2020年5月30日土曜日

5月書評の6







ステイホーム中は、街に降りるのも週2回くらい、本屋も図書館もお休みだった。そんな中、意外に活用できたのが、地元の「本の交換棚」。2冊置いたら1冊持って帰れるシステムで番人がいるわけではないが、ブックオフ等に売れないようカバーは外されている。

ただのどこにでもある本棚。だけどこれがなかなかいい本、また比較的新しい新刊文庫が発掘できるのだ。本の始末にもなるし、かなり重宝している。また基本自由なのがいいですね。

おかげで目標の積ん読解消ができなかった笑。

◼️長野まゆみ「宇宙百貨活劇」


たまに長野まゆみの世界に入りたくなる。宇宙、気象、鉱石、鳥不思議な飲み物食べ物に美少年。


今回主人公の少年たちは、著者にしては幼いかも。10才よりまだ下かもしれない。美少年ものではほとんど女性を出なさかったりするが、さすがに幼いからか、お母さんも重要なキャラクターだ。


ミケシュとロビンは双子の兄弟。シティでは月の祭、ムーンフェスタが開かれ、シフォンに蜂蜜を溶かしたムーンケーキを売る露店の天幕テントが並び、子供たちはみんな、光る石をいれた、特別のカネット壜入りソォダ水を買ってもらう。ムーンドロップというそのソォダ水、中の石は柘榴石ガアネットに似て、黄色く透徹ったすきとおったガラス玉で、炭酸に科学反応し、夜道ではランプの代わりになるくらい煌く。ロビンと大ゲンカしていたミケシュは、大きな月ロケットがある広場で、ロビンと出会う。

(ムーンドロップの夜)


まあちょっと長野まゆみの文章風にあらすじを書いてみた。独自の世界を構築し、主人公の少年たちを存分に動かして不思議な冒険をさせる。少年ならではの葛藤も、なんか外国の寄宿舎もの少女マンガっぽく織り込まれたりする。ショートショートといってもいいくらいの短くかわいい話が15篇。「南の島のドロップ」「月うさぎ」が良かったかな。


この人はとにかく宮沢賢治好き、つまり鉱物好き、天文、気象、植物、鳥などが好き、ひと頃のさだまさし以上に文豪風当て字的な漢字好き。自分でも当て字を感覚的に作ってしまうようだ。


さらには、私が知る限り桜庭一樹も相当なものだが、この人もまた変わった名前好きでもある。「黒蜜糖」とか「銀色」とか「蜜蜂」とか。そもそも代表作の「少年アリス」もなんか逆説的だ。まあ名前が発する薄いオーラがまた物語の青くて甘い不思議さかげんをいや増してて好ましいのだけれど。


その辺は、今作の全体の3分の1を占める約60ページにもわたって「言葉のブリキ罐」と題して自ら解説している。巻末付録とはとても言えない(笑)。やはり言葉と物語世界には強いこだわりがあるようだ。


ひとつスン、と胸に落ちたのは、「高校時代にヘッセの『デミアン』を読んで、卵から生まれる少年というイメージが私の中に定着した。以来、少年と鳥は強く結びついている。」という部分。「デミアン」はこむつかしくもあり、かなり不思議で、でも強い力を持った作品だった。宮沢賢治っぽいなと思わせる人気作「少年アリス」では主人公は黒鶫クロツグミに変身させられる。



作品には夢見がちな女性っぽい感じもするが、私は長野まゆみの独自世界とその筆致が気に入っている。こっくりとして味わい、彩り共にあり、個性という意味で一頭地を抜いていると思う。


たまたま当たった解題企画、相当楽しめた。まだまだ独走してほしい。



◼️ジェローム・K・ジェローム

「ボートの三人男」


叙事的な叙情、あれ?テムズ川の舟遊び。イギリスの代表的なユーモア小説で、日本の弥次さん喜多さんをもう少しイギリス田園的にした感じかな。


ぼくことジムと、ジョージ、ハリス、そしてぼくの飼い犬のフォックステリア、モンモランシーは、ロンドン南西のキングストン・アポン・テムズから北西方向のオックスフォードまでボートで遡ることにする。舟をロープで曳いたり、漕いだりして進む遡上の旅。海と違って陸地は近く、舟を留めて普通に上陸しながらののんきな行程。


スラップスティックな舟遊び劇。昔、「ブッシュマン」という映画があった。ボツワナの砂漠に住むブッシュマンに同行する白人の男がとんでもないドジで、しじゅう何かをひっくり返したり転んだりするドタバタコメディの面も強かった。まさにそれを思い出した。


ジョージもハリスもそして1人まともぶってはいるがぼくも、3人揃って準備から料理から、ホテル捜索、パイナップル缶を開けるのにもなにかとひと騒動を起こす人たち。さらにぼくの住む界隈で問題児の悪大将、でもどこかかわいげのあるモンモランシーも同じ意味で大活躍する。


ちょっと調べたが、web地図上ではキングストン・アポン・テムズからオックスフォードまでは直線距離でも70キロくらいに見える。まして蛇行する川なら100キロ強はありそうだ。2週間の予定の舟旅、まあ岸辺も歩くし街にも行くし、ホテルにも泊まることのある舟遊び、の雰囲気は余すところなく紹介されている。


途中でウィンザー城近く、ラミニード付近の小島では12156月、ジョン王によって起草された憲法の草分け、マグナ・カルタに遠大な想いを馳せる。それでいてボールターやクッカムの自然、またウォーグレイヴ、シップレイクの町の古画のような眺めなど、折々に美しい風景描写が挟み込まれる。終盤のストリートリーとゴアリング、風光明媚な街並みを両岸に見ながらの雰囲気もいい。


沢山の食料食材を買い込み、ストーブで料理しながら、ティータイムを楽しみながら、お酒を呑みながら、楽しい紳士の優雅さ漂うレジャー、時にシニカルな人生への見立ても織り込まれる。


この本を知ったのは鳥&自然マンガ「とりぱん」。著者漫画家の愛書だそう。


1889年、シャーロック・ホームズ活躍の時代に発表され人気となり、今日までポピュラーな名著とされ愛されている。ロンドンに生まれたジェロームは実際に3人で舟遊びをしており、自分も含めてモデルがいるとか。ユーモアを交えて、イギリスの田園風景の中を巡る美しく愉しくドタバタでライトな遊びは、一つの典型的な憧憬を読む人に生んでいるのではなかろうか。実際この作品が売れてから、テムズ川の貸し舟の数がかなり増えたらしい。


私もイメージ的に「眺めのいい部屋」なんかで見た緑濃い田園の輝きっぽい光景が浮かんだ。笑いと、皮肉と、美しい景色、歴史と人生がうまく織り成された作品は読んでてクスッとなったり、ふむふむと読み込んだり、絵画のような想像に浸ったり。


オックスフォードでターンし、今度は早い下りの旅だが・・自然の中で過ごしすぎた紳士たちは耐えきれなかったのであったー。ラストも秀逸。分かる分かる、という感じで読み手は微笑みつつ読了した。

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