
6月書評の2
6月は、好きな作家の本が次々と出た月で、嬉し忙しかった。
男子バスケットはリオオリンピック最終予選グループリーグで2連敗。早々に敗退が決まった。
一連の騒動もそうだが、私は、男子バスケット界が、本気で世界の上位に入ろうとしているようには思えない。だから応援しないし、試合も見ない。女子は強いから応援する。それだけだ。
綾辻行人「Another エピソードS」
私はアヤツジスト。すごく読みたかった。文庫化即飛びついて買った。綾辻は偉大だが、今回なんか先読みできてしまったかな。
1998年夏、別荘地。自宅で死に、幽霊になったと自覚している26才の賢木晃也は、自分の死体を探すうちに、以前面識があった、中学3年生で左右の目の色が違う少女、見崎鳴(みさき・めい)と再会する。そして鳴には自分の姿が見えていることに驚き、共に行動するようになる。
夏の、幽霊物語。先に出た「Another」は、ある都市の「夜見山北中学」で、以前より伝わる呪いの力により、クラスの関係者が死んでいく、という話だった。このホラーの主役の1人が「死の色が見える美少女」見崎鳴。今回の話は、本編の事件があった年の夏に、実は鳴が別荘地で別の騒動にも遭遇していた、と回顧する形である。
幽霊話らしく、「さまよう」時間が長かったな、というのが第一印象。また、趣向は面白かったが、先行きとタネが予想できてしまったな、という印象である。ただそこには、名手アヤツジの、いつもの味がふんだんに散りばめてある。
今回「文豪ストレイドッグス」などの漫画原作者、朝霧カフカの解説が抜群に面白かったので、それに倣って軽く綾辻について書いてみようと思う。
綾辻行人は、1987年、京大在学時に書いたデビュー作「十角館の殺人」が評判となり、ミステリ界に「新本格」というジャンルの扉を開いた。「水車館」「時計館」「霧越邸」など、次々と館ものを書く一方「囁きシリーズ」などのホラー、また正体不明の殺人鬼がハチャメチャに人を殺しまくる、という「殺人鬼」シリーズも描いて、女子の読者も獲得、幅を広げていった。
朝霧氏の言うように「生きているミステリ作家のなかでいちばんスゴイ人」なのかも知れない。
そんな綾辻行人が代表作のひとつ、という「Another」は、アニメ化もされ、10代、20代の読者から大きな支持を受けた作品。学園もの、モダンホラーにミステリーというヒットの要素を持ち合わせていたと言えるが、若い読者はアヤツジという作家を知らない。解説にあるように、ミステリを読んできた人間からみれば、「けしからん!新本格の始祖ぞ、現人神ぞ!」てなもんかも知れない(笑)。
私も「十角館」で衝撃を受け、25年くらい、ほとんどの著作を読んできた。決して多作とは言えないこの作家の次作を待つ、というのも読者の楽しみの一つ、だ。
北村薫「八月の六日間」
私はカオルスタ。って勝手に言ってるだけだけど。アラフォー独身女子の一人登山。北村薫ってやっば女子系だと思う。
出版社に勤める30代終盤の「私」は副編集長ととなり、仕事にストレスを抱え、私生活も不調だった。そんな時、同僚の誘いで山に登ってみる。道を間違えでたまたま出た涸れ沢の、美しい紅葉の景色を見た瞬間、「私」は山に心を奪われる。
主人公が挑むのは、槍ヶ岳、常念岳など、比較的難度が高い山で、単独行である。最後にそのことを述べて、初心者の方が軽い気持ちで行くことのないように、と注意しているのがちょっと面白い。
さて、その年代の女子の仕事と、日常生活、心に穿たれた痛い部分、過去の経験、などに、無心に山を登りながら向き合って行くストーリーである。登山ごとの連作短編集で、「八月の六日間」は最後の短編のタイトル。タイトルは◯月の□日間」で統一されている。
短編が進むごとに時の流れも進み、心の波も全体として読んでいくようになっている。山での出会いや思い出も後で効いてくるようになっている。
設定の軽やかさ、働くその年代の独身女子の生活と出来事、女の友情、会話、エピソードなども、北村薫流にウィットに富んでいて面白く微笑ましい。時折挟まれる得意技の文学知識など、小道具も小粋で、山と風景の描写も、ああ登ってみたいなあ、と思わせるものがある。
もはやひと昔前となったが、「スキップ」「ターン」「リセット」の「時と人」三部作、私を含め多くのファンがいる「円紫さんと私」シリーズ、そして直木賞をとった戦前期の話「ベッキーさん」シリーズなどは、今思えば似たようなテイストがありながらも、もう少し、なんというか、クッキリした展開だったようにも思える。
最近の傾向なのか、薄い布を少しずつ重ねていくような構成になっていて、今回もドン、というインパクトや急に刺すようなものは無く、ひたすら女子的だ。
ただ、北村薫独特の緻密で感覚的な世界に浸れるのはいいものだ、と今回も思った。発想も見事、良き作品だ。
つかこうへい「リング・リング・リング」
あの頃の女子プロレスは熱かった。主人公の名前は長与千種。んーでもちょっと合わなかった。
博多の呉服屋のお嬢さん、亜子は東京の大学アメラグ部の先輩と幸せな結婚式を控えていた。しかし、いとこに連れられて見た女子プロレスに魅せられ、結婚を取りやめて入門してしまう。
上記の話は導入部で、話は長与千種とチャンピオンのデビル奈緒美、さらにジャガー大川が絡んで来る。もちろん後の2人はデビル雅美とジャガー横田をモデルにしている。かつて長与千種とライオネス飛鳥のクラッシュギャルズは大スターとなり一時代を築いた。
その頃私は週刊のプロレス雑誌を読んでいたが、海外遠征で一緒になったデビル雅美は、リング以外の生活ではものすごく女らしかった、今の言い方で言えば女子力高かった、という意味のことを男子プロレスラーが語ってるのを読んだ記憶がある。
今回は、女だからこその悩みや悲しみからスタートし、設定も流れもなかなかエグい。現実から逃げてないとも言えないことはないが、私には、正直ふた昔前の演出だなあ、と思えたし、フィクションに過ぎる気がした。そっち?と声が出る感じだった。また、亜子の実家の呉服問屋が「博多市内」と書かれていたのは、福岡県嘉穂郡出身のつか氏の遊び心か。
うーん、今回は、合わなかった。残念、ってとこかな。
白石一文
「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」(2)
いやー大したパワー、エネルギーであることは認める。白石一文にして男系。
胃ガンを患い、再発防止の治療を行っているカワバタは日本を代表する週刊誌の編集長。政権与党の実力者Nの金銭スキャンダルをスクープするがー。
講談社創業百周年記念書き下ろし作品だそうだ。カワバタのモノローグで、思索は様々日本を飛ぶ、どころか、強烈なものを読む者に突きつける。格差社会、女性の役割、イチローの価値、まだまだ、引用した本や出て来る人間もフリードマンからマーチン・ルーサー・キングからホリエモン、村上某、宇宙飛行士など全て実名で、哲学的な考えまで縦横無尽にしつこく、熱く語る。これは総計650ページくらいの上下巻だが、理屈が無ければ半分でまとまっていただろう。
カワバタを取り巻く人々と物語の成り行きの魅力、さらにこのエネルギー、確かに書き切った、と言っても差し支えないほど、リキの入った作品だ。
やはり、格差社会への警告は、うーんと考えてしまう部分があった。いつからか、やはり社会のピントは、ずれている、とサラリーマンをしながら実感していた部分を衝かれた気もした。
それにしても、白石一文がこんな作品を作るとは。理屈の多い、男系、若さ青さも見える。でも、エネルギーとはそういうもんだろう、と不思議に腑に落ちた。