。山の新緑が落ち着く頃、黄緑の葉が一斉に繁り、すぐに深緑となる。そして黄色の花が咲く。


物語進行の間に風景描写が挟まるのはふつうのこと。ワトスン君もホームズ物語の中で何度も印象的な描写をしている。今回は、短篇といういわば行きずりに触れる形式の、微妙な物語の中ですっきりとした印象や妖しメッセージをこちらに放つ。色、は空想の強い構成要素で、今回さりげなくもより鮮やかに思えた。


まあここのところごてごてしたミステリーや軽い随筆が多かったので、よく練られてかつ感性をくすぐる小説たちに再会し、頭と心が潤った思い。これこれ、この感覚だよ〜と嬉しくなった。



◼️京極夏彦「今昔百鬼拾遺  河童」


整然の真逆を行くミステリー。でもラストで納得感があるのはさすが。


先日読んだ「天狗」のシリーズをたまたま入手。出版は「鬼」、「河童」、「天狗」の順だとか。また著者の百鬼夜行シリーズのスピンオフのような作品だという情報もあり、登場せずに名前だけ出てくる人物の、雲をつかむような情報と、「百鬼拾遺」というタイトルにも妙になるほどと思ったりした。


昭和29年、千葉の田舎の川で次々と水死体が上がる。死体は頭部に打撲痕があり、また意図的にベルトなどが切られ、いずれも尻を出した状態だった。折しも男風呂ののぞき魔事件があり、尻を触ったり尻子玉を抜くという河童伝説を思い出させる状況だった。実家が千葉の女子高生・呉美由紀は現場付近を訪れ、新たな水死体を発見する。


さてこの話、最初は元警察官で探偵事務所に勤める益田が粘っこい口調で事件のあらましを語り、関係者も多く、すっきりしないうちにどんどんと展開していく。まあ間違いなくわざと混沌とさせていて、ラストの謎解きを際立たせている。また河童伝説は詳しい変人の先生も出て来てから騒ぎの内に色々な知識が並べ立てられる。先の戦争前後の限界集落と河童の話が相まっておどろおどろしい中に、コミカルさと、黒さが垣間見える。


この作品の前に読んだ宮本輝「草花の静かな誓い」が、現代アメリカのセレブ社会を舞台にして、ごく整然としたミステリーだったから、真逆の構成に笑ってしまったというか。「百鬼夜行」のファンには楽屋落ちネタも多いようだ。


天狗、鬼とも物語が奥に内包している社会状況などはどうもしっくりこないものがあるのだが、やや衒学的でありながらもエンタテインメント・ミステリーとして立っているのは間違いない。


ちょっと見分かるような分からないような複雑な事件を作り、漂う妖しい雰囲気の中、納得感ある謎解きを提示して見せるのはさすが、という感に今回打たれた。でも残る「鬼」を探して読むほどではないかな。

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