半期のまとめを先行したから、6月書評は珍しく遅くなっちゃいました。読書自体は思ったよりまずまず、長いようで短かった6月。激変のわりには数も読めた方かな。
森絵都「宇宙のみなしご」
なかなか良かった。本を読む時の気分は、大いに影響すると思う。それが思い出にもなる。
中学2年生の陽子は、ひとつ下の弟で陸上部のリンと、忙しくてほとんど家にいない両親のもとで暮らしている。陽子は2学期初めに不登校になってから1週間が経っていた。
いわゆる児童文学である。決して暗い話ではなくむしろ明るくて面白い話だ。抑え気味の状況設定と屈託のない展開がうまくマッチして、いい雰囲気を作り上げている。毒も無いわけではない。陽子とリンが作り出してきた子供らしい遊びには微笑んでしまうし、なんか自分に重ねてしまってリアリティさえ感じてしまう。テンポも早く、のびやかさがあり、迷いが感じられない。
森絵都はデビュー作「リズム」で各賞を受賞、そしてこの作品でも野間児童文芸新人賞となり、のちに直木賞作家となった。もとは児童文学の方である。
これまで森絵都はアダルトな直木賞作品、「風に舞い上がるビニールシート」、デビュー作「リズム」そして「カラフル」と読んできた。嫌いではないけれど、正直しっくりくるものが無かった。でもこの作品は久々にほう、と思えた。
「守り人シリーズ」「鹿の王」の上橋菜穂子、「夏の庭」の湯本香樹実、「少年アリス」の長野まゆみ、など、児童文学はなかなかあなどれない。いまの私の気分にすっと入ってきて、いい感触を残した作品だった。
伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」
実は読んでなかった。ふむふむ。伊坂の集大成といえばそんなような。本屋大賞、山本周五郎賞。
仙台市内でパレード中の首相が、ラジコンヘリに搭載された爆弾で殺された。その日、元宅配便ドライバーの青柳雅春は、学生時代の親友、森田森吾に現場近くまで連れて行かれ、逃げろと言われる。彼が逃げるのを追ってきた警官はいきなり発砲してきたー。
伊坂幸太郎というのは、評価が分かれる人である。「僕ダメですわー」という後輩もいれば、すごく面白い、という年配の方もいる。私はこれまで、「アヒルと鴨のコインロッカー」「ラッシュライフ」「砂漠」「フィッシュストーリー」「バイバイ、ブラックバード」「PK」「キャプテンサンダーボルト(共作)」を読んだ。こうしてみると、意外に数を読んでいる。
作品によって微妙に風合いは違う。その要素は、仙台が舞台で、細かい表現にこだわる点、仕掛けが後に生きるところ、テンポ、わけわからなさ、また書いた事象を、後で拾うことなく捨て去ること、脈絡のなさなのか、うまく繋げているのか、社会、権力、マスコミに対する辛辣な反感、などなど様々だ。私の感想としては、小説でいろいろと遊んでいて、考えさせるところはあるかな、という印象だ。
「ラッシュ」「フィッシュ」、「PK」なんかはちょっと勘弁して系だったが、伊坂のクセというか遊び方というか、が垣間見れる。以外はまずまず面白い。
今回は巨大権力の陰謀、そこからの逃亡劇が中軸の部分を占める、逃走サスペンスだが、そこかしこにユーモアがあり、伊坂らしくニヤッとさせられるところがある。仕掛けも、一見なにもないような要素が後でたくさん繋がる。繋がった時には、ホロッと来たり、痛快だったり、かわいかったり、意表を突かれたりする。トータルでバランスが取れてる感じで、伊坂らしくて面白くて話が大きい、だから集大成と呼ばれてるんじゃないだろうか。
さて、私の感想としては、得体の知れない、歪んだ国家権力のようなもの、というのが敵、という設定は伊坂の他の作品でも、また他作家の作品でも散見されるが、都合がよく何でもできてあまり好きではない。しかし、大上段の架空の状況から、伊坂らしい、仕掛けの効いた単館系映画のような面白い作品が生まれたのは間違いないと思う。
まあよきエンタメとして楽しめたかな。
ピエール・ブリアン
「アレクサンター 大王 未完の世界帝国」
やっぱ古代は好きだなあ。探してもそんなに無かったアレクサンダー大王もの。いにしえのヒーローには、多くの苦難もあった。
フランスの古代史学者が書き下ろした作品。アレクサンダー以前のギリシアとペルシアの関係から、大王の死後までを描いてある。
ギリシア北部で勢力を伸長したマケドニアで、若くして王となったアレクサンダーは、小アジアからエジプト、バビロン、アフガニスタン、インダス川まで大遠征を行い、数々の敵を打ち破った。勝った後は現地の行政官を登用し、自らも占領地の娘と結婚、部下にも現地人との婚姻を奨励した。
アレクサンダーの理想は、ギリシアと征服地を融合させ、無事に広大な領土を運営することにあったが、ペルシア風の風習を重んじたりしたために、ギリシア人から反感を買ってしまう。
ハンニバルやカエサル、ナポレオンも崇拝したというアレクサンダー。紀元前4世紀の話で、後に広まったイスラム教圏でも英雄イスカンダルとして語り継がれているという。
随行した歴史家の第一次史料は失われ、物語は紀元前1世紀の、アリアノスほかの記述に拠っている。語り口調は冷静だ。必ずしも不敗のヒーローとしてではなく、数々のトラブルや批難の中、アレクサンダーがどのように征服を進めたかをじっくりと描いている。残酷な仕打ちももちろん書いてある。
アレクサンダーも「これからは私がアジアの王だ」的なメッセージを出した、というやに書かれているが、どうもアラブやペルシアはアジアなのか、という感覚が私の中にあってうーんと思ったり、またヨーロッパ人にしてみれば無知蒙昧な民族たちにギリシアの進んだ文化を伝えた、という受け止め方もあってちょっと考えてしまう。そこも含めて面白みなんだけど。
絵も多いし、すぐ読み終わるさーと思ったら、だいぶ時間がかかった。でもなかなか浸れた。その筋では代表的な本ではあるが、1991年発行と新しくはないので、誰か最新の研究を反映した本を書いてくれないかな、とも思っている。
丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」
評判のいい本。ろう者・聴者の間の現実。ヒューマン・ミステリーでもある。
43歳の荒井尚人は、収入を得るため手話通訳士の資格を取る。いくつかの仕事を終えた荒井のもとに、裁判での手話通訳の仕事が舞い込む。
「日本手話」と「日本語対応手話」の違い、「聴覚障害者」という言葉への違和感、デフ、そしてコーダの存在など、我々の知らない知識と現実をつぶさに表している。
その姿勢はくどくもなく、現状をクールに、誠実に見据えているように思える。話は手話通訳の話、警察の話、事件、捜査、荒井のラブストーリー、という要素が絡みながら進行していくが、そのテンポに乗せられてか、スラスラと読み進んでしまう。
事件の核心のところで、良かったテンポがちょっと止まってしまうように感じたし、警察関係が、うーん、そんなにいい情報を軽くくれないだろう、などと思ったが、まずまずかと受け止めた。
この作家の筆致には駆け引きと、まっすぐさがない交ぜになっているのを感じる。なんにしろ、流されない、といういい感触が瑞々しくも思えた。
佐藤さとる「だれも知らない小さな国」
この週末は、文庫化を待っていた作品が発売されたり、探してた本が見つかったりで大漁。15冊くらい買い込んでしまって、いやーいまハイな気分(笑)。さて、これも、探してみよう、で見つけた、児童文学。
小学校3年生の「ぼく」はもちの木を探していて、偶然に、泉と三角形の平地がある小山を見つけ、秘密の場所として、通いつめる。ある日、偶然出会った小さな女の子が川に流した靴を追いかけた時、ぼくは靴の中に乗っている小人の姿を見たのだった。
いつも思うのだが、児童文学は、大人でも充分楽しめる。この本の内容的なものは、先日の「宇宙のみなしご」よりも対象年齢が低くて、息子が幼稚園のとき先生が読み聞かせていた「エルマーとりゅう」くらいかと思う。
もともとは梨木香歩の著作で読みかじったのではと思う。その梨木香歩がこの本の解説で語る通り、「幼い頃から連綿と続く、自分自身に戻れる国」として、表現されている物語世界は、心にしっとりとした、そして確かな響きをもたらす。
昭和34年、1959年に、もとは私家版として書かれた作品。文庫化、再文庫化され、このコロボックル物語シリーズは6巻を数えている。ストーリーとしては複雑では無く時代も感じる。そして、児童文学にしては、なのか、児童文学だから、なのか、思いのほか技巧的で、その点なかなか面白みもあり、楽しめる。
もちろん、シリーズも折に触れ読みたいと思っている。
ちなみに、15冊買って、使った「現金」は1500円程度。ブックオフと図書カードは偉大である。
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