2019年7月27日土曜日

7月書評の6

金曜の帰り道、きれいな虹の橋。いい気分になるよね。みな写真撮ってた。

日本近海で突然生まれた台風6号は勢力が台風と認められる最小のまま、紀伊半島東側を通って三重に上陸、1日足らずで温帯低気圧となった。わが兵庫県南東部はそれなりに台風の中心に近かったが、強い風は吹かず。雨も土曜の昼に、ザッと、どしゃ降りではないけれど傘ないとつらいねという程度の雨が短時間降っておしまい。午後は涼しく昼寝びより。ただ夜は暑い。

でもこれからは夏本番で予想気温が35度前後。ひと月経てば朝晩涼しくなってくるのでそれまでの辛抱だが、冷夏だった今年もついに盛夏の1ヶ月。山にはカナカナとひぐらしの声が響く。好きだな、毎年ながら。

頸椎症はまさに日にちぐすり。寝起きがつらい、起きると左肩甲骨が重力で引っ張られるような感じでしばらく痺れていたのが、程度がだんだん軽くなってきて、きょう土曜の昼寝後は痛くなかった。まだ朝のリハビリの際痛かったり、日中もピリピリ痺れたり、外出してても肩掛けバッグを下げてたら少し痛かったりして 完治とは言えない。

正直若い時の感覚だろうか、2週間で完治と思っていたら次週で発症からもう1ヶ月。大事に様子見だ。今週は佐々木の大船渡が岩手大会の決勝で負けたのがトピック。準決勝で120数球を投げ、決勝には登板せずに負けた。学校に200件くらいの電話抗議、スポーツ界では議論百出。でも的を射た意見は聞かない。

きょうは隣の市の花火大会。音はよく聞こえるが、学校の陰で花火は見えない。これから盛夏。


◼️「白楽天」


漢詩の妙。慣れてくると分かったような気になるから不思議。多少感銘を受けたりして。


源氏物語は白氏文集から影響を受けたと聞きかじり、取り急ぎビギナーズクラシックを借りてきた。


「長恨歌」「琵琶行」といった長いものは割愛とのことで、webで「長恨歌」を追加して読んだ。ふむふむ。


白氏、名は居易、字が楽天、は唐の時代の役人で、難関の科挙を突破し、さらに才能のある人を抜擢する試験にも合格、左拾遺という、天子が気づかないことなどを拾いあげ進言する重職まで歴任する。その後は政治の動きにも翻弄され、左遷され閑職に甘んじたり、中央官僚に戻ったりする。


地方赴任の間には民のために灌漑事業を行なったりする一方でプライベートな楽しみも充実させた。晩年洛陽に落ち着いてからは健康に気をつけ、75歳まで生きた。


白氏文集は830840年ごろ、まだ白楽天が生存中に日本にもたらされ、70巻本が貴族の間で大流行、菅原道真は詩作の範とし、「枕草子」「源氏物語」にも影響を与えた。


前置きが長くなったがその詩文を。漢文なんて高校以来だからまあ当たり前に苦戦した。


日高睡足猶慵起  

小閤重衾不怕寒


日高く睡り足りて猶お起くるに慵(ものう)し

小閤衾を重ねて寒きを怕(おそれ)ず


遺愛寺鐘欹沈聽

香爐峯雪撥簾看


遺愛寺の鐘は枕に欹(そばだ)ちて聴き

香爐峯の雪は簾を撥(かか)げて看る


日は空高く上がり十分眠ったのに起きたくない。

草堂の小さな部屋で布団をたくさんかぶっているので寒くない。

遺愛寺の鐘の音を枕を下に半身になりながら聴き、

香爐峯の雪を簾を上げて見る。



この後まだ四句あるが疲れるのでカット^_^

これは「枕草子」の場面で有名ですね。

皇后定子が香炉峰の雪はどう?と聞いて清少納言が(見えるわけないのに)御簾を上げて見る格好をする、という・・。


左遷先の江州で草堂が出来上がって満足している時の詩。この後ここが落ち着き場所だ、長安ばかりが故郷ではない、と詠じているが、閑居は求めていたものの、長安への深い思いが読み取れる詩になっている。


ちょっと漢詩は疲れるがもう少しずつ。


銀臺金闕夕沈沈

獨宿相思有翰林


銀台 金闕 夕べに沈沈(ちんちん)

独宿 相思うて翰林(かんりん)にあり


三五夜中新月色

二千里外故人心


三五夜中(さんごやちゅう)新月の色

二千里外 故人の心


銀のたかどの黄金の宮殿、ここ宮中の夜はふけてゆく。

独り翰林院にいて元君を思う。

十五夜の上ったばかりの月を見ていると

二千里かなたにいる友の心が伝わってくる。


810年、湖北省江陵に左遷された親友の元稹へ、翰林学士として長安にいた白楽天が送った詩の一部。三、四句の「三五」と「二千」、「中」と「外」、「新」と「故」が対応した見事な対句。映像的で、日本の古典には数え切れないほど引かれ、愛唱されてきたとか。


もひとつ。


蜃散雲收破樓閣

虹殘水照斷橋梁


蜃散じ雲収まりて楼閣を破り

虹残り水照らして橋梁を断つ


風翻白浪花千片

雁點青天字一行


風は白狼を翻して花千片

雁は青天に点じて字一行


雲が無くなって蜃気楼は消え、虹の橋が輝く湖面に消えかけている。

風が白浪をひるがえして無数の花となって飛び散り、雁が一列で青空を飛んでいくのが一行の文字のようだ。


蜃気楼を蜃と楼閣に割って楼閣が破れる(こわれる)ように蜃気楼が消え、虹を虹の橋梁として、断ち切られるように虹が消え残っている情景を表している。和歌で浪が白くあわだつのを浪の花、というもとになった漢詩だそうだ。青空の雁の文字はキリッとして心を引き立てる。


いいなあ、と感じてしまう。


「長恨歌」は物語。そこまで長くはない。唐の玄宗皇帝と楊貴妃の話を漢代に持って行ったもの。王は周囲には知られていない深窓の令嬢・楊家の娘を見出した。その娘・楊貴妃ばかりを寵愛し、政治を忘れ、その縁者を高位に取り立てたため不満が溜まり、安史の乱が起きた際に兵が動かなかったため、やむなく王は楊貴妃殺害を許可する羽目に陥る。しかし乱が治まり都に戻っても王は死んだ妃を忘れられず、仙界まで探しまわりついに使者が楊貴妃に会うものの・・というお話。


源氏物語への影響は「桐壺」に顕著だという。ラストもなんとなく似てるな、と思う。源氏物語にも思ったが、まだ続いている唐の名高い皇帝を取り上げて危険はなかったんだろか。まあそうでないと面白くないけど。ふむふむ。


漢文は最初難しかったが、読んでるうちに対句も韻もなんとなく分かるようになり、少し感銘を受けたりした。いや素人ですけど。良かったかな。本文中のものはレ点や一二三などを打っている。対句は分かりやすい。韻も必ず提示しているので参考になる。



日本の古典を読んでいるとやはり中華古典の影響が見える。玄宗皇帝の盛唐時に活躍した李白や杜甫も折にふれトライしていきたいな。


◼️メリメ「メリメ怪奇小説選」


冷静だな、というのが感想。「ヴィーナスの殺人(イールのヴィーナス)」は面白かった。


フランスのメリメといえば「カルメン」の著者だが、芥川龍之介に影響を与えた、という意識が先に立ち、図書館で見かけて借りてきた。さてどんなお話を書くのかー。


「ドン・ファン異聞(煉獄の魂)」「ヴィーナスの殺人(イールのヴィーナス)」「熊男(ロキス)」の3篇が収録されている。後2篇はなかなか興味を惹くタイトル。この本では先に書いているタイトルとなっているが、前の訳出やwebでは()内のほうがポピュラーなようだ。


*「ドン・ファン異聞(煉獄の魂)」


ドン・ファンは妹のテレサに、相棒のドン・ガルシアは姉のフォースタに恋を囁きやがてわがものとする。半年が経ちドン・ガルシアの、相手を交換しようという誘いに乗ったドン・ファンは拒絶したフォースタの叫び声を聞いて駆けつけたフォースタの父に撃たれそうになるが弾はフォースタを貫き、さらにドン・ファンは追いすがる父親を剣で殺してしまう。


2人は高飛びし軍隊に入るがドン・ガルシアは不審な発砲により死ぬ。放蕩生活に戻ったドン・ファンは教会で尼僧になっていたテレサと再会、自分への想いの名残を嗅ぎ取ったドン・ファンはテレサに悪魔の誘いをかけるがー。


最初、2階の窓のところにいるテレサへ恋をささやく場面は、バルコニーではないにしろロミオとジュリエットとか、シラノ・ド・ベルジュラックを思い起こさせる。しかし物語の展開は無軌道になっていく。放蕩三昧のドン・ファンに訪れた怪奇な出来事とは。


うーん、決して正しくはないにしろ2人組が暴れ回るのにはエネルギーがあり、物語の筋にはしっかりとした流れを感じるが、肝心のオチがもひとつ面白くないかも。


*「ヴィーナスの殺人

                           (イールのヴィーナス)」

古代・中世の遺跡に富むカタルーニャのイールの町に案内役のしろうと古代学者、ペイレオラード氏を訪ねた私は、氏が発掘した巨大な青銅のヴィーナスに魅了される。ペイレオラード氏の息子アルフォンスは婚礼を間近に控えていたが、町でのスポーツに飛び入り参加、熱中するあまり、自分の指にしていたダイヤの婚礼指輪を外してヴィーナスの指にはめたまま忘れてしまう。婚礼では別のリングを花嫁に渡したアルフォンス。2人で過ごした最初の晩、悲劇が襲いかかるー。


オチは不思議な展開だが筋は付いている。この婚礼自体にもなんとなく不穏な匂いを漂わせておくのも上手いな、と思った。訳者あとがきによればメリメもこの話は自分の作品の中で一番よくできていると自負していたらしい。


私はパリの学者っぽいがメリメ自身かなと思う。やはり青銅のヴィーナスが魅力的。こうでなくっちゃね。


ところで劇中「偶像の前で香を供えるとは何事でしょう。神様をけがすことになるじゃありませんか!」というセリフに仏教はお線香を点けまくりだな、スペインの田舎町だけではなくそんな風潮あるんだろか、なんて思った。


もっとも怪奇小説、昔話っぽく、ちょっと粋で楽しませてくれた篇。


*熊男


言語学の碩学で牧師の私はリトアニアの言語研究のため、若きセミオット伯爵邸に滞在する。着くと一家の侍医が、伯爵の母君は結婚後まだ若い頃熊に襲われてから理性を失っており、ほどなくして産んだわが子セミオット伯爵を獣、と恐れた。セミオット伯爵にはちょっと変わったところがあり、夜中に木によじ登ったり、馬など近づく動物が彼に恐れの反応を見せたりする。寝ぼけて銃を発砲したこともあるという。伯爵はやがて近在の若い娘と結婚するが、婚礼の日に現れた母君は伯爵に向かって「熊だ!殺せ!」と叫ぶー。


不思議な話ではあるが、うーむ逆に必然性が薄いような、てとこかなあ。相変わらずこの碩学の牧師はメリメでは、と思わせる。


全編を通じて思うのは、メリメの文調はどこか冷静さを感じるものだ、ということ。物語の性格付けにしてもそうだし、いざ怪奇を描くときが、怪しいものが放つ冷気から一歩距離を取るような書き方でをしている気がした。


芥川がメリメのどんなところ、どの話に影響を受けたかは勉強不足。大人の怪奇小説ってえ感じかな。





7月書評の6

2019年7月20日土曜日

7月書評の5




たまのバックハウスイリエのパンはイベント。うまいぜ。

毎日朝一番に頸椎症のリハビリ。本当に少しずつ回復。状態を姿勢良く上げられるようになってきたな、と。まだかかります。

台風5号は朝鮮半島を通って日本を大回り。梅雨前線と台風の雨雲があり五島列島などでは危険な雨のようだ。阪神地区は昨日はやや強い雨が降ったがきょうはずっと薄曇り。

じわじわ朝晩気温上がっているが、まだ涼しい方かな。こっそり台風来ず冷夏を望んでいる。このままこのまま。

◼️朝井リョウ「世にも奇妙な君物語」


意外性に毒を添えて。という短編集。


テレビの「世にも奇妙な物語」を小説版にした、という作品。5つの篇で構成されている。


*「シェアハウさない」


フリーライターの浩子はシェアハウス特集の企画が通ったおり、酔いつぶれ介抱のため運び込まれたのがとあるシェアハウスだった。男2人、女2人、誰もが裕福そうで明るく、取材対象として興味を抱いた浩子は1人空きが出来ると聞き住みたいと申し出、認められる。さっそく引越しの準備をするがー。


できすぎた話にはウラがある。仕掛けと怖さがあるけれど。感想はまとめて後で。


*「リア充裁判」


コミュニケーション能力促進法が施行された日本。18歳以上就労前の無作為に選ばれた若者には「リア充裁判」と呼ばれるテストが課され、不合格となった場合は事務局から出される課題を遂行しなければならない。憧れた姉が不合格となり、課題の実行によりおかしくなってしまった過去を持つ知子は、姉と同じようにフェイスブックもツイッターもインスタグラムもせず、友人も作らずに司法試験のための勉強に明け暮れていた。そして、「リア充裁判」のハガキが知子にも届いたー。


世相を反映した極端な世界。でも、裁判、なんかおかしい、と思うところからオチにつながる。


*「立て!金次郎」


熱血漢の金山孝次郎は幼稚園のクラス担任。学年主任の須永から、年間の行事ですべての子どもへ平等にスポットライトを当てるやり方でないことを注意されている。モンスターペアレントの多いPTAからの強い圧力を恐れ、副担任への降格までチラつかせる主任に対して、孝次郎は本人がやりたくないことを無理矢理やらせることはないという考えを変えない。いよいよ卒園式前の最後の行事、運動会で、人前で目立つことの嫌いな子に、孝次郎はある役割を与えるー。


学年主任と孝次郎の関係は、なんか社会の縮図のようにも見える。幼稚園の行事は親のため・・それも一面の真実だな。熱血孝次郎が知恵を使った結果・・いい流れで終わりそうなところへ、最後に毒が。


*「135字しか集中して読めな」


私の書き間違いではなく、こういうタイトルなのです。念のため。


ネットのニュース配信ページ「サーフィンNEWS」は13.5文字のタイトル、3行の要約文を経てニュース本文にたどり着くシステム。その手軽さで人気のニュースサイトとなっている。ニュースを書かれた芸能人には意味のなさそうなネタや誤解を招きかねない要約文を嫌う者もいたが、芸能ニュースなどを書いているニュースライターの香織は13.5文字のタイトル作りに誇りを持っていた。香織の仕事を尊敬しているという小学生の息子・直喜の参観日の発表に駆け込んだ香織は、黒板に信じられないものを見るー。


まあ、間にダンナ浮気疑惑とか仕事で尊敬する人からのショックな一言などなどドラマはある。痛快といえば痛快か。


*「脇役バトルロワイアル」


世界的に有名な演出家・野田秀子の舞台、主演俳優の最終選考会場に来た溝淵淳平は、八嶋智彦、桟見れいな、勝池涼、渡辺いっぺい、板谷夕夏という、脇役の仕事が多い俳優陣が最終候補だと知る。溝淵自身もバラエティ番組で活躍するようになっていて鬱屈をかかえていた。やがて、いかにも脇役らしい言動をしてしまった者は床板が外れ奈落に落ちる、という生き残り型オーディションが始まったー。


「脇役らしい」動きやセリフをよく研究してあるなと苦笑。実際の俳優女優を窺わせるネーミングも相まって遊び心がある。オチもシュール。



さて、様々に知恵を巡らせた5篇。正直必ずしも感嘆したわけではなかった。最初と2番めは他作家でもありそうな設定で目新しさはあまりない。3つめは不覚にも多少感動したが、孝次郎の熱血漢すぎるようにも見える部分から予想された毒は、ちょっと小さかったかなという印象。4つめは小学校3年生にはムリだろうという展開。事前にセンセも見てるでしょ。まあ痛快はそうなんだろうけど。5は面白いけれど、やはり新しい感はない。


えー、朝井リョウは「桐島、部活やめるってよ」「もういちど生まれる」「少女は卒業しない」と読み、直木賞を取った「何者」には心から感嘆し、その底知れない、尽きないプロット力に感心した。


その後「星やどりの声」「世界地図の下書き」「武道館」まで読んでもうしばらくいいかな、となった。食傷気味になったのである。


朝井リョウだからハードルを上げる部分もある。読んでいてどうしても辛い点をつけてしまう。今回あとがきを読むと、著者が世間の評価に辟易しているきらいもあるようだ。


今作は面白い試みだが、少し足りないかな、と思ってしまう。まあ作品の性質にもよるが。


すべて乗り越えて、また感嘆できる、朝井リョウらしい新しい魅力の作品を、楽しみに待っている。


◼️ミスター高橋

「プロレス  至近距離の真実」


い、いかん、ツボに入った・・。悪徳マネージャー・若松のセリフに爆笑。


気楽なものを読みたくて、積んでいたプロレスものを引っ張り出した。1998年の著書。再読かもしんない。わかんない。^_^


私はプロレスファンだった。小さい頃から金曜の新日本プロレス、土曜の全日本プロレスの中継を欠かさず観ていた。演出的だが熱気があり、猪木というカリスマの新日本、ジャイアント馬場という大物のつてで有名で実力ある外国人レスラーが多く来日していた全日本。どちらかというと全日本が好きだったかな。週プロではなくゴング誌を愛読していた。


この本は新日本プロレスのトップレフリーだった著者が外国人レスラーや有名な対決の裏側を綴ったもの。著者と仲が良かったのがサーベルを持って極悪ヒールを演じたタイガー・ジェット・シンとか、かつての噛みつきキャラで老いては名マネージャーのフレッド・ブラッシーというのが時代を表している。


"大巨人"、歩くだけで"一人民族大移動"と言われたアンドレ・ザ・ジャイアントが実は神経質で自分の演出、見え方にこだわり、人種差別主義者のきらいもあったことなども興味深い。公称は2m23cmだったが、背は伸び続けていて、宿舎の2m40cmの高さに吊った電球に頭をぶつけて壊したとか。前田日明とのノーコンテストとなったセメントマッチの情報もある。


他にもわがままな外国人選手が制裁を受けたこと、車両を無理やり膂力で引っ張ろうとして市電をストップさせてしまったことなど外国人係ならではのネタも満載。その時代の人らしく、いわゆる「掟」を大事にして演出的な面を考えたレフェリングをしていたことが浮かび上がっている。


私は自分でお金を稼げるようになってからしばしばプロレスを生観戦に行った。メインイベントで選手入場に群がり、猪木の身体をたたいて激励。さあ外人の方だと移動した瞬間に扉が開き、巨漢のビッグバンベイダーがこちらに向かって猛然と突っ込んできた時には、人生これ以上ないくらい必死で走って逃げた^_^いい思い出だ。


社会人になってからも大小さまざま、大阪城ホールから屋外広場での興行まで行った。有刺鉄線電流爆破地雷ダブルヘルデスマッチを最前列で観たりした。ちなみにこの時は女子ベビーフェイスの工藤めぐみが入場衣装のウェディングドレスのまま、ヒール紅夜叉にダイブしたこと、ザ・シークと至近距離で目が合って怖かったことなど想い出満載。


前田日明のリングスもよく観に行って元KGB武術教官というヴォルグ・ハンなんか大好きだった。書き出すと止まらないのでこの辺で。


さて、冒頭の若松である。新日本プロレスは演出的であった。同じ覆面をつけたヒールのマシン軍団というのが登場、悪徳マネージャーとして拡声器とムチを使ったパフォーマンスで悪の雰囲気を盛り上げていたのが自身もレスラーの若松。もちろんよく覚えている。しまいにアンドレに覆面被せてジャイアントマシーンとか言ってたし。


著者もこの仕掛けは試合展開の幅が広がって好きだったらしいが、時々珍妙なことを言い出すので笑いをこらえるのが大変だったという。


「おい猪木!てめぇの首をヘシ折るのに3分もいらねえ、5分もあれば十分だぁ!」


「レフリー、5分延長させろ!テン・ミニッツだー!」


これは本ではないが、ハゲ!と野次られた時に「お前もいつかはハゲるんだ!」と言い返したとか。


ファンの間では有名らしいが、私は知らなかった。ひとつめのがツボに入って大笑いし、時間が経ってもぶふ、とか思い出し笑いをしてしまう。息子もウケて、そのネタ持っとこ、と言っていた。いつもテレビでガーガー喚くのを観ていたが、いやーワカマツそんなこと言ってたのか。それもめっちゃプロレスらしい。


巻末の方に著者は書いている。プロレスは進化すべきだが、今の力任せで見栄えのいい技ではレスラーに深刻なケガの危険が付きまとい、レスラー生命も短くなってしまう、という感想には共感。相手にケガをさせずに一流の技を見せるのもプロの技量。


プロレスはショーなんでしょ、と言われたらそうです、と答える。それでいい。


それでも私は迫力があってレスリングも演出も上手かった昔のレスラーたちが好きだ。アンドレはシンボリックな存在で、ハリー・レイス、リック・フレアー、ミル・マスカラス、本にたびたび出てくるウィリエム・ルスカ、ディック・マードック、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、そして恰好良かったダイナマイト・キッドなどなど。ブラッシーやディック・ザ・ブルーザー・アフィルス、フリッツ・フォン・エリックの全盛期を観てみたかった。彼らは確固とした得意技、フィニッシュホールドを持っていた。それがまた奥深そうでカッコいい。タイガーマスクとブラックタイガーも好きだったな〜。


今のプロレスとはまったく違うもの。いつしかプロレスには興味が無くなった。たまにこうして、本で昔を懐かしむ。


もはや昔の風情を残しているのはメキシコか?いまどうなってんのかな。ルチャの興行あったら観に行きたいな。

7月書評の4




上記展覧会に行ってきた。神戸・摩耶埠頭沿いの美術館へ、山側から海へ向かって歩いていくのが好きである。蒸し暑くて、ちょっと身体痛かった。総花的な展示。でもピカソのサインをカッコいいなと思ったり、マティスの絵を観て絵はがき買ったり楽しめた。

◼️椹野道流

「最後の晩ごはん  海の花火とかき氷」


シリーズ9作め。より地域の描写が細やかだったが、ストーリーは途中からシオシオとなる?


芸能界をスキャンダルで追放された元イケメン俳優。五十嵐海里。いまは芦屋の「晩めし屋」に住み込みで料理の修行をしている。最近!誰かの視線を感じていた海里は酒を飲んだ帰り道、何者かに道路に押し出される。「シネ」という言葉が聞こえ、視界を長い髪が横切ったー。


前々作「黒猫と揚げたてドーナツ」、前作「忘れた夢とマカロニサラダ」がなかなか良いと思った。幽霊との意思疎通の困難さがあって解決に導くものだったから。「黒猫」では生まれてから犬が身近にいて、その死を経験しているから、その幽霊が近くにいるような気がしたし。


今回は、途中まではミステリじみてて大いに盛り上げるが、ネタばらしの後は、うーん、けっこうしょうもない恋愛事情でわがままも入りうーん、と思った。でも幽霊が消えた時は寂しさを感じた。夏は、祭りと花火とかき氷とあの娘、ってか。うつくしい花火のように一瞬美しく輝きを放つものはまた瞬時になくなってしまう。儚さをかけているようだ。


芦屋のサマーカーニバルとかもろもろ細かいご当地地名も出てくる。橋の上や河川敷での鑑賞もリアル。若い頃はよく行ったもんだ。


眼鏡の付喪神ロイドと海里の友情物語は、読んでいて楽しい。まだまだ先々楽しみだ。


◼️周防柳「蘇我の娘の古事記」


ていねいさと探求。翻弄される庶民。


本読みの先輩と話をしていて、古代が好きならこれ面白かったよ、とお薦めいただいた作品。蘇我氏側から乙巳の変を見た本だよ、と言われていたのでもっと激しい復讐物語もしくは虚しい運命物語かと思ったら、違った。


渡来百済人の末裔、船恵沢(えさか)は文書を作ったり徴税に関わる役で、蘇我氏から国史編纂の命を受け大王にまつわる話を集めて木簡などに文書化していた。オオタカ、ヤマドリという男の子供と、コダマという目の見えない娘がいた。仲睦まじいヤマドリとコダマ。家族は乙巳の変、度重なる遷都、韓半島の不穏な情勢、そして壬申の乱と激動の時代の中翻弄される。実はコダマの出生には、重大な秘密があったー。


章の最後に、昔語りの、大王にまつわるお話がはさまれる。イザナキ・イザナミ・スサノオ・オオクニヌシから後代まで。後代の、あまり有名ではない話も永井路子氏の著作だったか、他の古事記の本だったかで読んだことがありほとんど覚えがあった。


河内に近い百済人の里で暮らす船恵沢の家族、使用人たち。一族の絆は固く仲が良い。ヤマドリはコダマを愛する。コダマに、一族を脅かす出生の事情があったとしてもー。


ほのぼのとした里の暮らしと険しすぎる政治の動乱。蘇我蝦夷、入鹿、中大兄皇子、中臣鎌足、斉明女帝に大友皇子と船家は重要人物に接触し続ける。


最初は、もっと直接的なストーリーかと思った。だから思った以上に政治の中心から離れている風情に、また別の感想を持った。


「初恋のきた道」「あの子を探して」などを作った映画監督チャン・イーモウは、中国の政策に翻弄される庶民の姿を描いた。顕著な作品として「活きる」がある。また上橋菜穂子の「守り人シリーズ」にも戦に巻き込まれる庶民の姿があった。そんな感じ。


船家は一介の役人であり、まさに政治の成り行きに影響され揺さぶられる。そこにコダマの秘密がファンタジックに絡む。入鹿の亡霊も、刺激としてとてもいい。


全体としては非常に丁寧に作り込んでいる印象だ。児童小説のような気配がないでもないが、かちっとした章立てばかりでなく、会話や物語の言葉にもこだわっていると思う。気概を込めました、という雰囲気が伝わってくる力作。


読み物として面白く、短い作品ではないが集中して読めた。


一連の出来事がやがて古事記に繋がる。ラストもきれいにまとめている。


この本を読みながら、「応天の門」を読み、応天の門を貸した同僚の娘さんから借りたマンガ「とりかえばや物語」を読み、古代と平安がごっちゃになりながら読み終えた。


オトナの小説が好きな方にはちょっとかもだが、やっぱこの内外動乱の時代は好きだな。

2019年7月13日土曜日

7月書評の3




バス停からの帰り道、畑へ続く舗装していない道に群生する待宵草の花を見るのが好きで楽しみだった。ところが、金曜見てみると道全体が草刈りされていた。私の楽しみは無残になくなったのでした。

頸椎ヘルニアによる痛みは、激痛も無くなったし、70%治った。でも残りの30%は一進一退。首牽引のリハビリをして痛み止めを飲む日々。
きょうは髭剃りシェーバーの振動があまり響かなくなったとか、寝起きの痛みが少し小さくなったとかに良い兆候を実感するが、まだ寝てて強めの痛みで目がさめることもあるし、ちょっと荷物を持つと痛む。いまは痛みというか痺れのような感じで、痛むのも肩甲骨ではなくてほぼ左上腕。たぶん薄紙をはぐように1%ずつ治っていくんだろうなと。ちょっと長期戦となるかも。

◼️青山七恵「すみれ」


 表紙のきれいさに目を惹かれて読んだ本。

あー、主人公・藍子は等身大だなと思ったが・・。


中学2年生の藍子の家に、両親の大学時代の同級生、レミちゃんが住み着いた。母に言わせるとレミちゃんはかつて何度も小説の新人賞候補になったことがあるらしいが、心の病を持っているという。学校から帰って、レミちゃんとお茶の時間を過ごすようになった藍子はある日、レミちゃんに「小説を書く人になりたい」と打ち明ける。


藍子のモノローグで話は進む。藍子自身のエピソードはあまり詳しくは描かれず、今回はそこにリアリティを感じたりした。


自分の中学時代はたしかに色々あったし多感な時期というのも否定はしないが、あんまり万能にあれを感じてこれを考えてリクツ通りにして・・といった世界からは程遠かったと思う。故に小・中学生を主人公とした小説で、メインの事件が起きて、主人公が様々なことを感じて、常識的な行動をし、成長する、というストーリーには違和感を感じていた。


まあそれがなければ小説にならないし、小説は非日常でもあるし、成長物語は時に人を感動させるんだと分かってはいるんですけどね。


だから、藍子を好きな男の子のこと、推薦入試に落ちた時の友人との温度差、努力しても成績が伸びない焦燥感などは、久しぶりにフィット感があったような気がした。


小説の主人公は藍子と、謎の美女レミちゃん。レミちゃんは同じ服を着て化粧はせず、ブランケットに丸まってタバコを吸う、どこか魅力と危うさのある人で、周りの大人にはない言葉で藍子に影響を与える。


そこまでは成功だと思うし、結末は衝撃的に唐突に、という流れはあるが、どうにも内容が・・薄いなと。もう少し書き込めるのかなとも思ったり。


まあ、久々に児童小説チックなものを読んで感じるところがあったのは収穫だったかな。



◼️永井路子「炎環」


鎌倉幕府草創期の複雑な情勢。その中で男たち女たちが腹黒く泳ぐ。昭和39年度下半期直木賞受賞作。


調べてみると、「炎環」は初めての本らしい。その後の長いキャリアからしたらかなり初期の作品。一方私がなじんできた古代・平安のものは1980年代から90年代の著書である。


さて、源頼朝は平家追討の挙兵を決意、異母弟源範頼を総大将に九郎義経の活躍で木曽義仲を破り平家を滅ぼした。頼朝は征夷大将軍に任じられ鎌倉幕府を開いた、という流れは俯瞰で見ればノンストップで輝かしい歴史だと見える。



しかしもとは流人の身で自らの勢力基盤を持たない頼朝は、坂東の豪族たちを頼らざるを得ず、棟梁という立場ではあれ、彼らの顔色を伺いながらの采配でもあった。頼朝の妻政子の父・北条時政をはじめ畠山重忠、梶原景時、土肥実平他多くの武門たちは平家追討の前後、頼朝が亡くなった後も駆け引きと衝突を繰り返す。


それぞれ80ページ以内の4篇。


◇「悪禅師

異母兄の頼朝の元へ馳せつけた阿野全成の話。幼少のころは今若といい、常盤を母とする牛若の兄で京の醍醐寺に預けられていた。

北条政子の妹、おしゃべり好きな保子を妻とするが、義仲・平家追討軍からは外される。政子の次男(後の実朝)の乳母を希望し、目立たず時期を待つ。しかし・・


この章で挙兵から平家追討、義経の運命まで紹介してある。キーウーマンの保子の印象付けも巧み。


◇「黒雪賦


頼朝に重く用いられた御家人、梶原景時は、はっきりと物言わぬ、また時勢によって言動を使い分ける頼朝の意を汲み、陰の動きを続ける。平家追討にも帯同しながら後に義経を誅す主張をしたり、頼朝の代わりに有力者排斥の陰謀を実行し地位を築くが、二代め頼家とは確執が・・


「悪禅師」と似たような流れではある。この二篇で頼朝の性質の大部分を浮かび上がらせている。陰の活動をしているつもりでも、周囲の御家人は見ないようで見ていて、不評を買う。頼家の性質と行状なども描いているのが次の篇以降で効いてくる。


◇「いもうと」


北条政子とその妹保子の関係が中心である。政子やその兄弟と違い、色が白くふくよかでおしゃべり好き、大人子ども問わず誰にでも好かれる、おバカキャラの保子。政子にはなかなか男子が出来なかったのと比べ次々と男児を出産する。


ここは公暁の実朝暗殺、後鳥羽上皇の北条氏追討の院宣まで話が進む。おしゃべりで歴史を動かした狡猾な保子が得たものはー。女性を主役にするとやはり永井氏らしい良さが見える気がする。


◇覇樹


北条時政の息子、四郎義時が主人公。父の時政からみると、いつもそこにいるようで居ない四郎は頼りない存在。平家追討に出しても手柄話は伝わってこない。しかし頼朝の死後は頭角を現し、二代目執権として最高実力者までのぼりつめる。


物語はまず、そこにいそうでいない義時、というイメージをつけて必要最小限の物言いで武家との勢力争い、後鳥羽上皇の承久の乱で勝利を収めていく四郎の姿を描いている。実朝や北条政子を前面に出してその陰から政治を執り行った。


史実としては鶴岡八幡宮で実朝が公暁に暗殺されたその時も席を外しその場におらず難を逃れたらしい。いそうで居ない義時、である。


この本は、全体として歴史の流れを扱い、読むほどに当時の鎌倉幕府の事情が分かるようになっている。時政の妻・牧の方や政子、保子と女性たちの思惑も絡み彩りを出している。


たしかに重厚で本格派ではあった。思い入れも強いのが伝わった。しかし・・私にはちょっと読みにくく、時間がかかった。


私には8090年代の作品の方が合ってるかな、と。重いものも含ませながら大人の色気と軽やかさを同時に持つ感じ。


もちろんこちらも嫌いではないし、読んで良かったと思っているが、まあそんな風に感じた次第でした。

7月書評の2




写真はバス停までの道に咲いている木槿(ムクゲ)。里山の、狭いスペースにも咲く、夏の茶花、秋の季語。

やっと梅雨本番?雨がちの週。今年は史上最遅の梅雨入りで、次週末には明けるとか。

息子の疲労骨折の診断で一緒に病院へ。だいじょうぶ。運動 OK。中学最後の公式戦、よかったねー。

◼️葉室麟「散り椿」


映画化の原作。主人公の若い扇野藩士・坂下藤吾は池松壮亮なんだけど、なぜかずっと玉木宏で想像しながら読んでいた。剣の達人にして浪人の新兵衛は岡田くん・・うーむ。


お家騒動、カネの動き、剣の達人に謎の裏組織、妻の愛。登場人物が多く事情が複雑で見せ場の多いエンタテインメントである。やはり楽しんですいすいと読み進めた。


坂下藤吾は扇野藩殖産方で農地の実情を調べる役で母・里美と2人暮らし。父の源之進はかつて使途不明金を糾問され自害した。ある日農地見回りの途中で会った瓜生新兵衛という浪人が藤吾の家に訪ねて来て居候となる。里美の姉・篠は新兵衛の妻で、京都で病死していた。


源之進と新兵衛、藤吾の許嫁・美鈴の父である篠原三右衛門、そして実力者の執政・榊原采女はかつて剣術道場の四天王と言われる剣士だった。新兵衛は藩士だった18年前、采女の父・榊原平蔵の不正を訴え、あらぬことをしたと追放された。その後、不正が明らかになった平蔵は何者かに斬殺され、斬ったのは新兵衛だと噂されていた。


扇野藩では家老の石田玄蕃が実権を握っていたが、病床の藩主親家は世子で江戸にいる政家に家督を譲ろうとしており、政家は親政を行う心づもりだったったため、采女を筆頭とする世子派と石田派の争いが繰り広げられていた。


やがて藤吾は突然に殖産方から郡方へ異動となり、さらに隠し目付の蜻蛉(かげろう)組に入ることを命じられるー。


長いあらすじ紹介だった^_^


謎の裏側の黒幕、さらに正体不明の蜻蛉組、度重なる闇討ちや達人・新兵衛の活躍と、読み手の興味を持続させる仕掛けがたくさん盛り込まれている。


藤吾は父のことがあって手堅い出世を望み、仕事にまじめな、ちょっと融通がきかない若さのあるキャラで、怪しい過去のある新兵衛の居候を快く思わない。しかし否応無く派閥争いのうねりに巻き込まれるうちに、新兵衛への信頼感が醸成される。


まさに時代劇の王道を行くストーリーでエンタメ感はバツグンかと思う。実は目まぐるしい展開には、まるでSFを読んでいるような気分にさせられたし、行動の理由付けにもうひとつ納得感がないような気がした。この章必要かな、というのもあった。


でも楽しみながら読了できたし、玄蕃のワルさ、また小物悪役宇野十蔵の行動もあちこちでスパイスのように効いてていい感じと思えた。


東京出張の折、某大手出版社近くの喫茶店に入ったら、綺麗な文庫が格安で売ってたので購入した本。


映画も観てみたかったかな。


◼️太宰治「ろまん灯籠」


日中の戦争時、そして日米開戦のころ、太宰は何を書いたのか。


「ろまん灯籠」は角川文庫版で読んだ。洋画家の子供達、長男、長女、次男、次女に末弟の5人がロマンス小説を連作で描く。作中作、しかも西洋の大河風お伽話。なかなか楽しい。きょうだいたちの性質がよく出来ていて、微笑ましくも見える。


角川版では、同じきょうだいが出演する「愛と美について」ほか「女の決闘」など、恋愛模様、女性が描かれた作品が集められている。


対してこの新潮文庫版は、まさに日本が戦争に突入していく時期、庶民の生活をベースに書かれた話が多く収録されている。どれにもユーモアを噛ませているところが太宰らしい。


日米開戦の日をタイトルとした「十二月八日」は普通の主婦の生活と心持ちで一篇としている。大本営発表をラジオで聴いた時、主人公の気持ち。

「じっと聞いているうちに、私の人間は変わってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になるような感じ。あるいは聖霊の息吹きを受けて、冷たい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。」


なにやら「女性徒」を思い出す。意味するところもさることながら、表現に目を惹かれてしまった。ちょっとリキ入れて決めにいっているようにも見えるが、時代の当事者だけに我々にない実感があるようにも思える。篇全体としては、どこか勘違いした夫がすっとぼけた味を出してオチをつけている。


面白かったのは「鉄面皮」。しょっぱなから「安心し給え、君の事を書くのではない」ときた。この小説は、「右大臣実朝」を書いてる途中、ほかの短編小説を書こうとしたが胸の思いが「実朝」から離れず、「実朝」を題材にして書くほかないが、自作のいやらしい宣伝になってあれこれ言われるんじゃないか、でも書く、「鉄面皮」というタイトルで、という流れには笑ってしまった。そこまで懊悩せんでも・・誰の心にも潜むワルの気持ちをコミカルに演出させたら右に出るものはいないなと。


この作品も太宰が在郷軍人会査閲、というイベントに参加し「召集がなかったのに自らすすんで参加した感心の者」として名前を呼ばれる、というエピソードが挿入されている。


そしてやはり「散華」だろうと思う。

太宰の家によく来ていた詩を書く若者が召集される。太宰は詩才はないと見ていたが、知り合いの文学者は彼の詩を激賞していた。アッツ島からの最後の手紙、その言葉に感銘を受ける。感情的にだけでなく純粋に文学的な評価をしているようにもとれるところが、柔らかいながらも冷徹だ。


「なんとも尊く、ありがたく、うれしくて、たまらなかった」

「一陣の涼風が颯っと吹き抜ける感じがした」

と表現されている言葉は、やはり重かった。


2019年7月7日日曜日

7月書評の1




週前半は雨の心配。九州はひどく、近畿はそそまで降らない、という予報だったが昨年の西日本豪雨を覚えているからめっちゃ降ったらどうしようと思いつつ寝た。あまり降らなかったようだ。

その中、突然に頸椎ヘルニア発症。左の肩甲骨ふきんが痛いこと。もう朝なんか地獄級の痛み。ひたすらリハビリに通う毎日。

かなわんな、ホンマに。

◼️川端康成「たんぽぽ」


未完の作品。興味深い手法。


川端康成は1964年から1968年、ノーベル文学賞を受賞する直前まで断続的にこの小説を書いていて、未完のまま1972年にガス自殺、絶筆となった。


「人体欠視症」、眼前の人の身体が見えなくなるという奇病に侵された稲子は精神科の病院に入院する。稲子は戦後、軍人だった父との騎馬旅行で父が断崖に落ちる様を見てから不調に陥るようになった。稲子を預けて帰る道すがら、また当地の旅館に泊まることになってからも、稲子の母と、稲子の恋人久野とは長い会話を交わし続ける。


未完ということもあり、その後展開させるつもりだったのだろう。180ページほどの本編はほとんどが久野と母の会話で、稲子のエピソードを語り、議論のようにもなっている。


同じ病院に入院していて、紙に「仏界易入、魔界難入」と書いてばかりいる老人の話、久野が見た白い鼠や歩いているとき出会った妖精のような男の子、稲子が撞いていると思われる病院の近くの寺の鐘の音、などが散りばめられる。


そして父であり母の夫であった木崎との思い出、稲子と父との騎馬旅行、稲子が高校生の時、ピンポンの試合で突然ボールが見えなくなったことから久野と稲子の男女の関係にまで話がおよび、久野と同部屋宿泊の母は自分の女の性をも意識する。


久野と稲子の同衾の場面で物語は未完のまま終わる。


ちょっと変わった病気の設定であり、しかも変則な技の長い会話小説となっている。一文一文には川端らしいしっとりとした色が滲んでいて、男女や狂気といった含むものを感じさせる。


もし書き続けられていたら、このベースでもって、川端はこの先どんなダイナミックな展開を見せてくれたのだろうか。芥川龍之介の「邪宗門」は盛り上げるだけ盛り上げて未完となっていて、行き詰まった説もあるらしいが、川端も詰まったからしばらくほっておいたのだろうか。川端康成研究の一つの焦点であるようだ。


会話だけで主人公の行状を語っていくという形は前にも読んだことがあるような気はするが、川端流はどうだったのか。いずれにしろかなり気にかかる終わり方ではあった。


◼️初野晴「千年ジュリエット」


静岡の高校吹奏楽部・穂村千夏と上条春太が活躍するちょいミステリー入り青春ライトノベル、ハルチカシリーズ第4弾。


前作はあまり評価しなかったのだが、今作は大いに楽しんだ。文調も絶好調。たびたび電車でクスクス笑いをしてしまった。


千夏、ハルタ2年の文化祭でひと巻。2人が通う清水南高校は、はしかの流行により他校が中止に追い込まれる中、カリスマ生徒会長日野原のもと敢然と文化祭を決行、大にぎわいとなる。100ページ以内の4篇。


◇エデンの谷


スナフキンにそっくりな山辺真琴は偉大な音楽家山辺富士彦の孫娘。富士彦の弟子だった吹奏楽部顧問の草壁の呼び出しに応じて学校に現れ、祖父から贈られたピアニカ、グラビエッタの演奏で吹奏楽部員を魅了する。祖父が遺した高額な資産価値を持つピアノ、ベーゼンドルファーの鍵が行方不明で、遺言状には真琴に在り処を伝えた、と書いてあるというが、真琴には覚えがない。ハルタは例によって知恵を巡らす。真琴の秘密が、謎の鍵だったー。


魅力的な楽器とニューキャラ。真琴の秘密が分かったところで読んでておおよその見当がつく。でもカッコ良さげで面白い結末だと思う。


◇失踪ヘビーロッカー


アメリカ民謡クラブの部長・甲田は抜群の秀才にしてハードロックの信奉者。文化祭での発表の日、甲田はギンギンの舞台衣装にライオンのような髪型で学校までタクシーに乗る。ところが、学校に来た甲田は降りずに引き返す。礼儀正しい少年から態度を豹変させた甲田はそのまま街をグルグル廻れと運転手に命令するー。


タクシーの運転手目線と甲田の到着をジリジリしながら待つ学校との場面の往復。なかなか到着しない甲田にアメ民のメンバーの焦りが募る。どうやら甲田には車を開けられない理由が発生したらしい・・。


ネタと成り行きは突飛だなあと思ったけれど、特に甲田の行動が派手でハチャメチャで冷静な視点を忘れさせる。嫌いじゃないよ、いや、好きだよ、こんなの^_^


◇決闘戯曲


打って変わって小説的遊びとでも行ったらいいのか、北村薫が書きそうな謎のストーリー。


西部開拓時代のアメリカに渡った元藩士・大塚宗之進は強盗一家の長ウインドゲートと


第一次世界大戦後のパリ。日本軍人・大塚裕次は愛した娘アンリの父、ジルベール・エヴァン伯爵と


それぞれ決闘をすることに。理由があって、2人は右目が見えず、左手が使えないという絶望的な状況から生き延びる。立会人は日本人が有利になるよう、どんな巧妙なルールを設定したのか。


この戯曲はもうひとつ、宗之進と裕次の子孫大塚修司にまつわる現代の決闘が第三部として組み込まれているが未完のまま上演当日を迎え、脚本担当の1年生は失踪したー。


出来上がった話からあれこれと推理していくのは北村薫「円紫さんと私」シリーズを想起させる。結末は詳細に提示されないところがちょっと消化不良だが、こんなテイストも良いものだ。


◇千年ジュリエット


悲しい前提。うーむ。ロミオとジュリエットの舞台ヴェローナにはジュリエットのモデルとなった女性の生家があり、2人が会話を交わしたバルコニーやジュリエット像が人気だという。そして毎年世界中からジュリエット宛に恋愛相談の手紙が来るとか。返信は「ジュリエットの秘書」と呼ばれるボランティアスタッフが返信しているとか。


重い病気を抱えた年齢層の幅広い女性たちが「ジュリエットの秘書」をやるべく相談を募集する。メンバーの高校生・トモは慰問演奏で病院を訪れた清水南高吹奏楽部員のあるメンバーに恋し、文化祭に訪れる。


これも、2部構成でこちらはなかなかすっきりしない展開。最後に、「失踪ヘビーロッカー」とつながって なぜかホッとする。


ハルチカシリーズは左門豊作に似ているという発明部の萩本兄弟やヘルメットを被った美少女麻生美里のもと。没対外交渉なのにミッションの達人の部員たちがいる地学研究会、またシリーズ第2弾のタイトルにもなっている初恋研究会などなんでやねん、というクラブがたくさん出るから愉快だった。前作は私的イマイチだったけれど、今回はまたこれまでのオールスターキャストでとても楽しめた。


これ千夏が橋本環奈で映画になってたとは知らんかった。見逃したー。次の「惑星カロン」も楽しみだ。