2019年3月9日土曜日

3月書評の1

あっという間に3月。気温三寒四温。木金は朝晩すごく寒い。読書が進むのはいいが、書評に時間がかかったりしてちょっと寝不足。
週末に送別会があった。同級生&同級生の娘さん。もうこのトシになると、次はいつ会えるか、もう会えないかという気にもなる。勝ち守りと本と絵はがき、栞をあげる。0次会はたこやき、1次会は鶏鍋、2次会はダーツバー。酒は乾杯ビールのみ。飲んで食べて、楽しい晩でした、と思ったら息子が発熱。

◼️青山文平「つまをめとらば」


ユルい、が最初の感想。直木賞受賞作は、男女がテーマの時代もの。ユルさに味があった。


江戸の侍もの短編集。


「人もうらやむ」

「つゆかせぎ」

「乳付」

「ひと夏」

「逢対」

「つまをめとらば」


が収録されている。いずれも武士としてはあまり立場や家格が高くない者が主人公。


本条藩門閥・長倉家の遠い分家の藩士・長倉庄平は、仲の良い本家の長倉克巳とともに馬廻番士を勤めている。庄平は、家老の息子でプリンス的存在にもかかわらず女にはうとかった克巳から、範囲の娘で評判の美人の世津への恋について打ち明けられる。やがて2人は結婚するが半年も経たない時期に、庄平は克巳から、世津に離縁してくれと言われたと告白されるー。(人もうらやむ)


最初からして、なにやらユルそうな展開である。実はこの後かなり血生臭いことになるのだが、根底のゆるやかさは変わらない。


青山文平氏は史上2番めの高齢で直木賞を受賞された1948年生まれの方で、先に読んだ「白樫の樹の下で」でも感じた時代への知識の深さが、主人公の設定の詳細さに表れている。その文調はしかし、衒学的ではなく落ち着いたいい雰囲気だ。それだけではない。


「つゆかせぎ」は貧乏旗本の役のない家侍、しかし俳諧には秀でた男が主人公。心の臓の急な病で妻・朋を失った男は、訪ねてきた地本問屋の者により、妻が戯作を書いて出版していたと知らされる。朋は芝居茶屋の末娘で、家侍と俳諧の二足のわらじをやめ、俳諧に生業として専念するよう勧めていた。妻の所業を知らなかった男は割り切れない日々を過ごすがー、という物語。ちょっとした意外な展開がある。


「乳付」は初子のための乳が出ない母親は乳付をしてくれる遠縁の女の美しさを見て、夫に合わせてはいけないと思う女性目線の話。遠縁の女の述懐が面白い。


「ひと夏」は幕府御領地の中にある小藩の飛び地の支配役という難事に付く男の話。そこには美しく男好きな女が出てくる。男は、その女と関係したらに一揆、と前任者に諭される。単純な図式と思ったら、どこか突き抜けた爽やかさを感じた。


「逢対」は、やはり役のない貧乏旗本の話。主人公は、煮売屋の娘と男女の仲になるが、娘は身分が違う。自分は母と同じく妾として生きて、子供が出来たら別れる、と言っている。逢対とは、登城前の藩の有力者に役を願い出て日参すること。どの有力者もある程度は対応してくれるが、それで役に就けたという話はついぞ聞かない。主人公は、12年も逢対を続けている友人について行ってみると、後に行った先の屋敷から呼び出される。


そして「つめをめとらば」は隠居した幼なじみは所帯を持つことを考えている女がいるが、家を貸している自分との2人の爺さん同士の暮らしが楽で、ずるずると延ばしているー、という話である。主人公は過去の結婚にかかわる借金を抱えていて、2人の共通の知り合い、佐世という魅力的な女がカギとなる。


さて、冒頭に男女の話と書いたが、いくつかの特徴が、はっきりと分かるようにある。どの話にも、進歩的もしくは能動的な女性が登場している。また男性も現代にも通じる問題を抱えている。


加えて、紹介が長くなるのですべては書けなかったが、「人もうらやむ」の主人公庄平は釣り道具作りという特技を備えている。「つゆかせぎ」は俳諧、「乳付」のヒロイン民恵は漢詩の才があり、同門の番士と結婚した。などなど、出演の主役クラスには何かと深くのめり込んでいる趣味・特技がある。仕事ばかりにとらわれる時代は終わって、誰もがなにかの趣味を持つ現代を充分に意識していると言えるだろう。


さてさて、整理すると、この「つまをめとらば」は、ユルい雰囲気。血生臭い話もあるが、楽天的な結末が多い。また時代もの特有の、身分や運命の厳しいしばりもほぼ感じさせない。


さらに開放的、現代的で逞しい女性像も、家庭に悩む男の苦悩も、可愛らしい女心、母心も描かれている上、主役にはもれなく文化的な趣味がある。おまけにストーリーの成り行きには意外性まである。


あたかも様々な、少し似た色彩を描きこんで、全体として良い印象の個性を感じさせる絵を見せられているようだ。なるほど、である。


評判の高い同氏の「半席」も読んでみたくなった。


◼️髙田郁「あきない世傳 金と銀 本流篇」


終章の爆発。やば。瞳潤む


大阪・天満の呉服屋、五鈴屋当主、六台目徳兵衛が急な病で亡くなった。実質的な店主の妻・幸、女は店を継ぐことが出来ないという掟を前に悩む。折しも早々に呉服仲間の寄合から意向伺いがある。


女名前禁止の掟ー。これを解決してから、物語は一気に江戸出店へと傾く。幸は江戸に居を移して土地柄を実感し、店前現銀売りに挑む。木綿の扱いにもチャレンジ。


準備期間、少ないスタッフたちが知恵を出し合い、あれこれと工夫を凝らし、ついに開店の日を迎える。終章、不安を抱えながらの開店の日、長年の宿願の門出の日の描写には不覚ながら瞳が潤んだ。


今回は物語として純粋な面が多く、きれいすぎるな、と思わないでもないけれど、まっすぐな思い入れのもと、一丸となって事に当たる姿勢に感銘。多く書くことはない。


次巻はまた困難が降りかかるのだろう。これからの展開にまた期待。







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