2012年6月18日月曜日

思ひ出&サッカー

我が息子は、1才の後半から単語を喋り、2才になると長くはない文章を話す用になった。また、幼少の頃から、なにかを握るか、手に持っているのが好きだった。

確か、2才の11月ごろ、つまり2才9か月くらいの事だったか、両隣りの子供が総出で遊んでいて、そのうちに家の前の緩やかな坂を、みんなでスケボーに乗って下ろう、ということになった。息子は一緒に遊べるのが嬉しかったらしく、坂の上のお兄ちゃんたちのところへ「待ぁってよおぅ!」と駆けていった。実は、こんな事を大きな声で、親以外に言ったのは初めてだったので、ここでパパは驚いた。 子供達は総勢6人、うち4人がスケボーに座った。一番前に息子、その後ろにリーダー格の男の子が座って息子を後ろから抱き、「ブレーキは俺がかけるから、他の人は足で止めないでね」などと指示を出している。その後ろに彼の妹、一番後ろは逆の隣に住む、最年長のお兄ちゃん。4人も乗れば、緩い坂でもそれなりのスピードが出る。当時からビビりの子がだいじょぶか〜と心配していたが、息子は速くなっても、実に楽しそうな顔をしていた。左手には、お気に入りの、黄色い、野球ボールをかたどった、いわゆる庭球をしっかり握っていた。その場面を捉えた写真が残っている。皆、実にいい顔をしている。 いま、小学5年生だったった一番年長のお兄ちゃんは高校1年生。その双子の妹も女子高校生。リーダー格の男の子、そして、双子のさらに妹さん、最初に会ったときまだ小学1年生だった子も、中学生だ。子供の月日は早い。

この頃の息子は、一緒に寝ていて、起きると、私に無言で眼鏡を差し出していた。私が深夜に帰ると、いつのまにか起き出していて、いまでもお気に入りの、水色のブランケットを胸に丸めて抱いたまま、階段の上からじっと私を伺って、待っていたりした。時が経っても、消えない思い出だ。

さて、この週は、火曜に日本代表のオーストラリア戦を観た。気を抜くとやられる、もはや宿命のライバルとの対決。韓国とは98年のフランス大会以来、予選同組にはなっておらず、その間オーストラリアとは実に色々あり過ぎた。もう選手の名前とポジション覚えちゃったし、ケーヒルの顔を見るだけで正直ムカついたりする。ガツンと叩きたい相手だったが、スリリングな展開の末、引き分け。

やはりこれまでの相手とはワケが違う。肉弾戦も、厄介だ。内田、今野、栗原となんとDFばかり3人が次戦出場停止。次はCBが復帰の吉田まやと伊野波、右SBは酒井か駒野か。これもなかなかに痛い。PKのプレーについて、相手の監督オジェックの「内田はファウルをしていない」と言ったのも、このゲームのジャッジレベルを射抜いている。やれやれ。まあ困難に遭うのも最終予選。次はヨルダンやオマーンよりランクがひとつ上のイラク。ホームとはいえジーコ監督がなんとも不気味だ。ただ、最終予選ではここしばらく苦戦はしていなかったし、乗り越えるべき困難だろう。次は9月。パッと集まってすぐ試合だが、もう海外組ばかりだし、それも同じあるべき困難。快勝と行きたい。

余談だが、来年6月の最終戦はアウェーのイラクである。気候を調べたら、最高気温がなんと48度!お風呂より熱い。うっそー、である。ここまでには突破を決めておきたい。

さてこの土曜日は雨雨の中、息子と妻は大阪へ買い出し。パパはゆっくりテレビでスボーツを観る。父の日でポロシャツと定期入れを貰った。やはり嬉しい。よく見てるしさすが。雨は夜間に止み、日曜日の日中は晴れ。イナズマイレブンのカードゲームをして、お昼を食べて昼寝して、夕方公園に息子と出掛けるまでには地面も完全乾燥。

で、蹴ってみて驚いた。体重をかけて蹴る事が出来るようになっていて、脚も振り切るので、スピードが増している。進歩が見える。ふむ。きょうはドリブルの練習、私が言う事をやっと聞いてくれて嬉しかったのだが、人を抜く練習もちょっとして、好きなゴールキーパーの練習もしたりして、1時間半蹴りっぱなし。パパも最近よく休んで体調良いのか、あまりバテずに付き合えた。色々話して帰ったけれど、パパのシュート止め切れなかった、と悔しがっていた。まあ、あと5年は負けないよ。でもその意気や良し。蹴る時ボールを当てるところやボールの芯を捉える事など、いつもスルーなのにきょうは耳を傾けるのがなんか可笑しい。

汗みどろになってごはんお風呂、もう室内蒸し暑いのでドライかけて涼しく就寝。台風来るとか。どうなるんだか。きょうはこの辺で。

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