2019年3月17日日曜日

3月書評の3




写真は北原白秋記念館。そういえば、記念館の類は神戸文学館、川端康成文学館、与謝野晶子文学館と回った。今回は母の故郷の柳川市。

福岡から帰って来て自分のベッドでぐっすり寝る。やはりなにはなくとも楽しいわが家。

永井路子「裸足の皇女」


天の火もがも。奈良の黒い政治と恋の断片。


大化の改新、いわゆる乙巳の変で中大兄皇子(天智天皇)サイドは政治の主流を握った。しかし天智サイドは壬申の乱で(大海人皇子)天武天皇サイドに敗れてしまう。乙巳の変の前から権力争いがあり、壬申の乱後も実に様々な権謀術策が渦巻いた政界。その中の男女の恋を描いている。


8つの作品が入った短編集。それぞれ面白かったが、後段の大伴坂上郎女を主人公にした連作の四篇「恋の奴」「黒馬の来る夜」「水城相聞」「古りにしを」がメインとも取れる。穂積皇子と恋した郎女が、穂積の歌う恋の奴とは何か、と思い、異母兄の宿奈麻呂が解説する。天武天皇の第一皇子、高市皇子の妻、但馬皇女が、年少の穂積のもとに走ったエピソードを印象的に浮かび上がらせている。そして話は、天武と後の持統天皇の子、草壁皇子と大津皇子が石川郎女を争った恋に及ぶ。直接的な原因になったのかどうか、傲岸と取られたか、その後、大津皇子は誅殺されている。


「黒馬の来る夜」では大伴坂上郎女は藤原麻呂、藤原不比等の子と恋をする。傑物不比等亡き後、廟堂でなんとか権力を保とうと奮闘した藤原四兄弟の四男坊ー。やがて麻呂は訪ねてこなくなり、郎女は宿奈麻呂と結婚する。


「水城相聞」は宿奈麻呂に反発するように、郎女は、妻を亡くし悲しんでいる大伴旅人の元へ、大宰府へ単身赴く。そしてここでも恋をする。九州の地、それきりの、夢のような恋。


「古にしを」宿奈麻呂のもとに戻った郎女。しかし痘瘡で藤原四兄弟も、宿奈麻呂も死んでしまった。郎女は遺品の中で見つけた一首の歌について悩む。そして自分の女をまた意識する。


永井路子氏を読む理由の1つが、大化の改新で討たれた蘇我氏はその後どうなったのか、壬申の乱で敗れた藤原鎌足サイドは、後の世でどのようにその権勢をつかんだのか、知りたいと思ったからだった。「よみがえる万葉人」「美貌の女帝」そしてこの作品と読んでいくと、史書を読み解き独自の見解を持っている永井氏が、どこにこだわっているわかるようになった気がする。


いわゆる奈良時代の妻訪婚の時代、女たちの姿を創りなし、史実になじませながら女性の恋する気持ちをキレ良く描いていると思う。連作にすることでよりダイナミックに、時の流れを感じられるようになっている。まさしく独創性に富む作風であって、読んでいて爽快ですらある。


そしてー。


「君が行く 道の長手を繰り畳ね

焼き滅ぼさむ天の火もがも」


万葉集でひときわ目を惹くこの歌の背景を描いた「火の恋」が一番印象的だった。時は聖武天皇と光明皇后の時代。規律を犯し、大伴宅守と通じた天皇付女嬬の狭野弟上娘子。宅守は越前へ配流となる。娘子から、宅守への歌である。あなたの行く道を焼き滅ぼしてしまうような天の火が欲しい、と。


鮮やかに意表を突かれてしまった。


他では味わえない永井氏の作風はまた味わいたくなる。他の古代ものも読みたい。


◼️川端康成「愛する人達」


テーマは男女。読後感が爽やか。好印象の作品。


きれいで、小説らしく、ウィットにも富んだ恋愛・夫婦がテーマの短篇たち。


「母の初恋」、「女の夢」「ほくろの手紙」「夜のさいころ」「燕の童女」「夫唱婦和」「子供一人」「ゆくひと」「年の暮」が収録されている。一篇は20ページ~30ページくらいで読みやすい。初版は昭和16年12月8日、真珠湾攻撃の日だという。しかし内容的に戦争の影はないと言っていい。


「母の初恋」は、夫の昔の恋人が亡くなった際、引き取り育てた娘が嫁ぐことになり、これまでのエピソードと、見守る夫婦の微妙な、しかし温かい感情の動きを追う。川端らしく、嫁ぐ雪子の魅力をさりげなく描いている。


「女の夢」独身が長かった医者の男が、誰もが振り返る美人と結婚した。女は深い悩みを抱えていた。特に劇的な会話はなく物事が明るい方へ向くのを川端独特の書き方で収めている。


「ほくろの手紙」はちょっとコミカルで、いかにもありそうな人間くさい話。

「夜のさいころ」は、旅芸人一座で、いつもさいころを振っている少女の一篇。「伊豆の踊り子」を想像する。


「燕の童女」では新婚旅行中の夫婦が、船と列車に乗り合わせた西洋人の小さな女の子を気にかけるうちに打ち解けていく。紺地に細かい花模様の夏服、白いレエス、桃色の下着。色紙、鶴、錆朱色で小紋の友禅のお手玉。可愛らしさと夫婦の会話が微笑ましく、色彩と人情が鮮やかな印象を残す。


「夫唱婦和」は、昔風の夫婦が、妻の母が同居している、亡くなった夫の妾の娘、その結婚をめぐるちょっとしたドタバタ劇で、仲良い夫婦の微妙なすれ違いが浮かび上がるという感触の話。


「子供一人」女学校卒業の時期にできちゃった婚をした夫婦。つわりや心理的な苦しみで2人の間に大きな亀裂が走るがー。なんかわかるな、というストーリー。


「ゆくひと」浅間山の噴火をバックに、嫁ぐ女への少年の憧れその不器用な発露。題材はよくあるが、噴火を身体で感じる情景がリアルで不気味な迫力が伝わってくる。


「年の暮」出戻りの娘・泰子。思い入れの深い娘の声を聴き、戯曲作家の泉太は妻の声を思い出す。泉太の過去のファンの女・千代子の想い出が交錯する。


川端は有名な作品はダイレクトに伝わるような鮮烈さを残すが、クセがあったり、読み手へ放射するものが変化球っぽかったりする。また新感覚派と呼ばれた、みずみずしく少し変わった表現もあったりする。


この短編集は、設定が川端らしくややこしめという感じもするが、熟達した、小説らしい作品が多いなという感想で、読後感が良かった。まだまだ川端シンドローム。。


◼️いぬじゅん

「奈良まちはじまり朝ごはん3」


またほろり。じわっと感涙。

奈良のご当地ラノベ、いよいよ完結。


東大寺や興福寺から歩いて少し。ならまちにある朝ごはん屋「和温食堂」の物語。


今回はならまちにの町家に住むガンコなおじいさんと同居を勧める息子、「和音食堂」の店員にして主人公・詩織と大学生の弟、店の正面にある手葉院の住職、厳しい僧形の男にして中身は女性の和豆と謎の女性、そしてぶっきらぼうだが頼りがいのある店主・雄也と行方不明だった妹・穂香の、それぞれ邂逅が描かれている。


いつもながらスナックのママ、関西のおばちゃん役の園子ちゃんがいい味を出している。


料理は、伝統料理をクレープのようにアレンジした「しきしき」、奈良に伝わる精進料理「七色お和え」、「豆」をキーワードにしたアイディア料理の「まめまめ焼き」、そして片平あかねや大和まな、など大和野菜で作る「大和野菜の雪色煮」である。朝ごはんだけにガッツリではなくほどよくて温かそうで美味しそう。


大団円。このライトノベルは奈良の四季とイベント、名所をさりげなく盛り込んでいるものの決してハデなものではなく、生活感に満ちている。表に現れないそのベースの敷き方に著者の指向性がうかがえる。謎の方も、解決も、決して難しいものではないが、少女マンガのようでなく噛みしめるような部分に好感が持てる。


いやーそりゃあ終わり方きれいだけど、奈良好きの私としてはもっと範囲の広い派手な名所紹介でもいいから、も少し続けてほしいなあ。


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