◼️北村薫「中野のお父さん」
短編チョーほのぼのミステリ。「円紫さんと私」シリーズをキュッとお弁当にした感じ?
北村薫好き。読みたかった本。出版社に勤める娘・美希が持ち帰る謎を定年間近の国語教師であるお父さんが解いて行く。円紫さんと私の関係を親子にしたらさらにほのぼのした物語になったってとこかな。
文宝出版の新人賞の最終候補作に残り本命とも目されている「夢の風車」は大学事務職員の女性が主人公の作品。担当の田川美希は年配の男性作者に電話で選考結果を伝えるが、応募したのは一昨年だ、と告げられる。
(夢の風車)
同じ都内だが出版社の仕事の忙しさで、別々に住んでいる美希と両親。時々美希は実家に帰り、父親に謎について相談する。「夢の風車」の謎もすぐに、きれいに解ける。
2つめの、「幻の追伸」。文豪が女流作家から受け取った、直截な恋愛の手紙の謎解きは、面白くて鮮やか。文芸を愛する北村薫らしい作品。
この2作のほか「鏡の世界」「闇の吉原」「冬の走者」「謎の献本」「茶の痕跡」「数の魔術」の計8篇が収録されている。一見してタイトルは同じパターンがズラリ。「○の
△△」。趣向が凝らしてあるな、と。
「闇の吉原」は俳句と文豪の話、「謎の献本」も文豪同士がからむ。謎のほうは当初予想通り。
「茶の痕跡」は本をめぐる殺人事件。あまりハードな話ではない。これだけはミステリの方が勝っているような気がしたかな。ハードなテイストでは決してない。
先に「円紫さんと私」シリーズを引き合いに出した。おおむね文芸的な、ちょっとした謎をロッキングチェアデテクティブ的に丁寧に解いていく。題材がまあ小さいのと、お父さんの解答が早いのとで、その分コンパクト。悪くいえば広がりがない。
ただ文芸で知的遊びを楽しそうに提示するのも北村流か。散りばめた小道具も楽しかった。ドラえもんに詳しい女性が出てきたり、流行りのオイスターバーに行ったり。最近のブームであるランニングも積極的に取り上げている。個人的にビビッと来たのは「突然炎のごとく」。フランソワ・トリュフォーですな。リバイバル観に行った。
あと、文章。基本的に北村薫の一文は長くない。平明で透明感を思わせる文調。解説が真逆に言いたいことを連ねるあまり長い文章になってしまっているのと好対照だった。
「円紫さんと私」が長編のランチコースなら、「中野のお父さん」は新鮮な題材という美味しいおかず、いつもの北村薫風味という主食のお握りをキュッと詰めたお弁当かも、なんて思った。ちょっと例えすぎか。
◼️伊藤計劃「虐殺器官」
鈍く光る煌めき。力のある作品。
かつてよく思ったことだが、物語を超える力を発する作品は、確かにある。久々にちらと感じたかな。
近未来、9.11同時多発テロ以降、あらゆる認証システムで人間を監視するシステムが張り巡らされた世界。アメリカ軍暗殺部隊のクラヴィス・シェパード大尉「ぼく」は感情、痛覚などを調整されて紛争地域へ潜入し任務を遂行する。しかし紛争・虐殺のあるところに現れるというターゲット、ジョン・ポールは何度確保・暗殺しようとしても捕捉できなかったー。
クラヴィスの父は自殺、脳に損傷を受けた母の生命維持装置を外す決断をしたことで自分を未だに責めている。プラハにいるジョン・ポールの愛人・ルツィアと接触しジョンに捕らえられたクラヴィスは、虐殺を引き起こす恐るべき「文法」のことをジョンから聞くー。
大変人気のある作品のようで、こちらの書評の数に少し驚いた。
さて、未来のスーパーな装備に透明感さえある種々の認証システム、それに母性を求めるナイーブさと抜群の腕を持つ暗殺部隊員、虐殺の起きた地域での、絶望的な少年少女の環境。さらにさらに、彼あるところなぜか虐殺が起こるというロード・オブ・ジェノサイド、虐殺の王の存在という数々の設定がかなり魅力的。
インド、古都プラハ、アフリカと外国を訪れ、死地に身を晒す。しかもどんどん危険になってくる。趣向を凝らした設定と、主人公の心もようの独白が互い違いに織り込まれ、ストーリーに流れを生み出している。母のこと、今、少年少女兵をも平気で射殺する自分、ルツィアに自分を罰してほしい、という本能的な、論理的ではない想いも噛み合わせが良いと思う。
この時代の社会と軍隊のコントロールを科学的にも哲学風にも語る部分が時に理屈っぽいが、最後の方はすごく集中して早く読めた。
著者の若さと、才が見える作品。
大ネタの「虐殺の文法」は都合良すぎると思えてしまうかな・・。いや巷のSFではこの程度の都合良さはフツーかも知れないが、他のストーリー立てが精巧なだけに目立つのは確か。さらに、ジョン・ポールが「虐殺の文法」を行使する理由が、弱いかな、うーん、というところ。魅力的な設定を完全に消化しきれなかった感はある。
しかし、設定とストーリーが違和感なく強い吸引性を発揮していて、その向こうに独特の力というのが、ほの見える。偶然の一部かも知れない。
名作と思った作品でも一歩引くと、普通はツッコミどころがけっこうあるものだ。特に初期作品には。しかし、その煌めきを初読で感じることこそが、読書の醍醐味の一つかな、と思う。
面白かった。
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