2022年1月22日土曜日

1月書評の6


1月20日の夜は雪。翌日も積もりはしなかったものの1日雪が舞う天気。コロナのオミクロンは一気に爆発して兵庫は2900人で感染者が連日最多を更新し続けている。

重傷者が少なく、感染力と危険度の反比例法則にマッチはしている。だんだん風邪化してきたか。しかしコロナかどうか、ふつうの勤め先は報告しなければならないので、特に重症化率の低い若者には検査をしない、という流れに世の中がついていっていない。あまり好きではないがテレワーク多めに今後もなるだろう。とりあえず初日は雪に遭わずにラッキー。ピークアウトした後、どうなるのかな。

◼️ Authur  Conan  Doyle 

The Adventure of the Bruce-Pardington Plans(ブルース・パーディントン設計書)


ホームズ短編を原文で読もう14作め。これで56の短編のうち4分の1読破となりました。


最新鋭潜水艦の設計図が盗まれたー。死体で見つかった政府の職員カドガン・ウェストのポケットにはその一部が入っていた。彼が盗んだのか?なくなった設計図の行方は?


シャーロック・ホームズ・シリーズにはこういった事件がいくつか出てきます。英伊間の秘密条約文書が盗まれた「海軍条約文書」、外国君主の不穏な内容の文書に関する「第二の汚点」と、イギリスの国際関係がピンチに陥る文書盗難の捜査が展開される作品たち。


今回の事件の発端はマイクロフト・ホームズからもたらされます。


マイクロフト・ホームズって誰?シャーロックの7歳上のお兄さんなのです。


この作品からすれば15年前に発色された短編、「ギリシャ語通訳」で初登場し、以降「最後の事件」「空家の冒険」でチラチラっと出てきています。


「ギリシャ語通訳」では、シャーロックより推理力が高い、という事実にワトスンも舌を巻くほどでした。しかしでっぷり巨大な体型で弟と違い地道な捜査はニガテ、できないーという安楽椅子探偵型。極めて小さな行動範囲で毎日決まった生活パターンを繰り返し、行きつけの場所は人嫌いが集まり、会話が禁止されているヘンなクラブ、ディオゲネス・クラブ。この時は政府の会計検査院の役人と紹介されました。小役人ですね。


しかしながらホームズは「ギリシャ語通訳」事件の頃は君のことをまだよく知らなかったしね、と今回マイクロフトの仕事をこのように教えます。


remains the most indispensable man in the country

「この国でもっとも欠くことのできない男なのだ」


he could get his separate advices from various departments upon each, but only Mycroft can focus them all, and say offhand how each factor would affect the other. 

「彼はさまざまな部署から助言を受けることができる。しかしマイクロフトだけがそれら全てに焦点を当てることができる。そしてすぐに、それぞれの要素がどのように影響し合うかを指摘できる」


Again and again his word has decided the national policy.

「何度も彼の言葉が国策を決定してきた」


偉大な頭脳を、弟は犯罪捜査に使い、兄マイクロフトは政府のチョー重要なポジションで国策を決定するために稼働させているのですね。


なるほど、納得がいくし、その方が物語としておもしろい。ドイルは初登場から15年ぶりにマイクロフトを主要キャストとして、役柄を作り替えて物語の舞台に立たせたわけです。


万能の地位なもので、パスティーシュやパロディにはその登場回数の多いこと。もはや常連さん。ちなみにディオゲネス・クラブもよく出て来ます。おっと、「ブルース・パーディントン」に戻りましょう。


Must see you over Cadogan West. Coming at once.

MYCROFT.


「カドガン・ウェストの件でお前に会わなければならない。すぐに行く。マイクロフト」


電報でマイクロフトが言って来ました。ホームズは驚きはしゃぎます。あの生活習慣を崩さない兄がわざわざベイカー街に来る!


A planet might as well leave its orbit. 

「惑星が軌道を外れかねない」


出来事だって。おいおい笑。ともかく、さぞかし重大事件に違いない。たまさか事件がない時期でホームズは大いに退屈していました。


カドガン・ウェストの名前を思い出したワトスンは新聞に飛びつきます。


ウールウィッチ兵器工場の職員、27歳のカドガン・ウェストは月曜日の夜フィアンセと歩いていたところ突然霧の中に駆け出し、戻らなかった。翌日地下鉄の軌道内で彼の死体が見つかった。轢死ではなく、列車から落ちて死んだと思われる。頭部がひどく損傷しており、盗難の形跡はない。ポケットには婚約者と観に行く予定の劇場チケット、小切手帳、技術文書の束が入っていたー。ここでマイクロフトが登場します。


重量感があるやや運動不足気味の身体。しかし


so masterful in its brow, so alert in its steel-gray, deep-set eyes, so firm in its lips, and so subtle in its play of expression,

「見事な眉、鋼鉄色の、落ち窪んだ機敏な目、引き締まった口元、機敏な表情の動き」


その知性的な顔立ちに惹きつけられる人でした。


it is a real crisis.


マイクロフトは言います。


I have never seen the Prime Minister so upset. As to the Admiralty – it is buzzing like an overturned bee-hive. 


「首相があそこまで動転したのを見たことがない。海軍本部はハチの巣をつついたような大騒ぎだ」


この事件が起きたのは189511月なので首相はソールズベリ、3回めの政権ということになります。


さて、この事件はだいぶ入り組んでいるので先を急ぎましょう。


マイクロフトいわくウェストのポケットに入っていたのはブルース・パーディンドン型潜水艦の設計図でした。最高機密として兵器工場に隣接する極秘事務所の特別製の金庫に保管されていたものです。設計図は10枚、ウェストのポケットに入っていたのは7枚、もっとも重要な3枚がなくなっていました。


設計図の公的管理者は有名な政府専門官のサー・ジェイムズ・ウォルター氏でした。金庫の鍵を持つ1人です。月曜日の彼の勤務時間には設計図は確認されていました。他に鍵を持つのは上級職員で製図士のシドニー・ジョンソンでどちらも犯行があったと目される月曜日の夜にアリバイはありました。最後に鍵をかけたのはジョンソンで、2人とも鍵は肌身離さず持ち歩いています。カドガン・ウェストはジョンソンの下にいて、仕事で毎日設計図に触れていた、他に設計図を扱う者はいないとのこと。明らかにウェストが持ち出したと思われました。


ウェストは外国のエージェントに売るために設計図を持ち出した。揉め事が起こり殺された。しかし分からないことは多く、なぜその日にフィアンセと芝居を観ることにしていて、突然いなくなったのか。設計図の残りはどこへ行ったのか。彼は地下鉄の切符を持ってなかったー。


このような疑問はシャーロックではなく、マイクロフトが並べたてます。シャーロックはむしろ一緒にきたレストレイドの側にいて、ウェストが設計図を盗み、裏切り者は死に、図面はもうヨーロッパに行っている。なにかできることはあるのか?と問いかけます。


All my instincts are against this explanation.

「私のあらゆる直感がその説明に反対している」


マイクロフトは力説します。さっさと事件現場に行け、と。はいはい、あんまり期待しないようにね、とシャーロックは現場に向かいます。


地下鉄がトンネルから出てくるところにいて、線路が入り組んだポイントを見つめるホームズ。乗客の1人が、月曜の深夜ドサッという音を聴いたという情報を駅員から得ます。


何かをつかんだホームズはマイクロフトへ国内にいる国際スパイの住所名前のリストが欲しいと電報を打ちます。


次は聞き込み。まずは責任者のサー・ジェイムズ・ウォルター。ところが・・


訪ねてみると、執事にその朝早く亡くなったと聞かされます。弟のバレンタイン・ウォルター大佐は、サー・ジェイムズはカドガン・ウェストが犯人だと確信していたとのこと。はっきりとは書いてませんが、自殺と見るのが妥当でしょう。


カドガン・ウェストの家では、婚約者のミス・ウェストベリーと話します。彼女は決して彼は犯人ではない、と主張します。結婚を控えていたが、高いサラリーを貰っていて、貯金もあったとのこと。


また最近、何か深刻に考えている様子だったと言い、彼女には秘密の重要性について話し、裏切り者にとって外国のスパイが大金を払うような設計図を入手することは簡単で、そういうことに我々は怠慢だ、と言ったと告げます。そして突然霧の中へ走り去る前に、驚いたような叫びを漏らしていました。


ますます状況はカドガン・ウェストにとって不利になっていきます。このへん、実はパッとは思い出せないつながりで、後で効いてくるのです。ミス・ウェストベリーに機密を話す一歩手前まで行っている、いえほとんど話してる笑こともあって、ホームズの心証は悪くなりますが、ワトスンが


character goes for something? 

「性格は悪くないだろう?」


と絶妙のフォローを入れています。さすがはワトスン。


さて次は設計図があった事務所です。憔悴した製図士から話を聞きました。所長と部下のウェストが死に、設計図が盗まれたのだから無理もありません。夕方5時に鍵を閉めた。設計図は自分が金庫に入れた。自分は金庫の鍵だけで、事務所と外の扉の鍵はサー・ウォルターだけが持っている。彼はいつも1つのリングに3本の鍵を通していた。警備員は1人いるが、この部署だけでなく他の部署も受け持っている。霧の深かったその晩は何も見なかったと言っている。


そして話を聞くうちに、専門的知識を持つ職員なら設計図を持ち出さず書き写せるのになぜウェストはそうしなかったのかという新たな疑問に突き当たり、また戻ってきた7枚のうち1枚にも重要な情報があったことを知ります。外の捜査の結果、窓の外の茂みに人が踏んだ跡があったこと、鎧戸に隙間があって中を覗けるようになっていたことを発見します。


帰り道の駅には、月曜の夜ロンドン行きの列車にカドガン・ウェストが切符を買って乗ったことを覚えている駅員がいましたー。


さあ、だいぶ入り組んできました。ホームズの短編の中でもこんなに要素が多い話は珍しいのではないでしょうか。


ホームズは再構成します。例えば外国のエージェントがウェストに悪い誘いをかけた。月曜日の夜、そのエージェントが事務所に向かうのを見かけ、婚約者を置いて駆け出した。そして鎧戸の隙間から設計図が盗まれたのを見て追いかけた。しかしなぜ大声を上げなかったのか、見失ったのか、ウールウィッチからロンドンに向かったのは確かだが、そこから死体で見つかるまでに何があったのかー。


ベイカー街に戻ると、マイクロフトからスパイのリストが届いていました。内閣がホームズの最終報告を切望していること、そして最後に最高責任者のお達しとしてこうありまして。


The whole force of the State is at your back if you should need it.

「必要なら国の全軍がお前の後ろに控えている」


切迫した中、こんなマンガチックな一言を書くドイルっておちゃめ。マイクロフトのまじめさとユーモアが同居するキャラをも引き立ててますね。当時の読者も、この一文を見て苦笑したのでしょうかね。弟シャーロックは女王陛下の軍隊はこの事件には役に立たないな、と一笑に付します


地図を見ていたホームズは満足げな叫びを上げると、過剰なくらいの上機嫌でほくほくと出かけて行きました。


待つワトスンにホームズから手紙が届きます。レストランで食事しよう、ダークランタンとかなてこ、ノミ、それに拳銃を持って来てくれ、と。


可哀想なワトスンは重くてかなり怪しい道具を人に見られないようにコートの下に隠してガチャガチャと店に向かいました。ここでホームズは自分の推理を述べるのですが、内容は後で分かるので割愛します。ただひとつ、ホームズの名言中の名言が出てきます。


when all other contingencies fail, whatever remains, however improbable, must be the truth. 

「ほかの全ての可能性がなくなれば、何が残ろうとも、いかに起きそうになくとも、それが真実に違いない」



リストのうちオーバーシュタインというスパイの住所は、地下鉄に面して並んだ家でした。で、その家に押し込みをするのが今夜の目的でした。霧の深い中、警官が通り過ぎるのをやり過ごして、半地下の扉をこじ開けて2人はオーバーシュタインのアジトの家に入ります。この国際スパイは月曜まではロンドンにいて、今はいない、と。


窓枠に血痕がありました。そしてほどなく、トンネルから地上に出てきた地下鉄の列車が、窓の下ほんの4フィートもないところで停車したのです。ホームズはカドガン・ウェストの死体は列車の屋根に置かれたのではないかと予想し、オーバーシュタインの家の前で列車が一時停車することを突き止めていて、いま証明されたのです。


他に決定的な手がかりはないか、ホームズは探して、デイリーテレグラフのagony column(身の上相談欄)の切り抜きを見つけます。4つあり、日付順に最後のものはこうなっていました。


Monday night after nine. Two taps. Only ourselves. Do not be so suspicious. Payment in hard cash when goods delivered.

"PIERROT.


「月曜日の夜9時。ノックは2回。オレたちだけだ。そう警戒するな。品物が配達されれば現金で払う。ピエロ」


設計図を持ち出した者へのエージェントのメッセージと思われました。様々な手がかりと結論を手にした夜は終わりました。


翌朝早々にマイクロフトとレストレイドはベイカー街でホームズの報告を聞きます。レストレイドは正直な不法侵入の申告に説教します。


you'll go too far

「あなたはちょっとやりすぎです」


一方マイクロフトは手放しで褒めます。


Excellent, Sherlock! Admirable! 

「素晴らしいぞ、シャーロック。あっぱれだ!」


そこへデイリーテレグラフの身の上相談欄を見せるホームズ。


To-night. Same hour. Same place. Two taps. Most vitally important. Your own safety at stake.

"PIERROT.

「今夜、同じ時間、同じ場所。ノックは2回。非常に決定的に重要。お前の安全が脅かされている」


By George!なんと!レストレイドは感嘆の声を漏らします。


If he answers that we've got him!

「もし彼がこれに応えたら彼を捕まえられる!」


そして4人は網を張った例の部屋で待ち伏せました。やがて男が現れ、ホームズたちは取り押さえます。


その男とは、バレンタイン・ウォルター大佐。設計図の管理責任者、サー・ジェイムズ・ウォルター氏の弟でした。


ホームズたちは、オーバーシュタインが現れると思っていて、いささか宛てが外れたようでした。しかし、大佐こそが設計図を盗んだ実行犯だったのです。


以下は大佐の自白と、ホームズの謎解きを混ぜた真相です。


株取引で借金を負い、どうしようもなく金が必要だった大佐は5000ポンド出すと言ってきたオーバーシュタインの誘いに乗りました。同居している兄が持っている3つの鍵の型を取り、月曜の夜ウールウィッチの事務所へ行き犯行に及びました。しかしそれをカドガン・ウェスト青年に目撃された。


理由は書いてないですが、ウェストは以前から大佐に疑念を抱いていたようです。大声で引き留めなかったのは、お兄さんの命で設計図を取ってくるよう言われたのかもと思ったからとホームズは推測しています。


ロンドンまで後をつけ、オーバーシュタインとウォルター大佐が地下鉄近くの家に入った時に駆け寄って問い詰めます。


The young man rushed up and demanded to know what we were about to do with the papers. 


「あの若者は駆け上がって来て、私たちにその設計図をどうするつもりか教えろと言いました」


非情のスパイ、オーバーシュタインはウェストを家の中に連れ込むと、持っていた警棒で瞬時にウェストを撲殺します。そして、盗難をウェストの仕業に見せかけようと7枚の図面をポケットに詰め込み、大佐と2人で窓から、停車している地下鉄の車両の屋根に乗せたのでした。重要な3枚はオーバーシュタインが持ち去りました。



バレンタイン・ウォルター大佐は打ちひしがれていました。兄のジェイムズは、バレンタインがくだんの鍵を手にしているのを一度目にしたらしく、弟の行動が怪しいと思っていた。事件が発覚したとき、ウェストではなく身内の犯行だと見抜き、責任と名誉を守るために黙って自ら命を絶ったと思われました。


なんでも協力すると言う大佐。ホームズはオーバーシュタインへの手紙を書かせます。通信用として大佐が教えられていたパリのホテル・ド・ルーブル宛てでした。


With regard to our transaction, you will no doubt have observed by now that one essential detail is missing. I have a tracing which will make it complete.


「我々の取引に関して、もちろんお気づきかとは思いますが、1つ重要な詳細部分が欠落しています。私は設計図を完成させる複写図を入手しました」


これは、事務所の製図士が語った「戻ってきた7枚のうち1枚にも重要な情報があった」というのに符合します。


ついては追加で金が欲しい、自分がいまフランスに行くと捜査陣の注目を引く。チャリングクロスホテルの喫煙室で会おう、と。


かくして、罠にハマったオーバーシュタインは逮捕・投獄されました。幸いなことに、まだオーバーシュタインは設計図を各国に対してオークションのような形で情報を出し、どこにも渡していませんでした。ウォルター大佐も収監されました。


エピローグとしてこのような文章があります。


Some weeks afterwards I learned incidentally that my friend spent a day at Windsor, whence he returned with a remarkably fine emerald tie-pin. When I asked him if he had bought it, he answered that it was a present from a certain gracious lady in whose interests he had once been fortunate enough to carry out a small commission. 


「数週間後、私はホームズがウィンザーで1日過ごしたことを知った。そこから彼は見事なエメラルドのタイピンをつけて帰ってきた。それを買ったのかと訊ねたとき、ホームズは、ある高貴な女性からのプレゼントで、その人のために幸運にも小さな使命を果たすことができたんだ、と答えた」


ある女性とは言うまでもなくヴィクトリア女王ですね。大英帝国の繁栄が最高潮にある時代の象徴的存在です。御年76歳の時になります。日本では日清戦争の頃ですね。



さて、この短編は"His Last Bow"「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」という第4短編集に収録されている後期の作品です。


霧の夜の犯行、死体搬送のトリック、いかにも犯人に見える者は死んでいる、国際スパイの存在、超法規的な押し入り、状況の打開、意外な犯人。さらにネタがソールズベリ内閣が慌てるほどの国際関係、軍事情報に及び、マイクロフト様が全能となって再登場し、ヴィクトリア女王からほうびをもらう、と、舞台立ては派手だと言えますし、女王からネクタイピンをもらったのはホームズ譚の1つのハイライトです。



しかしながら人気があるとは聞きません。ホームズ作品ランキングの上位にはなかなか入らないみたいですね。


やはり入り組んでいること、いつもの物語風の彩りがないこと、ワクワク感のある設定ではないこと、などですかねー。


私的にもいろいろ気になったことはあります。そんな大事な文書がある事務所の警備員がなんでそんなに手薄なのか、とか、カドガン・ウェストが婚約者のミス・ウェストベリーに熱く語った機密の重要性が回収できていなかったり、スカンと抜けて、そうか!と思わせる場面がなかったり、ですね。ちょっとトリックも突飛で、都合がいい割に効果が薄いかなと。


犯人バレンタインの兄ジェイムズの行動のわけだとか、戻ってきた設計図にまだ重要情報があったとか、符合はものすごく考えてあるのは分かるんですけどね。


まあ英文で読んでいくと、日本語では読み飛ばしてしまうような部分も見えるので、今回も解読、よみほどく感じでおもしろくは読めました。




iPhoneから送信


iPhoneから送信

1月書評の5

2022年のミニマム・ムーンは叢雲の中。年明けは映画を2本。

「偶然と想像」
「ドライブ・マイ・カー」の監督さん。3話のオムニバス。クセあるなぁ笑。恋バナとちょっと爛れた文学ものと、同窓会女性の友情。3話めは仙台が舞台で、ぐしゅっと泣いてしまった。よかった!

「マクベス」
ジョエル・コーエン監督のアメリカのマクベス。まじっと創ってます。モノクロームで、横が狭い昔のテレビくらいのサイズ。迫力があって楽しかった。バーナムの森、魔女の予言とストーリーの細かい部分を思い出しながら観た。


◼️ 杉本苑子「一夜の客」

杉本苑子さんや永井路子さん、背の平、タイトル文字のベースの紫に心が躍る

平安時代もよく読むけれど、惹かれるのはなぜか大和・飛鳥・奈良時代あたり。杉本苑子さん、永井路子さん、黒岩重吾さんらの著作にはワクワクしてしまう。本の平(ひら)、白抜きタイトルのバックの赤みがかった紫は、伝統色一覧でパッと見比べたところ「京紫」に近いかな。このカバーは永井さんの一連の著作に多かったけども、今回杉本さんも。歴史もの、と静かに主張しているかのような紫にはめっちゃ好感持ってます。

さて杉本苑子さんの短編集。平城京時代の人々を描いたミニドラマ。さすがというか風俗表現に詳しい。喜劇も、ほっとする展開もあるけれど、多くは悲劇で、喪失をもって終わる。

「一夜の客」はまもなく唐に渡り医術を学ぼうと希望に輝く若者と越の国から来た老人の話。
「杖」は長屋王の変、橘奈良麻呂の変に絡む話で光明皇后、孝謙女帝、藤原仲麻呂らも出演。

「帰ってきた一人」では富士山西側の裾野から甲府盆地の国庁に年貢を納めに行った2人の若者の恋の鞘当て。

「笹鳴き」は今にも息絶えそうな老女が人生を思い返して通りかかった旅人に咎を告白する。聴く旅人の軽い態度と少しのどんでん返しが妙にマッチする。

「花児とその兄」美しい花児(はなご)に幼なじみの百瀬。しかし花児を不幸が襲う。主人の国司任官で長く郷里を離れた百瀬は決意をもとに若者となって帰り着くが・・。いまひとつ見えない気もする。でも決断を迫られクラッシュするのも短編悲劇かなと。

「小さな恋の物語」色男の官人に弄ばれ妊娠した小侍従は、ちょっとした復讐を思いつく。喜劇です。

「傷跡」平城京の西の市に住み商いに励む兄弟。弟は兄の妻とねんごろに。仕入れの帰りに兄は崖で足を踏み外す。綱で必死に救おうとした弟だったが・・悲劇の果ての、落ち着いたエンド。回収ができてない気もするけどもまあ。

劇中、史実や当時の風俗のはざまで人間の魔性、計算、裏切り、行きずりの悪事などが描き出される。いずれもミニマムな物語。現代と同じような人間の心の動き方が、奈良時代という雰囲気で味付けされ、いい感じで放り出される。

感動するとか仕掛けに深く感心するとかではないし、時代が派手でもないので他人には薦めませんけれども。。壬申の乱前後の人々を描いた黒岩重吾さんの「剣は湖都に燃ゆ」もこんな感じだったかな、と人知れぬ満足感にほくそ笑んだりするのでした。

1月書評の4

ミュシャの続き。ヌードはチョイス間違ったかも。お腹が不自然に大きいかな。赤系の色に惹かれたんだけど。クリムトもそうだけど、オリジナリティあふれる装飾がすごい!


◼️ シャルル・ペロー「長靴をはいた猫」

「赤ずきんちゃん」「眠れる森の美女」、シンデレラ、そして表題作と珠玉の童話集によい色合いがついている。

まったく知らなかった。これらの有名な童話たちは17世紀、グリム兄弟やマザー・グースに先駆けてフランスのペローが民間伝承をまとめたものだそうで、はじめての児童文学とも言われているとか。グリムと結末が違ったりするのも面白い。

「猫の親方あるいは長靴をはいた猫」
「赤頭巾ちゃん」
「仙女たち」
「サンドリヨンあるいは小さなガラスの上靴」
「捲き毛のリケ」
「眠れる森の美女」
「青髯」
「親指太郎」
「驢馬の皮」

が収録されている。

全般的に先を見通す力や魔法の力を持った「仙女」がよく出てくる。最初の訳は昭和48年らしいがちょっと澁澤龍彦氏の言葉にこだわりと時代性を感じたりして。

また立派な家の主人や王女さままでが実は人食い鬼だった、という設定も面白みを加えている。トミー・ウンゲラーの絵本「ゼラルダと人喰い鬼」を思い出したりして。

シンデレラはいつも灰の上に座らされているので継母のイジワルな姉たちにキュサンドロン(灰だらけのお尻さん)、サンドリヨン(灰だらけさん)なんて呼ばれていて語感に惹かれるものを感じたりして。

「眠れる森の美女」では100年眠る姫を寂しくさせまいと下僕や食べ物までフリーズさせてしまってなんかSFっぽい。「青髯」は猟奇的、親指太郎はその上にミョーに耽美的な匂いもする。

表紙の絵は、この物語訳出を掲載したのはanan創刊号からだそうだ。挿絵を担当した片山健氏が描くダヤン将軍のような猫の絵を澁澤氏はとても気に入って、本にする時にも起用したとか。ふんだんな挿絵は物語を超えてエロティックで倒錯的。シュールレアリスムかっていうくらいこの本が醸し出そうとしている世界を補完・強調している。


1600年代のフランス伝承説話の世界が見えてなかなか興味をチクチクとつつかれた本でした。


◼️ 「自分の心をみつけるゲーテの言葉」

知の巨人・ゲーテ。読むと興味が出てくる。

実家は祖父の代からの家で、姉が小さい頃にはまだ未婚・学生の叔父叔母が一緒に住んでいた。私が生まれ物心つくころにはすでにいなかったのだが、姉が使っていた部屋には叔母の年代ものの両開き本棚が中身ごと残されていて、世界の名作が文庫でずらっとあった。高校生の私はその中から「ファウスト」を選んで読んで、よく分からなかった。劇の脚本は生まれて初めてだったと思う。

ゲーテは1749年に生まれて82歳まで生きた。同時代人はモーツァルトやナポレオン。著書多数で多言語を操り、鉱物や色彩にも詳しい。ワイマール共和国に招かれ政治もやった事があり、恋多い人生をおくった。「若きヴェルテルの悩み」「ファウスト」のほか沢山の作品を残している。

そんなゲーテの言葉、たくさん紹介されている。心に残ったものだけを。

「我々は正しいものをつかまないで、とらえ慣れているものをつかむ」

「日々は迷いと失敗の連続だが、時間を積み重ねることが成果と成功をもたらす」

「生活は、したいのにできない、できるのにしたくないの二つから成り立っている」

「人間は現在をどのように生かしていいのか知らないから未来に期待や憧れを持ったり、過去に媚を送ったりする」

「愚かな者も賢い者もどちらも害にはならない。半分ばかな者と半分賢い者がもっとも危険である」

どれもなかなか痛いことばかり。経験はあるとなしでは大違い。でもなくてもトライはしなければいけない、とは仕事をする上で旨となっている。

たしかホームズの「緋色の研究」で、ホームズがスコットランドヤードの警察を評してワトスンに、小才の効くばかほどやっかいなばかはない、と言っていた。これも実感と反省が湧く。

未来への過剰な期待と、過去への媚は言い得て妙だなと。

ふむふむと読んだ。


ファウスト、もう1回通読したくなった。若きヴェルテルや、「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」もおもしろそう。まあおいおい読んでいこうかな。"疾風怒涛"の話も興味あるな。

また折に触れチョイスするジャンルの数が増えたかな。

1月書評の3

神戸・六甲アイランドのミュシャ展へ。ミュシャは数年前大阪・堺市のミュシャ館で堪能したし、今回入場料1000円の、コープの会員証見せたら800円。点数少ないんかな、見たのばかりだったりして、なんて考えてたらどうしてどうして。

ミュシャは芸術のためというよりは庶民のために描きたい、という人で、ポスターはもちろん、お菓子やお酒の商品につけるデザイン、小説本の挿絵、レストランのメニューの挿絵、果てはお札も切手も描きまくっていて、作品がズラリ。大満足の鑑賞だったのでした。エコール・ド・パリを代表するアール・ヌーヴォーの創造者、ミュシャ。植物などの装飾、なによりヌードも含め女性が美しい!さぞかしポートレートの注文など多かったのかな、なんて思っちゃったのでした。


◼️ 柳美里「JR上野駅公園口」

ホームレスと天皇。取材と技巧。引き込まれるものはある。全米図書賞。

著者の本は確か初読。去年、「コンビニ人間」の商業的成功により日本の女性作家の小説が注目されている、という内容を「文芸ピープル」という本で読み、タイトル名が挙がっていた作品を散発的に読んでいる。そのひとつ。

上野公園にいるホームレスの生活と、その辿ってきた人生、天皇との関わり、「山狩り」と言われる強制一時立ち退きと行き着く先、といった小説である。

ホームレスには東北方面から出稼ぎに来ていた人が多い。主人公はまさに建設ラッシュの時代、肉体労働で稼いだお金を長い間福島の実家に仕送りしていた。息子、そして歳をとりやっと一緒に暮らせるようになった妻の喪失。東京へ戻る道行き、そして東日本大震災。


綿密な取材によるホームレスの実態、またキャラクター付け、エピソードと心根があり、昭和・平成を生きた男の天皇との関わりと浸透している態度、地方の社会の慣習や考え方などが読みこんでいく中で迫ってくる感覚がある。

薔薇の美術展と組み合わせた幻想的な回想を織り混ぜる技巧は物語の彩りをなしている。

確かに引き込まれるものはあり、著者の筆力を感じる。私の場合はそこで止まってしまい感銘までは行かなかった。

姿、心象は浮かび上がる。しかし客観性が先に立ちすぎるという部分はあったかな。さらに上積みで表したいことには少し違和感もあった。

大阪でAPECがあった時だったか、山狩りのようなものはあったやに聞く。また昔長距離タクシーの運転手さんから、自分は大型トラック、トレーラーを運転して、新幹線の車両、高速の橋脚や大阪万博の資材も運んだんだよ、という話を聞いた時、この人は日本を創ってきたんだなあとえも言われぬ想いが湧いたことを思い出した。

さらさら読めるし、引き込まれる。まずまずおもしろかった。


◼️ 宇治市源氏物語ミュージアム
  「光源氏に迫る」

宇治川に感ずるものがあった源氏物語めぐり。常にタッチしていたい源氏物語。

京都府宇治市といえば言わずと知れた源氏物語最後の十帖、美しさが際立つとされる宇治十帖の舞台ですね。京都からJRで30分足らず。浮舟が身を投げた宇治川があり、西側に平等院鳳凰堂、朝霧橋で東側へ渡って歩くと源氏物語ミュージアムがあります。途中はさわらびの道。

平等院の池の周囲ぐるり、宝物館で国宝を見て、参道には宇治茶のスイーツ屋さんがたくさんあるので橋を渡る前に堪能し、鵜飼の舟と鵜舎を横目に渡って世界遺産、宇治上神社、そしてミュージアム。そんなに大規模ではありませんが、それなりに楽しめる源氏物語巡りかと思います。私的には宇治十帖を読んでから、宇治川の重い流れのイメージが心に残っていて、思ったより水量が多く山あいに流れていく宇治川を見たときにはちょっと感動しました。

そのミュージアムが催している講演をもとにした源氏物語本。図書館の新刊で目が行き、即借りて来ました。

さて、この本ではなかなか面白いポインツオブビューからの研究成果が盛り込まれてます。

「光源氏の<光>」
「光源氏と紫の上、そして明石の君」
「国母としての弘徽殿女御」
「頭中将の実像」
「源氏物語が書かれた時代」

ほか、摂関家と院政、源氏物語に出てくる細工、庭園研究、源氏絵についてなど。学者さんの専門的研究ゆえやや論文的でパッと頭に入ってこないな、という部分もあったものの、おおむね楽しんで読めました。改めて舞台が洛中のどのへんか、という地理的なイメージが分かったし、頭中将の仕事は興味深かった。

光源氏の敵役、弘徽殿の女御の分析では藤原氏の栄華について語られる「大鏡」で出てきた天皇の母たちの話が出てきて、はからずも繋がった感を覚えた。

ひとつ面白いミステリ仕立てのネタがあったので。平安遷都以来170年間無かった内裏の火事・焼亡が960年から1082年までの122年間では14回も起きている。平城京では火事がなかったとのことでつまり250年くらい内裏は焼亡がなかった事になる。なのに平安時代も後半に入ったある時期から頻発とこれは、なぜか。

なるほど、といった推論、見方で、その論は時代の変化、源氏物語の土壌に結びついている。


さて、シェイクスピアと源氏物語は、折に触れ関連本を読んだりゆかりの地を訪ねるなど、あまり疎遠にならない、なりたくないジャンル。今回は源氏物語巡りで行ってきた宇治のミュージアム刊とのことで懐かしく思い出しながら読めました。

1月書評の2

月と木星のランデヴー。しぶんぎ座流星群は粘ったものの撃沈。朝方の短い時間にしか流れないとようやく学習。来年こそは。寒い中息子が付き合ってくれ、ワイヤレスイヤホンの片方を貸してくれて、私のためにYOASOBIを流してくれたのでした。音のない世界で2人で過ごしたこの時間を、私は生涯忘れないだろう。


◼️ ジュール・シュペルヴィエル「ひとさらい」

大佐は子どもたちをさらってきて屋敷に住まわせ、矛盾した感情に苦しむ。

シュペルヴィエルは「海に住む少女」を不思議な短編集として読んだ。「フランスの宮沢賢治」というキャッチコピーが受けたのか、シュペルヴィエルの長編訳出には「海に住む少女」の好評が影響したようだ。

政治的事情により南米の故国を逃れ、パリに住んでいる裕福なピグア大佐。妻デスポソリアとの間に子供はできず、親に見捨てられた子を手続なく引き取ったり、親に優しくされていない境遇にいる子をさらって来たりしていた。それらの子は自分の屋敷で不自由ない暮らしをさせ、学も与える。子どもが帰りたいと言えば家に帰すつもりでもいる。しかしいつどこから告発されるか警戒する日々でもあった。

大佐はまじめで有能、親切だが、どこか外れたところがあり、小心だった。ある日街で父親に頼まれ、娼館の娘で美しい少女マルセルを引き取る成り行きとなった。マルセルが館に来てから、大佐は父親代わりとしてのプライドと、マルセルに惹かれていく男の感情との間で苦しむことになるー。

ひとことで言えば大佐がこっけいだ。古今東西、少女の可愛さには大の男も弱い。感情が揺れるあまり、妻デスポソリアやマルセルとのズレが目立っていき、破滅に至る。しっかりと自分を保とうとしてダメになる。

この作品は、テーマが分かりやすいせいか舞台化されて人気を博し、翻案の映画化もあったようだ。確かに。こうしたすれ違いは、胸襟を開いて、というわけにもいかない話題なのでもどかし系になる。一度は解放しかかるのだが自制する。そのうちにマルセルが変わっていくー。変わっていく過程でもピグア大佐は2つの感情を持て余し、1人停滞する。

舞台にはいいかも。ただ読み手としてはやや冗長で、納得できない部分もあった。主人公が移り変わっていくと物語の軸となる目線が気になるし。

それにしても、山寺で見かけた幼い紫を見染め、前世の因縁だーと誘拐同然に引き取ってしまう光源氏は欲望に正直だと思う。大佐とは正反対だなと笑。

悪党になりきれない紳士のひとさらい。その矛盾を演出している部分はそれなりにおもしろく読めたかな。

ひとつ気に入った表現が。労働者であるマルセルの父にいいレストランで食事をさせた大佐は、マルセルのことで伝えなければならないことを言えない。やがて別れ際、2人は互いの煙草に火をつけようとして顔を寄せ合った拍子に頭をぶつけてしまう。

「大佐は咄嗟に飛びのいた。額が接触しただけで、頭蓋骨の中に隠した秘密が漏れてしまいそうな気がしたのかもしれない」

なかなか良い。物語のまじめなコミカルさにもマッチしているなと。


◼️ レイ・ブラッドベリ「ウは宇宙船のウ」

初ブラッドベリ。想像力を見る懐かしさ。

なんか見出しが俳句みたいになってしまったなと笑。前々から気になっていた本。やっぱりタイトルって大事。「ウは宇宙船のウ」原題は

「R IS FOR ROCKET」

となっている。ちなみにタイトルに何かを感じて気になっている本、「アンドロメダ病原体」もそうだったりする。先々の楽しみだ。

宇宙やロケットほかを題材にした、30ページ以内くらいの短編が15に、1つ100ページくらいの篇が入っている。

題材が豊富で、物語が制約を受けないかのように伸びやかで、小学生のとき図書室で呼んでいたSFものを思い出した。懐かしい。

星好きとしてはやっぱり水星ものの中編「霜と炎」や金星が舞台の「長雨」がプリミティブなワクワクに突き動かされるかな。金星は地球の双子のような星であったため、生物や植物がいるのではと本気で期待された。1960年代以降の探査により過酷すぎる実態が分かってきた。この本の発表は1962年で、時代感もあるのかなと興味深かった。手塚治虫っぽくもあるなと。

また灯台の職員が海の怪物に出逢う「霧笛」、オチがある「竜」、また心が温まる「宇宙船」、ドタバタ喜劇のようで文豪がたくさん登場する「亡命した人々」にもドキドキしたり、あれ?おっ!へぇーなどとなったり。

ブラッドベリならではのひねりもあるようだし、O・ヘンリー賞を受賞していることに納得するような感覚もあった。なにより、よくこんな状況、設定を作り出せるなと、大きな想像力を感じたのでした。

2022年1月書評の1

初日の出。冬休みは年末がウィンターカップで、年明けが春高バレーで3連休終わりまで読書進まず。2022年もよろしくお願いします。令和4年。4は私のラッキーナンバー。今年も明るく参りましょう。


◼️ ピエール・シニアック
「ウサギ料理は殺しの味」

なるほど・・!コントのようなオチ、ミステリから喜劇へ。

以前書評を読み興味を持っていた。昨年10月に文庫が新装復刊されて米澤穂信の賞賛の帯がついている。タイトルがいいじゃありませんか。この小説にはなにかある、と思わせる。

フランス西部の田舎町へ調査に来た、元警官で探偵のシャンフィエ。2週続けて若い女が町で殺されたことを知る。殺人は毎週木曜日の夜に続いた。シャンフィエは調査に乗り出し、よく食事をするレストランに

木曜日のメニューに狩人風ウサギ料理(ラパン・シャスール)を載せるな。そうすれば殺人は起こらない

といった脅迫文が届いていたことを知るー。

風刺が効いた人間臭い話。仕掛けの範囲が広く、面白く組み立てている。町一番の占星術師、乞食のアコーディオン弾き、週に1回だけ開く映画館、やや神経症ぎみの管理人、若い映写技師、有名デパートの支配人、地方紙の編集長とその美しい愛人、2つのレストラン、保険屋、そして町の名士がこぞって利用している売春宿とナンバーワンの変わった女。さまざまな町の、少し歪んだ要素が謎に関わる。

探偵役のシャンフィエも決して恰好良い役柄ではない。病的ではないがセックス依存症の設定で警察を解雇され、探偵事務所も物語が始まってまもなくクビになり、友人の三流雑誌の記者職をようやく得る。

種を蒔くために、最初の脅迫状までページ数がかかりちょっと冗長。常に遠回りでラストに簡潔な説明がなされる。解決したかに見えて、殺人は続く。

1981年の作品。シニアックはフランスでもユニークな人気作家だそうだ。オチとエピローグ的な話は喜劇的だ。ミステリとしては、犯人には物足りないとも言える。ただコミカルな大構成を見るべしかと。なあるほどね〜という感じで楽しみの1つ。

妙な謎があって、それなりのアクションがあって、コメディへと続く。まずまず面白かったかな。


◼️ジェーン・スー
「生きるとか死ぬとか父親とか」

親世代には、不思議な性質とドラマがある。

私の親は昭和10年代、1937年と1940年に生まれている。いつも自分などと違って激動の人生を経験してるな、と思う。そして、ある意味人たらしだな、なんていう独特の空気を持っているように感じる。

著者はエッセイストで40代の娘、未婚。父は79歳。20年前に妻、つまり著者の母を亡くしている。腕のいい商売人だったものの晩年には傾き、すかんぴんになった。自分を原稿のネタにすることで著者の原稿料をもらっていて、そしてまあその、女たらし。2人は別々に暮らしているのだが、父には娘以外にも世話をしてくれる人が何人かいるようだ。

父は妻を愛していたようで墓参りを欠かさない。おそらく原稿のネタのこともあって、娘はなにくれとなく父と会い、親子いっしょにいた時は知らなかった話を聞いたり、敗戦の年7歳だった父に戦争のことを尋ね、父が空襲に逃げ惑った疎開先の沼津を訪れたりしている。また母をも含めた思い出の地を巡ったり、自分と父との関係性を整理してみたりしている。

友人の娘さんが読んでいると聞いて興味を持ち、図書館検索したら貸出中。人気があるみたい。

この世代の人たちは戦争とその後の厳しい時代と、高度成長時代や思想闘争、石油ショックなどを経験している。ウチの父は戦時は中国北部にいて戦争終結後は1年軍閥に囚われて帰国した。広島出身の母はすんでのところで原爆を回避、田舎で、親を亡くした従兄弟たちと育った。

激動の時代を生きてきたからか、なにかしら迫力があり、不可思議なパワーと、やわらかく人と付き合う方法を知っている。だからか、現代化とはなじめない側面も持っているイメージだ。たったひと世代前なのに、とよく思う。

このエッセイ集はそんなお父さん世代の姿をよく反映していると思う。また、下町っぽさを含めた東京モダン、人情の実際を描き出している。ふむふむ。文章の装飾はすこうし過剰で修辞的に過ぎるな、なんて感じるけどね。

特にお父さんが、妻を愛してるのに、なにげにフェロモン持ってるんだろうな、ってとこがいいな。なんか小説的だね。